<FRBの利上げに伴い、現在は異例に低い水準にある長期金利が急速に上昇する可能性もありうる、そして投資家が突然の債務返済を余儀なくされれば、流動性の問題が発生しかねない>6日、イエレンFRB議長はIMFのラガルド専務理事との対談でラガルド理事の質問に答えて、債券市場に対しての強烈な危機感を表明したのです。金利引き上げ時に債券暴落(金利急上昇)という大参事が起きかねないというのです。同時に債券相場ばかり言及してはまずいと思ったのか、おまけのように<概して株式市場は高い水準だ>と株式市場に対しても警告を発しました。ところがこのイエレン発言は<株は高い水準だ>というコメントだけが世界中で大きく報道されてしまったのです。

長期金利の急騰が危機を誘発する可能性がある

 イエレン議長の発言を正確に聞いてみると、長期金利の急騰が危機を誘発する可能性がある、という債券市場に対しての強烈な暴落懸念を表明しているのです。一方で株式市場に対してのトーンは<高い>とは指摘しているものの非常に穏やかなのがわかります。一連の発言をみると、明らかにイエレン議長がどうしても言いたかったことは債券市場へのFRBとしての重大な警告だったと思うしかありません。イエレン議長とラガルド専務理事という現在世界の金融のトップに立つ二人の公開討論の中で公然と出てきた話題ですし、この発言が市場に大きなインパクトを与えることは前もってわかっていたに違いありません。いわば、シナリオ通りの出来レースの話を披露したわけですが、そこでこの債券市場に対しての暴落懸念(金利急騰の可能性がある)の表明は、どうしてもイエレン議長もラガルド専務理事も市場に債券市場の危険性を警告しておきたいという強い気持ちがあったに違いないのです。

 本来であれば、市場に対しては中立で、ましてや二人の発言に敏感になっている中で、具体的に債券市場や株式市場に対する水準などは決して述べるべきではないのに、何故、このような市場に大きな影響を与えるのが明らかな言葉を発したのでしょうか? これこそこの二人が真に恐れを感じ、どうしても言わないとまずい、と感じていた事象が存在していたからに違いないのです。それこそが政策担当者が最も恐れている将来の債券相場の大暴落(金利急上昇)懸念であったことは疑いないでしょう。

 現在の世界の金融政策は量的緩和一色に染められています。黒田日銀総裁が自らを<私はQEジアンだ>と言わしめたように、世界中で量的緩和いわゆるQEは景気回復の切り札として日米欧などを中心として盛んに行われ続けているのです。現在ではいよいよ中国も量的緩和に踏み切るとの観測も出てきているのです。量的緩和政策とは紙幣を印刷して国債やら他の資産を購入してマネーの量を限りなく増やしていく政策です。

 この政策は行きは良い良いで、デフレ時で行っている局面では問題ないですが、いざ景気が回復してこの量的緩和政策を止めなければならない時に問題が生じるわけです。マネーをばら撒いているうちはともかく、政策としてはマネーを回収することの方が各段に難しいわけです。ですからこの量的緩和政策を無事に終えて、この政策を完全に終了させた例は世界中で一例もありません。米国はQE1、QE2、QE3と立て続けに量的緩和を行い、現在その政策をストップしました。しかし量的緩和でばら撒いた資金は全く回収していないのです。ばら撒かれた資金やFRBに積み上がった膨大な資金はFRBの当座預金にたまっていてFRBのバランスシートはパンパンに膨らんだままです。何かのきっかけがあれば、このマネーは市中に飛び出してインフレを起こさないとは限りません。ですから量的緩和政策とは完全に中央銀行のバランスシートから積み上げたマネーが元の状態に縮小するまでは終わったとは言えないのです。日銀はいわゆる出口の話を封印していますが、まさに量的緩和政策は出口があるのか、ないのか、これから歴史で証明される段階なのです。

一度起こったインフレを制御することほど難しい仕事はない

 中央銀行はマネーを無限大に印刷できますので当然、インフレを起こすことができます。しかし歴史を見ればわかるように一度起こったインフレを制御することほど難しい仕事はないのです。インフレとはすなわち金利の急騰であり、債券価格、国債価格の急落です。このインフレを中央銀行は最も恐れるわけです。そして現在では中央銀行の仕事の中心があたかもデフレ脱却ということになっていますが、元々は中央銀行の一番の仕事はインフレ抑制なはずです。ですからインフレの芽には当然、中央銀行は神経質になります。

 そして今回、インフレではありませんが、債券相場の急落(金利急上昇)が現実にドイツ国債はじめ、欧州各国の国債市場において起こったわけですからさすがにイエレン議長やラガルド専務理事は平常心でいられなかったと思われます。ドイツ国債の怒涛のような金利上昇(価格急落)をみて、政策当局者として青ざめ、市場に前もって警告を発しておく必要がある、と決断するのは当然のことだったでしょう。今回の唐突なイエレン発言は政策担当者の異様な恐怖心から生じてきたやむにやまれない市場への警告発言だったと思います。

 市場の動揺はドイツの景況感の改善から生じてきたのです。昨年末からアナウンスされ、今年1月に正式に実行することを明らかにしたECBの量的緩和政策の効果はそれまで行ってきたマイナス金利政策と結びついて抜群の効果を発揮することとなりました。昨年からユーロは劇的に安くなり、輸出主導のユーロ圏経済はドイツ経済を筆頭に急回復してきたのです。ドイツの4月の消費者物価指数は2ヶ月連続でプラスに転換、ユーロ圏のマネーサプライが前年同月比で4.6%増へと加速、借り手がいないと問題になっていた民間への銀行融資も0.1%増とついにプラスに転換したのです。これが短期間に起こってきたわけですから3月から量的緩和政策を実行してきたことを考えるとその効果が予想以上だったというしかありませんでした。

 ところが金融市場では効果が出てきたということが、新たな展開を誘発してしまうのです。効果が出てくればもう量的緩和政策は終了させるのか、また量的緩和政策によって異常な低金利にまで低下した(価格上昇)各国の国債金利がどのような状況になっていくか、という全く考えなかった新しい問題が発生するわけです。全ては政策が成功すると生じる量的緩和政策の宿命的な問題の発露となったのです。

 景気が回復すれば、金利を低くする必要はありません。当然投資家の動向も変わってきます。景気が回復基調で金利が上がってきそうなのに、どうして何年も何十年も低金利で固定されている国債を購入する必要があるのでしょうか? ドイツをはじめとしたユーロ圏では景気が良くなってきたということで金利が低位で固定されている国債など買うことはできない、という新しい状況を作り出してきたのです。

 この状況の変化に素早く反応したのが債券王、ビル・グロスです。グロスはドイツの景況感の改善を見て、ドイツ国債の金利は低すぎる(価格が高すぎる)と判断したわけです。ドイツ国債は9年物までマイナス金利に突入、ECBによる量的緩和政策で各国の国債はユーロ紙幣を印刷して購入されるわけで、こうなれば国債が品薄なドイツ国債は際限なく金利が低下する(価格が上昇する)しかない、と思われ、多くの投資家はそのように思ってドイツ国債が異常な低金利と知りながらそのドイツ国債に投資し続けていたわけです。そこにグロスがこの景気回復の状況と余りにアンバランスな国債金利の状況をみて<ドイツ国債は空前絶後の売りチャンスだ>と発信したのです。この発言は債券王グロスのドイツ国債に対しての売り推奨として大きく世界中に報道されました。景気が回復しているのにマイナス金利とは異常であることはその通りなのです。たとえ景気が回復していなくとも金利がマイナスになっているというのは異常の極みです。しかし世界を覆う量的緩和の波はそのような不合理を当然のものとして受け入れていたのです。グロスの発言をきっかけに多くの債券投資家は動揺し始めました。

ドイツ国債の空売りの推奨

 債券王のグロスに対して、新しい新債券王と言われるダブルライン・キャピタルのガンドラックは<ドイツ国債2年物を100倍のレバレッジをかけた空売りを行えばリターンは20%以上になる>とグロスと同じくドイツ国債の空売りの推奨を行ったのです。こうして債券の世界の新旧の帝王と目される二人がそろい踏みでドイツ国債の売りを勧めたのですからたまりません。ドイツ国債はあっという間に急落(金利高騰)となってしまったのです。4月17日にはドイツ国債10年物、いわゆる長期金利は0.049%と0.05%を割れていたのに5月7日には0.78%と金利が16倍近く急騰したのですからたまりません。これほど中央銀行を震えさせることがあるでしょうか? ECBはまだ量的緩和を始めたばかりなのです。ECBは連日のごとくユーロ紙幣を印刷してドイツ国債を購入し続けているのです。それにもかかわらずマネーを限りなく印刷できるECBの力をあざ笑うかのようにドイツ国債の価格は急落(金利高騰)となったのです。これほど中央銀行はなめられたのでしょうか、投資家は中央銀行の力など忘れてしまったかのようです。世界の中央銀行関係者は驚いてこの状況を注視していたはずです。投資家が束になって襲ってくる市場の暴力的な力には中央銀行は全く無力であることを思い知ったかのようなショックを感じたことでしょう。中央銀行は万能であるはずで、紙幣を印刷できる以上は神のような存在であるにもかかわらず時として全く無力になってしまうことを見せつけられたわけです。

 この急激な金利上昇の動きと市場にその影響力を無視されたECBの買い付けを考察すれば、中央銀行として前もって市場の混乱に留意する必要がある、と感じるのは当然の帰結です。そしてイエレン議長とラガルド専務理事に掛け合いで市場に対しての警告が発せられることとなったというわけです。

 元ピムコでグロスと共に共同CEOだったモハメド・エラリアンはFRBやIMFなど規制当局の懸念を的確に言い当てています。エラリアンによれば<現時点で正しく評価されていない最大のリスクは、いわゆる流動性の錯覚だ>というのです。これはいつでも価格さえ下げれば投資家は保有している国債などの債券を現金化できると錯覚しているということです。言葉を変えればいざ相場が激しく動けば、たちどころに急激な変化が生じて全く売れないままに放置される危険性が高いということなのです。エラリアンは<投資家は万一パラダイムが変われば低コストで持ち高を調整できると本気で信じているが、実際はそうでないことが証明されている>というのです。というのも日本でもそうですが量的緩和政策によって多くの国債は中央銀行の懐に入って市場に出ていない、これが結果的に流動性を著しく低下させていて、投資家は売りたいときに売れず、買いたいときに買えないような状況になっているということです。これについてエラリアンは<市場に提供される流動性はこれまで構造的な変化が起きており、規制当局はこのことを非常に心配している>と述べています。

 新債券王のガンドラックは量的緩和政策について否定的です。量的緩和政策はそれが終了していない現段階でその評価を行うのは余りに短絡だというわけです。ガンドラックによれば量的緩和という極端な政策の最終的な影響を誰もまだ受けてはいない、というのです。そしてこの極端な政策の最終的な影響をこれから全世界で経験することになるだろう、と言っています。ガンドラックは今の状況を評して<20階建てのビルから飛び降りた男が18階分落下したところで、今のところ大丈夫だ、と言っているようなものだ>というのです。やがて世界中で溢れかえったマネーは何を起こすか想像もつきません。肝に銘じておくことはこのまま無事に済むわけがない、突如世の中の想像を絶するような金融の大混乱が前触れもなく襲ってくる可能性があるということです。そして私はマネーの異常な爆発として株の大暴騰がやってくる可能性があると思っているのです