<G20は相当な殴り合いになる>IMFの幹部の発言です。今月下旬オーストラリアのシドニーに開かれる予定のG20財務相・中央銀行総裁会議はかつてないほどに新興国と先進国との対立が先鋭化して激しい議論が展開され、さながら殴り合いの様相を呈してくるだろうというのです。

 昨年末から順調に推移していた世界の資本市場ですが、1月23日の中国のPMI(製造業購買担当者景気指数)の発表から一転、新興国の通貨を中心に為替が大荒れ、それが全世界に波及して急速に世界経済の先行きに対しての警戒ムードが広がってきたのです。日経平均も年初から変調、昨年末の勢いは何処に消えたのか、と思われるほどで、日経平均は今年に入ってから週間ベースで上昇する週はなく、1月末まで4週連続で下落、先週水曜日には一時日経平均は530円も下げるという大波乱状態に陥っているのです。世界を見渡せばアルゼンチンの通貨ペソはやはり1日で一時y18%も暴落、南アフリカのランドやブラジルのレアル、トルコのリラ、インドのルピーなど新興国の通貨は惨憺たる様相です。いったい何が起こってきたのでしょうか? 今年は世界経済の順調な回復が期待されていました。日銀の黒田総裁は1月22日、金融政策決定会議会合の直後、記者会見で<世界経済全体でリスクがかなり軽減している>と答えたばかりだったのです、<そうかやはり今年は混乱もなさそうだな、いよいよリスクオン>と思ったその翌日から、皮肉なことですが新興国中心に市場の大混乱が始まったのです。

これからの世界経済の姿

 先進国と新興国の利害対立、そしてこの状況がますます激化して、米国の一人勝ち、新興国の大混乱というはっきりとした構図に入っていくのがこれからの世界経済の姿です。すべては私がかねてから指摘し続けてきたように、マネーの作りだす経済、マネーが牛耳る経済の方向が決まってきたのです。マネーに見放された国は没落しますし、マネーを引きつけた国は発展するのです。マネーに好かれなければ国の将来はない、しかし反面、一時的にマネーに好かれ過ぎて、その後見捨てられると更に悲惨な運命が待っています。その悲惨な運命にこれから陥っていくのが新興国、特にフライジャル・ファイブ(脆弱な5か国)、と呼ばれるブラジル、インドネシア、インド、南アフリカ、トルコといった国なのです。

 とにかくお金の世の中です。経済もお金がなければ何も動きません。国単位で言えばお金、いわゆる投資を呼び込めなければ発展できないのです。例えば日本ですが、アベノミクスが始まり日銀の異次元緩和で円安と株高をもたらして日本経済は復活を遂げました。上場企業は軒並み好調で今期決算は平均して7割増益という快挙です。高級時計が売れて個人消費が盛り上がっていますが、これらは当然のことながら株高による資産効果の影響が大きいのです。日経平均株価が1昨年の8000円台から昨年末には16000円台へと倍近くなったのですから消費が盛り上がり、景気が活性化するのも当然です。しかしこの円安や株高を演出してくれたのは誰でしょうか? 日本人ですか? 違います、日本人は昨年1年間で日本株を20兆円も売り越しています、代わって外国人投資家が16兆円も日本株を買い越してくれたのです。株高の立役者は明らかに外国人投資家です、日本はデータで明らかなように外国人投資家による日本株への投資によって株がかつてないほど上昇し、結果的にそれが起爆剤となって景気回復がなされたといっても過言ではないのです。外国人投資家の膨大なマネーが日本に押し寄せたことによってアベノミクスは成功して、思惑通りの景気回復を成し遂げたのです。マネーの哲学、儲かるところに投資するというマネーの持つ習性が日本にマネーを引き寄せました。こうして結果的に日本経済は復活劇を遂げました。まさにマネーのなせる業なのです。

米国の量的緩和政策の縮小の開始

 マネーは感情を持ちませんし、義理人情もありません。単に儲かるか、損するか、という損得勘定で動くだけです。昨年から世界の市場は大規模な変化を始めました。言わずと知れた米国の量的緩和政策の縮小の開始です。昨年5月、バーナンキFRB議長が量的緩和政策の縮小を示唆したところから新興国の市場は劇的な変化を始めました。新興国通貨が極端に売られ、新興国に投下された資金は米国に逆流し始めたのです。また最悪期を脱した欧州にもマネーは向かっていきました。アベノミクスで復活する日本へも激しく投機資金は流入し続けたのです。これについてはこのレポートでも何度も指摘してきました。米国の量的緩和縮小の号砲は世界のマネーの動きを完全に変えたのです、こうして新興国から先進国への大規模なマネーの還流が始まったのです。今回の新興国の混乱もこの基本的な動きの延長線上にあるに過ぎません。きっかけ一つでマネーは新興国から先進国へと、今までの速度の数倍の速さで移動を始めるのです、そしてそのたびごとに為替市場や株式市場は大荒れとなり、世界の市場は混乱をきたすのです。

きかっけは中国のPMIの発表?

 更に新興国にとって、もう一つの時限爆弾が破裂しそうな様相なのです。中国経済の大減速です。今回の新興国の混乱は1月23日から始まりました。きかっけは中国のPMIの発表です。景況感の分かれ目である50を割れたという衝撃から新興国経済へのショックが走ったのです。中国についてはやはりこのレポートで再三指摘しているようにシャドーバンクシステムの崩壊による最終的な大混乱は避けようもないと思います。今回のPMIの発表はそのような混乱を招くほどのニュースではなく、単に中国の景況感の予想以上の減速を示したに過ぎないのですが、これだけでも新興国の市場はアルゼンチン通貨の混乱から始まって、危機は連鎖して新興国全体が混乱の度を深めてしまったのです。

 これは相場的に言うと、中国のPMIの発表などは一つのきっかけにしか過ぎないのです。新興国は基本的に今後大きく経済が鈍化、並びに株や為替は大きく下げる流れに突入しているのです。

フラジャイル・ファイブと命名されたように、脆弱で問題が内包している国々は時間の問題で、マネーに逃避される運命、マネーから見捨てられる運命は決まっていたのです。だからいち早くモルガンスタンレーはフラジャイル・ファイブなどという言葉を作り、投資家に資本逃避を促すレポートを出し続けました。中国PMI発表という絶好のきっかけ作りによって、マネーは、これらの国から一気に逃げ出し始めました。フラジャイル・ファイブという命名、レポート、中国PMIの発表、資本逃避、まるで絵にかいたようなシナリオ通りの展開です。

新興国と先進国の激しい殴り合いの始まり

今月末開かれるG20財務相、中央銀行総裁会議では、予想されるように、新興国と先進国の激しい殴り合いが始まることでしょう。お互いの言い分があります。新興国は米国の量的緩和縮小による急激な資本逃避を非難しています。マネーに好かれなくなったから資本が逃避するわけですが、どんな国でも一度に資本を引き揚げられたらその国の経済はマネー不足で貧血状況に陥ってしまいます。マネーを急速に引き上げられてはどんな経済政策も効きません。米国が量的緩和縮小を行うにしても、それを行えば世界のマネーの動きが変化して、特に新興国からは資本の逃避が起きる可能性が強いのだから、米国だけの都合で米国の政策を決めてもらっては困るというわけです。新興国も含めた世界経済全般を俯瞰して米国の量的緩和縮小の速度なり、方向を決めてほしいということです。新興国としては米国の量的緩和縮小のような、マネーの流れに世界的な影響をもたらす政策については新興国側の事情も考慮して慎重に政策を進めてほしい、という悲鳴です。

かつてIMFのチーフエコノミストであり現在、インド中央銀行総裁のラジャン氏は米国の今回の量的緩和縮小の決定に対して<国際的な通貨協力体制が崩れた>と指摘、2008年のリーマンショック時から、世界経済回復のために如何に新興国が貢献したかについて言及したのです。そこには米国発のリーマンショックから始まった破滅的な危機を世界が一致協力して解決に努め、先進国の危機を新興国の景気拡大策によって補い、結果的に世界経済を新興国の力も使って正常化させたという思いもあるようです。

反面、今度はインドをはじめとする新興国の危機であって、この危機を前にして米国をはじめとする先進国が先進国だけの都合で政策を打ってもらっては困るということです。この米国の量的緩和縮小に対しての新興国側の反発は相当なもので月末のG20は大荒れ模様となることでしょう。

 しかし先進国には先進国の言い分があるのです。基本的には、今回市場混乱で打撃を受けた新興国には、その国固有の問題があって、その問題は個々の国内政策によって、もたらされているわけで、その政策転換が必要だ、という指摘です。ブラックロックのフィンク会長は<新興国の市場混乱の原因は米国の量的緩和縮小によってではなく、各国のつたない政策が主因である>と新興国の言い分を切って捨てました。これももっともな事です。構造問題を解決しろという投資家サイドからの見方です。

例えばフラジャイル・ファイブの国々は経常収支の赤字傾向が止まりません。経常収支が赤字では外貨がたまりません。外貨が蓄積できなければ、為替を動かすことなどできません。国が経常赤字では常に自国に資金を流入させてもらわなければなりませんから、いつまで経っても外貨がたまらず、マネーに攻撃されれば一たまりもありません。投機筋の餌食になるだけです。

中国経済の変調による影響

 また新興国の一部は自国に主だった産業を持っていません。インドネシアやアルゼンチンやロシアなどもそうですが、自国の経済が一次産品、穀物や資源の輸出に深く依存しています。これらの国は中国の経済が大発展して穀物や資源を暴食してくれるうちは価格高騰の恩恵を受け好調でした。ところがここにきて中国経済が変調になりかけています。となると穀物や資源の輸出は激減して値段も下がりました。こうして資源だけの輸出に頼ってきた国々は急速に貿易黒字は消え、経常収支の赤字傾向に陥っていくのです。アルゼンチンなどは為替介入を繰り返し昨年1年で外貨準備が3割も減少、通貨安から国内のインフレ率が30%を超えているのです。対処法的にいくら金利を引き上げても、穀物需要が減少して穀物価格が回復をみなければ自国の経済は回復できない構造です。輸出代金が増えなければドルの保有高は増えないのです、他に主だった自国の産業がないのですから救いようもありません。もはや外貨準備は玉キレ、後は投機筋の思惑通りに動かされるだけです。

インドにしても問題があります。小売店を保護しすぎてスーパーもない、韓国や欧米の鉄鋼メーカーが工場建設申請しても住民の反対で実現できない、あらゆる規制でがんじがらめの状態では発展できるものもできません。インドでは食糧インフレが進んでいますが、食糧はあってもそれを貯蔵する倉庫もない、道路などインフラが不整備で運べない、そのため食糧が腐るなどの問題点は自国のつたない政策にある、と言われればその通りでしょう。また貧困層に現金を配るような場当たり的な政策も目立ちます。

また新興国全般に言えることですが、自国に産業がなければいくら通貨安になったとしても、売るものがありません。産業が育ってなければ競争するにもしようもなくせっかく為替が安くなったにしても何の役にも立ちません。為替が安くなった分だけ物価が上がるだけの話です。これでは為替政策など意味を成しません。

インフレを止めるためには

 一般的にインフレを止めるために自国の金利を引き上げ資本逃避を回避しようと試みます。例えばトルコは今回政策金利を7.75%から12%まで一気に4.25%引き上げるという驚くべき政策を取りました。しかし皮肉なことですが、トルコリラの相場は1日しか持たなかったのです。再び下げ始めるというとんでもない状態です。金利を一度に4.25%も引き上げたのに通貨安が止まらないならどうすればいいのでしょうか? 実際、このような悪循環に入りますと市場から見放され何をやっても効かないという状態に陥ってしまいます。資本逃避を回避するために金利を12%にまで引き上げたわけですが、金利をこれだけ引き上げれば国内の景気はこれだけの金利に耐えられるわけもなくただちに失速してしまうでしょう。今更こんなドラスティックな政策を行われてももう手遅れではないかという見方が強いと思われます。

南アフリカも同じです、アパルトヘイト時代よりの貧富の格差が拡大、アパルトヘイトがなくなって今度は黒人間の格差が劇的に広がり、貧困層は食えず、失業は増大、犯罪率は世界一で社会は不安定化しています。プラチナ鉱山のストライキで1昨年30人以上の死者を出したわけですが、一向に労働者と経営側の対立が収まりません。南アフリカの主力の輸出産品はプラチナです。プラチナの生産が滞ると貿易赤字が更に拡大、通貨安が止められなくなります。そして現在再び、プラチナ鉱山でストライキが始まりました。投資家としてはこの状態を危惧して資金引き上げを行うのも当然でしょう。南アフリカは予想に反して金利を5年ぶりに引き上げましたが、そんな小手先の政策が効くわけもありません。

新興国は各国問題だらけ

 かように新興国各国問題だらけなのです。どれも一朝一夕に解決できる問題ではありません。しかもこれらの国々はことごとく今年は選挙の年なのです。国民に痛みを伴うような厳しい政策を断行できるわけもないのです。

そしてこれら新興国の経済は中国に深く依存してきたという事実を忘れてはなりません。新興国の親玉のような存在の中国ですが先に懸念されていた理財商品520億円の償還が無事になされて小康状態になっています。しかしこの償還は倒産した炭鉱会社の社債を期日直前になって、得体のしれない<謎の投資家>が現れて資金を提供したものなのです。<謎の投資家>の実体は明らかではありません。どこの誰が倒産した会社に資金を520億円も工面したのでしょうか。今後中国では理財商品の償還は膨大な額が相次いできます。その一つでもデフォルトになれば中国のシャドーバンクシステムは一気に崩壊に向かうでしょう。かつての日本のバブル崩壊や米国のリーマンショックと同じです。中国の金融は全く闇の中で今回の<謎の投資家>の出現のように不透明な部分が多すぎるのです。市場を無視したこのような出鱈目の対応はいずれ破たんを迎えるに違いありません。その時は中国に依存するすべての新興国は現在よりもっとひどい状況に陥っていくのです。アルゼンチンでは通貨下落後2.3日で小売店の値札が30%も上昇したのです。一部暴動も伝えられています。ブラジルでも似たような暴動が報道されています。これら新興国の混乱はまだ始まったばかりなのです。これから資金は更に流出、今までの発展が嘘のように厳しい時代に直面することでしょう。かつてのギリシアやスペインのように新興国は身の程知らずの大盤振る舞いの資金に踊ってきたのです。米国の量的緩和は終了して宴は終わりを告げました。

一方中国経済はカオスに向かっています。シャドーバンクの問題は解決するどころか今回の理財商品の処理で見せたようにその場限りで問題を先送りしているに過ぎません。こうしてシャドーバンクの問題は更に持続不能なほどに拡大していくのです。もはやマネーから見放された新興国はインフレと通貨安の悪循環から抜け出すことはできないでしょう。新興国にとって昨年から始まった混乱はまだ序の口に過ぎません。中国経済の大混乱と共に新興国には驚くような困難が待ち受けているのです。