この直近の1週間で世界の株式市場は大きく下落しています。本来であれば年末年始は世界的にみても株価が最も上がりやすい時期であり、投資家の期待も大きかったと思われますが、今年は残念ながらここまでは例年の動きを無視するような波乱模様となってきています。いきなり直近の1週間で変調になってきた世界の株式市場ですが、直接的な原因は原油安による市場の混乱が必要以上に不安心理を広げているものと思われます。WTIの原油相場は先週から8月の安値を割れて底抜けの急落を開始、ついに35ドル台と6年10ヶ月ぶりに安値に落ち込んできたのです。

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世界の株式市場に暗い影を投げかけている米国ニューヨークダウ

これに大きく反応したのが米国株です。特に世界の中心地である米国のニューヨークダウが先週1週間で580ドル安となって急速に地合いが悪化したことが世界の株式市場に暗い影を投げかけているようです。ニューヨークダウは構成銘柄に多くのエネルギー企業を抱えていますので、原油が大きく下がるとダウ構成銘柄の業績も大きく下振れするために株価の大幅下落もやむを得ない面もあります。一方日経平均も12月1日には引け値ベースで3ヶ月ぶりに2万円にタッチして師走相場は活況か、と期待されたのですが、やはり米国株の下げと原油安など外部環境の悪化を受けて大きく反落、日経平均はここ1週間で1000円近い下げとなってしまいました。また量的緩和の拡大など金融緩和期待が盛り上がって11月末までは堅調な推移をしていた欧州株もECBの12月3日の量的緩和拡大の政策決定が市場予想に届かず、大きく下落してしまいました。

 かように12月に入って世界の株式市場は10月、11月の堅調さが嘘のように急速に冷え込んできています。一連の流れの底流にあるのが今週行われる米国FOMCによる金利引き上げ決定に対しての懸念なり不安感です。

 米FRBは今週15、16日開催のFOMCにおいて9年半ぶりに米国の政策金利の引き上げを決定するとみられていますが、この金利引き上げは米国経済の順調な回復を証左するものであって、本来であればリーマンショック後米国経済がこの状態にまで回復して金利を上げていいほどに正常化に近づいてきたことは喜ぶべきことでしょう。一方で米国の金利を世界に先駆けて引き上げるということは、現状の不況感が漂ってきた世界経済の情勢を考えれば大きな波乱要因となることは明らかでした。正常化して金利がつくようになったドルに世界の資金が吸い寄せられ、新興国などを中心に米国への資本逃避が噴出する可能性があるからです。2013年春に前FRB議長のバーナンキ氏が量的緩和政策の終了を示唆した時点でも世界の資本市場は大波乱となって株式市場だけでなく為替や国債など債券市場、商品市場なども大混乱となりました。

 それだけ米国の政策転換は世界に大きな衝撃をもたらすわけですから、この歴史的な政策転換は極めて慎重に事前にアナウンスして市場に100%近く金利引き上げ決定を織り込ませて現実の政策遂行の発表を行う必要があるわけです。市場関係者のほとんどは今年はじめから今年の最大のイベントは米国金利引き上げがいつ行われるかということである、と一致した考えを共有していました。その金利引き上げがいよいよ今週に迫ってきたわけですから市場が直前になって極めて神経質になるのも自然な動きなのかもしれません。

 しかしFRBはこの金利引き上げの決定についてはもう1ヶ月も前から様々なメディアを使って充分すぎるほどのアナウンスを行ってきたと思われます。そして市場は先々週まではこの利上げを受け入れる体制は十分整ったとみられて極めて落ち着いた相場展開だったのですが、いきなり先週の原油安の加速から急速に変調になってしましました。

米国債券投信のいきなりの換金停止措置の発表

 基本的には今回起こってきている市場の混乱は、米国金利引き上げに対しての潜在的にくすぶっていた懸念が、利上げを直前に迫ったこの時点で大きな悲鳴となって現れてきたと解釈すべきでしょう。それだけ米国の9年半ぶりの歴史的な利上げは大イベントであって、これだけの大イベントがすんなり通過とはいかない世界経済が抱える構造的な問題があることは認識しておく必要があるようです。

 先週末金曜日ニューヨークダウは一日で309ドル安と大きく下げたわけですが、特に投資家に不安感を抱かせるニュースが出ました。それは債券投信のいきなりの換金停止措置の発表でした。米国の債券投信、特にエネルギー企業など信用力の低い低格付け債で運用を行っていたファンド<サード・アベニュー・フォーカスト・クレジット・ファンド>が突如清算に追い込まれたのでした。このようないきなりの換金の停止と清算の発表は極めて異例なことです。日本でも米国のハイ・イールド債、いわゆる信用力の低いジャンク債に投資するファンドが大きく販売されていますが、この<サード・アベニュー・フォーカスト・クレジット・ファンド>もシェールガスやシェールオイルなど苦境のエネルギー関連企業に大きく投資していたものと思われます。このファンド自体は額が日本円で950億円程度ということですから、額的には市場に大きな影響を与えるものではありません。問題はいきなり市場でこのようなファンドの換金停止や清算、といった衝撃的な事象が起きたということです。当然このようなケースをきっかけにしていわゆるハイ・イールド債に投資しているファンドの相次ぐ閉鎖や清算が行われるのではないか、という不安感が急速に広がってきたのです。

 投資家にしてみれば、自分の保有していたファンドがいきなり現金化できない状態になって清算が決まってしまったということは衝撃でしかありません。このような突然のファンドの清算措置は実はリーマンショックが起きた2008年以来のことで極めてまれなケースなのです。水面下でこのハイ・イールド債の市場では相当深刻な事態が進んでいるとみていいでしょう。一連の流れを受けていわゆるジャンク債市場、ハイ・イールド債市場は急落(金利急騰)となってしまいました。それが引き金になって週末金曜日米国株も急落したというわけです。

 元々原油価格の異様な下落によって米国のシェールガスやシェールオイルなどの企業がこの原油安の状態に耐えられずに破たんに至る可能性が高いということは原油価格が大きく下がり始めた時点から絶えず指摘されてきました。ここまではそのような懸念は市場にくすぶっていただけですが、実際に破たんが現実化してきたことに、しかも米国金利引き上げ直前のこの時点でこのような衝撃的なニュースが報道されたことに市場は大きなショックを受けたわけです。

 本来であれば原油安は日米欧などの先進国にとっては、物価が低下することを通じて、消費者の購買力が増すわけですから悪いことではないはずです。かつて1980年代後半に日本では株と土地もバブルが発生して日経平均38915円の歴史的な高値を付けるほどの大相場が出現したわけですが、そこまで至った一つの大きな要因は原油安と当時の円高による日本国内の購買力の盛り上がりでした。原油安は実質減税と同じで日本の消費者にとっては何よりの朗報ですし、かつての石油ショックなど日本に経済的な壊滅状態をもたらしてきたものは海外から襲ってきた原油高でそれによって日本経済は生きるか死ぬかのぎりぎりのところまで追い込まれてきた歴史があるわけです。という意味においては日本にとって原油安は最も喜ぶべきことであるし、米欧や中国、アジア諸国も含めて原油安は消費者全般に大きなメリットをもたらすわけです。

 しかし一方、原油が大きく下がることはOPEC諸国やロシアやベネズエラなど産油国にとっては国家収入の大幅減少という死活的な問題を誘発するのであり、それらの深刻な経済的な影響については前回や前々回のレポートでもサウジアラビアやロシアの窮状を紹介してきました。

 そして今回原油安はこれら産油国だけでなく、米国の金融市場にも大きな影響を与えてきたわけです。それがこのジャンク債市場、いわゆるハイ・イールド債市場におけるデフォルトの発生という衝撃なわけです。

デフォルトを起こした米国のハイ・イールド債市場

リーマンショックなどもそうですが、市場を最も大きく揺らすものは経済的な事象よりもむしろ金融システムに動揺が生じる問題です。原油安が引き起こすという面から考えると、サウジアラビアはじめとする産油国の経済的な破たんによる産油国の為替や国債市場の混乱が考えられます。更に産油国がこれまでため込んできた膨大な資産を運用している政府系ファンドにおける株や国債の換金売りなどの問題もあります。1998年のアジア危機は危機がロシアまで波及してロシア国債のデフォルトにまで発展して米国の大手ヘッジファンドLTCMなどの破たんを招いて市場の大混乱を引き起こしました。リーマンショックもその名の通りリーマンブラザーズの突如の破たんによって世界の金融システムの大混乱を引き起こしたわけです。世界の金融は様々なところで複合的に繋がっていますから、その一つの輪が突然崩れることによって、世界全体の金融市場に影響が生じてくることが懸念されるわけです。リーマンショックが起こった時は世界の経済はそれほど深刻な状況ではなかったにもかかわらずあのような大混乱が生じて未曽有の不況が襲ってきたのは世界の中枢である米国の金融システムに亀裂が生じたからです。

 そういう金融システムの問題にまで波及するかという視点で今回の一連の事象も分析しておく必要もあるでしょう。結論的に言って今回生じたハイ・イールド債の問題や、今後大きく発生が懸念される産油国の財政問題やロシアの経済の危機が世界の金融システムに大きな問題を引き起こす可能性は極めて少ないと思っていいでしょう。また中国経済の大減速という懸念もあるわけですが、これも世界の金融システムに壊滅的な影響を与えるとも思えません。

 まずは今回デフォルトを起こした米国のハイ・イールド債市場ですが、今年4月末時点での米国でのハイ・イールド債全体の残高をみますと約270兆円となります。そのうちシェールオイルやシェールガスなどエネルギー関連に投資されているのは全体の15%、額にすると約40兆円程度です。この一端が今回破たんに至ったことで不安感が広がっていますが、全体でも270兆円、エネルギー関連ではわずか40兆円という額では如何に問題が拡大しようが金融システムを揺らがすような問題にまで発展するはずもありません。しかもこれらのハイ・イールド債は主に投資家に販売されていて米国の銀行はリーマンショック後の規制の影響もありますが、ほとんど保有していないのです。(むしろ日本の投資信託や地銀などが保有している)

リーマンショックの時はリーマンブラザーズだけで破たん総額65兆円、しかもそれの背景となっていた証券化商品の総額はデリバティブ市場で想定元本が6京円(1兆円の6万倍)を超えると言われていました。そのためこの証券化商品に絡んでいた全ての米国をはじめとした大手の金融機関は証券化商品の暴落によって実質全ての米国の大手金融機関が倒産状態にあると言われていたのです。ベア・スターンズは破たんしてJPモルガンに吸収され、メリルリンチはバンク・オブ・アメリカに吸収合併され、リーマンブラザーズは破たん、JPモルガンもモルガン・スタンレーもシティー・グループもバンク・オブ・アメリカも、そしてゴールドマンサックスまでもが公的資金の世話になりました。問題はそこまでに留まらず住宅金融公社のファニーメイ、フレデイマックは20兆円近い公的資金の投下、更に保険会社のAIGにも19兆円の資金が投入されました。それだけで収まらず金融ではない実体経済である自動車産業の雄、GMまでもが公的管理となったのです。これらリーマンショック時に起こったことは現在起こっている問題とはスケールも額もけた違いであって全く次元の違う話です。

 そういう意味では今回如何にハイ・イールド債の問題が拡大していっても金融危機にまで発展することなどあり得ないでしょう。またサウジアラビアやロシアの問題もありますが、これが米国をはじめとする世界の金融の中枢を直撃するとは思えません。要するに現在起こっていること、並びに来年にかけて懸念されている事象は決して小さなことではありませんが、かつての危機に比べればその深刻度は問題にならない程度の話と思っていいでしょう。

 そういう意味では株価の世界的なクラッシュや米国を中心とした先進国の市場が大混乱に陥ることはないと思います。ただ市場は常に心理に影響されますし、現実に今年夏のようにサウジアラビアなど中東の実物の売りが出れば一時的に大きく動揺する可能性は否定できません。更に中国経済の減速は必至ですからそれに関連した深刻な事象も各所で生じてくる可能性も否定できないでしょう。

 しかしそれら全てが市場を壊滅的に壊すような事態にまで発展することはあり得ないでしょう。原油安を見ればわかるように中国経済や産油国経済など新興国の経済は今後も極めて苦しい状況となっていくでしょう。中国の元相場も連日ドルに対しての安値となっていますが、この問題も決して楽観できません。

 ただ一連の問題はリーマンショックのような世界の金融システムに動揺を起こす問題にまでは発展しようがないのです。更に日欧などでは金融の大規模な緩和は基本的に続けられるし、米国は利上げを行うと言ってもわずか0.25%であり、しかも今までQE1、QE2、QE3とFRBのバランスシートにため込んできた米国債などの資産は償還になれば再びFRBがドル紙幣を印刷して購入し続けている状態で市場には1ドルたりとも放出されていません。米国の金利引き上げは確かに政策の大転換ではありますが、基本的に米国でも異様な金融の緩和状態は続けられているわけです。こう見ていくと日米欧などの金融システムは万全の体制が整っているわけです。しかもマネーは引き続き大規模に供給され続けています、資金の行き場がない状態ですが産油国や新興国や中国へ資金がいく状態ではありません、有り余った資金は何処かに投下されるしかないわけです。こう考える先進国の市場が大きく下落することはないでしょう。基本的に日米欧とも株式市場は上昇波動の中にあって一時的な調整を繰り返すだけと思っていいでしょう。

 確かに米国の利上げは世界的な資金の流れに変化を引き起こします、そして原油安は深刻で産油国や新興国、そして中国の経済状況を楽観視するべきではありません。しかしそれが日米欧の基本的な経済の回復シナリオを大きく崩すことになるとは思えません。また日米欧の金融システムは極めて強固になっています。

2016年の株式市場も今年と同じような、そして現在起こっている波乱と同じような値動きの激しい落ち着かない展開となるでしょう。しかしそれは上昇相場における波乱局面に過ぎず、基本的な株式市場の上昇トレンドは変わりようもないのです。

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