アジア諸国の景気がつるべ落としのように落ち込んできています。アジアは世界で最も発展する地域と言われ、今までは東南アジア各国のような新興国は高成長が当たり前、反面先進国は低成長に苦しんでいる、という見方が一般的でしたが、現状は中国の経済減速の影響を受けて様変わりの様相になってきました。景気は循環していくものですから、好不況が生じてくるのは仕方のないところです。しかし一端高成長に慣れきってきたアジア諸国のような発展途上の国々が景気落ち込みに遭遇してくると思わぬショックや想定外の事態が生じてくる可能性も高いのです。そして現状のアジア諸国はかつてないほどの景気の落ち込みに瀕しようとしています。これら各国の深刻な現状とその背景、先行きを考えてみましょう。

激減する自動車販売

 アジアの問題は直接日本には関係ない、と思ったら大間違いです。アジア諸国は親日的な国が多く、日本企業が多く進出しています。例えば東南アジア諸国では新車販売の8割のシェアは日本企業が握っているほどですから、その景気動向は日本企業に多大な影響を与えるのです。日本企業の業績は極めて好調なのは国内よりも海外で稼いでいるからです。米国と共に日本の主力の輸出先である東南アジア諸国の経済動向が日本に影響を与えないはずがないのです。

 先日発表になった東南アジア諸国の自動車販売の落ち込みには驚愕します。成長著しいと思われていたASEANの主力3ヶ国、タイ、インドネシア、マレーシアの4月の新車販売が軒並み前年同月比で20%以上の落ち込みとなってきたのです。高成長を謳歌してきた新興国とは思えないほどの異様な落ち込みです。タイが軍政をひいているとかマレーシアが消費税を引き上げたとか個々の事情は考慮しても、これら東南アジア諸国に構造的な問題が生じていることは明らかなのです。そうでなければ新車販売が20%以上も落ち込むわけがありません。

 これら東南アジア諸国は急速に景況感が悪化して、明らかに消費者の購買力が落ちてきています。中国の経済減速の影響を受けて資源を中心とする物が売れなくなってきて、その結果、域内の企業の生産が落ち込み、企業の業績が悪化、そうなれば雇用や賃金が落ち込んできて所得が減少し始めるのも当然です。これらは個人消費を落ち込ませ、必然的に新車販売などは減少してくるわけで、こうなれば売れないから物価を下げるしかなく、一連の消費財の価格の下落が始まって、これらの動きがスパイラル的に起これば、まさにデフレ突入となるわけです。現在東南アジア諸国はこのような典型的なデフレ突入の一歩手前の状態にまで追い込まれてきたと言えるでしょう。

中国頼み経済の危機

 資本市場にもその傾向がはっきり見て取れます、東南アジア諸国は株も通貨も下がる一方なのです。日本では先日、日経平均株価が何と27年ぶりの12連騰となって、歴史的な株式市場の大相場を予感させる兆候が生じていますが、これとは対照的に新興国株指数であるMSCI新興市場指数は何とこの時期に11日連続安という日本とは逆に24年ぶりの連続低下という事態に陥っているのです。日本の12連騰が日本の大相場を示唆しているのなら、新興国の11日連続安は新興国経済の奈落の底への落ち込みを示唆しているのかもしれません。それほど深刻な事態が進行しようとしているのです。

 これら全ては東南アジア諸国の経済の構造的な問題に起因しているのです。それは何かと言えば自国経済の極端な外国経済への依存です。言葉を変えれば経済の輸出依存、具体的には中国への依存が大きすぎるから生じてきた問題なのです。中国への依存度が高ければ中国経済がおかしくなれば、その影響で自国経済がおかしくなるのも当然の流れでしかありません。東南アジア諸国は外国にその経済を依存して自ら需要を作り出すことを怠ってきました、イノベーションの発展は外資に頼り、かつては米国への輸出で経済を活性化させ、今度は中国への輸出という特需で経済を発展させてきたのです。

 リーマンショック後中国はいち早く4兆元に上る経済対策を実行して中国国内の大規模なインフラ投資に舵を切り、その膨大な需要を基に、世界の景気を回復させる原動力を作りだしました。中国のインフラ需要はけた違いです。そこでは怒涛のような資源需要が生じてきて、その需要に応えるためにはその需要を満たすだけの資源の供給体制が必要となったのです。その供給基地となってきたのは東南アジア各国です。溢れ出る中国のインフラ需要に便乗して東南アジア各国は膨大な設備投資にまい進したのでした。中国は2010年までは二けた成長を続け、その後も7%を超える成長を続けてきたのですが、その中国経済は予想を超える落ち込み状況となってきたのですからたまりません。中国への輸出で潤ってきた東南アジア諸国の経済ですが、その中国への輸出が急減してきて全く元に戻らないのです。輸入側の中国の統計数字をみると、昨年の通年の輸入額は前年比0.4%増と2009年以来の低い伸びとなったのです。更に昨年暮れから中国の輸入は急減し始め7ヶ月連続前年割れとなったのです、しかも今年に入ってから毎月前年同月比で20%近い減少が続き、この傾向に全く回復の兆しが見えないのです。こうなると東南アジア諸国は自国経済を中国への一本足打法で運営してきたのですから瞬く間に深刻な不況へ転落です。

 アジア各国は輸出主導の経済ですが、例えばタイから中国への輸出はこの1-3月は前年同月比13%減、マレーシアからは8%減、韓国からは8%減となっています。タイ、マレーシアの中国向け輸出はGDPの15%にまで拡大していますからこれだけ減ると経済の落ち込みは破壊的なのです。同じく韓国は中国への輸出はGDPの2割に上っています。これが極端に落ち込んではどうにもなりません。日本でGDPの2割と言えば100兆円に上りますが、この主要な部分が二けた近い落ち込みとなっては、他に補うものがなければ経済が壊滅的な状況に陥るのは当然でしょう。そしてこれら東南アジア各国や韓国では余りに中国向けの依存度が大きすぎてこれら中国への輸出に代わって経済をけん引するものがないのです。こうなると非常に厄介です。これら東南アジア各国や韓国は中国への需要を見越して大規模な設備投資を繰り返してきたわけですが、中国の経済が大きく減速することによって、自国の産業に巨大な需給ギャップを生じさせることになってしまったのです。かつての日本が対米依存度の大きな経済で米国がくしゃみをすると日本は風邪をひくなどと揶揄されてきましたが、まさに東南アジア諸国や韓国経済は中国が深刻な経済減速に突入しようとしている今、驚くほどの需要の落ち込みから設備の稼働率が劇的に低下して壊滅的な状況に向かっている可能性があるのです。

相対的に高くなったアジアの通貨

 問題はこれら東南アジア各国や韓国は今まで余りに高成長に慣れすぎてきたということです。発展途上の国にとっては今日より明日が良くなるのは当然であり、経済は発展し続けるもので、インフレは当然という環境下で成長を謳歌してきたのです。こうして全く不況を知らないまま今世紀を過ごしてきました。人々が厳しい時代の不景気を知らなくてはこれから来ようとする深刻なデフレなど耐えられるはずがないのです。余りに急激な経済の落ち込みを考えるとこれら東南アジア各国や韓国までも今後の展開によっては社会不安や政治的な混乱が生じてくる可能性もあるでしょう。

 輸出依存度の高い経済が輸出に問題が起こってきたわけですから、当然その輸出を回復させようと必死になるのも当然です。これが今度は深刻な通貨安競争を引き起こしています。東南アジア各国の通貨は例外なくドルに対して安くなってきています。ところが輸出の競争相手である他の通貨も皆、ドルに対しては安くなっているのです。ドル以外の代表通貨である円やユーロに目を向ければドルに対して円は過去9ヶ月間に16%の下落、またユーロは18%の下落となっています。アジア各国も通貨が下落していますが、これほどは下がっていません。輸出という観点から見ればアジア諸国の通貨はむしろ競争相手に対しては高くなっていると言えるわけです。一般的にインフレ率は日本や欧州などより発展著しいアジア諸国の方が高いわけですから、インフレ率を考えればアジア諸国の方が日本や欧州より通貨が安くなるのは当然なのです。しかし起こっているのは日本円やユーロの方が安くなるという逆の現象です。要はアジア諸国も必死に通貨安に誘導しようとしていますが一向に相対的な通貨価値は下がらず輸出競争力は少しも改善していきません。ところがアジア諸国の通貨はドルに対しては安くなっていますから、結果的に国内物価は上昇気味で輸出は減るというジレンマに陥っています。タイやインドネシアやマレーシアなど新車販売が20%以上落ち込んできたことを指摘しましたが、この状態でドル高の影響から国内物価上昇のあおりを受けて新車の値上げに踏み切っているというのですから尋常な状態ではないのです。

未体験ゾーンに突入するアジア諸国

 しかもここに追い打ちをかけようとしているのが米国の金利引き上げ観測です。MSCI新興国指数が急落中であることは指摘しましたが、これが顕著になってきたのは5月22日からです。この日、米FRBのイエレン議長は米国経済の順調な回復を受けて、年内には金利引き上げを行うことを示唆したのです。米国が金利を引き上げれば世界各国の資金、とりわけアジア各国に投下されていた資金などは米国の高金利を目指して一気にアジアから米国へ資金流出が起こる可能性が高いわけです。現に新興国の株式ファンドは6月10日までの1週間で2008年のリーマンショック以来となる多額の資金流出に見舞われてきたのです。この1週間で新興国ファンドからの資金流出額は約93億ドル、そのうちの85%までがアジア地域からの流出なのです。

そもそもアジア諸国は輸出は中国に依存して、その経済成長のための原資は国際的な資金の流入によってその多くを賄ってきたのです。高成長と高金利が世界の資金をアジアに引きつけてきたわけです。それが中国経済の減速と共に経済が劇的に悪化、その上、アジア諸国に投下されていた資金が米国の高金利にひかれて引き上げられる展開となってはますます窮地に陥ってしまう可能性が高いのです。

 アジア諸国はフロンティアと言われ、経済発展が約束されていたように思われてきました。東南アジア各国の人口は6億5000万人に上りその半分以上は2030年まで30歳未満という若さなのです。中国で賃金上昇の波が著しく今後は東南アジアが中国に代わって世界の工場になると期待されてきました。中間層が劇的に拡大して購買力が飛躍的に増え、その発展は疑いないと思われてきたのです。もちろん中長期に見ればこの地域の発展は期待していいのかもしれません。しかし現状は余りの急激な経済の落ち込みと中国からの国境を越えたデフレの大波に襲われつつあるのです。更に追い打ちのように米国金利引き上げによる資本流出寸前の危機に瀕しようとしているのです。

中国経済の減速は今ここで始まってきたばかりです。そして東南アジア各国の経済不振も始まったばかりなのです。いったいこの危機にうまく対応できるのか、発展とインフレに慣れきったアジア各国は想像もしない経済失速の嵐を乗り越えることができるのでしょうか? 未曽有の危機が近づいてきます、東南アジア各国は海図のない未体験ゾーンに突入していくのです。