<会議など出ている暇はない、市場はパニック状態だ!>4月に入ってから欧州の国債市場は大混乱状態となってドイツ国債をはじめとするユーロ圏各国の国債は大きく売られて(金利上昇)きました。日々相場で勝負して利益を稼ぐことを営みとしている国債のトレーダーたちはこの状態に真っ青になって相場と奮闘している模様です。それでも短期でこれだけ大きな変動に見舞われると膨大な損失を出すことも日常茶飯事のようです。欧州発の国債相場の下落(金利高騰)は今や世界に波及して世界中の債券市場、国債市場を混乱に陥れています。

国債のトレーダーたちは安心して眠ることなどできるはずもなく・・・

 ドイツ国債10年物、ドイツの長期金利は4月17日の0.049%から直近では1.06%にまで約21倍に急騰、米国債10年物、米国の長期金利は1月下旬の1.6%台の金利から直近は2.5%近くまで急騰(国債価格下落)、日本でも日本国債10年物、日本の長期金利は1月末の0.195%から直近は0.545%まで約3倍に上昇(国債価格下落)となっているのです。こんなに変動しては国債のトレーダーたちは安心して眠ることなどできるはずもなく、とても会議になど出ている余裕もないでしょう。既に3月末からみると世界の国債市場を見渡すと、何と時価総額で80兆円近い額を失っているのです。まさに安全と思われていた国債市場が損失の山となりパニック状態となっているわけです。普通の投資家は株式市場には関心がありますが、国債市場など債券市場は基本的に大きくかかわることがないので関心は薄いと思いますが、金融市場全体としてみると株式市場と債券市場は市場の両極となすものであり、債券市場、とりわけその中心となる国債市場の大混乱は直接株式市場にも影響をもたらすものであり、昨今の市場の混乱はこの世界的な債券、国債市場の混乱が株式市場や為替市場などあらゆる市場に混乱を伝播させてきたわけです。

 実際、ドイツのように金利がわずか1か月半で21倍になったり、世界中で国債の時価総額が80兆円も失われては市場が落ち着かないのは当然です。一種これは市場でパニックが起こっているわけですが、投資家は何故、変動に準備せずこれほどうろたえているのでしょうか? 投資家というものは一般的に自らが想定していた展開であれば、それなりの対応ができるものですが、想定外の展開となると驚愕してどうしていいか判断できずパニックを起こすものです。発端はドイツ国債など欧州の国債市場の混乱が始まりですが、それをきっかけにして世界中の債券、国債相場が想定外の動きなってきたのは事実です。従来、国債などの債券市場は極めて安全と思われてきました。実際国債はリスクフリーと言って金融機関の決算上も無リスクと判定されてきたわけです。

 特にドイツ国債などは世界中を見渡しても最も危険がない無リスク資産の典型と目されてきました。ドイツは日本などと違って財政も健全ですからドイツ国債のデフォルトなど考えられません。投資家は誰もドイツ国債の信頼性を疑っていません。しかもドイツ経済は極めて堅調、更にこのドイツ国債にECBの量的緩和政策が実行されて、ECBが来年9月まで継続的に購入することを約束したわけですからドイツ国債への投資に対する信頼性は更に高まっていたわけです。しかしこの信頼性も余りに行き過ぎていたようで3月末までで、ドイツ国債はほとんどマイナス金利、何と9年物国債までがマイナス金利に突入して、ドイツ国債10年物もマイナス金利突入は時間の問題と思われていました。まさに信頼性はピークにきてドイツ国債が下がる(金利上昇)ことはない、と思われてきたわけです。そこに急にドイツの経済指標が相次いで好転してユーロ圏の消費者物価指数も半年ぶりのプラスになるなどの経済の好転が更に示されると、今度は一気にインフレ期待が出てきて、金利上昇が襲ってきたわけです。そうなると今まで安全で最も信頼できると思われていたドイツ国債も当然金利上昇を考えればマイナス金利近いのはおかしいという常識的な判断も出てきたわけで、一気に金利上昇(国債価格下落)という投資家には想定外の事態が訪れたわけです。これによって投資家はパニック状態となってわれ先にとドイツ国債を売却(金利上昇)、この動きに他の国債もつれて売られ(金利上昇)、更に米国債や日本国債までも売られ(金利上昇)、世界的な国債市場の混乱が連鎖したというわけです。

今後この国債市場がどうなっていくのかも考えておく必要があります。

 かように投資家は想定外の動きには極めて弱いのですが、このように国債市場が売られる(金利上昇)のはそれなりの理由もあるわけです。そして今後この国債市場がどうなっていくのかも考えておく必要があります。極めて悩ましいのはこの国債市場の動き、いわゆる今回起こっている金利上昇(国債価格低下)が一時的なものなのか、それとも基調が変わったのか、という判断です。この見方が真っ二つに割れています。

 一つは素直に景気が回復してきたことによって自然に金利上昇(国債価格低下)が起こり、これは景気の回復を示しているわけだから今後もこの金利上昇傾向が続いていくという見方です。今回ユーロ圏の消費者物価が半年ぶりにプラスに転換してきたわけで、これは明らかにユーロ圏の景気が量的緩和政策の実施により効果が出て変わってきたとみるべきという考えです。思い出すとわかりますが昨年まではユーロ圏は景気の回復に苦しみ、どうにもならないデフレの入り口に入っていると危惧されていました。ドイツをはじめとする北部欧州はECBの進めようとする量的緩和政策に断固反対し続けたわけですが、さすがにインフレ率がマイナスになり、マイナス成長も必至という情勢に至ってやむなく、ECBの強い受け入れ要請を受けて、量的緩和政策の実施と相成ってこの政策を3月から実施したわけです。既に昨年からユーロ圏ではマイナス金利も適用していましたからこの効果はてき面で一気に景気回復の兆しが現れてきたわけです。その証左としてのインフレ率のプラス転換が起こってきたわけですから、このように考えると景気の回復基調は自然でこのまま、穏やかに景気は回復して金利も徐々に上昇するとも思えます。そのような動きを国債市場が先取りしているとみるべきでしょうか。

 一方米国ではイエレンFRB議長が年内利上げできる状態になると思う、と発言しているように、米国経済も堅調に推移しつつあります。米国のGDPは確かに1-3月期マイナス成長に陥りましたが、それは昨年も同じであり、昨年は4-6月期からV字型の回復基調となりました。今年も直近で示された小売売上高なども好調であり、毎月発表される雇用統計も想定以上のいい数字が出てきています。5月の雇用統計も市場予想の22万人増から実際は28万人増となって連続して20万人超えを続けていて極めて好調な雇用情勢となっています。賃上げ率も前年比2.3%となって穏やかに賃金も上昇、様々な懸念もありますが、米国経済も予定通りの回復基調に入ってきたようにも思えます。であればこの回復を写して米国債の金利が上昇するのも自然とも思えます。

 一方、日本ですが、日経平均は2万円に乗せて堅調ですし、消費税導入から1年が経過してやっと景気浮上の雰囲気が出てきています。特に大きいのは賃金の上昇です、日本では少子化ですから景気が良くなるにつれて人手不足が目立ってきました。建設業や介護など恒常的な人手不足に悩む業界も増えてきています。この情勢下、雇用情勢を示す有効求人倍率は1.17となり23年ぶりの高水準です。春闘での賃上げもあって実質賃金は増加中、人が足りないわけですから今後も賃上げ状態が続くのは当然でしょうから、ここで実質賃金がやっと上がってきたわけですから、一般消費者が購買力を持つのはこれからであり、これからが日本の景気回復の本番のようにも思えます。そう考えると日銀の物価目標達成は確かに当初の想定よりは遅れていますが、今後日本経済の順調な回復をベースにいずれ確実に物価も上昇気配となり同時に景気も順調に回復していくようにも思えます。となればここで金利上昇(国債価格低下)が起こってきたことも、これも欧州や米国と同じく、経済の活性化を先読みしたもので、当然の動きと思えるのです。

 以上のような見解は市場関係者も多く有しているわけで、金利上昇(国債価格低下)は日米欧の経済の自然の流れを写したものであり、極めて当然の動きが起きているだけで、このような見解に立てば、今後金利は徐々に上昇し続け(国債価格低下しつづけ)ていくということになります。となると国債価格は金利上昇を受けて更に下落していく傾向である、という結論です。この場合、例えばドイツ国債の0.049%や今年1月に付けた日本国債の0.195%というような異常な低金利はそれが低金利の歴史的な下限(国債価格の歴史的な高値)という見解になります。いわば今年前半に世界的に金利は歴史的な大底をつけて今後は金利上昇の世界に突入していくという見方です。

 しかしこれと真っ向から反する見方も大きく出ているのです。それは今回の世界的な景気回復はそう簡単には順調な起動には乗れず、<行きつ戻りつ>で紆余屈折を繰り返すことになる、という根強い見方です。良くなったと思った景気は再び、失速の危険性があり、簡単に順調な世界的な回復とはならないという疑念です。中国経済の減速も世界的に大きな懸念材料の一つです。かつての世界恐慌の時もそうでしたがリーマンショックのような非常に大きなショックを受けた後は、良くなったと思って気を抜くと再びあっという間に景気は失速するという懸念があるわけです。FRBなどもこのことを非常に気にしているわけで金利引き上げは早すぎるリスクをおかすよりも遅すぎる方がいい、というスタンスです。ですから完全に合理的な景気回復の確信が持てなければ金利引き上げは行わないというスタンスです。

 例えば2000年当時の日本の金融政策の失敗がよく話題に上ります。1999年2月にゼロ金利を断行した日銀は2000年8月方針を一変します。当時日銀は景気回復の芽を意識してゼロ金利を平常な状態に戻そうと利上げを行ったわけです。利上げと言ってもわずかでしたし、日銀の意図としては極めて異常なゼロ金利を早く正常に戻すべきという意識も強かったと思われます。当時の日銀首脳は<ゼロ金利解除を行うことは金融引き締めではない。いわば日本経済を緊急治療室から一般病棟に戻すようなものだ>と述べて、正常化のほんの一歩を踏み出すに過ぎないので大騒ぎをするほどのことではない、と強調していたのです。ところがゼロ金利解除後景気は一気に失速してしまって日銀は1年も経たないうちに元のゼロ金利に戻す羽目になったのです。この事実は日銀が景気判断を見誤った大失策として記憶されています。

中央銀行のアナウンス効果が絶大

 同じくFRBも2013年、失策を行っています。2013年5月当時のFRBのバーナンキ議長は米国の量的緩和の終了を示唆したのです。これで市場はびっくりして大荒れとなりました。順調に上昇してきた日経平均が1000円以上の急落をしたので覚えている人も多いと思います。日本株をはじめ世界的な株の急落は一時的なショックでしたが、問題はその後に起きた米国債金利の極めて大きな上昇でした、当時このバーナンキ発言から米国債10年物、長期金利が3%にまで急騰してしまったのです。これによって米国では住宅ローン金利など様々な金利が上昇してしまい、このことが米国経済の金融引き締め効果をもたらしてしまったのです。結果的に9月には量的緩和終了させると実質的にアナウンスしていたFRBは9月の量的緩和終了を断行することができず見送ることとなったのです。ここでも市場は大混乱となりました。当時FRBとしても金利引き締め効果が出てしまって失速懸念が出てきた景気に対して、その9月という時点で量的緩和を終了することは大きなリスクがある、と考えたわけです。5月のバーナンキ発言からこの9月までFRBは何ら実質的な金融政策は何も行っていません。ただ市場の方がFRBの政策を勝手に先取りして金利の上昇が起こって、それが景気を冷やす効果をもたらして、そのことが結果的にFRBの政策に影響を与えてしまったわけです。

 かように市場はデリケートであり、政策的な影響、並びに中央銀行のアナウンス効果が絶大なわけです。今回、景気回復という見方が浮上して、そのことが国債金利を押し上げて(価格下落)います。その結果起きていることはやはり2013年の時と同じような金利高騰です。景気が良くなって金利が高騰したということも言えますが、今度は反面、上がった金利が引き締め効果をもたらしてくる可能性も高いのです。現に米国の住宅ローン金利は上昇し始めて融資30年物の金利は4.04%となり2014年10月以来の高い水準にまで上昇してきたのです。これが景気に響かないわけがありません。まさに2013年起こったことと同じことが金利上昇によって起こりつつあるのです。同じくユーロ圏でも金利上昇が起こって金利が量的緩和政策実施前の水準になってしまいました。更にユーロはドルや円など主要通貨に対して高くなってきました。これもユーロ圏全体の経済に引き締め効果をもたらすのは必至です。そうなれば順調に推移してきた景気は再び失速するかもしれません。

 かように直近の景気に対する見方は微妙で難しいというしかありません。アナウンス効果が金利引き上げを誘発してそれが実体経済に影響を与えるという複雑な構図が出来上がっています。経済を写して金利が上がるという面と共に、期待によって上がった金利が今度は経済にマイナスの影響を与え始めるという逆効果を誘発するのです。そして大問題はこの金利を形成するものが純粋な景気観測見通しのみならず、中央銀行の量的緩和政策による膨大な国債買い付けによって歪められて市場の正確な景気観測を反映できないという事実です。中央銀行の怒涛の国債の買い付けは国債市場の景気観測機能を完全に破壊して国債市場を<壊れた温度計>のように金利の持つ景気を診断する機能を崩壊させているからです。日本でも年間80兆円もの国債が買われ、市場の9割もの国債を日銀が購入し続けるわけですから、国債市場が何を発しようとしているか正確につかめるわけがないのです。

 しかも日本の場合国債は日銀のよって大量に吸い上げられて流動性は著しく枯渇しています。これは米国や欧州の国債市場も日本ほどではないですが、やはり中央銀行の政策によって市場の国債が吸い上がられ流動性が低下してその結果としてこのような国債市場の予想外の変動をもたらしているという弊害があるのです。

 かように今回の国債市場の波乱は世界各国の持つ国債市場の構造的な問題も露わにしてきました。そして市場参加者も国債市場の下げ(金利上昇)が一体何を示唆するのかつかみかねているのです。景気は良くなるのか、再び失速するのか、その時に国債相場はどのような動きになるのか、そしてこれらの関連性はどうなっていくのか、中央銀行の行き過ぎた介入によってはっきりと方向性がわかりません。

 将来的にはっきり見えることは現在の政策は景気が本当に良くなるまで続けられるわけで、その時点でも国債の流動性が日本をはじめとして世界各国極めて薄くなっているわけで本当に景気が良くなってくると国債市場が大波乱を起こす可能性が高いということです。特に日本の場合は9割も市場を凌駕してきた日銀の買い付けが終了すれば日本国債の暴落(金利高騰)は避けることは不可能と言えるでしょう。欧州ではまだ量的緩和政策を始めて3ヶ月です、それでもインフレ率がプラス転換しただけでこのような国債市場の大波乱が起きたのです。ECBが量的緩和を行って毎月8兆5000億円もの国債を買い付けている最中に起こっていることなのです。これを止めて、本当に金利が上昇する局面になればこのような動きが制御できないほどの大波となって市場に襲い掛かることは容易に想像できます。

 今回、欧州の国債市場の混乱から世界中の資本市場は混乱気味です、しかし量的緩和政策を続けている現状では大きな動きには発展しないでしょう。やがて市場の混乱は収まります、本当の大混乱はまだまだ先の話です。そして本当の制御できない国債の暴落(金利暴騰)は将来日本で避けることなどできるわけがないのです。