注目されていた上海で開かれた主要20ヶ国財務相・中央銀行総裁会議(G20)ですが、2月27日、世界経済の成長と金融市場の安定に向けて、<あらゆる政策を総動員する>との共同声明を採択して閉幕しました。声明では<金融政策のみでは均衡ある成長に繋がらない>として財政政策や構造改革の重要性も指摘しています。これは今後の日本の補正予算編成など財政政策発動の後押しとなるでしょう。また当然のことながら今年に入ってからの世界的な市場の混乱を懸念して<世界経済の下方リスクと脆弱性が高まっている>と危機感を強く示してG20各国が協調して経済減速阻止と市場安定への政策対応することが必要との認識を示しました。

>>最新の世界経済状況をセミナー・ダウンロードでチェック!<<

「あらゆる政策を総動員する」との共同声明

 決まり切ったような会議の共同声明ですが、一定の評価はできるでしょう。しかしまだリーマンショック時に比べると切迫した危機感は薄く各国の現状認識の温度差があるようです。元々20ヶ国の利害や問題を調整するのは難しいので、G20のような参加国が多い会議ではこのような抽象的な表現を使って、各国の表面的な協調を演出するしかないのですが、その中でも今回最も注目されたことは、中国がホスト国としてどのような対応をするか、ないしは中国自身がどのような政策を打ちだしてくるか、ということでした。

 今年から始まった世界的な市場の混乱は、様々な要因が複雑に絡み合って生じてきたことは事実ですが、その根っ子にあるのは中国の著しい経済の減速です。世界は中国経済が今後どのような状況になっていくのか、中国の株式市場や為替市場の先行きも固唾を飲んで見守っている状況です。世界的な原油安や資源価格の暴落など新興国経済が惨憺たる状況に陥っていますが、これも元を正せば中国の極端な需要低下に端を発したものです。2000年以降の中国の発展は目覚ましかったので、世界中の資源を暴食してきたわけです、その恩恵を多くの国が受けた代りに、今度は中国の減速によってその大きな反動を喰らっているのが今の状況です。まさに現在の世界経済失速の元凶を作った中国が今回初めてG20のホスト国になったのですから、各国が今までのG20と違った、中国に対しての強い期待なり政策発動を求めるのは自然の流れでした。

 そのような各国からの期待や中国の経済政策への注文を、ホスト国である中国自身がどのような形で答えるなり演出するか、ということは大きな注目の的だったのです。そういう意味では今回のG20は今までのG20とは全く違った意味合いもあったかもしれません。

過剰設備、過剰債務という中国経済の構造的な問題

 その中国ですが、抱えている問題は明らかでした。過剰設備、過剰債務という中国経済の構造的な問題の解決、そして元相場や株式市場の安定と市場透明化への取り組みです。中国経済は今までの投資主導、輸出依存から、内需の拡大を中心とした消費が主導する先進国型の経済、そして従来の型にはまった大量生産から企業が技術革新を伴ったイノベーションを生み出すような創造的な経済を作り出さなければなりません。またここまでの高度成長はもう不可能でしょうから中低成長に合わせた経済システムも作り出さなければなりません。そのような大きな過渡期にあって混乱は必至なわけですが、それを何とかソフトランディングできないか、模索しているところでしょう。しかし現実にはこの著しい変化に中国当局が大きな混乱なく対処していくのは不可能とみられています。世界各国はまさに中国経済のクラッシュやハードランディングを深刻に懸念しているわけで、中国当局としてはそういう懸念を一掃する必要があるのです。かように今回のG20では中国当局が現在起こりつつある市場の混乱を鎮めるのに有効なメッセージを各国が納得できるような形で発信できるかどうかが焦点でした。

 その意味ではとりあえずは今回のG20においてはホスト国として恰好をつけて会議は無難に終えることができたと言えるでしょう。しかし政策の実行が試されるのがこれからです。

とにかく今回のG20に向けて中国当局は表面的には様々な演出を行ってきました。中国人民銀行(中央銀行)の周小川総裁は会議前異例の記者会見を1時間に渡って行い中国経済への自信を示し、参加国の懸念を払拭させるように努めました。

また李克強首相もビデオメッセージを送るなどリップサービスが旺盛でした。李克強首相は1月<腕を切る覚悟で過剰設備を解消せよ>と発言、鉄鋼や造船やセメントなど構造的な過剰整備に対して思い切った淘汰を迫ったのです。この号令を受け、中国国務院は1月下旬国内の粗鋼生産能力の10%弱に相当する1億から1億5000万トンを今後5年間で削減するよう業界に指示しました。ところがこのような通達や号令は何度も出ていますが、未だ中国で大規模な企業の倒産なり淘汰は起こっていません。地方は鉄鋼や造船など雇用の受け皿になっている国有企業の倒産や淘汰に徹底的に抵抗すると共に、中央政府もいざ、整理を実行しようとすれば大規模な失業者が発生するのは必至ですから手を付けられないでいるわけです。今回G20を前にして中国の造船業界第4位の江蘇省の造船会社が破たんしました。負債総額約1500億円の大型倒産ですが、これはG20に向けて中国が構造改革の姿勢をアピールするために行った意図的な倒産劇の演出でしょう。しかし中国当局としてはここまでの倒産の許容で精一杯のようです。造船業界はほとんど受注がなく青息吐息の会社ばかりですが、他の業種も含めて中国当局としてはこの段階ではこれ以上の倒産劇を許容することはできないでしょう。連鎖的な影響が大きすぎるからです。

中国当局は発言することと行うことは全く違う?

1昨年から中国では初めて社債のデフォルトが出てきましたが、その額は概ね1000億円未満のもので、わずか8社程度が社債デフォルトに陥っただけでした。しかも株が下がり始めた昨年6月以降や同じく8月以降はデフォルトを封印していました。市場が落ち着くと当局は実験的にデフォルトを許容してきたのです。今回年初から株式市場も為替市場も大混乱になっているのでとても従来の中国当局のやり方ですとデフォルトや倒産劇は例によって封印するところですが、今回は自国でのG20開催という事情もあったので、今までとは変わって造船会社の1社だけ大型倒産を許容したものと思います。中国として構造改革の断行として対外向けに過剰設備の淘汰と改革を宣伝したものと思います。

しかし中国経済の現状の酷い落ち込みをみれば倒産劇は1社で済むわけがないのです。私は昨年中国内陸部のゴーストタウンとして有名なオルドスに視察に行ってきましたが、オルドスでは人もいないで不良債権の山だらけですが、地元の会社が1社も倒産したという話は聞きません。昨年12月、社債の返済期日に償還資金が用意できないとデフォルトを宣言していたオルドスの不動産会社、オルドス市華研投資集団は社債の返済の期日その日になって何処からともなく資金を融通されデフォルトは免れたのです。

中国当局は発言することと行うことは全く違います。構造改革を進めると言ってもとてもできる状態ではないのです。共産党にとって最も心配されるのは社会不安、ひいては共産党に対しての非難が起こることです。共産党は元々選挙で選ばれた政権ではないですから、人民を豊かにさせていないと政権の正統性がなくなってしまいます。共産党は常に全知全能でなければならないという政治上の宿命を背負っています。

 仮に中国当局が国有企業の淘汰を次々に行って失業者を溢れ出させるような大規模な構造改革に着手すれば、政権への非難が高まり社会不安が広がって混乱が生じるのが必至です。現在中国は痛みを伴う失業者が一時的には続出するような大規模な改革を必要としているのですが、共産党という政治体制が改革を許さないのです。大規模な混乱を誘発するのであれば、逆に共産党としては、そのような事態を全力で回避する必要があります。ですから中国当局としては財政資金を使うなり、中央銀行である人民銀行から資金を回して事が起きないように解決を図るのが常套手段となっているのです。中国は共産党の一党独裁ですから財政資金をどのように使おうが、人民銀行からどのように資金融通させようが国民にいちいち説明する必要などないわけです。一党独裁である共産党政権は民主主義と違って政策に対しての説明責任がありません。勢い、危機が起こった時は改革を断行して混乱を生じさせるよりは、黙って資金を融通して問題を先送りし続けるというわけです。このプロセスが続いていますから表面上、中国では何の大きな問題も生じてきません。ところが水面下では倒産や取り付け騒ぎ、不況の深刻化など様々な問題が噴出しているとみられます。この結果として経済指標の悪化や商品価格の著しい下落など、隠し切れない現象が現れてきているのです。

中国の銀行融資が今年になってロケットのように急増

 今回も中国当局がG20の前に備えて問題が生じないように行ったのは実質、常軌を逸した企業への大盤振る舞いだったのです。ニュースには大きく出ませんから中国では何も行われなかったかのように思えますが、実質は違います。驚くべきことですが、中国の銀行融資が今年になってロケットのように急増しているのです。中国においては今年の1月の銀行による新規融資額は2兆5100億元(約44兆円)と前年同月比で7割も増えているのです。もちろんこの額は1ヶ月の単月の銀行の融資額としては過去最大なのです。中国は経済が減速していて投資需要が落ちているはずです。新たなビッグプロジェクトは封印しているはずです。ではどうしてこれほど過去最大額のしかも前年同月比で7割も増えるような融資が必要だったのでしょうか? 景気が減速しているのにどうしてこんな爆発的な資金需要が生じるのでしょうか? 明らかに追い貸しです! 株の下落、不況、元相場の下落による借金返済額の拡大など多くの中国企業は苦境にあえぎ始めました。そして当局は銀行を通じていわゆる<ゾンビ企業>への膨大な資金援助を始めたものと思えます。李克強首相は<腕を切る覚悟で過剰整備を解消せよ>と言って構造改革を進めると見せながら実は中国当局の行っていることは言葉とは全く逆の<ゾンビ企業>の延命策を連発しているのです。共産党の政権を延命するためには雇用不安や金融不安など社会を揺るがす問題を生じさせてはなりません。深刻な問題は常に封印させる必要があるのです。如何に深刻な問題が存在していたとしても表面上平穏さを維持しなければなりません。一方で中国は面子を重んじる国ですから対外的には問題処理の姿勢を強調しようとするわけです。今回のG20において過剰の典型とみられる造船業界の倒産会社を一つ出すことで格好をつけようという算段だったと思われます。

 中国の経済統計はほとんど当てにならないのですが、さすがに輸出入統計はごまかしようがありません。輸出も輸入も相手方がいるので数字が全く違うというごまかしはできません。中国の1月の輸出入額ですが、輸出は前年同月比で11.2%の減少、輸入額に至っては何と前年同月比で18.8%の減少だったのです。このように輸入額が前年と比べて2割近くも減少するというケースは国家の輸入統計としては極めてまれです。例えば日本では前年同月比で2割も輸入額が落ちたなどということはリーマンショック時にしかなかったことです。それほど中国の経済は大きく減速しているのです。成長率6.9%などという数字は全く当てになりません。

 為替市場や株式市場は価格操作が日常茶飯事となっていて、操作を行わないと価格維持ができなくなりつつあります。G20終了時までは対外的な面子もありますから水面下で株価の買い支えを行っていたと思われますが、G20が終了した途端に上海市場の株価は1年3ヵ月ぶりの安値になってしまったのです。中国で行われていることの多くが虚構、中国側が発表する経済指標など全く当てにできませんし、当てにすべきではありません。

これもまたごまかすのが難しい数字として外貨準備があります。中国の外貨準備は昨年1年間で約60兆円も減少していますが、ほとんど元相場維持のために為替介入したとみられています。中国は経常収支が黒字なわけですから本来外貨準備は増えるわけですが、よほど大きな資本流出が起こって止まらない状態と思えます。

 日銀の黒田総裁は1月にスイスで行われたダボス会議において個人的な見解と断った上で中国について<資本規制が有効なのではないか>と発言していました。また今回のG20で日本は中国を含む新興国が如何に資本規制を行うか検討すべきと指摘していました。中国の元は昨年11月末、IMFの通貨であるSDRに採用されたばかりです。SDRはIMFの通貨ですから流動性や信頼性がなければなりません、当然SDRに採用される条件として自由な流通、いわゆる規制を撤廃することが求められ、中国もそれを了承して元を念願のSDRに採用してもらったはずです。ところが年初から元相場が下がってくる、並びに中国当局が膨大な外貨準備を使い続けて元相場を維持させている危ない状況を見るに至って、黒田総裁も思わず資本規制を行った方がいいと指摘したものと思われます。というのも昨年来中国当局が行ってきたように外貨準備を際限なく使い続けて元の相場を支え続けるのは無理があるし、ある瞬間から元が暴落する危険性があると思ったからでしょう。

 しかしだからと言って資本の流出を強引に規制するのはせっかくSDR入りして国際化に舵を切った中国の通貨改革の逆行です。日本としては本来中国経済の市場化を促す政策を提案すべきで規制を強化する政策など論外のはずなのに、その日本が規制を行うことが有効だ、とアドバイスしているのですから本末転倒というしかありません。今回のG20でも日本は資本流出を止める手立ての具体的な方法を新興国が示すことを強く迫っていました。結果的に日本の案は取り入れられたわけですが、これは中国に向けたメッセージだったのです。要するに規制でも何でも行って元相場の極端な下落を阻止して市場を安心させてほしいという要望です。

 これは日本としては中国の元相場の止まらない混乱、並びに中国の株式市場の暴落を受けて、そのとばっちりとして円に資金が流れ円高が激しくなってしまうのを恐れているからだと思います。日本の財務省も日銀も表面上中国経済は順調とコメントしていますが、実は中国が市場をコントロールできず市場が暴落してしまうことを内心、深刻に捉え恐れているようです。ですから今回のG20では中国が資本流出を抑えるための具体的な指針を作ることにこだわったのです。

 かように中国経済はもはや救いようのない局面にまで落ちようとしています。共産党はぎりぎりまで問題の先送り、封印を続けるでしょうから中国経済のソフトランディングはなく、ハードランディングしかあり得ないと思われます。ハードランディングという意味ではいつ突如世界を震撼させるショックが生じるかわかりません。中国の株式市場はじわじわと下がり続けるでしょうし、元相場も同じくじわじわ下がっていくでしょう。G20は無事通過しました、しかし中国問題が今後も世界の時限爆弾であることは変わりません。

>>最新の世界経済状況をセミナー・ダウンロードでチェック!<<