<未来の経済問題は雇用を創出することだ>元米財務長官のサマーズ氏は指摘しています。サマーズ氏によれば未来の製造業にはもう雇用を吸収する力はなくなるというのです。そして未来の政治的な一番大きな課題も如何に人々の雇用を作っていくかという問題になっていくだろうというのです。米国経済は極めて堅調ですし、失業率も順調に低下してきています。低成長が続くユーロ圏や、高成長にかげりが見える新興国と違って最も早く景気回復を遂げている米国で何故このような話が出てくるのでしょうか。これから米国では本格的な景気回復が始まるわけですから雇用の心配がなくなって人々が安心して暮らせる環境が整うはずではないのでしょうか。

雇用の問題はかなり世界的にも深刻になっていく

サマーズ氏によれば雇用の問題はかなり世界的にも深刻になっていくということなのです。例えば農業の歴史と現状を考えてみましょう。かつては日本でも農業従事者は圧倒的に多かったわけです。多くの人が農村で働き、食べ物を作ってきたというのは古今東西、あらゆる地域での実情でした。ところが現在では当時と比べて農業従事者は劇的に減っています。どうしてでしょうか? これは誰でもわかることですが、農業生産が効率的になって、機械化され、いい肥料もでき、時代と共に各段に生産性が上がったからに他なりません。昔であれば牛を使って農作業していたものが、耕運機を使って作業するようになり、多くの便利な機械もでき、肥料も良くなって生産は年々増え、多くの人が従事しなくても生産高は上がるようになったわけです。日本の農業の問題も後継者不足で、農業に従事する人がいないのが問題です。更に少人数で生産性を上げることが可能なので、農地を集約化したりするのが課題となっています。こう考えると昔と比べて農業技術は各段に発展して生産性が劇的に上がったことがわかります。既に現在の農業の問題は生産性を上げるというよりは農業従事者の雇用を守ることに重点が置かれているのです。

 これは米国でも同じです。米国の農業従事者数は100年前には全人口の約3分の1だったのですが、今は1-2%にしかすぎません。かつて農業においては生産を増やすことに血眼になっていたのですが、今では農業生産は十分に潤い食料は全土に行き渡っています。かえって生産過剰になって農産物の価格が下がる懸念をいだくほどです。未発展のアフリカ諸国ならいざ知らず、日米欧などの先進国においては食べ物がなくて苦しんでいるという話はほとんどありません。肥満やカロリーの取り過ぎが話題となっているように、現在は、特に先進国においては<飽食の時代>と言えるでしょう。このような時代になったのはひとえに農業生産の技術が劇的に改善されたからなのです。100年前までは多くの人が従事して少ない生産高だったものが、少人数で効率的に生産する技術を取得したことによって、爆発的に生産高が上がるようになって、収穫が劇的に増えてきた歴史があるわけです。かように農業においては生産性の革命的な向上を達成したのです。しかしその結果として農業従事者はその職を失うこととなりました。生産高はかつてより大幅に増えているわけですから、生産性という観点から見れば、この数世紀の間、特にこの数十年で農業の生産性は劇的に改善したと言えるわけです。

 通常、私たちは経済活動において、この生産性を上げることを目標として誰でも頑張ってきたわけです。生産性を上がることで少ない労働で多くの物を得るようにする、これは人類が継続的に目指してきたものです。皮肉な事ですが、農業という産業においては生産性を劇的に上げたことが、雇用の喪失を招いてしまったのです。

 歴史的に見れば、どの国においても農業技術が発展して、その結果として人手が余り、農業従事者は職を失い、人々は農村から都市へと転出していきました。そして都市においては経済の発展期の時代は製造業で働くという機会に恵まれていったわけです。かつての日本や中国なども一緒で農村から都市に出て、多くの人達は今度は工場で働くようになって、製造業での労働力となっていきました。日本でも高度成長期には地方から来た若い人たちは<金の卵>と言われ、大きな労働力となって日本の製造業の発展を支えていったわけです。中国でも同じような発展過程をたどってきたのです。農村から大量に溢れるような人たちが来るようになって、都市部の工場で低賃金で働くことによって中国の製造業が支えられ、輸出を伸ばすことによって中国経済が活性化したわけです。こう考えるとまずは農業の生産性が上がって人が余るようになって、都市に出ていった、その後都市部においては製造業が多くの人材を労働力として吸収していったという経緯があります。

 このような産業構造の変化から農業から製造業へと自然な産業の発展段階があり、その発展段階に応じて人の流れや職業も変わっていきました。

 ところが今これまでとは違った劇的な変化が起こりつつあるというのです。それは何かというと、あらゆる分野の発展が早く、様々な人を介した仕事が技術の発展によって機械やコンピューターに取って変わられ人の仕事が失われていくというのです。ロボット技術の驚くべき発展や3Dプリンター技術の発展によって人間の雇用が必要なくなってくる時代の到来です。本来技術の発展が新しい雇用を生み出すわけですが、かつての農業の技術発展によって農業従事者の雇用が劇的に失われたように、今の世界では技術の発展によって人間の雇用が失われる速度が各段に早くなっているというのです。もちろん新しい雇用も生まれてはいるのですが、最近は圧倒的に失われる雇用の方が生まれてくる雇用よりも大きいというのです。こうして農業で起こった人材余剰のようなケースが今後あらゆる分野で起きて、人々の雇用が劇的に失われていく時代が到来すると言うのです。

技術の進歩のスピードが劇的に早くなって・・・

 2011年に米国で<機械との競争>という本が出版されました。著者はマサチューセッツ工科大学の研究者です。この<機械との競争>は英国や米国の雑誌や新聞でこの年のベストビジネス書に選定された本で、邦訳もされています。ここで書かれていることはコンピューターやロボット、3Dプリンターなど、技術の進歩のスピードが劇的に早くなって機械が人間の代りを容易にできるようになり、結果的に人間の雇用を奪っていく、深刻な姿だったのです。この本では機械と喧嘩しても人間は敵わないというのです。例えば100メートル走を考えても人間は数百年かけても半分の時間で走れるようにはなりません。しかし機械はあらゆる分野で加速度的に進化していきます。こうして生物学的に限界を持つ人間では多くの分野で機械にとても敵わなくなっていくというのです。こうして多くの仕事はこれから機械に置き換わり、特に中産階級は劇的に仕事を失っていくことになると予想しています。

 具体的に例を挙げてみると、例えば自動車の自動運転技術があります。未来の映画などでは出てきていますが、自動車が自動で運転されて目的地に連れていってくれるわけです。今では音声認識もできますから自動運転技術が完成すれば、自動車は機械だけで人はいらずに運転できるようになるわけです。そのような日は近づいていると思いますが、そうなればタクシーの運転手はいりません。自動運転されているタクシーを拾い、音声で目的地を言って、自動的に運んでもらえるわけです。現在の技術発展の速度を考えるとこのような状態が訪れるまでそう時間はかからないと思われます。また音声認識の技術が各段によくなってきましたから、いずれコールセンターのような仕事はすべて機械ができるようになっていくわけです。また教師だっていらなくなります。一人の優秀な教師がネットを通じて数十万人に講義して、その後理解度を計るためにテストを行って、その採点も機械がするわけです。機械によって採点されたデータはそのテストを受けた本人の理解度、弱点を巧みに判定することができるでしょう。そうなれば的確に次のステップに導くことができるのです。従来通り、教室で不効率に教師が手間暇かけて教える必要はありません。かように一人の教師がネットを通じて講義を行う方が効率的であり、その後理解度に応じて個々人の指導プログラムも作っておけば生徒の理解度を高めるのも早いわけです。いずれこのような教育方針が結果的に成績向上に優れた手法であることが明らかとわかれば、今度は教育現場が劇的に変わる可能性があるのです。

 そうなればどうですか? 教師が今までのように大勢必要となるのですか? また今までのように多数のコールセンターの交換士が必要になるのですか? また自動運転ができるようになればタクシーの運転手は必要ですか? というように今までは当たり前と思われていた職業が技術の進歩によって一気に消え去る可能性があるわけです。これは農業の生産性が上がって従事者が劇的に減少したのと基本的には同じ構図です。時代の劇的な変化、生産性の劇的な向上が多くの人の職を奪うことになるのです。まさにコンピューター技術の発展、ロボットの発展によって人々は雇用を奪われてしまうわけです。

 <機械との競争>に勝てない人間は自然に職を奪われ、失業することになってしまうわけです。かように現在は技術の発展のスピードが速すぎるのです。ロボットができて便利になるのですが、耕運機ができて便利になったと同じで、今度は人間社会に職がなくなっていくわけです。今でも事務職などはコンピューターに置き換えられて仕事が劇的に減っています。更に今後は医者や弁護士のような高度な知識や技術を持つ職業さえもコンピュータープログラムの活用によって職を奪われる時代が来ると警告されているのです。

 こうなってロボットや3Dプリンター、コンピューターの発達で世の中全体が便利になるのはいいですが、今度は一体どこに人間の仕事が存在するようになるのか、という深刻な問題が発生します。仕事がなければ賃金も稼げませんし、それ以上に人間として誇りを持つこともできなくなるかもしれません。サマーズ氏は昨今の劇的な技術の発展による雇用の激変の動きを止めることはできない、と警告しています。そしてその波は世界的に波及していくに違いなく中国のような製造業に多くの従事者がいるようなところにも確実に浸透しいって雇用を奪っていくというのです。

 結果的に近未来はスーパースターのような一部の卓越した能力を持つ人が多くの収入や機会を独占するようになる可能性があると言っています。またスキルでみると、超熟練した水準の人と非熟練の水準の人の両極端しか人間に残された仕事はなくなるだろうというのです。中程度の熟練労働者、いわゆる一般的にホワイトカラーと言われる人の職は激減していくというわけです。

 日本はこれから人口減少社会に突入していきます。ソフトバンクの孫正義社長は日本の労働力の減少をロボットで補えばいい、と言っています。それはその通りですが、補うどころか多くの人の仕事がなくなってしまう未来が待っているかもしれません。