中国の株式市場が急落しました。これを契機に中国経済は深刻な状況に陥っていく可能性も高いと思われます。今まで中国は株式市場が下がれば、不動産市場が活況、不動産が冴えなくても高利回りが保証されてきた理財商品が売れるなど、人々の大量の資金の行き先が明確で危ないながらもそれなりの安定はしていました。しかし今回中国の主力の株式市場である上海総合指数がわずか2週間で一時25%下げるという暴落状態となりました。

上場銘柄の7割を超す株式がストップ安?

 一方中国の個人投資家に爆発的な人気のある深セン市場の創業板(中国版ナスダック市場)は上海総合指数以上に大きく下げてしまいました。6月26日には上海、深セン市場合わせて約2800銘柄あるうちの約2000銘柄がストップ安するなど異様なパニック状態に陥っています。上場銘柄の7割を超す株式がストップ安するとは尋常な状況ではありません。通常高値から2割、しかもこれだけ短期間で急落しては相当長期間にわたって株価は戻すことはできない、と考えるしかありません。大量な売買と異常人気で盛り上がってきた中国の株式市場はその反動として大きなしこりを上値に残し、数年間に渡る低迷は必至かもしれません。今後株価の低迷と共に中国経済の持つ様々な矛盾が表面化してくる可能性があります。今はただ株価が急落しただけですが、これをきっかけに今後中国は世界経済の波乱要因となってくる可能性が高いでしょう。中国の株価の現状分析と行く末、並びに中国経済の今後を考察してみましょう。

 相場は常に行き過ぎるものですし、相場は上がれば上がるほどその反動も大きなものとなります。上海市場をはじめ、中国の株式市場に関しては明らかにその上げ方が異常でありバブル化しているという警告は各方面から発せられていました。しかしそれは欧米や日本など中国の外から聞こえてくる見解であって、当の中国国内では当局に対しての圧倒的な信頼の下、中国市場は更なる株高になっていくに違いない、という確信に満ち溢れていたのです。相場は人間の心理が形成していくものですから、高いや安いなどの判断は投資家各々が行うものであって、バブルか否かはその相場が崩壊してみないとはっきりとはわかりません。元FRB議長のグリーンスパン氏も<バブルは崩壊して初めてバブルとわかる>と言っていましたがまさにその通りで勢いに乗った相場は絶頂になるまで上がり続けるわけで、それをバブルだったと判断するにはその相場の崩壊を待たねばわからないというのも歴史が示しているところです。

 かつて1929年ニューヨーク株式市場の大暴落の直前、ロックフェラーが靴磨きの男の子が株の話を一生懸命するのを聞いていて、これは相場は危ないと思って全て株を売り払ったと言われていますが、まさにバブルの絶頂時にはこのような誰もかれも株式投資に殺到するという傾向が現れるものです。今回の中国市場の急騰は異常でしかも人気は全国的になっていました。仕送りで生活していて稼ぎがないはずの大学生でも中国ではその3割が株式を保有して、しかもそのうちの25%は100万円以上の株式投資を行っているというのですから尋常な状態ではありませんでした。これに対して新華社は<このような大学生による株式投資はリスク意識が非常に低い。大学が賭場にならないように警戒する必要がある>とさすがに批判をし始めていたところだったのです。

 中国の証券口座数は日本の人口の2倍近い2億口座に達していたということで、まさに国民のほとんどが株ブームに便乗していたと言えるでしょう。特に人民日報や新華社など共産党の機関紙が今年になって株高を助長するような論調を組んでいましたから多くの国民は当局の株高志向を信じて株式投資に殺到していったものと思います。当局も株高を奨励していたわけで、当局も穏やかな株高を目指していたものと思いますが、それが余りに短期的に勢いがつき、異常なピッチの株高になってしまったわけです。当局も幾分ブレーキをかけたいと思っていたと思われます。そんな矢先で大学生の投資の実体などを紹介したと思いますが、現実に起こったことは行き過ぎた相場が想定を超えた暴落を引き起こしていまい当局はこの状態は深刻に捉え頭を抱えている状態かもしれません。

中国経済全体の落ち込みが酷くなる可能性

 中国当局はどうしても株高を演出したい動機があったと思われます。それは現実の中国の景気が明らかに急減速してきて、このままでは中国経済全体の落ち込みが酷くなる可能性があり、更にここ数年上がり続けた不動産価格が変調で放置すれば不動産価格の急落も免れない状態であり、これに関連して地方政府の債務は天文学的な額となっていたわけです。このままでは地方債務の返済に重大な支障をきたすのは必至という情勢でした。

 一連の袋小路に入った経済を何とか活性化するには、やはり新たな新鮮なバブルを構築してその恩恵を多くの人々に享受させ、不動産バブル崩壊から始まる危機をやわらげたいという強い動機があったと思われます。そうでなければ官制メディアの相次ぐ株式投資への奨励記事は理解できません。明らかに中国当局は人々に株を購入するように誘導していました。

 中国人民銀行は昨年11月から金利引き下げを始めましたが、この時点から当局の方針としての景気テコ入れのための株高誘導が始まったように思えます。中国の国民は当局の意志なり方針を絶対視するところがあります。また当局の方針に対しての信頼感もあります。中国では言論の自由や当局に対しての政治的な批判はご法度ですが、実際、中国共産党の特に経済政策は優秀で中国の劇的な発展を指導してきたことは事実です。中国共産党首脳部は民主的な選挙で選ばれたわけではありませんが、中枢部のエリートはかなり優秀で中国経済や政治の問題点を熟知して中国をうまく政治的に安定させながら経済発展を拡大させることに巧みに成功してきたことは疑いないでしょう。中国国民も不満は多くあると思いますが、共産党の指導を受け入れてその指導を信頼しているということはあると思います。

 中国には民主的な選挙制度はありません。中国国民は自分達の意志は政治に反映されないわけですが、反面今までここまで中国を発展させてきた共産党の成果は明らかであり、その意味では共産党当局がどのような政策を行ってくるのかに従ってその動向をいち早くキャッチ、行動することは中国の国民の一つの処世術になっているように思えます。資産運用などは共産党の動きをいち早くキャッチしていれば自然に判断できるというような考えも一般的なのです。<株式投資など投資をするなら共産党の言うことに耳を傾けろ>というわけです。日米欧などで投資を行う場合<中央銀行に逆らうな>と同じような感覚かもしれません。その共産党が株式投資を奨励する以上、この方針に従うのは当然の利益になるという考えだったと思います。これが日本や欧米の投資家の考えと違うところです。中国では株のインサイダー情報は当たり前で当局の目指す方向を知ることこそが投資における一番の重要な視点なわけです。

 また現実に中国の国民の場合、その預金や資金の預け入れ先が国内に限られているという現実もあります。日本であれば、資本が自由化していますからドルに投資するとかユーロに投資するとかはたまた中国やロシアなどブリックス諸国に投資するなど株でも債券でも為替でも様々な自由な選択肢が用意されています。ところが中国の人々は基本的に海外への投資は禁止されていますから勢い、国内の預金か不動産か株式市場か理財商品のようなものに投資するしか資産運用の選択肢がありません。勢いその時に旬の投資先に資金を投下するという風になるざるを得ないわけです。

 また中国では二けた成長が続いてきましたからインフレ率もそれなりに高いわけで、とても預金金利ではインフレに太刀打ちできないという時代が続いてきたわけです。そこでは時には株式投資、時には不動産投資、時には理財商品と状況に応じて自らの資産を巧みに運用する必要性に迫られていたものと思われます。実際中国では年金制度などないに等しい状態ですから老後の資産も自らが工面していく必要もあるわけです。因みに中国の年金基金ですが金額ベースで日本のそれの4分の1程度にしか過ぎません。人口が日本の10倍近いことを考えると年金基金はとても当てにならず自ら投資してインフレに打ち勝っていくしかないのです。

 このような情勢下、中国国民は大きく動き出した株式投資に我先にと殺到したものと思います。ところが今回中国の経済実体を無視して相場が1年で2.5倍にまで化けた余りに過熱したあとでこのように2週間で25%も下げてはもう株価は簡単に戻ることはできません。現状は多くの投資家は株価が再び戻ることを信じているでしょうが、相場の歴史を見る限りこのような短期的にも歴史的に大きな相場を出してこれだけのしこりを作って簡単に回復した実例は皆無と言っていいでしょう。これだけ大崩れしたとなると中国株は一時的には戻っても更に下がっていく可能性が大きいです。

 元々、当局は不動産バブル崩壊懸念や経済の減速を回避するために恒常的な株高を演出したかったものと思います。それが株式市場の人気が異様に沸騰してコントロール不能の上昇となり挙句の果てに崩壊の憂き目に至った形です。こうなると今後の展開は非常に厄介なこととなります。まずは株高で覆い隠していた不動産バブル崩壊や経済の急減速、そしてそれに付随して起こる理財商品のデフォルトなど懸念されていた問題が次々に発露してくる可能性が高いでしょう。更に今回の株安ですが、たちが悪いのは信用取引が爆発的に拡大していてこの下げによって、その信用取引の想像以上の損失の発生による様々な金融的な問題が発生してくるのは必至と思っていいでしょう。

株式投資での異様な損害額の表面化

 日本の今の相場についてバブルという人がいますがとんでもないことで、日本では全く相場に過熱感がなく、信用取引によるいわゆる借金の買い付け残高はわずか3兆円程度に過ぎません。歴史的に見ても低い水準で全く個人投資家に対しては株式市場は人気化していません。日本市場の600兆円の時価総額を一気に抜き去って800兆円にまで時価総額を膨らました中国の上海市場ですがここの急落で時価総額は日本に近づいています。そして中国のナスダック市場である創業板の信用取引を合わせると中国市場の信用取引残高は約45兆円に及ぶわけで、これは日本の15倍という凄さです。借金して購入した額がここまであって、それがほぼ一瞬にして水浸し状態になってはおそらく実質資金を全て喪失した投資家も中国各地に続出しているはずです。全体の動きを現す指数が一時的にも25%下がったということは個別株でみると50%以上下がった銘柄群も続出しているはずです。通常日本の信用取引でも3倍購入できますので目いっぱい購入すると3割下がると資金は全て喪失します。中国の場合は主力の上海市場が一気に25%の下げで創業板はそれ以上ですから信用取引を絡めた場合、壊滅的な投資家が山のようにいるはずです。最もそれらの投資家の担保キレの売りが現在の相場を急落させているわけです。この場合中国の証券口座数は2億に及んでいますので、けた違いの被害が全国的に発生している可能性があります。これは今後徐々に明らかになっていくでしょう。不動産バブル崩壊や理財商品のデフォルトも大きな事件ですが、それより早く今回の株式投資での異様な損害額の表面化がまずは深刻な問題を発生させることとなるでしょう。単純に考えても指数が25%下がったわけで、額にすると2週間で200兆円近い額が失われた計算になります。上がって儲かった額が減っただけと考えるのは単純な考えで上がったところで膨大な信用を供与していて多くの投資家がそこで参入しているのは必至の情勢ですからその後遺症は相当深いものとなるでしょう。

 そしてこの株の急落は今後の中国の経済の回復を極めて難しいものにしていきます。そして中国の不動産価格ですが実は昨年から今年初頭までは主要都市で下がり続けていたわけですがここにきて主要都市の不動産価格はやっと下げ止まってきていくらかの都市では上昇に入ってきていたのです。例えば創業板の市場がある深センでは5月の不動産価格は前年比6%のプラス転換していました。これは明らかに株高の好影響で本来下がり基調の不動産価格が一時的に上昇したに過ぎない傾向だったと思われます。現に中国の地方都市の不動産価格は相変わらず下げ続けているのです。この深センや北京、上海などの不動産価格も今月の株急落を契機として再び、今度は大きく下げ始めるでしょう。これが更に理財商品のデフォルトを助長することになっていくと思われます。

 中国の不動産業者では余りに売れないマンション販売をこの株高をチャンスとして一気に営業攻勢をかけていたのです。業者の中にはマンション購入を決めた先着30名に高級車ポルシェを提供するサービスを始めたところがあるというのです。明らかに販売に苦慮している業者の焦りが見えています。中国では現在鉄道輸送量、発電量、粗鋼生産、輸入数量、そしてここにきて自動車販売なども減少してきているのです。完全に経済の失速は隠しようもなく、もはや7%成長などという目標達成は絶望的とみられています。

 日本株は企業業績も堅調で外国人投資家が買い続け、反対に日本国内の個人投資家が売り続けている中で株価が上がり続けているのです。これとは対照的に中国では外国人投資家の参入は禁止されています、企業業績は明らかに悪化しつつあるなか、中国全体の経済の落ち込みがはっきりしてきている最中に個人投資家が大学生まで熱狂して相場が急騰してきたのです。そしてその異常人気のつけとして大きな反動が出てこようとしているのです。まさに企業業績が良くても政府を信用せず株を買わない日本の個人投資家と企業業績は悪くても政府を信じて株を国民全体で買っていく日中の国民の投資態度は対照的な構図となっています。

 問題は中国の国民が共産党政府を信じて投資したはずの株式投資で大損して身動きが取れなくなり、それに加えて不動産価格の下落や理財商品のデフォルトなど共産党政府のやることなすことが次々と裏目に出てきたときにどうなるか、ということです。中国共産党は選挙で選ばれたわけではないですが、それが支持されているのは経済を巧みに演出してきたからに違いありません。中国は二けた成長を続け、ここにきて経済は減速しつつありましたが当局は概ね大きな問題を起こさずに収めてきました。ところが日米欧など市場経済を貫いてきた諸国は好景気の後に市場の反乱や混乱でどうにもならない大きな経済の落ち込みを経験してきたわけです。中国はそれらを横目で見ながら共産党主導の下、市場を完全にコントロールして巧みな計画経済と市場経済をマッチしながらうまく切り抜けていこうと考え、株、不動産、理財商品、そして再び株と巧みにバブルを演出しながら経済をソフトランディングしようと考えているかもしれません。そして民主主義という選挙で政権が選ばれる政治システムよりもエリートを養成した共産党の知恵を使って国家経営した方が巧みに行くはず、と自らも政治経済の統治システムを優れたものと評価しているかもしれません。しかし共産党のエリートたちはこれから来る難局をまたもや巧みに切る抜けることができるのでしょうか? 

 株急落を受けて中国人民銀行は緊急の金利引き下げを決定しました。昨年11月から4回目です。また29日夜には、年金保険基金に対して運用資産の3割を中国国内株に投資することを認める草案を発表したのです。年金基金で株購入することを何年もかかって議論してやっと政策を変えた日本と比べて、中国ではわずか1日で年金の株購入が決定される素早さです。当局のなりふり構わぬ株買い支えの姿勢が垣間見えます。モルガンスタンレーは<中国株は天井を打った、押し目買いを入れるべきではない>とレポートしました。今後も当局は必死に株式市場を支えようと努力するでしょう、そして株式市場というダイナミックな自由市場は当局の思う通りにならないことを知ることとなるのです。中国株は完全に陰転して深く長いトンネルに入ったように思います。いよいよ中国の本当の苦悩、混乱の始まりのベルが鳴ったようです。