いよいよFRBは今月からバランスシートの縮小に着手します。思えば金融政策の正常化まで長い道のりだったわけです。リーマンショック後バランスシートの拡大が始まったわけですが、そこから9年経過し米国はどの国よりも早くこの非伝統的な金融政策の本格的な出口に入ったのです。日本ではインフレ率も相変わらず低迷したままなので、米国のような金融政策の出口観測まではまだ遠い先のようですが、今回、米国FRBがバランスシートの縮小を開始することで、今後一体どのようなことが生じてくるのか、そしてそれが日欧などの金融政策に如何なる影響をもたらすことになるのか、とにかくバランスシートの縮小は史上初のことですから、この難事業に取り組み始めたFRBも当然、極めて慎重に今後の推移をじっくり見守りながら政策を進めていくと思われます。イエレン議長はバランスシート縮小に関しては<ペンキが乾くように推し進めていく>と述べていますが、その言の通り、ゆっくり経済や市場動向の推移を観察するに違いありません。またいずれこの非伝統的な金融政策を米国に続いて解除を目指しているECB、まだ出口は見えないものの、将来のために教訓を得たい日銀も、米国の今後の状況を漏らさず観察して注視していくはずです。

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リーマンショック後、約9年かかって<正常化へのステップ>が始まりました。

 振り返ってみればリーマンショック後、まさに世界の経済が崩壊するのではないか、と心配され、市場がパニックに陥り、世界的に株価が暴落、ドルも大きく下落したわけです。その時点から約9年かかって<正常化へのステップ>が始まりました。やっとここまでたどりついたわけです。リーマンショックが起こって混乱が拡大、米国NYダウもリーマンショック後半年経過した2009年3月には7000ドル割れという惨憺たる状況だったのです。それをFRBは米国債と住宅担保ローン証券(MBS)を大量に購入していく量的緩和政策(当時FRBのバーナンキ議長は信用緩和と呼んだ)、QE1、QE2、QE3という度重なる量的緩和政策によって、危機を切り抜けてきたわけです。まさに日本で初めて考案された量的緩和政策は米国の危機時において圧倒的な力を発揮したわけです。量的緩和政策を既に17年も続けている日本においては、一体この政策は効果があるのかどうか、という議論が盛んですが、少なくとも中央銀行が国債や住宅ローン担保証券や民間の社債などを購入して紙幣を市場に大量供給するという、この政策が危機時に大きな効果があったことは疑いありません。しかしこのような極めて強い効果をもたらす政策は、当然のことながら、その政策が終了するときの反動も大きいわけです。人間でも余りに効き過ぎる薬を長く投与し続ければ、中毒症状になって薬漬けから抜け出せなくなります。それと同じことで、この量的緩和政策においては、この政策を激しい反動をもたらさずに終わらせることができるのか、ということが一番の焦点なわけです。その一大実験を景気回復が世界で一番早く、極めて順調に推移している米国において、ついに試されるわけです。米国と欧州や日本は背景となる状況が違うわけで、今回のバランスシートの縮小という米国での実例がそのまま欧州や日本のケースに当てはまるわけではないでしょう。しかしこの歴史的な、まさに前例のない壮大な実験がうまくいくのか、どうか、とうことは今後の世界の経済シーンを塗り替える可能性を秘めています。

 このバランスシートの縮小についてはイエレン議長はじめ、FRBはその総力を挙げて完璧に仕上げようとしているようです。完璧に仕上げるとは市場の大きな混乱を決して引き起こすことなく、予定している縮小の目標に達するまで粛々とバランスシートの縮小を推し進めていくということです。まさにバランスシートの縮小はFRBの信用と尊厳をかけた一大事業であり壮大な実験です、そしてこれは市場にとってはドラマの始まりです。

 FRBはバランスシートの縮小については、極めて周到に計画を立ててきました。FRBはいつバランスシートの縮小に入るのかとの観測は常にありましたが、今年はじめの時点ではイエレン議長の任期が切れる来年初頭までの着手はとても無理と思われていたのです。しかしトランプ政権となり、イエレン議長の後任がわからない状態である、今年の状況においても、FRB、そしてそのトップのイエレン議長も何としても量的緩和政策の終了のメド、バランスシート縮小はどうしても手を付けておきたいという極めて強い願望があったと思われます。中央銀行としてそして議長としてのプライドかもしれません、イエレン議長は来年2月に任期がくるわけで、その前にバランスシートの縮小を始めるためには、任期終了前の最後の政策会合に当たる今年12月の会合で始めるのは遅すぎます。どうしても推移や動向をみてバランスシート縮小の方向付けを完璧なものとするには、9月のFOMCの会合で決定して、10月に開始するという今回の決定しかなかったのではないでしょうか。まさにFRB、そしてイエレン議長のプロとしての執念、自らの仕事を完ぺきに成し遂げたいという強い意志を感じます。

 さてここまでのFRBの政策推移とバランスシート縮小の計画の詳細と問題点を追ってみましょう。2008年から始まった量的緩和策は第一弾のQE1が2008年11月から2010年3月まで、そして次のQE2は2010年11月から2011年6月まで、そして最後のQE3は2012年9月から2014年10月まで続きました。これで量的緩和策は終了して、2015年12月にゼロ金利を解除、やっと政策金利引き上げが断行されました。この間FRBのバランスシートは拡大を続け、9000億ドルだったバランスシートは4兆5000億ドルへと5倍になったのです。そしてその後2度目の政策金利引き上げが2016年12月昨年末です、そして今年は3月、6月と順調に2回の金利引き上げを行ったので、計4回の金利引き上げが行われています。0.25%ずつ4回で計1%の引き上げです。そして今回ついにバランスシートの縮小、量的緩和策の縮小に乗り出したのです。9年という長い道のりでした。この間米国株はほぼ一貫して上昇、NYダウは7000ドル割れから22000ドル台へと3倍強に化けたのです。

FRBは償還部分の再投資を減らすだけなのです

 FRBの計画によると、当初バランスシートの縮小は小幅です。米国債は月60億ドル、住宅担保ローン証券(MBS)は月40億ドル、計100億ドルの縮小に過ぎません。日本円にして1兆1000億円程度ですから日銀が年間80兆円(現在は実質60兆円のペース)国債等と購入していることを考えればほとんど市場への影響は考えられません。そしてFRBは徐々にバランスシートの縮小幅を拡大させ、1年後は米国債を月300億ドル、住宅担保ローン証券を月200億ドル、計500億ドル縮小させる計画です。一方、この縮小は米国債や住宅担保ローン証券を市場で売却するわけではありません。概ね償還された部分を再投資しないだけです。FRBの資産のうち2018年に償還を迎える米国債は4000億ドル強あるのですが、現在の計画では米国債の縮小規模は2018年に2290億ドルと償還分のおよそ半分程度に過ぎないわけです。要するにFRBはバランスシートの縮小といっても償還部分の再投資、いわゆるドル紙幣を印刷して償還になった米国債を購入するという行動を減らすだけなのです。2018年について言うと、米国債のおおよそ償還部分の半分程度を再投資しないということです。ですから市場におけるインパクトは小さいと試算されています。ゴールドマン・サックスによると金利上昇圧力は0.15%程度ということです。試算ですから正確かどうかはわかりませんが、大方の市場関係者は金利上昇圧力が大きいとは予想していません。

 ただ新興国などからの米国への資金の回帰や、それが起こることやそれを連想させることでの世界的な市場混乱は起こり得ます。2013年5月は当時のバーナンキ議長がいきなり量的緩和終了を示唆したために世界的な株価の急落と米国金利の急上昇が起こりました。それに懲りたと見えて、その後FRBは市場に対して自らの政策をしっかり織り込ませるようにアナウンスしています。それでも2015年末に金利引き上げを行ったときは、その時は市場は平穏だったのですが、その後1ヶ月した2016年1月に中国株の急落から世界的な株価の急落が起こりました。かように今回も新興国の市場は注意が必要です。9月20日のFOMCにおいてバランスシートの縮小を正式にアナウンスした時点では市場は無反応でしたが、その後徐々にドル高、米国の金利高模様となりました。これは北朝鮮問題が小休止したのも影響していると思いますが、いずれにしてもドル高、米国金利高によって、新興国の株価が若干売られ、反対にドル高によって円安となり、日本株に資金が流入してくる傾向もでてきました。ただその動きも余り極端で激しい流れではないので、一応今のところ、世界的に市場は落ち着いていると言えるでしょう。

 かように世界の市場はこの大イベントの始まりに対して冷静に対応しています。ただいくつか今後の問題点も指摘しておきます。まず今回のFRBによるバランスシートの縮小は詳細に計画が発表され、その縮小額も縮小額を引き上げていく時期も具体的に明示されているわけです。このようにFRBによって作られた完璧なスケジュールによってバランスシートの縮小が遂行されていく予定ですから、却って、この計画を崩すことがタブーになってしまいます。要するに突発的な事象が起こって、景気回復が思うように進まない時でもバランスシートの縮小計画の見直しは意外に難しいかもしれません。仮にFRBがこれだけ周到に作り上げた縮小計画を変更するとなると、市場はFRBの見方や政策遂行能力に対して疑心暗鬼になる可能性が高いからです。そうなると市場が思わぬ乱高下に突入する可能性もあります。そのため、仮に景気が思うように回復しないときは、バランスシートの縮小計画の変更よりは、金利を上下させること、場合によっては金利を引き下げることで政策調整する可能性の方が高いとみられています。

拡大したドル需要に見合ったとところまでバランスシートの縮小を行うべき

 またもう一つの問題はバランスシートの縮小をどの程度まで行うのか、FRB自体が明言していないことです。これが様々な憶測を生んでいます。先に書いたようにFRBはバランスシートを9000億ドルから4兆5000億ドルへと拡大させました。これからこの4兆5000億ドルに膨らんだバランスシートの縮小を始めるのですが、最初の起点であった9000億ドルまで減らすわけではありません。この9年間世界や米国の経済は拡大していますから、当然米国でもそして世界的でもドル需要は拡大しているわけです。その拡大したドル需要に見合ったとところまでバランスシートの縮小を行うべきであって、それ以上にバランスシートを縮小させては世界的にドル不足となって世界の市場は貧血状態になってしまいます。では現在の時点で適正なFRBのバランスシートの規模はどの程度なのか? この判断が専門家でも様々な意見があり悩ましいわけです。ですからFRBはバランスシートの縮小を何処まで続けるのかはっきりとした数字を提示していないし、様子をみていくつもりと思われます。このはっきりしないところに市場はまた疑心暗鬼となっているのです。

 例えば前FRB議長のバーナンキ氏は経済成長に伴ってドル需要は増え続けているわけなので、現在のFRBのバランスシートの規模は4兆ドルでいいのでは、との見解を示しています。そうなればこのバランスシートの縮小は2年もしないうちに終了となります。しかし市場の多数の見方ではFRBのバランスシートの適正水準は2兆5000億ドルから3兆ドル程度とみられています。その場合バランスシートの縮小が5年近く続くこととなるのです。かようにFRBのバランスシートの適正規模がどこまでが理想的なのか、専門家も市場もFRBもはっきりとして定見を有していないわけです。これが不透明感を引き起こしてくるわけです。

 いずれにしても今後、米国の政策金利にしてもFRBのバランスシートの規模にしてもリーマンショック前のような高成長が当たり前だった時期とは違う様相になるということです。従来リーマンショック前は政策金利は4%程度が妥当とみられていました。ところが9月20日のFOMCにおいては最終的な政策金利の水準は2.8%程度となっています。明らかに米国における政策金利の適正水準が下がっているわけです。米国においても世界においても潜在的な成長力が落ちてきていることは否定できません。当然の帰結として政策金利も大きく上げることはできません。こう考えると経済政策としての金利の上下の幅も小さくなりますし、バランスシートの上下の幅も今後小さくなっていくわけです。かように世界的な潜在的な成長率の鈍化によって経済政策の幅もダイナミックさが失われていく傾向なのです。言い換えれば経済政策における中央銀行の役割が限界にきて、その政策効果は今後落ちていくとみるべきでしょう。

 一方でまだまだ世界的な金融緩和状態は続いているという現実も捉えておく必要もあります。今回FRBがバランスシートの縮小に着手するわけですが、依然ECBは量的緩和を続けていますし、日銀も量的緩和政策を続けています。ECBは量的緩和の規模も縮小に入っていきますが、依然資金供給は規模が小さくなったとしても当面続けていくわけです。そして日銀はインフレ率の目標達成は遠くとても政策変更はできませんので、国債を購入し続けます、こうして日銀による資金供給は続きます。となると日米欧全体として世界の資金供給の規模を考えれば、中央銀行のバランスシートは少なくとも2021年くらいまでは現在の拡大した状況が概ね維持されると考えていいわけです。また来年2018年に関して言えば、FRB、ECB、日銀と合せて考えればバランスシートは拡大していくわけです。現在では世界的に市場が繋がっていますので、資金調達できるところからいくらでも資金が融通できるわけです。そういう意味では米国が引き締め模様になったとはいえ、世界的な金融の緩和状態は続いていくわけです。

 米国のバランスシートの縮小が世界的な株価の暴落を引き起こすという根強い懸念が広がっていますが、ここまで書いてきたような詳細を振り返れば必要以上に懸念することはないことがわかるはずです。不透明要因は多々ありますが、概ね現在の程よい市場環境が続くと思われます。

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