<投資や雇用、意志決定の延期について企業から声が聞こえ始めた。これは新しい事態だ。このような状況が我々の現在の経済見通しに含まれているのか、と問われれば、答えはノーだ>6月20日、ポルトガルのシントラで開かれていた経済シンポジウムで、米FRBのパウエル議長は現在起こっている貿易戦争の影響について深刻な見方を披露したのです。従来は貿易戦争について発言するのはトランプ政権批判と受け止められる可能性があるので封印していたものと思われますが、この会議ではパウエル議長は本音を披露しました。実際世界中で企業サイドからの様々な投資に対して逡巡が生じているわけです、連日世界で起こっている貿易戦争について報道され続けているのですから当然でしょう。景気は気ですから明らかに世界中で企業の投資が手控えられてきたわけです。このような動きが世界の景気動向に影響しないわけにはいきません。ECBのドラギ総裁は現状についての認識はもっと厳しく<楽観できる根拠はどこにもない>と述べました。

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7月6日に米国が中国に対してどのような制裁を?

 この貿易戦争の行方は7月6日に米国が中国に対してどのような制裁を発表するかが山場となります。水面下で現在も米中の交渉が続けられているのでしょうが、最終的にどうなるのか、それを受けて中国が本当に報復制裁を実施するか、そして、また米国が更なる倍増の報復を行うか、全く予想がつかない状況で、市場関係者はことの成り行きを見守っているわけです。もちろん急転直下、米中の妥協成立もあり得るでしょうが、予断は許しません。

しかしながら貿易戦争は既に始まっています。トランプ政権の強硬な貿易政策に対して、EUやカナダやメキシコは報復関税を実施しました。カナダでは7月1日、まさに現在報復実施開始です、メキシコでは急進左派のロペスオブラドール氏が7月1日投票の大統領選に圧勝する勢いです。現政権のペニャニエト大統領に対して<対米政策が弱腰>と批判して人気を得ているわけですから、当選後米国とメキシコとの対立が激化するのは必至の情勢です。世界中が貿易戦争は良くないし、お互いのためにならないと感じていて、歴史もそれを証明しているわけですが、いざ国内に目を向ければ国民はかような時こそ強い指導者を求めるので、どうしても余計に急進的な指導者が人気をはくしてしまうわけです。どんな指導者であっても、国内の情勢を鑑みれば貿易交渉に強気にでないわけにはいきません。結局のところ政治家の人気取りも相まって報復合戦がエスカレートしてしまいます。

 幸いなことにそのような報復合戦が今のところ、実体経済に致命的な影響をもたらしている段階ではありません。まだ始まったばかりだからです。例えば米国は鉄鋼とアルミに対して関税をかけていますが、これだけ見れば米中やEU及び日本のGDPに与える影響は微々たるもので、これで米中やEU、日本のGDPが変化するほどのものではないのです。

 また7月6日に米国が中国に対して500億ドル相当の輸入関税を課して、中国がそれに対抗して500億ドルの報復措置を実行したとしても、試算によれば米国はGDPを0.1%低下させる程度、中国もGDPが0.3%程低下させるに過ぎないと見積もられています。ただこれは貿易額がGDPに与えるだけの試算であって、それを通じた金融市場の混乱や、マインドの変化などが算定されているわけではありません。実際に報復合戦のような関税のかけ合いになった場合は想定以上の影響が出てくる可能性の方が高いでしょう。

新興国からの資金流出が止らなくなっています。

 現在、世界を見渡すと米国だけは景気が好調なのですが、その好調な米国景気を受けて米国金利が上昇、新興国からは高金利を求めて米国に資金が流れだし、新興国からの資金流出が止らなくなっています。アルゼンチンやトルコなどは深刻な状況になりつつあります。ことがそれだけで済めばいいですが、実はユーロ圏や中国をはじめ、世界経済に影響を与える大国にも変調な動きが始まってきたのです。ユーロ圏では景気に陰りが見え始めていて、ドラギ総裁は<量的緩和政策を年内で終了させるものの、金利の引き上げは来年夏まで行わない>と明言しました。これは市場の予想を大きく覆すものでした。市場はユーロ圏は来年早々から金利引き上げを実行すると読んでいたのです。そして好調な経済成長を長く続けてきた中国もついに景気減速が懸念されるようになってきました。株価が変調、経済指標の落ち込みが見え始めてきたのです。また貿易戦争を仕掛けている米国においても景気のピークの時期が予想以上に早まって景気減速に陥る懸念が指摘され始めてきたのです。NYダウやナスダック市場も一時の勢いを失いつつあります。各々の地域で起こってきた最近の変化を追って見ましょう。

 米国は景気拡大傾向になって既に10年経過して史上最高の景気拡大期間となっています。景気は循環するものですからいつかは景気が失速になっていくわけですが、その時期はだいぶ先とみられていたのですが、ここにきて米国の景気失速が早めに訪れるのではないか、という観測が広まってきました。

 直近の米国経済は引き続き絶好調です。失業率は3.8%と18年ぶりの低水準で人手不足が激しくなっています。米国としては完全雇用状態でしょうし、賃金の上昇率も物足りないとはいえ、2.7%ありますから人々の懐具合は悪くありません。個人消費は盛り上がっています。個人消費が盛り上がるから、米国は自国で生産をしていないものを輸入して購入するわけですから、現実は景気が良くて消費が盛り上がった結果として輸入が拡大し貿易赤字が増えているわけです。これを強引に是正しろと迫られても、輸出国が当惑するのも当然と思います。しかしトランプ政権は中間選挙をにらんで支持を広げたいとの思惑が強く、まともな理屈は通用しない状況です。トランプ大統領が対外的に強気に出て米国第一主義を掲げて自分勝手な振る舞いをすればするほど支持率が上がってくるという傾向です。

 好調な個人消費に支えられて米国の4-6月期GDPは4%を超える成長となるというのです。減税効果で国民の消費意欲は益々盛り上がります。問題はこうした減税の効果や株高がもたらしている消費の異様な盛り上がりがどこまで続くか、ということなわけです。米国は景気がいいのにも関わらず減税を実施して、更に景気を後押ししているのはいいですが、今度は来年になると減税効果は剥落して、景気の悪化要因に化けてしまうわけです。更に現在進んでいる金利引き上げの影響も時間の経過と共に顕在化してくるわけです。金利が上がれば住宅ローンなど組みづらくなるのは当然です。米国の住宅ローン金利は4.7%まで上がってきて、7年ぶりの高金利となり、ここにきて住宅販売の伸びは完全に鈍化してきました。悪いことにカナダとの貿易戦争でカナダから輸入される木材に関税がかかるようになり、今年になって木材価格が4割も上昇、住宅価格が6%も上昇してしましました。自動車ローン金利の上昇も深刻で購入者が支払いができないケースが増えてきました。これらの状況は今後も金利が上がっていくわけですから益々深刻化していくわけです。最も景気の過熱を抑えるために金利を引き上げるわけですから、それはそれでいいのかもしれませんが、そうはいっても歴史的な長期間に渡る景気拡大の後に訪れるマイナスの変化を過少に見るわけにはいきません。米国経済においては減税や株高など一時的に強烈な追い風が吹いている状態なので、その反動は当然懸念されるわけです。

 景気は永遠に拡大し続けるわけではありません。史上最長の景気拡大期が続いているということは、その終わりも来るわけです。IMFによると米国の経済成長は減税の効果と歳出拡大によって2019年までは続くものの、2020年からは失速する可能性が高いと予想されています。IMFによると米国の経済成長率は今年2.9%、来年2019年は2.7%と好調ですが、2020年には1.9%まで落ち、その後落ち続けて2023年には1.4%まで落ちると試算されているのです。その理由は先ほど指摘したように減税と財政出動効果の剥落です。これに対してトランプ政権は3%超の成長を続けると豪語しています、トランプ政権は減税によって米国企業の生産性が上がり規制緩和も効いて米国経済の潜在的な成長率が上がると試算しているわけです。もちろん貿易問題の激化などは全く考慮に入れていません。

 かような中、米国では好調な個人消費と報復関税による輸入物価の上昇が効いてきたらしく、5月のPCE物価指数は前年同月比2.3%増と、伸び率は前月から0.3%も上昇、上昇率は6年2ヶ月ぶりの大きさとなったのです。久しく物価が上昇しないと言われてきたのですが、ついにFRBが目指していた2%の物価上昇目標を一気に超えてきました。利上げが今後も加速していくのは必至の情勢となってきたのです。因みにエネルギーと食料品を除いた物価のコア指数も2%上昇となりました。米国経済は物価上昇の勢いがついてきたようです。現在の好調な景気と関税引き上げによる影響が相まって諸物価上昇の勢いがはっきりしてきました。一連の流れは、当分は失速しないとみられていた米国経済の減速への転換期を早める可能性があるかもしれません。

 一方、中国の景気動向がかなり変調です、中国上海市場の株価は年初から14%も下がって2年前のチャイナショック時の安値に沈みつつあります。従来は中国では国家隊と呼ばれる国の機関が株価が下がると買い支えてきたわけですが、これが不思議なことに全く動きません。中国の場合は日本の日銀のように年間6兆円購入という程度でなく、一気に年間50兆円以上国家隊が株式購入するなど、中国当局は常軌を逸した株価買い支え政策を行ってきたのをここでは一切ストップさせているようです。株価が下がったことを米国のせいにするという思惑もあるかもしれませんが、逆に余りに国家隊が株式購入をし続けたので買い支え政策が限界にきている可能性もあります。いずれにしても上海市場の株価が余りに下がると中国経済全体に金融問題が発生する可能性があります。

日本と違って中国では経営者が保有株を金融機関に差し出して融資を受けているケースが多いのです。現在担保になっている中国の上場株式は7兆元(約120兆円)と見積もられています。これは中国の株式市場の時価総額の1割強です。日本の経営者が日本のGDPの1割に及ぶ株式を担保に銀行に資金を融資してもらっている状況を想像できるでしょうか? 日本の個人の上場株式保有額はやっと100兆円を上回ったに過ぎません。銀行の担保になどほとんど入っていないでしょう。ところが中国では7兆元という巨額な金額が銀行の担保に入っているというのです。それが現在では株価の急落によって担保切れになって強制決済の水準に達してきたというのですから尋常ではありません。中国の証券専門誌によれば<主要株主が保有株の9割を担保に差し出している>とのことです。元々中国では影の銀行問題や膨大な不良債権問題など金融危機の噂が消えないのですが、これ以上の株価の下げは中国の金融市場に激変を引き起こす可能性が否定できません。

借金を株に変えるということ

 先日中国は預金準備率を引き上げました。当局はそれで浮いた資金を使って<債務の株式化>を進めるように行政指導を行っているということです。<債務の株式化>とは何かと言いますと、簡単に言うと借金を株に変えるということです。例えばある会社が銀行に100億円の借金をしていた場合、この100億円という借金をその会社の株式に転換するわけです。膨大な借金を株に変えるわけですから当然株式発行数は大きく増え株価は下がります、しかし企業としては借金が資本である株式に化けますので、当面借金返済の危機から免れることができるわけです。日本でも1989年のバブル崩壊後、膨大な借金を抱えた当時の建設会社やマンション販売会社がこの手法を用いて借金返済を20年に渡って免れて、やっと会社が正常化した例が多くあります。しかしながらこのような手法が可能となるのは数年では返せない膨大な借金があり、且つその会社が将来再生できる可能性がある場合だけです。無法図な借入や開発を繰り返してきた中国企業の財務はブラックボックスの中です。中国当局は1兆元(約17兆円)超の債務の株式化を実行させるよう行政指導を始めてきましたが、序の口でしょう。膨大な不良債権が隠されているのは必至と思われます。それと<債務の株式化>を進めると安値の状態で大量の新株発行となりますので、株価が長期に渡って全く上がらなくなるのです。

 このような中、日本から中国への工作機械の輸出が激減し始めているのです。工作機械は機械を作る機械ですから景気の初期動向を写します。工作機械の需要が高まればその後設備投資が活発になりますので景気は大きく伸びていくでしょうが、逆に工作機械の受注が急減するようでは景気が失速していく可能性が高いのです。日本の5月の工作機械の受注額は前年同月比14.9%増と18ヶ月連続で前年を上回って好調で、過去最高を更新し続けています。ところがそんな中にあって中国向けだけが急減、5月は前年同月比で9.5%減、これで中国向けは3ヶ月連続の減少となりました。明らかに中国で異変が起こっているのです。中国では国家主導で<中国製造2025>との目標を掲げ昨年は設備投資の大ブームを引き起こしたわけです。日本でも中国関連の銘柄が大きく上昇したのは記憶に新しいところです。一連の動きをみると、中国の設備投資のブームが行き過ぎて終えんに向かっている可能性が否定できません。

 かように米国、中国、ユーロ圏共に問題が生じてきたようです。仮に景気が失速となった場合、厄介なのは景気を押し上げる手立てが難しいということです。金利ものりしろがありません。かつては景気回復時には米国では平均して7%金利を引き上げてきたわけですが、現在はわずか2%まで金利を引き上げたに過ぎません。またユーロ圏は依然ゼロ金利ですし、日本も同じくゼロ金利です。これでは金利で景気を刺激することはできません。では量的緩和はどうか、というとこれも難しいのです。というのも日欧とも量的緩和で購入する国債が枯渇しているのです。ユーロ圏ではドイツ国債が枯渇、イタリア国債やスペイン国債やギリシア国債ならありますが、これらだけを量的緩和策と称して購入し続けては完全に放漫財政の手助けとなり、インフレ到来は必至でしょう、そのような政策は取れません。日本でも今年に入って5回も国債の取引が成立しない日がありました。日銀が日本国債を買い占めてしまって値段がつきづらくなっているのです。日本でも(日銀は認めませんが)量的緩和政策は完全に行き詰っています。

 かように次の景気後退時は世界各国、有効な政策が全くない状態になるのです。金融政策はできず、財政政策は借金が余りに大きいのでどの国も実行できません。かような情勢下、いよいよ貿易戦争が本格化するかもしれないのです。もはや金融政策は機能しません、中央銀行が景気を回復させる時代は過ぎ去りました、世界の景気動向を決めるのはトランプ政権の政策です、貿易戦争の行方はどうなるのか? 世界はトランプリスクに脅えるだけとなってきたのです。

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