10月に入って世界中の株価や商品市場が下落し始めています。元々秋は市場が荒れる傾向があるのですが、今年の場合は世界の株式市場も堅調に推移してきたので、余計に変動が目立ちます。様々な原因が言われていますが、その最も大きな原因は欧州市場にあると言われています。欧州の景気の失速からくる世界経済の減速懸念です。実際欧州の雄であるドイツの株が急落しています。ドイツを代表する価指数、DAX指数ですが9月中旬の9700ポイント台から1ヶ月も経たないのに8700ポイント台へと11%近く急落しているのです。急速にドイツ経済、並びにユーロ圏経済の先行きに暗雲が漂ってきました。欧州のデフレ傾向と景気悪化はなかなか解決の糸口がつかめない模様です。

ユーロ圏のデフレ状況、日本化を否定する人はほとんどいなくなった

 9月、10月と連続して行われたG20財務相・中央銀行総裁会議も共同宣言すら出せず、政策的にも手詰まり状況をみせています。<日本のようになることはない>ドラギECB総裁はじめ、ユーロ圏の首脳はかつて日本同じようになると言われたユーロ圏のデフレ突入懸念に対して真っ向から否定していました。ところが、今ではユーロ圏のデフレ状況、日本化を否定する人はほとんどいなくなってしまったのです。政策的にも袋小路に入ってしまい、世界経済の足を引っ張りつつあるユーロ圏経済の問題点と先行きを考察してみます。

 まずは日本化と言われるようにユーロ圏には日本と同じような構造問題があります。その最も大きな一つは人口の高齢化です。いくら人々が頑張って生産性を上げて経済成長に貢献しても、人口が高齢化していっては働く人は減り、養わなくてはならない人が増えるわけで、これが年金や医療や社会保障など様々な問題を引き起こすと共に経済成長を引き下げるのは当然です。あまり指摘されていませんが、イタリアやドイツの国民の平均年齢は実は日本と大きく変わらないのです。

 また、ユーロ圏は古い歴史を持った地域ですから構造改革が難しいという問題もあります。日本でも第3の矢、と言われる構造改革でつまずいていますが、どこの地域や国でも痛みを伴う制度変更は難しいものです。しかし低い生産性にメスと入れることや不良債権の処理などを行わないといくら経っても経済は活性化できません。リーマンショックでは米国をはじめとして世界中が大不況となり、それからの回復に世界中が苦労してきました。しかし震源地の米国はいち早く回復基調となっています。これは思い切った資金供給による金融緩和の効果も大きいですが、それと共に、米国経済にはダイナミックな動きがあります。米国ではグーグルやアップに見られるような新しいイノベーションが生まれたり、雇用情勢なども流動化していて、解雇や新規雇用など経済の新陳代謝を行うのが容易です。リーマンショック後、米国では激しい景気後退に襲われ、平均して毎月60万人近い雇用者の減少があったのです。存続できない企業も多々ありました。その中で企業はスリム化していきました。またGMやクライスラーは一時破たんするなど米国政府も思い切った不良債権処理の政策を遂行してきました。これら厳しく膿を出す政策と怒涛の金融緩和が短期間で米国経済の構造調整を促し今日の米国経済の回復をもたらしたともいえるでしょう。

 それと比べるとユーロ圏や日本は改革のスピードが遅く、思い切った構造改革を行うことができません。日本ではバブル崩壊後の金融機関の処理に10年以上の歳月がかかりました。またバブル崩壊後金融を緩和するどころか当時の三重野総裁の下、日銀は金融を引き締めたのです。

ユーロ圏では日本以上に各国、雇用環境が硬直化しています。労働者は厚い保護政策に守られ、企業側は従業員を容易に解雇することができません。その結果として淘汰されるべき企業が生き残り経済の新陳代謝が進みません。企業は従業員を一度雇うと止めさせることができませんから当然新規雇用には慎重にならざるを得ません。結果新しい血である若者の新規雇用を生み出すことができず、ユーロ圏全体の若年層の異常な失業率として跳ね返ってきています。ユーロ圏全体の失業率は現在11.5%、若者の失業率は20%を超えています。またギリシアやスペインの若者の失業率は50%を超えている状態です。この状態で人々に消費を促しても簡単に物を買えるようにはならないでしょう。

 またユーロ圏を覆う南北問題も深刻です。ギリシアやスペインではデフレが進まざるを得ない状況です。ユーロ圏全体としてみると、ドイツが強く、それにオランダやオーストリアなど北部欧州が続きます。スペインやギリシア、ポルトガル、イタリアなど南部欧州は経済が弱いままです。これらの違った地域が統合しているのがユーロ圏ですが、この場合仮に、ギリシアやスペインのような国が経済を活性化しようとすれば、当然、北部欧州に比べて製品を安く作る、いい製品を作る環境を整える、という企業の競争力の強化が必要になります。そのためにはどうしても実質的に割高になっている賃金を引き下げるしかありません、ギリシアやスペインの企業がドイツの企業に対抗するにはまずは賃金を下げ、そのことによって生産性を上げ、結果的に競争に打ち勝って経済を活性化させるわけです。実際今、このようなことが起こっているわけです。ですからギリシアやスペインでは賃金が上がるどころではなくて、下げ続けているわけです。昨年はギリシアの雇用者報酬は前年比で8%も下がりました。スペインではリーマンショック前までは毎年6%近く賃金が上昇していたのですが、2012年以降は毎年下げり続けています。

南部欧州では賃金が下がり続けていて、その状態でも職がない

 こうして南部欧州では賃金が下がり続けていて、その状態でも職がないという悲惨な状況なのです。人々は消費などできるわけもありません。南部欧州では使わない生産設備や人の余った企業が続出しています。供給能力が需要を上回っているわけで、かつ需要が盛り上がってこないのです。これは典型的なデフレ状況というわけです。働き口がない、失業者が増加する、稼げないから物が買えない、物が売れないから物価が下がる、という悪循環です。それでも賃金も下がり続けたのでこの辺でやっと光明が見えかかったのが昨年からの動きだったのです。

ところが、ここで今度はユーロ圏経済の牽引車であるドイツ経済が変調になってきたからたまりません。予想外のことだったのですがドイツの4-6月期のGDPはマイナス0.2%に落ち込みました。そして更にここにきて対ロシアとの制裁合戦が響いて生産が急激に落ち込んできました。8月のドイツの輸出統計は前年同月比5.8%の急落となりました。このままではドイツは4-6月期に続き、7-9月期もマイナス成長に陥ってしまう懸念が広がってきたのです。そうなれば2期連続のマイナス成長となり景気後退ということです。ユーロ圏を唯一引っ張ってきたドイツ経済がマイナス成長となれば他の地域が更に落ち込んでいくのは当然です。南部欧州はじめ、こうなっては域内のデフレ傾向はますます加速していくに違いないのです。

 これらの動きに対してECBをはじめとする政策当局も手をこまねいているわけではありません。域内への低利での長期の資金供給、またECBに預け入れる資金に対してのマイナス金利の導入、そしてECBによる資産担保証券(ABS)の買い付けなど矢継早に政策を出してきています。しかし一向に効果が現れないのです。

 例えばマイナス金利ですが、これは銀行が中央銀行に資金を預けていると金利を0.2%取られるという制度で、銀行に対して企業に資金を貸出するように圧力をかけるものです。日本でも銀行が国債を売却するなどして膨大な資金が供給されているのですが、そのほとんどは日銀の当座預金に眠っているわけで一向に市中に資金が出てきません。それがデフレの一因と言われてきました。ECBは強制的に民間に資金を供給するようにと、銀行が中央銀行の口座に資金を置いたままにするとペナルティーをかけるというマイナス金利を導入したわけです。

 では資金供給を受ける側の銀行の事情はどうか、と考えてみると実際には銀行としても貸し出す先がないのです。貸し倒れリスクがあるのに貸し出すわけにもいきません。となれば当然、供給された資金は域内の国債などの安全資産に向かっていきます。これは数年前から起こっていることで、欧州各国の国債は結果的に異常な低金利にまで買われてきているのが実情です。まさに日本化と言われるその通りの現状で時を追うごとに域内全域の国債の金利は下げ(国債価格上昇)続けています。

 特に安全に資金を運用しようとすれば、償還が短い国債で運用しようとするのは当然です。数ヶ月から2年程度の満期の国債であれば償還が早いのでリスクが少ないというわけです。ということで資金が余っているユーロ圏の銀行はこぞってユーロ圏の各国の国債を買いあさってきたわけです。その結果がどうなったかというと、何と2年国債はほとんどの国でマイナス金利となってしまったのです。9月4日の時点で2年国債に関して言うと、ドイツはもとより、オーストリア、ベルギー、フィンランド、フランス、オランダとマイナス金利に突入です。また域外でもスイス、デンマークともマイナス金利です。

ECBがいくら頑張っても

 これでは銀行にとって資金の運用先もありません。ECBは低利の資金供給ということで何と0.15%の金利で4年間資金を供給するという触れ込みで9月18日に第1弾の資金供給を実行しました。ところがこの資金の借り手が思うように現れません。予定されていた額を2割も下回る約11兆円しか供給しかできませんでした。銀行側も借りようがないのです、企業に貸し付けできなければ、ECBに置いておくしかありませんが、それではマイナス金利ですから手数料を取られる形となります。一方で安全に2年程度の短期国債で運用しようにも、これでも金利を支払う羽目となるのです。これではいくら低利で4年も貸してくれるというおいしい話でも銀行側も簡単に乗るわけにはいかないのです。こうしてECBがいくら頑張ってもまさに銀行は<笛吹けど踊らず>で動こうとしないのです。こうしてせっかく行ったECBによる低利融資もマイナス金利適用も政策として思ったように機能せず要をなしていないのです。

 このままで推移すれば2年物国債どころか、10年物国債も更に異常な値段まで買い上がられる(金利低下)の可能性もあります。ECBは既に資産担保証券(ABS)とカバードボンドのECBによる買い付けを発表しています。しかしこれらの商品は流動性が薄く発行量も少ないのが難点です。発表直後も全くユーロ圏のデフレ状況を改善するのに役立っているとも思えません。ただ為替がユーロ安に動いてきたのが救いです。市場関係者はECBは早晩、域内の国債を買い取るいわゆる日米英が行ってきた量的緩和政策に打って出るのは必至という見方が大勢です。

 既にドイツの10年物国債では0.87%という異常な低金利となっていますが、このままで行くと0.5%台の日本のケースを上回って史上最低の低金利となることいが予想されてきたのです。というのも先に書いたように域内の銀行としては2年物国債がマイナス金利となればもうそれより期間の長い国債を購入するしかありません、そこに持ってきて発行量が日米などと違ってユーロ圏の国債は量も少ないわけです。当然、イタリアやスペインの国債よりは財政が健全なドイツ国債には買いが殺到するはずです。

 何しろドイツは財政健全化に成功して来年には新規国債の発行を停止するのです。借金まみれの日本と比べると夢のような話ですが、来年はドイツでは46年ぶりの赤字国債発行ゼロとなるわけです。これではドイツ国債の安全神話も更に高まり、市場でも更に買いつけが増えるのも当然です。そうなっていよいよ量的緩和政策を実行し更にECBを筆頭に各金融機関が域内の国債を購入するとなれば、ドイツ国債はその人気と発行量の少なさから市場から蒸発してしまうかもしれません。まさに10年物国債のマイナス金利出現もありうるのかもしれません。いずれにしても歴史的な国債金利の世界市場の最低金利である日本国債10年物で起こった0.35%という水準を今度はドイツ国債が塗り替える可能性がささやかれているのです。

 かようなデフレ状況にあってもドイツでは一向に借金を増やして景気対策をすべきという声は与野党共に全く上がってこないのです。G20ではドイツの財政出動を催促する声が苛立ちとなってきています。米国のルー財務長官は<ユーロ圏の経済の回復は遅れていて、先のG20の会議でも各国ともにユーロ圏の需要刺激策の要請を強めている>としてドイツの財政出動を迫っています。IMFも<ユーロ圏では景気が減速して総需要が下がってきている。誰かがこれを埋めなければならない>と実質的にドイツの財政出動を促しています。これに対してドイツは全くやる気がないのです。ドイツのジョイブレ財務相は<財政規律は守る>と財政出動の声を一蹴しました。またバイトマン中央銀行総裁は<金融緩和はリスクがある>とECBが行おうとしている追加の緩和策を懸念、健全財政に対しての信念は強いのです。バイトマン総裁は今回フランスが拡大予算を組んで財政赤字がEUの設定している目標値を下回ったことを受けて、フランスが財政再建に熱心でないと指摘<欧州員会は2015年度のフランスの予算を拒否すべきだ>とまで述べています。

 これはもうドイツ全体の一つの信念です。第1次大戦後巨額の賠償金支払いのために紙幣を際限なく増刷してハイパーインフレを起こし、その結果ヒトラーという怪物を生みだしてナチスの台頭を許しました。あのような悲劇の道に突入していった過去を繰り返してはならない、というドイツ全体を覆う信念は誰も曲げることはできません。ドラギ総裁は金融政策について現状を鑑みて<やり過ぎるリスクより、やり過ぎないリスクの方が大きい>と述べて量的緩和政策を含む積極的な緩和策を取りたいと思っています。しかしECBの前にはドイツ当局とドイツ国民が立ちはだかっているのです。この辺の事情をみた市場は今後のユーロ圏の景気動向を悲観し、更にこれが世界に拡大するという懸念が広がり株価の急激な下落を引き起こしたのです。