<代償を払わせる>3/24、G7の首脳会談を前に米国のオバマ大統領はロシアの横暴に対して制裁を示唆しました。そして迎えた25日、ロシア抜きのG7は首脳宣言を採択<クリミアを併合しようとするロシアの違法な試みを非難する>として<この明白な国際法違反は世界の法の支配に対する深刻な挑戦>と糾弾しました。同時にロシアをG8から除外することを決めたのです。

G8体制は事実上崩壊

 こうして冷戦終了後長らく世界の政治、経済を主導してきたG8体制は事実上崩壊、国際秩序は大きな転換点を迎えたのです。米国が世界の警察官としての振る舞ってきた時代は終わりつつあり米国の権威は急速に弱まりつつありました、混迷する世界は既にG8体制どころか秩序のないGゼロ体制に移行しているとの指摘は数年前からなされていたのですが、奇しくも今回のロシアによるクリミア併合は、現在のもろい世界の法秩序の体制を露わにしたと言えるでしょう。

 ロシアは<我々はG8に固執しない、世界には国連の安全保障理事会やG20などの枠組みがある>と述べましたが、実際国連の5か国の安全保障理事国として拒否権を持つロシアの横暴には、国際社会も何の有効的な制裁手段も持ちえません。

 クリミアは時間の経過と共にロシア化して、この事実が固定化してくる流れは止めようもないでしょう。皮肉なことですがロシアがクリミア併合を発表した3月18日から世界の株式市場は落ち着きを取り戻し、再び上昇モードに変換、一方で有事に強いとみられる金相場は1トロイオンス1392ドルまで上昇したものの、天井打ちとなりました。金相場はその後わずか10日間で100ドル以上の下落となったのです。市場の反応をみると危機は峠を越えたと言わんばかりです。

相互依存体制の弊害

 ロシアの横暴に対して何の実質的な制裁ができないところに今の世界の実情が現れています。世界は大きく相互依存体制になっています。ロシアはエネルギー大国であり、欧州に相当量の天然ガスを供給しています。ドイツはエネルギーの40%をロシアに依存、リトアニア、エストニア、ラトビアのバルト3国は100%、更にフィンランドとスウェーデンもロシアに100%依存です。欧州地域にとってはロシアからのガス供給が止まれば壊滅的な打撃を被るのは明らかです。一方でロシアにとって石油や天然ガスの輸出代金は国家歳入の半分以上を占める貴重な財源なのであって、これを自ら止める制裁など選択肢としてあり得ないでしょう。

 オバマ大統領が表面上は勇ましく<ロシアに代償を払わせる>と凄んでも誰も本気になって米国と一緒にロシアと事を構えたいとは思っていません。日本ですら米国に同調するものの、北方領土の問題を抱えてロシアとは対立を深めたくないと思っているのです。中国などはこのクリミア問題については全くの中立、この中立という態度だけで中国はロシアに大きな借りを作ることができると計算しています。G7各国は制裁措置としてロシアの政権に近い数人について渡航禁止や資産凍結などの措置を取りましたが、これでは何の効き目もありません。<ポーズだけの制裁>と各国の事情によって一枚岩にはなれない欧米諸国の苦しい実情を見透かされています。

 世界のマスコミもロシアの横暴に対して実質何もできない国際社会の現状を憂いでいます。一方でこれらの報道とは逆に、私はロシアが実質的な制裁を受け、今後深刻な状況に陥っていくと考えています。ロシアは確かにマスコミ的には目に見える制裁は受けていないものの、実は欧米側から目には見えない巧みな金融的な攻撃、制裁を受けつつあるのです。主導するのはヘッジファンドや格付け機関です。既にロシアからの大規模な資本逃避は始まっていますが、この事が時間と共にロシアを窮地に追い込んでいくと思うからです。確かにクリミアの情勢は時間と共にロシアによる実質的な支配が固定化されていくことでしょう。それとは逆にロシアの国内経済は深刻な方向へ向かっていくと思われます。オバマ大統領が<代償を払わせる>と指摘した通り、結局のところロシアは大きな代償を払わなければなりません。そしてその動きは水面下で確実に段階的に実行されつつあるのです。

東西冷戦時代と違うロシア

 かつてのロシア、昔のソ連は強大でした。冷戦、東西対決と言われ、世界には米国とソ連という2つの大国があり、世界のどの国も米国かソ連かどちらかの陣営につくしかなく、どちらかの影響下にあったのです。まさに世界を分断した東西冷戦時代です。1968年、当時ソ連圏にあったチェコスロバキアでは民主化の機運が盛り上がりました。政治的な変革をして東側のソ連圏から西側の米国圏に近づこういう流れが起きましたが、当時の大国ソ連がそんなことを許すはずもなく、いきなり戦車が出動、民主化の動きは武力によってつぶされました。束の間の<プラハの春>でした。この時、西側は緊張激化で株価の急落がありましたが、一方のソ連側は影響を受けませんでした。ソ連並びに東欧圏には株式市場が存在していなかったからです。かように当時のソ連の影響力は東欧地域全土に及んでいましたし、ソ連と東欧などの衛星国を含めるとゆうに4億人の人口も有していたわけです。今ではロシア本体のみで1億5000万弱の人口ですから今のロシアは当時のソ連と比べると領土も人口もそして影響力も格段に小さくなったと言えるでしょう。

 また今のロシアは経済力でも全く欧米側に及びません。ロシアのGDPはわずか200兆円であり、米国、欧州、日本を合わせた額のおよそ20分の1です。ロシアの一人当たりの所得は1万4000ドル程度、これも米国に比べて4分の1程度に過ぎないのです。かように人口、経済力、勢力地域もかつてのソ連と今のロシアでは比べようもなく、軍事力だけは突出しているものの、ロシアはもう大国ではありません。かようなロシアなど欧米側はその経済力、金融力を使ってつぶそうとすれば、実はロシアは一たまりもないのです。そして目には見えませんが欧米の金融を使ったロシア側への巧みな攻撃が実際、始まっています。ロシアは欧米側の怒りをかって、実は世界のマスコミ報道とは違って実質的な制裁は受けつつあるのです。

 株価を見ても酷い状況です。ロシアの米国ドル建ての株価指数RTSでは昨年10月から今年3月まで一時5割を超える暴落となりました。とにかく資本の流出が止まりません。3月24日、ロシア経済発展省は今年1-3月期のロシアからの資本流出は7兆円に上るとの予測を発表しました。昨年1年間の流出額が6兆3000億円程度ですから3ヶ月で昨年1年の流出額を超えています。この勢いで資本流出が起これば年間28兆円、ロシアのGDPの12%となりますが、仮にこのようなことが現実に起こればロシア経済は崩壊に至るでしょう。昨年日本はアベノミクスで沸いて好景気となりましたが、その主因は円安と株価の高騰であり、それを主導したのは外国人投資家です、その外国人投資家の年間の日本株買い付けは約15兆円、日本のGDPの3%に匹敵する額の流入があって株価が高騰しあのような好景気に繋がっていったのです。まさに外国人投資家さまさまだったのです。それでも年間の資金流入額はGDPの3%に過ぎません。3%で劇的に回復したものが同じくその4倍の12%の資本逃避になればどのような状態になるのでしょうか?

 現にその驚くべき影響はロシアの株価や為替、インフレ指標にはっきりと現れているのです。ロシア政府は今年の成長率見通しを2.5%成長と述べていましたが、当然この目標は下方修正です。既に1-3月の成長率見通しをゼロ成長になると下方修正しました。一方通貨ルーブルの下落によってインフレも加速中です、インフレ率は2月は6.2%、3月は7%と月を追うごとに上昇中です。たまらずロシア中央銀行は緊急の利上げに動きました。世界銀行は3月26日、ロシアの今年度の成長率が1.8%のマイナス成長に陥る可能性があると発表しました。この予想は今後米国はじめ欧米側が追加制裁を実施しないという前提に基づいているわけで、仮に更に関係が悪化すればマイナス幅は広がるというわけです。

 既にロシア国債は金融市場ではジャンク債の扱いです。国家の信用力を計るCDSは今年3月14日に278ベーシスポイント、中米のコスタリカやグアテマラ以下の信用力です。1昨年、2012年12月末のロシアのCDSは121ベーシスポイントでしたからわずか1年3ヶ月で2.3倍にまで保証料が上昇したのです。現在ロシア国債10年物の利回りは昨年末から1.5%上昇して9.15%となり、ロシアの財務省は今年になって6回に渡って国債の入札を延期しています。とてもこんな高い金利で資金調達は避けたいからです。一時期は破たんと噂されたギリシア国債さえも今では4%台でロシアの半分の金利で資金調達が可能となってきたのです、如何に現在のロシアに信用がないかがわかります。

ロシアの格付けの引き下げ

 S&Pとフィッチは相次いでロシアの格付けを引き下げています。ムーディーズも時間の問題で追随することでしょう。資本逃避が止まらない現状は指摘しましたが、当然のことながらロシアへの投資も激減となります。現状を鑑みれば欧米の企業としては欧米とロシアの今後の対立激化の可能性を考えれば新規の投資などできません。欧米のエネルギー大手は相次いでクリミア半島沖の開発の凍結を発表しています。また日本も安倍・プーチン両首脳の関係改善からロシアへの投資機運が高まっていたものの、完全に水を差されました。かつて日本はイランのアザデガン油田の開発に多額の投資を行ってきましたが、米国のイラン制裁に巻き込まれ撤退を余儀なくされ膨大な損失を被った経験があります。当然、ロシアに対しての肩入れはイランのアザデガン油田への投資の二の舞になる可能性が否定できません。まさにクリミア併合によって欧米や日本の企業のロシアに対しての新規投資は全く前に進まなくなったのです。

 かつて強大だったソ連時代と違い、現在のロシアは西側の金融、経済圏に深く入っています。しかも経済的な力は極めて弱いのです。これほどの脆弱な経済が巨大な欧米や日本の資本を敵に回せばしっぺ返しは相当なものと覚悟しなければなりません。実は今や金融の力は軍事力を凌ぐほどに強力なのです。ドル体制という覇権を握る欧米の金融資本にとって、ヘッジファンドや格付け機関を使ってロシアから資金を一気に引き上げ、投資をストップさせて株や為替を暴落させ、ロシア国内にインフレを誘発して国内に怒涛の混乱を引き起こすことなど朝飯前です。ロシアは旧態依然とした軍事力を持ってクリミアを手に入れました。しかしその代償は如何なるものとなるのか、欧米の金融資本による目に見えないステルスのような金融攻撃がゆっくりそして確実に始まっています。かつての大国ソ連への回帰、クリミア奪取からプーチン大統領の支持率が上がっています。ナショナリズムに沸くロシア国内ですが、束の間のユーフォーリアは今だけでしょう、大きな経済的な混乱に見舞われるのはこれからです。