<米国は核の脅しの人質にならない。我々は「米国に死を」と繰り返し唱える政権が、地球上で最も破壊的な兵器を手に入れることを容認しない>5月8日トランプ大統領は予想通りイランとの核合意から離脱することを宣言しました。これを受けてイスラエルとサウジアラビアは即座に歓迎の意を表明、イランは激しく反発、中東情勢は予断を許さない状況に向かっていきそうです。

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イスラエルとイランとの深刻な軍事衝突

 既にシリアを舞台にしてイスラエルとイランとの深刻な軍事衝突は始まっています。イスラエル軍によると、5月10日シリアに展開するイラン革命防衛隊がイスラエルの占領地ゴラン高原に向けて20発のロケット弾を発射したとのこと、これに対してイスラエルのネタニヤフ首相は<レッドラインを超えた>としてイラン側を激しく非難し、即座にイスラエル軍は過去最大級の報復攻撃をシリア領内のイラン軍事施設に対して行ったのです。イスラエル軍は武器庫や情報関連施設やシリアの防空システムを標的に70発のミサイルを発射、この空爆で23人の死者が出たということです。こうなるとイラン側も収まりがつきません、翌11日、イランの最高指導者ハメネイ氏は<イスラエルが愚かな行動を取れば主要都市であるテルアビブやハイファは完全に破壊されるだろう>と警告を発したのです。

 現在イスラエルの隣国レバノンは混乱状態にあり、5月6日に行われた総選挙でイランが支援するヒズボラの勢力が過半数の議席を獲得しました。ヒズボラは反欧米の立場を取り、イスラエルせん滅を掲げる武装組織です。ヒズボラはイランからの影響力が大きく、イランから大きな支援を受けています。ヒズボラの部隊はイラン革命防衛軍から訓練を受けて組織されました。ヒズボラにはイランから軍事顧問が送られていて、仮にイランがヒズボラにイスラエル攻撃を命じるとイスラエルとレバノンで戦闘状態になる可能性もあり、その場合イスラエルによるレバノン侵攻が現実化してくる可能性があります。

 サウジアラビアに目を向けると、これも隣国イエメンとの軍事衝突が収まりません。イエメンではサウジアラビアが支援する暫定政権とイランが支援するフーシ派が内戦状態で、戦闘は泥沼化しています。そしてイエメンのフーシ派からサウジアラビアに対してミサイル攻撃が繰り返されています。

 イスラエルにとってもサウジアラビアにとってもイランは宿敵です。ここで米国のトランプ政権がイランとの核合意を破棄したので、対立を一気に激化させて米国を巻き込んでこの機会にイランを軍事的に潰したいという思惑もあると思われます。

イラン核合意に残るように説得

 イギリス、フランス、ドイツなど欧州各国は何としても米国のイラン核合意からの離脱を思いとどまらせようと尽力してきました。フランスのマクロン大統領やドイツのメルケル首相が相次いで米国を訪問してトランプ大統領にイラン核合意に残るように説得してきましたが、強硬なトランプ大統領は聞く耳を持っていませんでした。現在のところイランも自制気味で核開発を再開するとは宣言していません、核合意から米国が離脱しても米国抜きで残ったイギリス、フランス、ドイツ、ロシア、中国との間で核合意を継続することができるかどうか協議する予定です。15日にブリュッセルで欧州各国とイランとの会合が行われます。しかしイランの最高指導者ハメネイ氏は<核合意継続で欧州がイランの利益を保証できない限り、ここまでの合意事項を続けることはできない>と米国抜きの協定に対して有効性を疑って協定破棄をほのめかしています。

 米国抜きでの合意の継続は実質的に難しいと思われます。米国がその気になれば制裁対象の国や企業に対してドル決済ができないという強硬手段を取ってきますので、トランプ政権の出方によっては欧州各国も中国もロシアも実質的に米国の意に従うしか方法がないでしょう。2015年の核合意後に欧州企業は大挙してイランに進出、多くの利権を有しています、米国の制裁対象となってはたまりません。しかしながらこれらの企業もトランプ政権の強硬姿勢は変わらないとみてイランからの撤退を模索し始めるでしょう。既にボルトン大統領補佐官はイランとの核合意からの離脱に伴って実施する経済制裁について欧州の企業も、その対象になる可能性を示唆しています。米国の制裁対象から外れるのはその国の対応次第というわけで、それらの国の欧州企業はイランとの取引の劇的な縮小を迫られるのは必至でしょう。

 今回のトランプ政権の強引な核合意からの離脱は唐突で身勝手のようにも見えますが、そもそも2015年に結ばれた核合意自体に大きな問題があったことも事実です。この合意にはサンセット条項という2025年には核開発の規制を緩和する条項が含まれています。また弾道ミサイル開発については全く規制されていません。イラン側からすればいつでも核開発を再開できる形となっています。この合意の中で最も滑稽なのはウラン濃縮用の遠心分離機の数量規制です。合意ではこの遠心分離器を6104基に10年間限定するという協定があるのです。何故6104基という中途半端な数字なのかというと、この遠心分離機の数からウランを抽出して核開発を行ったとして最低1年かかるという計算から逆算して作られた協定なのです。いわばイランが協定を破ったとして1年間は核を開発できないという猶予期間が生じるわけで、その間何とか対処する時間があるというわけです。

 こんな不完全な合意ではイスラエルやサウジアラビアが反発するのも当然でしょう。この核合意によってイランは経済制裁を解かれたわけです。こうしてイランが経済発展を許されればその間、原油輸出などを通じて経済的な力を蓄えることができます。これについてトランプ大統領は<合意後、イランは軍事予算を40%増加させた。経済制裁の解除で得た資金で核搭載可能なミサイルを建造し、テロを支援した>と非難しています。これは一面事実です。

イランにとってミサイルの悪夢は忘れならないものなの

 しかしながらイラン側にも理屈があります。まず弾道ミサイルの開発についてですが、実はイランにとってミサイルの悪夢は忘れならないものなのです。1980年代に始まったイラン・イラク戦争において、イランはイラクからのミサイル攻撃に無防備で晒されたのです。当時のイラクのフセイン大統領は<都市攻撃>としてテヘランやダブリーズなどイランの主要都市をミサイル攻撃しました。一方のイランはミサイル装備を持っていませんでした。空爆の防御は貧弱な防空システムに依存していたのです。これをみたフセイン大統領は次第に組織的なミサイル攻撃を繰り返すようになっていきました。イランのザリフ外相は当時の苦しさを振り返って現在のイランのミサイル開発の正当性を強調しています<イランにはサダム・フセインを止めるために撃ち返すことのできるミサイルが1発もなかった。我々はスカッドミサイルを求め、いろんな国に懇願して回った。ひたすら懇願に懇願を重ねたのだ。はした金のために、あなた方はイランに国民防衛を破棄せよと言うのか>このイラン・イラク戦争時のミサイル攻撃によってなすすべもなく多くの国民の命を奪われた悲惨な体験はイラン国民全体の脳裏に焼き付いているようです。ですからイラン側からするとミサイル開発はイランにとって自己防衛のためにどうしても必要なことであって、とても譲れる問題ではないのです。

 またイラン側は今回の合意破棄について米国への不信感を更に一掃強めています。そもそも国際的な合意は例え、政権が変わっても守られるのが当然です。日韓の慰安婦問題なども朴大統領の時代に<話を二度と蒸し返さない>と念を押して合意していたにもかかわらず、政権が変わった途端に合意が破棄されたわけです。かように政権が変わるごとに国と国との約束事が反故にされていたのでは合意や約束事など成り立ちません。政権が変わっても前政権の行った約束事項は守るというのが国際関係の常識です。トランプ政権はこの常識を一切顧みず自分勝手に行動しています。これでは国と国との約束事など決めることもできないし、何も決められません。結局イラン側から見れば<米国にだまされた、裏切られた>ということでしょう。

 既にイランでは内部で政治的な争いが激しくなってきています。ハメネイ氏を頂点とする対外強硬派は、かねてから米国を信用してはならないと警告してきたわけですから、今回のトランプ政権の核合意破棄について、米国を信用した咎めとみて<それみたことか>と現政権を激しく非難する口実となっています。今後イランが米国と新たな交渉につくのは極めて難しい情勢となっていくでしょう。穏健派であるロウハニ現政権でも新たな交渉に乗り出すこと自体、危険な賭けと思われます。現在イランにおける複雑な権力構造の中でロウハニ大統領の力を制限しようとする強硬派が勢いを増しているということです。実際米国との交渉がかような結果に終わったわけですから、今後更に米国に追い詰められて、原油の禁輸というところまで追い込まれていけば、イランとして妥協するような雰囲気は消えていくに違いありません。また好戦的で先鋭的なイラン国内の世論が米国との妥協を許さないでしょう、既に<米国に死を>とのプラカードを上げたデモがイラン全域で広がってきています。今後イランが経済制裁によって疲弊していくのは必至で、そうなれば現政権も逃げ場がなく、より強硬に出るしか選択肢がなくなっていくでしょう。イランは当面自重するでしょうが、いずれ強硬な保守派と世論の勢いに押されて核開発再開を決断することとなるでしょう。

 トランプ政権はじめ、イスラエルもサウジアラビアもそれを待っています。イランが核開発を再開して、軍事的な挑発行動に出るように追い込んでいるわけです。米国の戦争の仕方は常に同じで相手方を徹底的に追い込んで暴発するのを待って一気に叩くわけです。日本が真珠湾攻撃に追い込まれたのも北朝鮮を経済制裁で徹底的に追い込んでいったのも米国が戦争に入る前の同じ構図です。米国の経済制裁は歴史的な手法です。イスラエルのネタニエフ政権とトランプ大統領は極めて親しくイスラエルは米国のイランに対しての軍事行動を求めてやみません。ですからイスラエルはイランに対してより一層挑発的になって緊張を高めています。イラン側もその辺のところはわかっているでしょうから、現在のところは慎重に物事を進めている段階です。しかし経済制裁が効いて益々国内が追い込まれた時に米国に頭を下げて屈服するとは思えません。

 <ハメネイ氏は中東のヒットラーだ!>と豪語するサウジアラビアもムハンマド皇太子はどうしてもイランを叩きたく、米国、イスラエルと共闘する用意はできていると思います。イランにとって頼みの綱はロシアだけで、ロシアの動向が注目です。シリアのアサド政権もロシアに救われました。ロシアはイラン政策を自国の有効なカードとして使って米国との取引材料とするでしょう。

 原油価格は全く下げなくなりました。常に中東の危機が叫ばれる時、イランによるホルムズ海峡封鎖の可能性が取りざたされるのですが、今回、イランが米国、イスラエル、サウジアラビアと事を構えるとなればホルムズ海峡は戦場となりますから確実に封鎖されるでしょう。その場合原油価格は予想以上の高騰となります。現在の原油相場はこの懸念を織り込みつつある展開と思われます。本来であれば米国のシェールオイルのリグ稼働数が4月20日現在で1013基と3年ぶりの高水準となり、米国の原油生産量は5月時点で日量生産1070万バレルに達するというのですから原油価格は暴落してもおかしくない情勢です。因みにサウジアラビアの原油生産量は5月時点で日量990万バレル、イランの原油生産量は3月時点で日量381万バレルであり、米国は今や世界一の原油生産国です。

 イランの原油輸出の内訳をみると、中国向けが24%、インド18%、韓国14%、トルコ9%と続いて日本は5%となっています。仮にイラン産原油が禁輸となった場合、その影響は主にアジア諸国が被るわけです、米国は痛くも痒くもありません。

 そしてついに原油価格100ドルの予想が出てきました。バンク・オブ・アメリカは来年に1バレル100ドルに達するという予想を出してきたのです。大手投資銀行として100ドル予想を出してきたのは初めてです。ゴールドマンサックスは原油や銅などの商品を購入する戦略的状況がこれまでになく高まってきたとして商品投資を奨励しています。新債券王と言われるジェフリー・ガンドラック氏は原油のチャートを指して<素晴らしい>として綺麗な上昇と絶賛していました。

 5月9日、トランプ大統領はホワイトハウスで開いた閣僚会議で<核開発プログラムを再開しないように、イランに非常に強く勧める! 再開した場合は極めて深刻な結果を招くだろう>と警告したのです。不倫スキャンダルやロシアゲート疑惑が連日報道されているトランプ大統領は米国民の目を外に向けたいと願っていることでしょう。イランに対しての警告発言はブラフとは思えません。トランプ大統領はイランを最大限に挑発し、その暴発を望んでいるのかもしれません。

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