<株式市場の問題が政治化して批判の矛先が共産党や政府に向かうのを防げ!>9日、中国共産党宣伝部は緊急の通達を発しました。何としても株暴落からくる混乱を回避して社会不安を引き起こさないようにしないとまずい、そして今回の株暴落で共産党や政府に対しての批判は絶対的に起こさせてはならない、という極めて強い危機感を持ったのです。

政策的に株高をあおり過ぎた

 何しろ中国当局は政策的に株高をあおり過ぎたのです。順調に上昇しているうちはよかったでしょうが、余りに国民が短期的に熱狂しすぎました。外から見れば中国の株式市場はその上昇ぶり、売買高共に異常の極みだったのです。これだけの暴落を引き起こすのは当然の帰結と思えるのですが、お上が絶対的な力を有していると信じて疑わなかった共産党や主導部は完全に市場をコントロールできるはず、と先進国では想像も出来ないような勘違いをしていたようです。ないしは共産党の株高政策に誰も物を言えないような絶対的な雰囲気が充満していて内部からは警告を発することができなかったのかもしれません。

 <大株主に当分の間株を売らせるな>、<証券会社に基金を作らせて株を買わせろ>、<空売りを行った者は逮捕しろ>、<国営企業には毎日株を買わせ報告させろ>、そして<証券金融会社には人民銀行から元紙幣を印刷して送金して株を思い切って買わせろ>、など暴落を抑えるためとはいえ常軌を逸した政策を矢継早に繰り出してきたのです。その間、<下がりそうな銘柄群は売買を停止させて市場が落ち着くのを待て>、ということです。

 恐るべき政策の発動で株価指数は反騰に至ったのです。もはやこの死にもの狂いの政策の発動は投資家を守るというよりも、共産党や政府自身を守るための必死の衝動を示しているとみていいでしょう。中国政府にはこのままこの株の暴落を放置した場合、国民からの政府に対しての不満やうっ積がたまって政治的な問題を引き起こす可能性が高いとの切羽詰まった動揺があったように思われます。

 それにしても今回の株暴落の対応については中国政府のうろたえぶりは全世界に報道されることとなりました。そして余りに稚拙な政策を白日の下に晒すこととなったのです。先進国では考えられないような市場機能を無視したその場限りの備忘策の数々は世界の資本市場の歴史において、また中国のこれからの長い歴史において、汚点として残るでしょう。そしてこの一件は中国の大きな衰退を招くことになった転機として後世に刻まれることとなるでしょう。

 とにかく中国当局は余りに株高を煽り過ぎてきたのです、株式市場が徐々に上昇するならいいですが、高度成長から中低成長に至るいわゆる<新常態>を目指して成長率が鈍化する政策を容認しているその最中に1年で株価が2.5倍にも跳ね上がるような投資家の熱狂を人為的に作り出したのです。企業の業績の伸びがついていってないのですから相場が下げるのは当然の報いですが、その現実を直視できず、常軌を失って市場を破壊するような政策を連発するというのはどうかしています。政策当局の先を見る力がないこと、危機管理が全くできていないことなど、とても大国の政策とは思えません。

経済改革とマクロ経済が株価の上昇を支える?

 今年に入ってから人民日報は<上海市場の4000ポイント乗せは上げ相場の始まりにすぎない>とか<経済改革とマクロ経済が株価の上昇を支える>とか同じく共産党の機関紙である新華社と一緒になって株高を先導してきました。日本では日経新聞や読売新聞、朝日新聞などが株高を煽るような記事は掲載しませんが(逆に日本の新聞は株高を批判する記事は掲載する)、中国の人民日報や新華社は共産党の機関紙としての位置づけですから、これらメディアが株式投資を奨励すれば日本とは違って国民が株式投資にまい進し始めるのも当然の帰結なのです。その結果として中国ではここ2.3ヶ月の間に株式投資を行う人が爆発的に増えてまるで株式投資が文化であるような雰囲気を作り出してしまったのです。人民日報では株価の大きな上昇がバブルとの批判に応えて<これがバブルとみなされるならバブルでない資産など世界にあるだろうか?>とまで解説していたのです。共産党の機関紙がこのような見解を有していればお上の指導に慣れてきた中国国民が株式投資に殺到するのはやむを得ないでしょう。その挙句、国民の大多数が大きく株式市場が上昇してから投資を始めることとなり結果的に膨大な損失を抱えてしまったわけですから怒りの矛先が当局に向かうのも当然のことです。

 ブロガーたちは人民日報が4000ポイントは上昇相場の始まり、と解説したことを皮肉って<4000>という投稿を行っています、当局に睨まれるのを避けながら巧みに批判するすべです。一部の投稿は<家計の貯蓄を全て株式市場に投下した、どうしてくれる>とか人民日報は名前を<4000日報に変えろ>など過激な抵抗を示しているブログもあります。

 これに対して当局が次々に繰り出す株安を止めようとする政策を中国のマスコミは賞賛し続けています、株高政策を必死に後押しするようにしています。6日発表の株価対策の後では人民日報は<雨の後には常に虹が現れる>ということで市場は安心とのメッセージを送っています。そして<中国は資本市場の安定を維持する条件、能力、自信を持っている>から投資家は安心して投資を行え、うろたえるなという主張を行っています。最もこのような報道は人民日報だけでなく中国メディア全てで行われているのです。これは当局の株安が政治問題化するのを防げという指針や投資家を落ち着かせるようにという指針に沿った思いっきりの官制報道がなされているわけです。

 今回の株安を止めるための備忘策の問題点を上げればきりがないですが、まずは相場がバブル化した後暴落状態に入った場合、このような中途半端な水準で無理やりに下げを止めようとすれば、後でその咎めが生じるのは必至なのです。典型的な株の大暴落として有名な1929年のニューヨーク市場の大暴落の時は、やはり今回の中国当局の行ったことと同じように、銀行や証券会社に基金を作らせて株暴落直後に株買い支えを行ったのですが、1週間もたたないうちの更なる暴落に見舞われてその基金で投下した資金が全て大きな損失を被ることとなったのです。こうして銀行や証券会社が資金繰りに窮して経営危機に陥り、金融危機となり銀行の取り付け騒ぎにまで発展していきました。その教訓をもとにして、米国ではグラス・スティーガル法という銀行業務と証券業務を分ける法案が成立したいきさつがあります。今回当局の要請によって中国の証券会社21社が基金を作って1200億元(約2兆4000億円)の株式購入を行うように指示されたのですが、そしてそこで購入した株式は4500ポイントまで売らないように指示されたわけですが、このようなその場限りで無理やりに証券会社に株の買い支えを行わせれば株が更に下がれば証券会社自身が経営危機に陥っていくわけです。相場の激しい暴落時に決して行ってはならない政策の一つです。

 更に当局は管轄の国営企業に対して自社株をはじめとする上場企業の株式を購入するように要請し、購入した額を毎日報告するように求めました。株を買わない企業には実質制裁を与えるという脅しのサインです。このような投資の強制は先進国では見たことがありません。

 個人投資家については家を担保に入れて株を購入することを許可しました。日本政府が家を担保にして株を購入していいという政策を大々的に行ったら日本人はどう思うでしょうか。これは株が下がれば家を売却して決済すればよろしいということで、如何にもその場限りの株の買い支えを目指したもので、仮に株が下がり続ければ中国全土で株式の損失で家を失うというケースが相次ぐわけです。現実に今回はわずか1ヶ月で市場では日本円で480兆円近い額(日本のGDPに匹敵)が失われていますから株の損失で家を手放す人も多発しておかしくないのです。

 また中国公安局は悪質な空売りに対して調査して厳しく罰するという方針を打ち出しました。このような経済行為に対して公安当局が出動してくるとは尋常ではありません。株を買っている方は下がれば家を取られるだけですが、空売りして儲けては命まで危なくなるのかもしれません。市場には買い手と売り手がいて値段が成立するわけですが、中国当局は売り手を抹殺したいのです。

 また今回証券監督委員会などの規制当局の相場に対しての規制が全くなされなかったと共に機能しませんでした。日本の場合などは個別株などでも売買が過熱すれば自動的に信用取引などの売買規制を発動します。ところが中国では信用取引が日本の15倍の額の45兆円に達するまで全く規制させなかったのです。明らかに行政的な大きな失策と思われますが、これについて関係者をスケープゴード的に処分しようとする動きがあるようです。しかしこの証券監督委員会についても同情する意見もあります。

中国当局の株安を止めようとする政策は常軌を逸している

 どうも中国は今までと違って権力が習近平一本に集中しすぎているようで自由に物を言える雰囲気や正論を発する土壌が失われてきたようです。余りに権力が集中するとそれに従順しようとして誰もが意見を言えなくなる傾向が出ることがあります。中国ではそれを避けるために総書記と首相という二つの権力体制を構築して国家運営を行ってきたように思いますが、今回余りに総書記である習近平に権力が集中しすぎてしまい、また習政権が汚職摘発など強権的な権力固めを行っている最中で自由に物が言えない土壌があると思われます。ですから今回の中国政府の株高政策に対して、本来はその動きを穏やかに規制すべき監督当局の働きが全く機能しなかったわけです。証券監督委員会も過熱する信用取引の状況を見て何度も信用取引に関する規制を発していましたが、その都度株が下がると発動していた規制を撤廃するなど、とにかく株高方針という習政権の根本政策に対して逆らえなかった模様です。権力集中の咎めが政策の失敗という形で露呈してきたように思えます。

 前述したように今回の中国当局の株安を止めようとする政策は常軌を逸しているわけで、市場に無用な圧力をかけてみたり、市場を閉鎖するなど言語道断の政策のオンパレードです。如何に共産党政権でも誰かが意見を言うべきだし、こんな市場無視の政策は証券監督委員会が体を張って阻止するのが当然と思いますが一向に何処からも政府の政策に対しての批判は起こってこないようです。

中国当局が行った一連の政策は市場機能を完全に否定するものです。株式市場は売りも買いも自由にできて、投資家個々人が各々の独自の判断で売り買いするのが当たり前で、それが保証されているのが市場なのです。ところが中国当局は株が上がらないこと以外は許容できないようで下がることは見過ごせないのです。そうなると上がることに向けて国民もマスコミも全てまい進しなければならず、それに反する行為は許されないということになります。そしてそれでも市場が下落するのであれば、市場を閉じればいいという強引な考えで現在半分近い銘柄を売買停止措置としているのです。

 こんな恐ろしい市場で何処の誰が取引するというのでしょうか? 中国では市場は当局の思い通りに動かなければならないのです。当局が都合のいい時は開いてよろしい、当局の都合に合わない動きになった時は市場を閉鎖する、というのです。

 かように中国は株式市場暴落という危機に瀕して民主主義や自由を否定する共産党本来の体質を全面に押し出してしまいました。こうして中国では自由に売り買いできて活発に躍動する<市場>は完全に否定されたのです。取引したいときに取引できなければ<市場>とは呼べません。一連の市場無視の強権発動のつけは一党独裁である共産党政権の限界を示したものです。今まで行ってきた中国の社会主義市場経済の中で<市場>は消滅したのです。今回のことは中国当局が想定できないほどの汚点として残り、大きな矛盾と問題点を覆い隠すこととなりました。<市場>が存在しえない市場経済はその大いなる矛盾に押しつぶされていくでしょう。そして今後の中国の体制そのものを揺るがす事態に発展していくことでしょう。