<もし彼らが襟を正さなければ、米国はWTO(世界貿易機関)から脱退する>トランプ大統領は言い放ちました。既に米国トランプ政権は世界貿易の秩序を定めたWTOの規定を無視して米国と貿易相手国、1対1の2国間交渉を繰り返し、米国の圧倒的な力を背景に強引な交渉を進めています。ニュースに大きく出てくのは米国と中国との激しい貿易戦争ですが、米国はその間もあらゆる国と2国間のみで交渉を進め各国は次々と米国の要求を飲まされています。韓国やメキシコは米国との間で実質的な貿易の数量規制を受け入れました。日本も日米貿易交渉において自動車関税を巡って相当な危機感が広がっていましたが、安倍首相の巧みな交渉と安倍トランプ関係の親密さも手伝って、とりあえず交渉中は関税を課すことはないとの確約を得ました、農業分野においてもTPP以上の譲歩を行わないことを勝ち取ったとされています。マスコミでは日本の今回の米国との貿易交渉は成功と報道されています。しかし本来日本は米国とはTPPのような多国間貿易協定を結ぶ方針であって、米国の交渉力が強くなる米国と日本との2国間交渉には入りたくなかったはずです、今回の日米の合意内容を見ると日本と米国はこれから2国間交渉を行うこととなっています。これは日本の目指していた方向とは違う形の決着です。安倍首相は関税発動回避を約束したトランプ大統領に謝意を表明、トランプ大統領は<シンゾウとの友情だ>と述べたということですが、実質的に日米の2国間交渉はこれから本番という段階でしょう。結局日本は2国間交渉に追い込まれたわけですから米国側にじわじわと押されていることは明らかです。こう見ると、日米交渉もそうですが、米国はあらゆる国と貿易問題で2国間交渉を行いつつあるわけです。

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世界の多角的貿易体制を担ってきたWTOは何処に?

 一体世界の多角的貿易体制を担ってきたWTOは何処に行ってしまったのでしょうか? WTOは今や完全に機能不全となって有名無実な存在と成り下がったのでしょうか? 世界貿易は一定のルールに沿って行われるという秩序は取り戻せないのでしょうか? 存在意義が揺らぎつつあり危機感を抱いたWTOは必死に巻き返そうとしています。WTOは自らも<改革は避けられない>と悟って米国との対話を模索しようとしています。WTOの実情と問題点、米中の貿易問題の深層と日米欧中など各国の思惑と自由貿易体制の今後を考えてみます。

 WTOのどこに問題があったのでしょうか? 元々WTO体制はその前身であるGATT(関税及び貿易に関する一般協定)の体制から引きつがれています。第二次大戦後米国が中心となってGATTを構築、その後1990年代にWTOとなって世界の貿易秩序をリードしてきたのです。これが時代遅れとなって様々な問題に対処できず、現在では特に米国にとってWTO体制は不都合なものとなってきたわけです。そもそもトランプ大統領が出現した原動力は米国のいわゆるラストベルトと呼ばれる、寂れた工業地帯の職を失った白人労働者階級の熱狂的な支持から生まれたのでした。これらの地域は中国や日本や他の地域からの貿易攻勢によって産業が寂れ、労働者が職を失ったという歴史的な経緯があります。時代の流れといえばそれまでですが、現実に職を失い、生活の糧を失い、その結果プライドまでも失いつつあった白人労働者の実情は2年前の米大統領選挙を通じてクローズアップされてきました。いわば自由貿易の負け組の怒りが<米国第一>を唱えるトランプ大統領を生み出したとも言えるのです。ですからトランプ大統領は貿易問題に対しては強硬です。WTO体制には不満だらけなのです。

 WTOの歴史を振り返ってみましょう。WTOの前身であるGATTは1948年から施行されています。この当時は第二次大戦直後で戦勝国の米国が世界において圧倒的な力を有していました。日本や欧州は戦争の戦場となっていましたからその焼け野原からの復興途上だったわけです。そして米国は当時新しい敵、共産主義のソ連と対峙していました。かような情勢下においては米国にとっても欧州や日本の復興を助けてソ連と対峙するための体制を整える必要があったわけです。米国は自由主義陣営である欧州や日本の発展を後押ししました。このためGATTにおいては日本や欧州などが自国の産業を再建するために関税を高く設定することが許されたわけです。その時から70年近く経ち、現在各国の産業は十分力をつけてきて米国以上の競争力を持ってきたわけです。ですから現在ではそれなりの負担も必要になってきたのも当然でしょう。

 GATTを引き継いだWTOの体制も米国にとって不利な部分が存在しています。例えば WTOの体制では米国の自動車関税は2.5%ですが、米国が欧州に自動車を輸出する時の関税は10%取られますし、中国に輸出すれば関税25%取られるという状態でした(日本は関税ゼロ)。WTO体制下では高関税を課してもその関税が特定の国でなく、全てのWTO加盟国に対して課すのであれば、たとえ高関税であっても認められるわけです。米国からすればドイツ車などは米国へ膨大な輸入量となっているのに、どうしてドイツに輸出する時は関税が高いのか、また中国に輸出する時はどうして25%も関税が取られるのか、という不公平感があったわけです。本来は貿易赤字国が関税を高くして貿易黒字国が関税を低くすべきなのにそうなっていません。米国だけ例外です。そのような不公平を下に、自動車産業が衰退した(それだけではないが)、そして多くの労働者が職を失ったとなれば米国側が反発するのも当然です。

 また中国に対しては米国をはじめとして日欧なども中国がWTOに加盟して貿易の門戸を開くようになって交流が活発化すれば、中国もいずれ政治体制が民主的に変わってくるはず、との目論見もあったのですが、それもかないませんでした、逆に中国は更に政治的な独裁色を強めているわけです。

 WTO体制は時代の変化についていっていません。知的財産権の保護もWTO体制では守れません。また本来自国の産業に対しての補助金を出すことをWTOでは問題視しているわけですが、中国は補助金を一向にやめません。中国は自国の鉄鋼企業に対して多額の補助金を出して過剰生産を発生させ、世界の鉄鋼市場を混乱させてきました。米国は何度もこの問題をWTOに警告したにもかかわらず一向に中国側は耳をかさず、問題は改善されてきませんでした。WTOの仕組みはその成り立ちから考えればわかりますが途上国に対しては甘いわけです。しかしながら中国のような貿易で大黒字を出してきた国がアフリカ諸国などと同じ途上国グループに属して優遇措置を受けている現状はおかしいわけです。いわば中国はWTO加盟の旨味だけをとって自国の経済は全く開放していないというわけです。

 2001年中国はWTOに加盟、そこから中国経済の急成長が始まりました。中国の2001年の輸出額は約2660億ドルでしたが、2017年には2兆2630億ドルと約8.5倍に膨れ上がったのです。中国の米国との貿易での黒字は3700億ドル、日本円にして40兆円近い黒字を出し続けているのですから中国が大発展したのも当然です。中国にとって一番重要なことは対米関係の安定的発展であって、中国は実は米国主導の秩序の中で最も恩恵を受けてきた国と言えるでしょう。

中国は徹底的に自国産業保護を貫いてきた

 それにもかかわらず、中国は徹底的に自国産業保護を貫いてきました。中国では外資の参入に対して分野ごとに厳しい出資規制を行い、且つ技術移転の強制など様々なハードルを設けてきたのです。そして最近では、<中国製造2025>の掛け声の下、製造業の世界的な覇権を握ろうと政策的な舵を切り<中華民族の偉大な復興>という野心を前面に押し出すようになりました。これがトランプ大統領の唱える<米国第一主義>と真っ向から衝突したわけです。こうして中国では企業が巨額の政府資金を調達できる体制が出来上がり、技術力のある米欧企業を買収する動きが次々に出てきました。買収した方が手取り早く技術を手にいれることができるというわけです。買収や企業の株式取得は資本主義下の自由な資本移動ができる米欧市場では資金さえあれば可能です。ところがその逆の中国企業の買収は許されないのです。米欧企業が中国企業を買収するのは困難ですしそんな事例は聞いたこともありません。というのも中国企業を買収しようとしても中国当局の様々な規制によって阻まれるわけです。かように中国はWTO体制の恩恵を最も受け、世界第二の経済大国になったにもかかわらず、日米欧など自由主義国とは根本的なシステムが違い、制度上大きな不公平が横たわっているわけです。日米欧やIMFなども中国での資本取引を自由化するように要求してきましたが、中国は口ばかりで、現実的な自由化の動きは一向に出てきません。

 そもそも中国は国家資本主義で、中国の企業自体が全て共産党の指導の下に置かれている状態です。世界のどこにいる中国企業も共産党の指示に従わなくてはなりません。WTO体制はこういった国家資本主義的な体制は想定外でこのようなケースを考慮に入れてルールが作られていません。米国のシェイWTO担当大使は<中国では法律は政府の道具で裁判所は共産党の言いなりだ>として<中国政府の国有企業支援や補助金拠出、外国企業の参入規制は自由貿易の阻害要因であり、中国は世界で最も保護主義的だ>と強く非難していますが、その主張はもっともです。一方の中国はトランプ政権による各国に対しての強引な貿易交渉に反発して非難、自らを<自由貿易を守る>と主張して<自由貿易の旗手>のような言動を繰り返しているのです。

 かような情勢下、米国は本来であればWTOの改革を目指して日米欧で協力して中国に対峙して、中国に圧力をかけ、世界貿易の指針となるべきWTOの制度改革を試みるべきと思われますが、トランプ政権としては改革成就まで待てないということでしょう。ですからトランプ政権はWTOを無視して強引に突っ走り中国へも強烈な圧力を加えています。この中国に対しての圧力も米国経済が最も好調である現在でなければ通用できないとの考えもあると思います。トランプ政権としては中国経済が<大きく米国への貿易に依存している現在>が中国を叩くチャンスと考えていると思います。

 トランプ大統領のやり方には賛否両論あり、世界的な非難も大きくなっています。その<米国第一主義>で他国の事情も顧みず強引に自己主張を押し付けるやり方は世界中で反感を買っています。一方オバマ前大統領は戦争を好まず平和主義者で事を荒立てずに収めようとする傾向がありました。化学兵器を使用したシリアのアサド政権に対して攻撃もせず、中国の南シナ海における人工島の建設に対しても強く対応しませんでした、また北朝鮮の暴走も許してきました。かような弱気な姿勢がシリアや中国や北朝鮮を付け上がらせたことも否定できません。ところがトランプ政権は強引で出方がわからず、そのためシリアや中国もおとなしくなっています。トランプ政権が強硬なので、中国が味方を求め、日本に対して融和姿勢をみせてきています。中国は最近尖閣で問題を起こすことはなくなりました。かように考えると一概にトランプ政権の手法を非難すべきでもないでしょう。

 9月25日、日米欧の通商閣僚はWTOの改革案を11月に共同提出することで合意しました。トランプ政権の強引な姿勢が世界の貿易秩序を壊し、皮肉にもWTOの権威を失墜させ改革を余儀なくさせたのです。世耕経済産業相は<米国にコミットしてもらい、共同で取り組んでいくことが2国間の貿易戦争の抑止、回避につながる>として米国の意向を汲んだWTO改革が始まることを歓迎しています。すでにWTOの目は米国に向いています。WTOのアベゼド事務局長は<ライトハイザー米国通商代表とはオープンに話せるルートもあるので、何度も改革について話しをしている>ということです。トランプ政権の強引な手法は様々なところで味を結ぼうとしています、WTO改革、そして日米欧や中露などとの対立はWTOという場においても激しくなっていくでしょう。

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