世界中の株価の上昇が止まりません。先週米国株はニューヨークダウ、ナスダック、S&P指数全てが史上最高値を更新しました。3指数同時に最高値更新するのは何と1999年以来17年ぶりの事です。また主要各国の株式市場も軒並み年初来高値を更新中です。先週世界の主要25ヶ国の株式市場の中で23ヶ国が上昇、年初来高値に踊り出たのは、英国、ドイツ、香港、韓国、新興国ではブラジル、ベトナム、メキシコとなっています。そしてわずかに先週株価が下がった2ヶ国インドネシア、フィリピンの市場は既に先々週に年初来高値を取った反動で下げたに過ぎないのです。まさに夏になって暑さとオリンピックと共に世界中が株高を謳歌し始めたかのような展開です。このような中、出遅れが顕著だった日本株もやっと上昇波動に入ってきたようです。

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世界的な金利低下傾向による株高

 8月12日、日経平均は前日比1%高の16919円となって2ヶ月半ぶりの高値となり、節目の17000円奪還が視野に入ってきました。

 一連の流れを主導したのは世界的な金利低下傾向です。ブレグジットで警戒を強めた各国は積極的に金利を引き下げました、また米国は金利引き上げを先延ばしにして景気後退に備えました。特に米国において、今年はじめは4回の利上げが予想されていたにも関わらず、現在では年末に1回できるかどうか、というような観測が大勢となっていることが世界中に安心感を与えていると思われます。米国ではさほど景気も悪くないのに金利は引き上げないという事になって、それが<好景気の中の持続的な低金利状態>を引き起こして、株式市場にとって最も理想的な状態を作り出しているようです。年初の世界的な市場の大荒れが嘘のようにここにきて堅調な相場展開です。ブレグジットで世界中が身構えたことが皮肉にも株式市場へのフォローの風を作り出したようです。

 このような環境下、日本の株式市場も上昇機運を高めているわけですが、その中身に大きな問題点が生じてきていることは意識しておく必要があるでしょう。日経平均は上昇してきているものの、日本の株式市場は極めて歪んだ構造になりつつあり、この歪みが更に激しくなっていく傾向です。大きな歪みの実体とその原因と今後を検証してみましょう。

日銀は緩和策としてETFの買い付けを発表

 どこが問題なのか? と言えばそれはやはり先月末発表になった日銀の緩和策がもたらしてきたものです。7月29日、追い詰められた日銀は緩和策としてETFの買い付けを3兆3000億円から6兆円に倍増することを発表しました。予想はされていたものの、この日銀の大量の株式の買い付けが実際に始まると市場に大きな歪みが生じてきたのです。

 日銀が購入するのはETF(株式上場投資信託)ですが、主に日経平均型のETFを大量購入します。ところが日経平均は一部の銘柄の構成比率が極めて高い、偏った指数でもあります。具体的に日経平均における代表的な個別銘柄の構成比率を高い順にみると、ファーストリテーリングが8.5%、KDDIが4.6%、ソフトバンクが4.2%、ファナックが4.0%、京セラが2.3%となっています。これを足すと23.6%となり、この上位5銘柄の日経平均における構成比率は日経平均全体のおよそ4分の1を占めるという異様な実体があるのです。このことは広く知られていることですが、今回改めて日銀のETFの買い付けが3兆円から6兆円に拡大したことによって、早くも市場に大きな歪みを生じさせてきたのです。本来、日経平均は日本の株価を代表する指数で広く世界に知られているわけですが、事情通は日経平均を<日経ユニクロ指数>などと呼び、その一部の構成銘柄の寄与度が指数に対して極めて偏った点を問題視してきました。その問題点が日銀の政策が発動された直後から大きく顕在化してきたのです。

 日銀がETFを購入する場合、日経平均型とトピックス型と日経インデックス400に連動する型を時価総額に比例して購入します。この場合、この3指数に連動するETFのうち日経平均型の残高が7.44兆円でETF全体の53.6%、一方トピックス型が41.8%となっています。必然的に日銀の買い付けは日経平均型に大きく偏るようになります。日経平均を構成する上位5銘柄は全てトピックスにも当然採用されていますから、これらの銘柄はダブルで買われることとなります。特に突出して比率が高いファーストリテーリングなどは大きく買われることとなるわけです。単純に考えればわかることですが、時間の経過ともにファーストリテーリングが他の株に比べて余計に大きく買われてくるのは自明の理です。例えば日銀が日経平均型のETFを1000億円購入すればファーストリテーリングの比率が日経平均の8.5%ですから自動的にファーストリテーリングを85億円購入することとなります。このようなことを先読みした面もあると思いますが、日銀が政策を発表する直前の7月28日に比べて8月12日の株価は、日経平均は約1%の上昇にもかかわらずファーストリテーリングは15%の上昇となりました。ニッセイ基礎研究所の試算ではETFを通じた日銀の累計買い入れ額は1年後ファーストリテーリングの買い付け額が4609億円という巨額になるということです。これはファーストリテーリングの時価総額に対して13%の比率に達してしまうわけです。このような傾向はファーストリテーリングだけでなく、日経平均は225銘柄の構成ですから、一部の比較的小型の日経平均採用銘柄でも生じています。

日銀は次々に円紙幣を印刷しまくって日本の代表的な企業の大株主に?

 これに先立つ5月下旬、既にこの問題は国会でも問題視されました。当時の民進党の大久保勉議員は、日銀が買い取り対象としているETFに組み入れられている株式の割合が10%以上に及ぶ企業が25社、5%から10%未満の会社が64社あると指摘しました。日銀は次々に円紙幣を印刷しまくって日本の代表的な企業の大株主になっていくのです。それが平均的に買われるのでなく銘柄によって極端な偏りが生じ、大きく拡大していくのが大問題です。

 株価の妥当性をみる指標として一番ポピュラーな指標はPERといって株価がその会社の1株あたり利益の何倍にまで買われているか図るものです。このPERの指標でみると日本株全体は現在13倍程度ですが、ファーストリテーリングは86倍と極めて割高な数値となっています。通常の投資尺度ではとても買えない水準にまで上昇してきているのです。株価の水準を考える上では当然業績の伸びが重要なのですが、今回の日銀の異様なETFの買い付けによって、今ではどのくらい日銀が購入するか、いつまで購入を続けるのか、どの局面で購入するのか、などの観点が投資をする上で最も重要な視点となりつつあります。儲けたければ<日銀を見ろ>ということです。日銀のETFの買い付け拡大という事実を考えれば、割高という観点など除外視してファーストリテーリングを購入していくのも一つの当然の投資手法となってきたのです。

 かような歪みはファーストリテーリングのような個別株だけでなく、指数としての日経平均にもあっという間に生じてきました。日経平均がトピックスに比べて大きく割高に買われるようになってきたのです。NT倍率という指標があります。これはN、このNは日経平均のことで、Tはトピックスを現します。NT倍率とはNとTの倍率ですから、日経平均がトピックスに対して何倍に買われているか見る指標です。通常日経平均は16900円という数値をみてもわかるように5桁です、それに対してトピックスは1320というように4桁です。概ね日経平均はトピックスの10倍程度という感じを持てばいいと思います。このNT倍率が8月12日には12.78倍と1999年3月以来17ぶりの高水準となってしまったのです。通常日経平均の構成銘柄は輸出関連が多いので、為替に反応しやすく、逆にトピックスは東証1部全体の時価総額を反映していますから銀行などの大型株の寄与度が高く、日経平均に比べて内需に影響されやすい傾向があります。昨年から円高になってきた事実を考えれば本来このNT倍率は日経平均がトピックスに比較すると下がる、要するにNT倍率は下がるのが当然の局面です。ところがこのNT倍率が極端な高水準と大きく上がってきたのです。明らかに日銀のETFの買い付け倍増の発表によって投資家の投資手法に変化が生じてきたのです。日銀の動きを注視する多くの投資家は日銀の動向に逆らわず日銀に準じて日本株に投資しようとスタンスを変えてきました。それが発表後わずか2週間も経っていないのに、極端な形で顕在化してきたと言っていいでしょう。

 更に市場では日銀の方針を利用した巧みな投資手法がささやかれています。8月4日、円高に振れて日経平均は午前中、大きく下げ16000円割れとなりました。ところが午後になると日銀からのETFの買い付けが707億円入り、この日、日経平均は171円高にまで上昇したのです。まさに日銀さまさまでした。従来ですと日銀の1日の買い付け額が350億円程度でしたが、今回から倍増の707億円となりました。日本株は薄商いが続き1日の売買代金が2兆円程度の日が多くなっています。となると午後だけ見れば1日の半分ですから売買金額は1兆円程度です、そこに日銀の707億円という買い一辺倒の注文が入るわけですから市場を刺激しないわけがありません。日銀はETFを買い付けする条件を公表していません。しかしながらこの日銀によるETFの買い付けが始まってから、日銀が動くのは概ね、午前中のトピックスの値が下がった時と決まっています。

 となると上手い投資方法が考えられます。まず午前中の段階でトピックスがマイナスになるかどうかを午前中の引け間近まで待って様子をみます、仮に午前中はマイナスで終わりそうと確認できた時点で日経平均の先物を購入します。そして午後は日銀が707億円購入しますから、日経平均が午前中に比べて上昇した時点を捉えてその日のうちに売却すればいいのです。ここで気を付けなければならないことは、午前中激しい円高とか大きな外部環境の変化があって大きく日経平均が下がった時などは投資を避けます。というのも余りに大きな変動要因があるときは午後日銀の707億円の買い付けがあっても相場が大きく上昇しない可能性もあるからです。このような条件を守ってうまく日経平均に投資をすれば、予想以上の投資効率となるでしょう。ここにおいて考えるのは日銀が購入するどうかという判断だけです、業績も為替も世界情勢も個別株も関係ありません、このような投資手法がかなり一般的になってくると思われますが、これが正常な市場環境でしょうか?

いずれ何処かの時点でとんでもない逆転や、制御できない市場の反乱?

 今回日銀が決定したETFの買い付けの倍増については、日銀の委員のうち、証券界出身の木内、佐藤の二人の委員だけが反対しました。彼らは単に株が上がればいい、というよりも今回の政策における市場を歪める副作用を深く懸念したものと思います。本来なら株を上げる政策に賛同すべき証券界出身の委員だけが、実は市場というものをわかっているから反対したわけです。真に市場の健全な発展を願う者であればこのような市場を歪める政策に反対するのも当然のことでしょう。しかし株を上げるための政策について証券界出身者だけが日銀委員の中で反対したというのは皮肉でもあるし、象徴的でもあります。

 現在日銀が行っている一連の量的緩和をはじめとする緩和策の行き過ぎをみているといずれ何処かの時点でとんでもない逆転や、制御できない市場の反乱に遭遇することと思われます。今回日銀の年間のETFの買い付けは6兆円です、これは日銀が年間国債を購入する額80兆円に比べると少ないと言えます。それでも大きな歪みがあっという間に出てきました。現在日銀のETFの保有額は約9兆円ですが、これに今後年間6兆円が加算されていきます。単純にあと3年で18兆円の買い付け、これに今までの9兆円を足すと27兆円となります。値上がりなどを考えると3年も経つと日銀の保有するETFの評価額が30兆円突破となることは必至でしょう、30兆円となると現在の年金基金、GPIFの日本株の持ち高に匹敵してきます。しかも日銀は決して売らない投資家です。そこまでこの政策が続けられれば何処かの時点でファーストリテーリングは暴騰状態となってもおかしくありません。このペースでファーストリテーリング株を購入していくとファーストリテーリング株の人気が持続して市場に株がなくなるからです。最も日銀がETFの買い付け額を減らすとなれば今度は逆に暴落を引き起こすかもしれません。

 6兆円という額でも日銀が紙幣を印刷して供給し続けることは時間の経過と共に更に大きな影響をもたらしていくでしょう。一方現在でも進められている量的緩和政策による日銀の国債購入は年間80兆円という驚異の額です。しかし今や誰もこの額を危ないと感じる人はいなくなくなりました。いつの間にか慣れて感覚がマヒしてしまったのです。

 一連の量的緩和策やETFの買い付けなどは、基本的に始めるのはいいですが、止めるのが極めて難しいのです。量的緩和では世界中で異様な国債バブルが出現していますし、今回のETFの買い付け倍増によってファーストリテーリングはじめとする一部の銘柄が今後も異常なバブル状態となっていくでしょう。それを続ければ続けるほどにやめるのが至難の業になっていきます。何度か書いてきましたが、このような政策は、かつての日本の真珠湾攻撃の開始による戦争突入のように始めたはいいが、終わることができません。米国でさえ、量的緩和で買い取った米国債は償還がきたものは再投資し続けています、金利はやっと0.25%引き上げたにすぎず、先行きが全く見えてきません。ましてや米国の何倍もの量的緩和を行ってきた日本は、この政策を混乱なしに終えることは不可能としか言いようがありません。日銀が量的緩和を止める、ないしはETFの買い付けを止めるとアナウンスした時の衝撃は恐ろしすぎて想像できません。

 物価が上がらず円安が加速しないで、物価が下がり円高模様なので問題が起きないだけです。日本においては望む通り物価が上昇してきて円安が止まらなくなったときこそ本当の危機が始まるときです。株を上げようとあらゆる手立てを行っている現在は問題が起きませんが、本当に政策効果が行き過ぎてファーストリテーリングが暴騰してしまったときこそ、政策の縮小、中止という段階が訪れるわけで、その時こそ真の問題が生じてくるわけです。

 ゼロ回答ができなかった日銀は苦渋の選択としてETFの買い付け倍増を発表しました。それでも市場は満足しませんでしたが、その日銀の買い付けが本格的に始まってきた途端に株式市場に大きな歪みが生じてきました。

 今年はこの秋にはイタリアの国民選挙、ベネズエラの債務返済問題、そして米国の大統領選挙と大きな波乱要因が待ち構えています。更に中国経済の動向は決して予断を許しません。市場は移り気で不安定、今年の秋は要注意でいつまた世界的な混乱が襲ってくるかわからないのです。

 そのような中、日本株を強力に下支えする政策は一応、表面上は効果を発しています。しかし中央銀行の紙幣増刷による小手先の市場介入は市場の抑えきれないほどの歪みを拡大させ続けていることを忘れてはなりません。マグマが溜まるように歪みは確実に拡大していきます、市場機能を無視したような政策は将来の市場の暴騰、暴落といったコントロール不能の危機を導き出すのです。

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