<イタリアは政局混迷のさなかで選挙を迎える。経済と移民政策の失敗は、欧州連合(EU)が存続の危機にあるというのが、もはや言葉だけでなく現実であることを意味している>投資家ジョージ・ソロスはパリの講演で今回のイタリアから始まった混乱について、深刻な懸念を表明しました。今年に入って米長期金利の上昇、北朝鮮問題、米中貿易戦争、イランン問題と次々に難題が生じてきたのですが、今回は欧州という市場が比較的楽観視していたところから、またしても重大なそして深刻な問題が始まってきました。ここ数日、イタリア発の欧州危機の再来に市場が脅え始めています。いったいイタリア、そして欧州で何が起こっているのか、その背景と現状を探ってみます。

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親EU派と反EU派の決定的な争い?

 事の発端はイタリア大統領、マッタレッラ氏の強権発動でした。イタリアは総選挙の後、例によって少数政党が乱立してお決まりの連立内閣樹立に手間取っていたわけですが、何と極右政党の<北部同盟>と極左でポピュリズム政党である<五つ星運動>が連立を組むこととなりました。その組閣において財務大臣候補のパオロ・サボーナ氏がユーロ懐疑派のエコノミストであったため、その人事を受け入れることをマッタレッラ大統領が拒否したわけです。このため連立政権は発足できませんでした、マッタレッラ大統領としてはEUとの深刻な対立が始まってはイタリアの国益に反する、という強い信念に基づいて行った決断と思いますが、連立政権樹立を目指した北部同盟と五つ星運動は激しく反発しました。マッタレッラ大統領を強く非難して、結果どんな政権も生まれようもなく、政治が大混乱状態となって総選挙に向かう流れが生じてきたのです。その後この2党が再び閣僚人事を変えて連立政権を目指すという構想や、民意の反発という流れを受けて選挙に突入させるという思惑など現在は混乱が拡大している状態で、選挙になるのか、連立政権ができるのか、まだ先行きははっきりしません。

 問題は、この混乱の発端が親EU派と反EU派の決定的な争いという、欧州全域を巡る根本的な対立構図を再度鮮明にしたということです。このため仮に選挙となった場合はイタリアがEUに留まるか、離脱するかというイタリアの進路を決める、実質EUからの離脱を問う選挙になる可能性が強くなってきたわけです。かような選挙を行って、仮に北部同盟や五つ星運動が勝利して政権を握れば、今度こそイタリアのEU離脱が現実のものとなって動き出す可能性が否定できず、本当にイタリアがEU離脱となればEUの存続自体が問われることとなり、まさにEU崩壊の危機に発展するというわけです。イギリスの例で示したようにEU存続の可否を問うような国民投票は危険でありそのような投票なり、選挙を行うのは得策ではない、とのコンセンサスはあります。しかしここまでの経緯で、今回のこの事件は仮に選挙となれば自然にEUへの離脱の可否を問うような国民投票のような色彩を帯びてしまうわけです。

 実際、この北部同盟と五つ星運動の連立では極右と極左ですから基本的な政策では接点がないわけです。日本で考えれば自民党の最も右寄りの勢力と共産党が連立を組むようなもので、基本的な考えが水と油なわけで、これでは普通連立など組めるわけもないのです。北部同盟は移民排斥の国粋主義ですし、五つ星運動は国家を重視するより貧困救済を重んじる政党です。ところがこの北部同盟と五つ星運動においては唯一接点があるわけで、それが反EUに象徴される反エリート主義、そして政策的には財政の無節操なばら撒きです。この両党はECBが購入したイタリア国債を償却してチャラにするように、と非公式には主張しています。

 かようなポピュリズム政党が現実に政権を樹立する可能性があるわけで、その無節操な政策を実行してくる可能性が出てきたわけです。更に厄介なのはこの混乱の一件があってから北部同盟の支持率が更に上昇しているのです、現在選挙を行えば、北部同盟も五つ星運動も大勝する勢いなのです、北部同盟の支持率は3月の総選挙時点の17%から現在25%にまで上昇してきています。五つ星運動は今回も第1党であり30%を超える支持率を維持しているのです。これでは仮に選挙を行えば、北部同盟と五つ星運動は更に勢力を伸ばし、完全に反EUで固まってEU離脱に突き進む可能性が高いわけです。

 このような状況をみて、金融市場はおののいているわけです。イタリア国債は金利が急騰(価格暴落)となっています。イタリア国債10年物、イタリアの長期金利は3.4%と4年2ヶ月ぶりの高金利となってきました。イタリア2年物国債は5月16日までマイナス金利で推移していたものが一気に利回り2%を超えてきたのです。市場は今回の混乱をユーロ圏全体の問題と捉えユーロも急落、対ドルでは1ユーロ1.15ドル台と10ヵ月ぶり安値となってきました。その一方で資金は質への逃避ということでドイツ国債は金利急低下(価格急騰)、利回りは0.19%まで下がったのです。この動きは米国債にまで波及、5月初めには3.1%にまで上昇していた米国債金利が一気に低下、2.7%台にまで下がったのです。もちろん米国株をはじめ日本株も含めて世界中の株式市場も大きく下げました。

 北部同盟も五つ星運動も大衆迎合がうまく、国民受けするできもしない政策を巧みに宣伝するわけです。イタリアの債務はGDPの130%とイタリアはユーロ圏では突出して財務体質が悪いわけです。かような情勢でありながらもECBはイタリア国債を買い続けてきました、財政再建を行うという約束の下にECBはイタリア国債を買い続けてきたわけです。その額は40兆円超、現在もECBによるイタリア国債購入は続き、このままで行くと混乱でユーロ圏経済は減速するでしょうから、余計にECBは域内の国債を購入する量的緩和政策は止められなくなりそうなのです。それが北部同盟や五つ星運動のような無節操なばら撒き政策で自由に資金を使い放題となれば、ECBのイタリア国債購入は完全に財政ファイナンス、放漫財政で生まれた借金をユーロ紙幣を印刷して融通するということになります。これではドイツをはじめとする北部欧州のような財政の健全な国家としては許容できるはずもありません。

  かようなイタリア国債の急落状況をみて、イタリア中央銀行のビスコ総裁は<信頼というかけがいのない資産を失う重大なリスクを忘れてはならない>と警鐘を鳴らしました。

イタリア国債だけでなく、イタリアの銀行株も急落中

 実際、イタリア国債だけでなく、イタリアの銀行株も急落中です。というのもイタリアの銀行は自国の国債を大量に保有しているのです、欧州全域を見渡すとドイツやフランスの銀行は銀行の持つ資産のうち国債の比率は各々2.2%と3.6%程に留まるのですが、イタリアの銀行のそれは11%近くに達しています。これが急落してわけですからイタリアの銀行の財務状況が一気に悪化したということです。更にイタリアの国民もイタリア国債を大量に保有しています。悪いことにイタリアの銀行は国債を時価評価する必要がないので、かようにイタリア国債が急落してきても、直ぐに売らなければというような危機感や切迫感を持っていないのです。

欧州委員会のエッテンガー委員長は市場の混乱を捉えて<イタリア経済と国債、市場の動きが劇的な影響を受ける恐れがあり、それが左右のポピュリスト政党に投票すべきでない、という有権者へのメッセージとして働くことが今後数週間のうちに示されるだろう>と述べて、イタリア国民が市場の警告を素直に受け取ることを期待しています。そして<北部同盟や五つ星運動のような政党に政権を渡さないよう願うばかりだ>と言っているのです。この発言は金融に精通している人には<ポピュリズム政党は経済を破壊させる可能性がある>から当然の発言と素直に納得できる考えと思われますが、一般的には民意に対しての冒とくとなり受け入れられるはずもありません、結果的にエッテンガー委員長の発言は各方面から激しい反発を招きました。エッテンガー委員長はドイツ出身のまさにEUのエリート官僚です、北部同盟のサルビーニ委員長はこの発言を捉えて<ドイツによるEU覇権と支配の欲望を示ししている>と猛反発してエッテンガー委員長の即座の辞任を求めました。結局エッテンガー委員長は<イタリアの民意を軽視したつもりはなかった>と謝罪に追い込まれたのです。かような情勢で北部同盟は民意の後押しを受け益々勢いづいています。

 実際国家を上回るような巨大な権力を持つEUに対して、ユーロ圏域内の国家や人々がその<上から目線の支配>に対して嫌悪感を抱いているのは疑いようもありません。特にギリシアやスペイン、イタリアなど南欧諸国や東欧諸国ではその気持ちが強いわけです。北部同盟のサルビーニ委員長は<現在のイタリアは自由でなく、お金の面でドイツ人、フランス人、ユーロ官僚に支配されている>として現在のドイツやEUの官僚に対して激しい敵意をむき出しにしています。そして今回総選挙になった場合は<イタリアを自由の国にしたい人たちと、卑屈で奴隷のようにしたい人たちの間の争いになる>ということで<真の意味で国民投票となる>というのです。これは明らかにEU離脱を公約として宣言しているようなものです。これら<EU支配からの脱却>というスローガンは多くのイタリア人が共鳴する可能性があります。かようにポピュリズム政党は人々の怒りや不満を巧みに吸収します。

 ギリシアの問題では結局、ギリシアはEUの言うことを聞くしかなく緊縮財政を強いられました。イタリアが仮にEUに反旗を翻して、ECBの購入した国債をデフォルトさせるとかEUからの離脱とか、とんでもない政策を決めた場合、EUは強権を発動してイタリアを実質的なデフォルトに追い込むことができるでしょうか? ギリシアであれば強引にユーロ圏から切り離すぞ! と脅して無理やり言う事を聞かせることもできるでしょうが、イタリアがデフォルトした場合はその規模が大きすぎて、影響はEU全体に及んで収集がつかなくなる可能性が高いでしょう。要するにギリシアと違ってイタリアは<大きすぎて潰せるわけがない>のです。この辺を捉えて北部同盟も五つ星運動もEUに対して強気で対応しているように思えます。現実に7月末に選挙が行われて、そこでも勝利した場合、北部同盟や五つ星運動は民意が得られたというお墨付きを得ますから、今度こそ自分たちのやりたいような、EUの意向を無視した政策を強引に断行してくる可能性も否定できません。EUがイタリアを助けるしか、EU自らも生き残る道はないはずと思っているからでしょう。まさにEUに対して自己主張を前面に押し出し強気に出て<やれるものならやってみろ! 共倒れにしてやる>という事でしょう。

 昨年のフランス大統領選でマクロン氏が勝利した時点から欧州危機に対しての懸念は急速に縮み、欧州については楽観論が支配するようになりました。しかしその間も依然としてEU域内各国の不満やくすぶっていた火種は拡大していたのです。

政治情勢は徐々に変化していきました。確実に民主的な政府は倒れ、強権的な政府が次々と立ち上がりつつあったのです。東欧諸国ではポピュリスト政党が勝利し続けていきました。ハンガリーでは4月の選挙で強硬な反難民政策を掲げた中道右派の<ファデス>が圧勝、議会の3分の2を取る勢いだったのです。<ファデス>を率いるオルバン首相は2015年の夏の難民危機の際、セルビア国境に有刺鉄線を設けて、放水するという強硬手段を取り世界中から激しい非難を受けました。しかしオルバン首相はこれをきっかけにハンガリーの人々の支持を広げていったわけです。ポーランドでは政治が司法に介入、言論統制も強まっています。EUではポーランドとハンガリーへの補助金を大幅に減らし圧力をかけています。ポーランドへの補助金は今年23%減らすとしています。当然ポーランドの反EU機運は高まっています。一方でスペイン、ギリシア、イタリアへのEUの補助金の額は財政緊縮の中でも拡大しているのです。因みにイタリアへの補助金は今年6.4%増です。

民主主義の衰退や機能不全

 オーストリアでは極右の自由党が昨年末連立政権に入りました。チェコではポピュリズム政党とされる<ANO>のバビシュ党首が首相になっています。フランスでは大統領選挙に負けたとはいえ、マリーヌ・ヌペン率いる国民戦線は健在ですし、ドイツでも極右政党の<ドイツのための選択肢>も勢力を拡大中です。

 一連の流れはこれまでこのレポートでも再三指摘し続けた民主主義の衰退や機能不全を現しています。社会全体に閉塞感なりうっ積が溜まっているわけです。米国でトランプ大統領が当選したのが典型的で、米国民自体が各々思うような仕事がなくなり、賃金は思うように上がらず、仕事にプライドを持てないという行き場のない怒りがトランプ氏を大統領に押し上げ、トランプ旋風となって米国第一主義を後押ししています。イタリアも同じで北部同盟や五つ星運動が無理な事を言っていると感じていても彼らに望みを託したい多くの有権者が存在しているわけです。EU全体の失業率は8%台ですが若者の失業率は18%、イタリアの若者の失業率は30%を超えていますし、フランスは20%台とこれも危機的です。EUでも所得が平均の6割以下という相対的貧困が8600万人と10年前に比べて500万人以上増えています。更にこういった格差なり、適当な仕事が失われていくという傾向は強まっていきます。今後はテクノロジーの急激な進歩によって更に多くの仕事がリスクにさらされていくわけです。

民主主義はかようなやり場のない人々の怒りを上手く吸収することができていません。民主主義国は何処も混迷の度を深めていく様相で、その典型としてモザイク国家であるEUにおいて政治的混乱が顕著に現れてしまっているようです。民主主義が雇用を創出できない、安全をもたらすことができない、生活水準の停滞が続く、という現状では混乱を招いているのもやむを得ないことかもしれません。いずれにしても問題は根が深いようです。英国の国民投票から始まったブレグジットでEUは危機になりましたが、昨年のフランス大統領選挙のマクロン氏の勝利で危機は遠ざかったように思えました。しかしそれは錯覚だったようです、今回のイタリアで始まった政治的混乱が一時的に収まろうが、収まらなくて更に拡大していこうが、今後のEU存続の道のりは更に険しいものになっていくことでしょう。<存続の危機>と指摘したソロスの警鐘を重く受け止めるべきです。今後EUの崩壊は静かに、そして着実に進んでいくようです。

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