<43年前、グロス氏は理想と野心を胸にピムコを立ち上げました。こんにちの我々は、その理想を実現しているのです>6月初め、ピムコの新しい本社ビルでは数百人の従業員を前に壮大な記念式が行われていました。ピムコのダグラス・ホッジ最高経営責任者(CEO)はピムコの創始者であり、最高投資責任者(CIO)であるビル・グロス氏を最大級にたたえたのです。そしてホッジ氏は<誰もがグロス氏に本当に多大な恩義を感じています。本当にありがとう>と結びました。従業員は感激で総立ち、ホッジ氏とグロス氏は抱き合うように握手を交わしたのです。ピムコの堅い団結を内外に示した瞬間でした。

 それから3ヶ月も経たない9月26日、ピムコはグロス氏の突然の退社を発表したのです。驚いたことにグロス氏は同業であるジャナス・キャピタルへ移籍するというのです。グロス氏は<複雑で巨大な組織の管理業務から離れ、債券市場と投資業務に集中できることを楽しみにしている>とのコメントを発表しました。そして29日にはジャナスにスピード入社となりました。

そのため米国債市場は下落

 いきなりのニュースに市場は驚愕しました。ピムコの債券ファンドの解約が殺到すると懸念されて米国債市場は下落(金利上昇)、そしてグロス氏が移籍するジャナスの株式は一気に43%の上昇となりました。何しろビル・グロスと言えばボンドキング<債券王>の異名を持つ世界で最も債券市場に影響を与えてきたと言われている超大物の債券投資家です。1970年代後半から一貫して債券ファンドを運用、そのパフォーマンスは他者を圧倒してきました。彼の一声で市場が動くと思ってよく、ピムコの名声や運用資産の拡大は彼の評判の下に築き上げられてきたと言っても過言ではないのです。ピムコの運用資産は6月末の時点で1兆9700億ドル(約210兆円)という凄ましさです。210兆円と言えば日本のGDPの4割、ロシアやイタリアのGDPに匹敵する額です。GDPの大きさでみれば、ロシアは世界第8位、イタリアは世界第9位です。そう考えると、ピムコの資金運用力は世界のほとんどの国の力を凌ぐわけです。債券王、ビル・グロスはある意味国家以上の力を有していたとも言えるでしょう。そのグロス氏が実質解任に近い形で自らが作って育ててきたピムコを追われる形で去ることになったのです。事情通によれば、ピムコの経営陣がグロス氏を解雇する計画を立てていたことを知ったグロス氏が先手を打って退社を強行したということです。それにしても世界ナンバー1の債券運用会社の最高責任者が警告もなくいきなり退社するというのは異常の極みです。

 昨年からピムコの内部の不調和音は絶えることがありませんでした。運用成績の悪化による資金の流出が続いていたからです。昨年までのピムコは共同最高責任者(CEO)としてグロス氏とモハメド・エラリアン氏が共に就任していたのです。エラリアン氏はIMFの元理事で著名なエコノミストです。この二人がピムコの顔となりマスコミに何度となく出演、リーマンショック後は<ニューノーマル>、そして最近は<ニューニュートラル>など経済状況を現す巧みな造語を作るなど世間に話題を振りまき、市場をリード、こうして会社を引っ張ってきたのです。ところが今年1月突如としてエラリアン氏のCEO辞任が伝えられました。最初の報道ではグロス氏もエラリアン氏の辞任報道に驚き<衝撃を受けた>として<我々の目からみるとエラリアン氏は素晴らしい仕事をしていた。簡単に言えば、とんでもない、やめないでくれ>とエラリアン氏に頼んだとの話でした。ところが日を追うにつれ、エラリアン氏辞任の真相はグロス氏とエラリアン氏との激しい対立にあったことが明らかにされてきたのです。グロス氏は会議でエラリアン氏と何度も激論、時にグロス氏はエラルアン氏に向かって<自分には41年間の優れた投資実績がある、一体あなたには何があるのか>と詰問したというのです。一方エラリアン氏は<あなたの後始末にはうんざりした>と話したと言います。

 問題はこのような内輪のもめ事が外部に漏れ伝わるということです。この時点でピムコという組織自体に問題があるという認識を多くの人達が持ったと思われます。それでもグロス氏の運用成績が並はずれて良く、預け入れた資金が大きく増え続けるのであれば問題はなかったでしょう。ところがグロス氏自身が運用する<ピムコ・トータル・リターン・ファンド>の成績はここ数年落ちるばかりでした。

債券運用の世界で1%の収益格差は格別に大きい

 グロス氏は1987年5月に<ピムコ・トータル・リターン・ファンド>を立ち上げて以来、毎年平均7.9%の収益を上げてきました。債券市場全体のパフォーマンスは平均6.8%と言われているので、如何に優れた成績を残してきたかがわかります。債券運用の世界で1%の収益格差は格別に大きいのです。それを20年以上続けてきたのは驚異的の一語です。2008年、リーマンショック後も<ピムコ・トータル・リターン・ファンド>の運用成績は好調でした。2008年は債券ファンドの平均収益を0.4%下回ったものの、翌2009年には平均収益を7.9%上回るという脅威の実績を上げたのです。これにより更に名声を得たグロス氏の<ピムコ・トータル・リターン・ファンド>には膨大な資金が流入してきました。ファンドの資産はこの間、1127億ドルから2854億ドルへと2.5倍へ拡大したのです。投資成績と共にメディア戦略もたけていたと思います。グロス氏とエラリアン氏の二枚看板がピムコのイメージアップに貢献して多額の資金導入に結びついていたことは疑いないでしょう。

 ところが2013年に入って情勢は悪化、米国経済の正常化によって資金は債券から株へと流れ始めました。2013年5月FRBのバーナンキ議長は突如量的緩和の終了を示唆、これによって一気に米国債の相場は急落(金利高騰)となったのです。この辺からグロス氏の運用するファンドの運用成績もそれまでのように順調なものとはなりませんでした。2013年の運用成績はマイナスに転落、そして今までは他の債券ファンドを凌駕していた成績が一気に他のファンドよりも劣るようになっていったのです。それと共に資金の流出が止まらなくなってきました。トータル・リターン・ファンドをはじめピムコからの資金流出は現在まで16ヶ月連続に及んでいるのです。

 どんな企業や組織であっても、ビジネスが順調で伸びている間は、その企業は活気に満ち経営者や従業員も生き生きと仕事に励むものです。それが一端流れが変わり、企業が衰退し、多くの顧客が離れていくようになると、その企業自体も内部的に路線対立や人事抗争、悪化している経営問題に対する責任のなすりつけなどで内部的な対立が自然と深まっていくものです。それが今までの状態が良ければ良いほど、そして短期間に大きくなっていればいるほど企業内での歪みや摩擦が生じてくるものです。今回のピムコの騒動もそういったケースの典型と言えるでしょう。カリスマ投資家のグロス氏と同じく著名なエコノミスト、エラリアン氏を市場関係者で知らぬ者はいなかったでしょう。その名声と共に国家を凌ぐ200兆円を超える資金の運用を任されていたわけです。一口に200兆円と言いますが、日本の国家予算は100兆円、日本で1兆円を超えるファンドは5つしかありません。日本国内で全国的なブームとなったグローバル・ソブリン・ファンドなど5兆円を超える資金を集めながら今では運用成績の低迷から運用資産は1兆円程度まで落ちている有様です。如何に巨大ファンドの運用が難しいか、また200兆円を超える資産運用とはその運用規模は民間企業としては想像を超えた大きさと思っていいでしょう。

かつてラスベガスで生計を立てていたギャンブラー

 グロス氏は一種の天才です。彼はかつてラスベガスで生計を立てていたギャンブラーでした。ポーカーやバカラのプロだったのです。この辺の彼の生い立ちについては拙著(2011年本当の危機が始まる)で詳しく書いてきました。その彼が債券投資家に変身してピムコを起こし大成功を遂げました。そして今の劣性を挽回すべく再び投資の世界で何とか自分の実力をみせようと試みています。まさに投資の申し子のような存在で70になった今も現役を退くつもりはなく第一線で活躍していたいようです。

 ピムコを巡る騒動やグロス氏の生き様は、一見特殊で、これはピムコやグロス氏という特異のキャラクターによって起きてきた物語のように思えます。一面、今回の騒動は特殊であることは事実です。しかしここに普遍的な事実も捉えておく必要があるでしょう。それは何か? 天才グロスが市場に負けた、という事実です。何故彼ほどの天才が市場動向を読めなくなったのか! そこがポイントです。私が思うにそれは債券相場が歴史的な転換を遂げたからに相違ないと思います。ここまで30年間、米国では金利は基本的には一貫して下がり(債券上昇)続けてきたのです。その中では債券投資は基本的に損失を被ることはありませんでした。金利が下がる(債券価格が上がる)状態が30年以上も続き、債券投資家はわが世の春を謳歌してきたのです。その代表的な成功者こそがビル・グロス、その人だったのです。ところが2013年5月を境にして、この歴史的な流れが変わった。低金利から高金利、デフレ模様からインフレ模様へと米経済が歴史的な転換を遂げたと言えるでしょう。それが債券から株、ゼロ金利の終了という債券相場の天井を生じさせたのです。基本的に債券相場とは金利を売り買いするものです。金利動向を予想するのが債券相場を占うということです。ところがゼロ金利以下はないわけですから明らかに債券相場は天井圏だったわけです。その天井を打った債券相場において、如何に天才であるグロス氏を持ってしても、債券相場で利益を出すことが難しくなってきたということです。ところが運用資産210兆円という国家も凌ぐ巨大企業となっては債券相場から逃げ出すことができない、大きすぎて債券相場の下落と共に運用成績の悪化、そして損失という流れに巻き込まれるしかなかったのです。天才であるグロス氏でさえ、この流れを乗り切ることができなかった。これは明らかに歴史的に債券市場が天井を打ったという歴然たる事実に巨大になり過ぎたピムコという債券運用専門の会社が対応不能となったからです。ある意味、株が何年にも渡って下がり続けて証券会社が苦境に陥っていくのと同じ構図です。

 ですから今回のピムコの内紛を単に特殊な事象と捉えるべきではないということなのです。債券相場が天井を打ったという大きな変化が資産運用の世界の勝利者と敗者を、歴史的な大きなうねりの中で否応なく変えつつあるのです。その証左として現れたのが今回のピムコのドタバタ劇なのです。

 ピムコの事件を単に米国の一企業の話と思ってはなりません。この流れはやがて日本でもっと激しく起こってくることでしょう。何故かって? 日本の債券、国債は米国債の下げどころでは済むはずがありません。米国はドルという基軸通貨を持っているし、今回もドル高で世界から資金を集めることができています。その圧倒的な資金吸収力で米国債の需要を世界で作り出し、一番難しいと思われた、いわゆる量的緩和からの出口政策を可能にしているのです。本来であればFRBが米国債の購入を止めるわけですから米国債の買い手が極端に少なくなってひいては米国債の暴落を引き越してもおかしくない局面なのです。ところが米国はドル高を演出することで世界から資金を引き寄せてこの難題にうまく対処しています。そのような好条件を持ってしても、グロス氏のような天才投資家でさえ、債券相場の天井という難しい局面は乗り切ることができなくなっているのです。日本の投資家に歴史的な債券市場の天井打ちという局面を乗り切れるはずなどないのです。

日本で起こればどうなる?

 やがて必然的に訪れる債券市場の下落(インフレ到来)が実際、日本で起こればどうなるでしょうか? かつて日本もバブル崩壊後、証券会社の損失補てん問題や総会屋への資金供与などの問題が噴出しました。そして山一証券や三洋証券は倒産して、野村証券も損失補てん問題の責任を取らされて経営者の大規模な入れ替えがありました。そして銀行に目を向けると1997年の金融危機時には不良債権問題で次々と倒産ラッシュが起こりました。長期信用銀行、日本債券信用銀行など姿を消したのです。この全ての企業で企業内の内紛や経営争いやスキャンダルが絶えなかったのです。中には経営悪化の責任を追及され逮捕された経営者も出たのです。全てはバブル崩壊による資産価格の大暴落という歴史的な流れに各々の企業は対応できず時代の流れに翻弄されていったのです。

 この同じことがやがて日本国債の暴落(金利高騰)という歴史的な大変動によって起こってくるでしょう。ピムコが内紛で内部崩壊していくように、巨大で動きが取れなくなった日本の生損保や金融機関の一部は同じように国債暴落によって崩壊の過程をたどっていくでしょう。国債が暴落すればそれを大量に保有している生損保や郵貯、年金などは深刻な問題が生じてくるのは避けられないのです。その時にその組織内で路線対立や人事抗争、そして責任のなすりつけが起こるに違いありません。ピムコで起こった事件はやがて日本で別の形となって大きく起こってくる企業内紛争の前例にしか過ぎません。日銀の異様なまでの介入によって歪められた債券相場は歴史的な天井を打ちつつあるのです。いざ国債相場が天井を打った後、米国のように世界から日本国債を購入するような救いの手が訪れるわけはないのです。国債金利0.5%という異常な低水準は明らかな虚構です。その歴史的な高値を恐れもせずに生損保や地銀や郵貯が買い続けています。一方で都銀や年金の一部はこの債券相場、国債から逃げ出しつつあります。米国で債券相場が天井を打ち、ピムコが苦境に陥ったようにやがて日本でも国債暴落の流れが押し寄せ生損保や一部金融機関が真っ青になる日がやってくるのです。金融機関のトップが逮捕され、会社が解体されるような今では想像もできない事態が国債の暴落と共に訪れるのです。