<2017年は政治リスクの面で第二次世界大戦以降最も不安定な年になることだろう。我々は2017年から地政学的リセッション(景気後退)の期間に入る>ユーラシア・グループを率いるイアン・ブレマー氏はトランプ政権が始動する直前である昨年の年初の段階において警告を発していました。また米国の元財務長官でハーバード大学教授のサマーズ氏は同じく2017年初頭トランプ政権の発足を受け<イデオロギーの面でも実質的な政策という面でも過去3四半世紀の米国において最大の転機となるだろう。世界で中心的な役割を米国が担ってきたことを考えると、こうした類いの転換は前例をみない重大な不確実性をもたらす問題であるはずだか、市場はこの点を完全には認識していないようだ>と当時の楽観的な市場に警鐘を鳴らしていたのです。

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2017年から地政学的リセッション(景気後退)の期間に入る

 この2017年初めの時点では、トランプ氏が米国大統領になれば、世界的な大きな混乱が生じてくるのは避けられない、との懸念が強かったのですが、今2017年を振り返ってみると、世界的に株価は上昇し、貿易は拡大して世界経済も極めて順調、北朝鮮問題など不安定な国際情勢は一部あったのですが、そのような問題が暴発することもなく、2017年を通して世界は大きな混乱もなく平穏無事に終わったのです。いわばブレマー氏やサマーズ氏の懸念は杞憂だったわけです。

 トランプ氏は大統領になると、TPPからの離脱はあったものの、選挙前に公約していた中国への45%の関税とかNAFTAからの即座の離脱とか、メキシコとの国境に壁を建設するとかの極端な政策の遂行は見送られました。閣僚には国務大臣はティラーソン氏、国家経済会議委員長にはゴールドマンサックス出身のコーン氏と手堅い人事を行って、国際的な協調にも配慮して無難な国家運営を行ってきたわけです。米国の金融政策においてはFRBがしっかりと管理して徐々に金利を引き上げ景気を過熱させることなく米国経済をリードしてきました。かような現実的な路線が当たりまえのように定着してきたと思われたところですが、今年に入って、米国が中間選挙を迎えるに当たってトランプ政権の様相が一変してきました。トランプ氏は方針転換、穏健派とみられていたティラーソン国務長官やコーン委員長は更迭されて、一気にタカ派の人事、CIA出身のポンぺオ氏やネオコンと言われたボルトン氏の大統領補佐官任命となったわけです。

 一連の流れはどうもブレマー氏やサマーズ氏の懸念を1年遅れで顕在化させてきたように思えます。世界は今年になって急にまるで地政学的リセッションに向かっているかのように身動きが取れなくなってきているのです。世界的に株価の頭が重くなって先行きが全く見通せず、様々な重大な懸念材料から逃れることができません。降って沸いたように次々と大きな問題が持ち上がってくるのです。

 本来、金利が上がるとか、それによって景気が減速気味になるとか、逆に景気悪化で金融政策を緩和的に変えていくとか、ないしは経済を回復させるために構造改革を実行するとか、いわゆる経済的な手法とか、問題解決のやり方においては、ある程度予想が可能です。

 ところが政治的な問題は極めて予想が難しく、しかも一度起こった時の衝撃が余りに甚大であって状況を激変させる震度を持っています。ですからブレマー氏はトランプ氏が大統領になったことで世界的な地政学的リセッション到来と警告したのでしょうが、昨今はトランプ氏の目まぐるしい方針変化によって、この政治リスクが極めて大きくなっていて先行きが予想しづらい状況となっています。先行きが不透明ですと企業も設備投資もできませんし、人々の消費も手控えられてしまいます。まさに知らず知らずのうちに景気が減速してしまうのです。

トランプ氏はここにきてTPP復帰をほのめかしていますが・・・

 前回のレポートでは米中貿易戦争の行方について言及しましたが、この決着は6月まではっきりしません。先週中国の習近平主席はいわゆる大人の対応で米国に対して喧嘩ごしで対応するのでなく、冷静に自由貿易の重要性を指摘し、自らも中国の市場を大きく解放するようなメッセージを出しています。しかしながらこれもパフォーマンスの一環で米中の交渉の行方は予断を許さないでしょう。驚いたことにトランプ氏はここにきてTPP復帰をほのめかしていますが、これも対中貿易交渉の一環としてTPP復帰をちらつかせて中国との交渉を有利に運ぼうという思惑かもしれません。

 かように米中の貿易戦争の行方が見えない時点で、今度はシリア情勢の悪化がクローズアップされてきました。米英仏の3ヶ国はシリア攻撃に踏み切りました。今回の攻撃も事前にロシアに通告していたようであり、人的な被害も報告されていません。規模は前回の攻撃の倍近い大きさであって、米軍はシリアの化学兵器製造に甚大な被害を与えたと成果を喧伝しています。一方ロシアとシリアは国際法違反と激しく反発しています。今回の攻撃自体マティス国防長官は1回限りと述べていますし、ロシア軍に被害を与えないように配慮された攻撃ですから、今回の攻撃によってシリア情勢が泥沼化するようにはならないでしょう。攻撃が行われたことは大きなニュースですが、米露ともお互いのメンツを保ちながら多分に抑制された流れとなっています。

 しかし先行き楽観はできません。問題はこのシリア情勢悪化を契機として、次の展開に発展していく可能性です。シリアを巡る複雑な対立構図のなかで、今後米国、イスラエル、サウジアラビアとイランとの対立が先鋭化していくことでしょう。かねてからイスラエルとサウジアラビアはイランに対して極めて強硬な姿勢で、全面的な対立は不可避であり、自国の生存のためにはイランの現政権を倒す必要があると考えています。ここで上手いことにタカ派のトランプ政権が米国で発足したわけです。昨年までは大人しかったトランプ政権ですが、今年に入って国際協調派の閣僚を更迭、新たに国務長官となったポンぺオ氏と新大統領補佐官のボルトン氏はかつてイランや北朝鮮への専制攻撃を主張した武闘派です。北朝鮮問題が緩和しつつある今、今後トランプ政権はイランに対して益々強硬に出てくる可能性が高くなってきたように思えます。

 ウォールストリートジャーナルによると、今回のシリア攻撃においてトランプ氏はアサド政権の中枢施設とロシアとイランの軍の駐留先も標的する大規模な軍事攻撃を強く主張したというのです、そしてボルトン補佐官も強硬策を支持、これに対して紛争拡大を懸念するマティス国防長官と激しく対立したと言われています。既に現在のトランプ政権において国際協調的な良識派はマティス国防長官だけであり、マティス氏以外にトランプ氏の暴走を止める人物は政権内にいなくなったとみられています。今回仮にシリア攻撃がロシアとイランに対しても損害を与えるような見境のない攻撃が実行されていれば、ロシアなどは引き下がることができず、報復合戦となりシリア情勢を巡って米露の対立が抜き差しならない状況となっていた可能性があったわけです。かろうじてマティス国防長官の頑張りで象徴的な攻撃に留まり紛争の歯止めのない拡大を防いでいるわけです。そのマティス長官もトランプ政権においていつまで影響力を持てるかわかりません。トランプ氏の政策は一貫性がなく衝動的なところがあります。4月3日の段階ではトランプ氏は米軍のシリアからの撤退を示唆する発言を行っていたわけで、その発言が不用意でアサド政権に誤ったメッセージを送ることとなり、アサド政権は反政府勢力に強気に出て今回の化学兵器使用に踏み切ったとみられています。このアサド政権は敵に対して残酷極まりなく、化学兵器を使用することで<米国が撤退すれば誰も助けてくれないぞ!>と反政府軍の士気を崩壊させ、徹底的に戦意喪失させることを目論んだようです。それをみて今度、トランプ氏は衝動的にシリア攻撃を決意、ロシアやイランの軍事施設も含めて大規模な攻撃を行おうとしたわけです。トランプ氏の場合は米国の対中東戦略という基本政策を重視するというより極めて衝動的に軍事力を行使しようとする危うさを感じます。これをボルトン補佐官やポンペオ氏が後押しする構図が出来上がっています。

 かようなトランプ政権がイランに対して融和的に対処し続けるとは思えません。かねてからトランプ氏はイランとの核合意を批判してきました。トランプ政権は5月12日を期限としてイランへの方針を再検討している段階です。トランプ政権は中間選挙を前にして公約通りイランに対しての制裁再開を決めることになると思います。ティラーソン前国務長官はイラン制裁再開に反対していましたが今度のポンペオ新国務長官はイラン制裁に積極的です。もちろんボルトン補佐官も同じです。政権内でイラン制裁再開に反対しているのはマティス国防長官という構図です。今回のシリア攻撃についてはマティス長官の意見が通って攻撃についてはロシアへの事前通告を行い、ロシア、シリアとも人的被害はありませんでした。アサド氏はスーツ姿でいつも通り出勤する姿が報道されて、米国の攻撃など何ともないというパフォーマンスをシリア国内はもとより世界中に発信しています。これらの報道はトランプ氏をいら立たせるでしょう。

5月12日トランプ政権はイラン制裁再開を宣言する可能性が高いと思われます。その場合、米国のイラン制裁が実行されると、イランと取引をする国は米国での経済活動が制限されることとなります。この影響は大きく多くの国がイランとの原油取引の中断を余儀なくされるでしょう。またイランとの全面対立はイスラエルやサウジアラビアが最も望んでいることです。イスラエルもサウジアラビアもイランの現政権を潰したいと熱望していますし、それにトランプ政権が絡んでくる流れとなりそうです。オバマ政権が中心となって締結された2015年7月の米英独英中露の6ヶ国とイランの核合意によってイランへの経済制裁が緩和され2016年のイランの成長率は12.5%と急伸しましたが、トランプ政権発足によって経済制裁再開の懸念が高まって2017年の成長率は3.5%に急減しました。イランでは物価上昇となって昨年末からは全土で大規模なデモを起こりました。不安定になりつつありイランを叩くのは好機という思惑もあるでしょう。

シリア攻撃に先立って4月9日、イスラエル軍によるシリア軍基地への攻撃が実行されました

 日本では大きく報道されていませんが、今回の米英仏のシリア攻撃に先立って4月9日、イスラエル軍によるシリア軍基地への攻撃が実行されました。この時14人が死亡、イランのメディアによるとイラン軍人7人が犠牲になったということです。イスラエルはこの攻撃について一切コメントしていませんが、イランの最高指導者ハメネイ氏はイスラエルに対しての報復を警告しています。またサウジアラビアのムハンマド皇太子は<イスラエルとは多くの利害を共有している。イスラエル人は彼ら自身の土地を持つ権利がある>として対イランで強硬姿勢を見せるイスラエルへ秋波を送っています。今後イスラエルとサウジアヤビアの関係が急速に好転する可能性があります。トランプ政権が5月12日にイラン制裁再開を決定すれば米国、イスラエル、サウジアラビア対イランという決定的な対立構造が出来上がります。現実に米国が核合意を破棄すれば、イランは核開発を再開させる可能性が高いでしょう。そうなればイスラエルもサウジアラビアもいよいよ黙っていられません。

 一連の不安定な流れはトランプ氏が米国大統領に選出された時点から始まっています。まさに地政学的リスクの始まりは米大統領選挙の前から世界が恐れていた<トランプリスク>の顕在化なのですが、考えてみればトランプ大統領は長い選挙戦を経て、米国において民主的に選ばれた大統領です。ところが今回中間選挙を前にしてトランプ氏は次々と公約を実行しようとしているわけですが、それが異様な国際的な摩擦を生み出しているわけです。対中関税45%もTPP離脱もNAFTA離脱もイラン核合意破棄もメキシコ国境への壁建設も現実味のない無茶な政策と思われていたのですが、トランプ氏はそれを約束通り実行しようとして、それが世界的な地政学的リスクを招いています。そもそも公約自体が無理な話でその実行は米国の国益にも沿わないのですが、現実には民主主義という制度の中にあって、できもしない非現実的な誇大妄想的な公約を掲げて当選していくというケースは昨今の民主主義国において頻繁に現れていることです。イタリアの総選挙では既存政党が全滅しポピュリスト政党が大勝利しましたし、英国ではブレグジットでEU離脱という不合理な選択がなされました。ドイツでもメルケル与党は負け、ポピュリズム的な政党が伸びて組閣に四苦八苦したのです。一方ハンガリーやポーランドでは移民排斥を強調する独裁的な指導者が選挙で勝ち上がっています。このようにポピュリズムが勝利するのは世界的な民主主義国家の傾向でトランプ現象と一緒です。

 足元の日本をみれば、野党は森友、加計問題を激しく追及して安倍政権を窮地に追い込んでいます。そもそも日本の多くの識者はこんな森友、加計問題などという些末な話はどうでもいいと感じていて、国会では国際問題や経済問題や憲法改正や高齢化問題など国の将来にとって重要な案件を審議して欲しいと願っているのですが、日本の政治はどうでもいい話ばかりに時間を費やしています。国益を害しているのは明らかと思えます。マスコミが興味本位でつまらない話を煽り過ぎて民衆をミスリードしています。

 かように民主主義国家はほとんど例外なく全ての国で国力の低下がみられます。これらは民主主義という制度の弊害とみられるようになってきました。昨今はテクノロジーの発展などで人々の間で収入や生活の差が広がり、二極化が鮮明化してきて勝ち組、負け組がはっきりしてきています。貧富の差や労働環境の問題の解決が難しくなってきていて、それは世界的な潮流でもあるわけです。それが米国では多くの白人労働者の職を奪い、負け組の怒りを買って、そのエネルギーがトランプ氏を大統領に押し上げました。ですからトランプ氏は公約に従って、無理な強引な他国を顧みない政策を続けようとしていて、それが世界を限りなく不安定にしているわけです。かように民主主義国の政治がポピュリズムに押し流され、機能しづらくなっています。

 もはや民主主義がいいのか、独裁がいいのか、ということが世界を見渡して政治のシステムとして真剣に論議されるようになってしまったのです。本来独裁色を強める中国と民主主義国の米国の政治制度を比べれば米国の方に問題があるのも事実だが中国に比べれば格段に民主主義の体制の方が優れていると感じるのが当たり前です。ところがそのような考えが世界で通用しなくなっています。中国の民衆と米国の民衆で政治への満足度を比較すればどちらが勝つかわからないというのです。習近平は民衆に好かれ経済運営や国家運営を巧みに行っているが、トランプ氏は民衆に嫌われ、政策も場当たり的で結果米国の国力をおとしめているというわけです。民主主義でなく独裁主義の国家の民衆の方が政治に満足しているかもしれない、と真剣に考えられているようになってきています。

 ですから世界各国で強権的な政治手法が取られてきています。アジアではタイが軍の政治関与を許す規定を憲法に盛り込みました。マレーシアは政権与党が強権的に野党を潰しに行き、与党に有利な選挙区変更や政権への批判を封じるため<反フェイク(偽)ニュース法>を制定しました。カンボジアではフンセン首相が総選挙直前に最大野党を解散に追い込みました。フィリピンはドウテルテ大統領が法律を無視した強権的な手法で国を治めて国民の圧倒的な支持を得ています。アウンサン・スー・チー率いるミヤンマーでも民主化の後退が見えます。かようにアジア諸国や発展途上の国が民主主義を嫌って中国のような強権的な手法で国を治めようとしていて、その方が国家運営もうまくいくはずと確信するようになってきたようです。

 地政学的リスクの拡大が世界を不安にさせているわけですが、その背景にポピュリズムに流れる民主主義国の政治の混乱とそれを引き起こす構造的な社会問題が横たわっていることを意識する必要があります。民主主義国家の方が独裁国家よりも劣るというような風潮が広がっています。そして地政学的リスクは拡大する一方です。まさに世界はカオス状態に突入です。問題は根が深く簡単に解決できるようなことではないようです。

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