<金利水準を引き上げる意図はない>注目されていた日銀政策会合後、黒田総裁は低金利政策を今後も続けることを強調しました。今回の日銀会合には様々な憶測が飛び、日本国債10年物、日本の長期金利も大きく動いたわけですが、政策会合も終了して市場は落ち着きを取り戻すと思われます。今回の日銀政策会合の流れと今までの経緯を追ってみましょう。

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市場は円安、株高で答えて熱狂?

 <2年、2倍、2%>2013年4月、黒田日銀総裁は声高々に異次元緩和を発表、市場は円安、株高で答えて熱狂となりました。今では何の目標数字であるか忘れた人も多いかもしれませんが、これは期間およそ2年間でマネー供給量を2倍にまで拡大(日銀による国債の買い入れ額を劇的に増やす)し、物価上昇率を2%に持っていくという計画だったのです。そもそも当時の常識から考えれば日銀が年間で50兆円もの長期国債を購入するという試みは無謀に思えたわけです、それまでは日銀の国債買い入れは2-3年で償還になる中短期の国債の買い入れが主体でしたから、仮に国債買い入れ政策をやめたとしても2-3年経てば、自然に購入した国債の償還時期が到来するので国債は償還となり、日銀の総資産は増えず、日銀のバランスシート、財務の健全性は確保できたわけです。ところが黒田総裁になって、そのような副作用には目をつぶって極めて大胆な勇気ある政策を断行したところが評価されたわけです。元を考えればこのような向こう見ずな危険な政策を断行したのも2年で終了させる、という短期決戦での勝算の目論見があったからでした。

 ところが日銀の思惑とは裏腹に物価は思うように上昇することはありませんでした。2013年当時から5年以上経過した今、日銀の総資産は約3倍となり、3月末現在で528兆円、ついに500兆円を超えて日本のGDPに限りなく近づき、今年度中にGDPを凌駕します。一方で米国FRBの総資産は同じく3月末時点で482兆円、ECBのそれは581兆円となっています。ECBも量的緩和を年内終了させますので、来年は日銀が世界で一番多くの総資産を持つ中央銀行となるわけです。日米欧の経済規模を考えれば如何に日銀の総資産が突出しているかがわかります。

 日銀の自己資本は8兆円に過ぎません。自己資本比率はわずか2%、金利が上昇すれば保有する国債の価値が目減り、さらに日銀に預けられている当座預金に現在以上の金利を付けざるを得ず(金利を引き上げなければ市中金利の方が高いので引き出されてしまう)、あっとういう間に日銀の財務は悪化します。日本経済研究センターによれば<日銀が2%の物価目標を達成し緩和縮小に向かった場合その後7年間の間に累計20兆円近い損失が発生し、結果国民負担は避けられない>とのレポートを出し、緩和政策の行く末に警鐘を鳴らしています。日銀は円紙幣をいくらでも印刷できるので<債務超過になっても問題はない>とコメントしていますが、現実問題として債務超過になった中央銀行が発行する紙幣が信頼されるかどうかわかりません。

 かような犠牲を強いてまで異次元緩和を推し進めたわけですが、その結果は寂しいものでした。7月20日に発表になった全国消費者物価指数は前年比0.8%増と2%の目標に遠く、特に変動の多い生鮮食品とエネルギーを除いた総合指数(コアコア指数)をみると前年比0.2%増と物価上昇率は低下したのです。かように2013年からマネーの供給量を劇的に増加させ、金利は思い切り下げ続けたにもかかわらず物価上昇率が低下している! 6年も異次元緩和を続けてこの有様です。量的緩和とは何だったのか? 議論が湧き上がっているのも当然でしょう。

 一方で長期間に渡って未曾有の金融緩和を続けた弊害が多くのところで見受けられるようになりました。先ほどみた日銀の膨大な総資産を将来どう減らしていくのか、さっぱり方策が浮かびません。いわゆる出口政策の議論は封印され、<時期尚早>の一点張りで日銀は一言も発しません。

 さらに余りに大量の国債を長期に渡って日銀が買い続けたために、国債市場が干上がってしまって市場に国債がなくなってしまいました。当然国債の品がなくなってしまったわけですから値付きが非常に悪くなってしまって売買が成立しづらくなってきたのです。常識的に考えればわかりますが、日本国債の発行額は1000兆円を超えるわけです、そのような膨大な国債が流通しているわけですから普通は取引が活発化するわけです。ところがこれを日銀が買い占めたため、市場で値段がつかない日が出現するようになりました。 NTTやトヨタ、ソフトバンクなど日本を代表する企業の株式が取引が成立せず値段がつかないということが考えられるでしょうか? トヨタも時価総額20兆円を超えるほど大量の株式が出回っているわけですから日々トヨタの株式の取引が成立するのは当然で値段がつかない日など想像すら出来ません。ところがトヨタの時価総額の50倍もの発行額がある日本国債の取引で値段がつかないという異常事態が生じてきたのです。これは異次元緩和を始めた2013年以前は想像もしなかったし、あり得ないことでした。国債の取引が成立しなかった日は昨年2日、今年は6日もあるのです。異様です。

市場に出回る国債は枯渇

 日銀に国債を買い占められて値段が付きづらくなった市場は、<価格を生み出す>という市場本来としての機能が失われました。日銀だけがプレーヤーで日銀だけが買うだけです、そして市場に出回る国債は枯渇してしまいました。そのような市場に取引の担当者を置く必要もないし、取引を行っても意味がないと考えるのは当然でしょう。証券会社も銀行も機関投資家も国債市場には人を置かなくなったのです。こうして国債の市場は実質生き絶え、国債を取引するようなプレーヤーはいつの間にか姿を消したのです。動かない死んだ相場に人を置いても置くだけ無駄ということでしょう。こうして国債の相場をわかる人、国債の相場に関与する人は国債市場から去っていきました。当然のことながら国債市場は市場の厚みも取引する人材も消えていったのです。

 しかし皮肉なことに相場というものはいずれ大きく動き出すものなのです。金利が上昇し始めれば、本当に日本の物価の上昇が始まれば、動かなかった国債市場がある日一気に怒涛のように動き出すものなのです。そうなった時に国債市場がわかる取引担当者は何処にもいないのです。当然そのような激変相場が到来した時に市場にパニックが生じることは疑いないでしょう。

 現在日銀幹部が気にかけているのは銀行の問題です。長く続く低金利、マイナス金利状態で特に地方銀行を中心として銀行の収益悪化が目立つようになってきました。現在地方銀行の3分の2は本業で赤字の状態です。しかも国債の金利がほとんどゼロですから投資収益を上げることも出来ません。勢い米国債や欧州債など外債に投資したものの、これも金利上昇で大きな損失を被ってしまったのです。地方銀行は稚拙な投資手法で損失を拡大し金融庁から指導を受ける有様です。10年前、2008年に発行された日本国債10年物の金利はまだ1.5%ほどありました。現在発行されている日本国債10年物の表面金利はわずか0.1%に過ぎません。これでは一番手堅いと思われる国債への投資で収益を上げられません。現在10年前に購入した比較的高金利の国債、地方銀行にとってありがたかった金利のついた国債は償還時期が来ているのですが、これの次の投資先が見つかりません。今までは1.5%の金利を稼いでいた資金が宙に浮いてしまったわけです。収益が上げられなくては経費も賄うことが出来ません。際限のない日銀の異常な低金利政策によって地方銀行は貸出先も投資先もなく、途方に暮れて赤字を垂れ流すばかりです。

 かような情勢を地方銀行の内実を知る日銀は重く受け止めるようになっています。昨年11月、黒田日銀総裁は講演で<リバーサルレート>の理論について言及しました。これは金利を下げ過ぎると回り回って景気に悪影響が出るという考え方です。どういうメカニズムかというと、金利を下げ過ぎると銀行が儲からなくなります、銀行は長短金利差で儲けているからです。現在のように長く金利を下げていると前述したように銀行の収益が大きく落ち込むこととなります、となると収益が落ち込んだ銀行は自らを守るために、積極的な貸し出しができなくなってしまいます。こうなると銀行を経由した金融仲介機能が落ち込んでしまい、民間にお金が回らなくなって、結果景気が落ち込むというわけです。金利を下げたのに銀行が苦境となってお金が回らず景気が落ち込むというパターンです。かような情勢が地方銀行において現実に見受けられるようになってきたので、日銀もさすがにこれはまずい、ということで銀行が収益を上げられる程度の金利引き上げには持っていきたいという思惑があるわけです。それが今回の日銀の政策の微調整に現れています。イールドカーブコントロールで長期金利、いわゆる日本国債10年物の金利をゼロに誘導するものの、その金利の動く幅については従来よりも広げようという考えです。具体的には今までのマイナス0.1%からプラス0.1%の範囲をマイナス0.2%からプラス0.2%の範囲まで若干拡大するというわけです。黒田総裁は<変動幅を広げることで取引の活発化>を引き出すとしています。

 これを日銀による金融政策の正常化、と見る向きもありますが、正常化というよりは微調整で本格的な金利引き上げとは言えないでしょう。ただかような日銀の政策変更については特に外国人投資家が敏感に反応します。というのも外国人投資家の目からすると、世界の金融情勢を見渡して次の最大の焦点が日銀の動きになるからです。リーマンショック後日米欧はじめ世界各国は金融緩和に走りました。中でも米国の緩和は強烈でQE1、QE2、QE3と相次いで金融緩和を行った後、正常化に舵を切り現在は金利を引き上げている段階で、それも最終段階に近づきつつあるわけです。そして今年はECBが量的緩和を終了させ、いよいよ来年秋には金利引き上げに入るとみられています。どう考えても次は日銀の順番で外国人投資家からみるといつ日銀が量的緩和を終了させて正常化に踏み出すか、ということが注目点なのです。ですから外国人投資家は日銀の一挙一動に目を凝らしているわけです。しかし今回は正常化とみるよりは副作用を考慮した微調整と見るべきです。

円高や株安を阻止する為の手が打てない可能性

 かような微調整ですが、日銀としてもこの時点か、もしくは年内どこかの時点でかような政策調整を行うしかなかったと思われます。というもの、現状では如何なる変更についても追加的な緩和を行うのでない限り正常化、ないしは引き締めと受け止められる可能性があるからです。情勢が悪い時に引き締めと受け止められる政策変更を行えば一気に円高、株安に持って行かれる危険性があるわけです。この場合、日銀は追加的な緩和策は難しく円高や株安を阻止する為の手が打てない可能性が高いわけです。量的緩和策は国債が枯渇して限界ですし、マイナス金利政策は銀行が悲鳴をあげているのでこれ以上マイナス幅を拡大する深堀は出来ません。

 日本の消費者物価は思うように上がらないわけです。対照的に米国を見れば順調に経済が活性化して金利引き上げは来年にも終わりそうです。そうなれば日米の金利差は開きませんから円高に行きやすくなります。その時点では日銀にとって政策の微調整はやりづらいでしょう。また来年は消費税引き上げも予定されていますから、そこでも緩和と逆方向の動きは出来ません。更に昨今の西日本を襲った豪雨災害に対する財政措置も行う必要があります、これも金融正常化とは反対の財政大盤振る舞いの流れです。かように考えると現在は米国経済もとりあえず好調で株高模様であり、ドル高傾向になっているところなので、日銀としても比較的金融政策の調整が行いやすい環境下だったと言えるでしょう。ですからここを捉えて日銀は政策の微調整を行ったものと思います。

 また日銀は今回ETFの買い付け方法を日経平均型からTOPIX型を増やす方針に転換しました。これは当然でしょう、日銀の買い付けが日経平均採用銘柄ばかりに偏っていたので、長く続いた日銀によるETF買い付けによって、実質日銀が大株主となり、浮動株が枯渇する例も見られるようになってきました。現在日銀の保有比率がファーストリティング(ユニクロ)においては17.8%、アドバンテストでは19.9%となり、時間の問題でこれらの株式は浮動株がなくなってしまうという観測が出てきています。これでは株式市場の一部銘柄は国債市場の二の舞になりかねません。ですから日銀は銘柄の偏りが酷い日経平均型ETFから偏りが少なく時価総額に応じて配分されているTOPIX型ETFに買い付けの重心を移すということで、これは株式市場も歓迎するはずです。

 市場が警戒していた日銀の政策変更は無難に通過しました。懸念されていた長期金利は0.1%から一気に日銀政策会合前の0.045%まで下落したのです。イベントは終了しました。市場は落ち着き再び株高、円安方向へ動くと思われます。

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