<更なる金利の引き下げが必要とは考えていない>記者会見でのたった一言が周到に用意された政策を台無しにしてしまいました。ECBのドラギ総裁は失点続きです。今回ECBは事前に金融緩和を示唆していたので、市場はECBの政策がどの程度まで金融緩和を拡大させてくるか、固唾を飲んで見守っていたのです。ECBはマイナス金利に関しては市場の予想通り0.3%のマイナスから0.4%のマイナスへと0.1ポイントマイナス幅を拡大させました。更に毎月の債券購入額については市場予想の700億ユーロを上回って800億ユーロへと拡大、そして新たに今までの国債購入に加えて、域内の投資適格級社債まで購入することとしたのです。それだけではありません、更に6月から期間4年の期限付き資金供給オペ(TLTRO)を実施することを決めたのです。

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期間4年の期限付き資金供給オペ(TLTRO)を実施

 まさに市場の予想を大きく上回る大胆な金融緩和パッケージに市場は喜んでユーロ安、株高と大きく反応しました。ところが記者会見でのドラギ総裁の今後の緩和打ち止め宣言に大きく落胆してしまいました。この発言の後、何とユーロ相場は上昇に転じ、株式市場は下がってしまったのです。前回昨年12月のECBの緩和政策が市場の予想に届かなくて市場を大きく失望させたのと同じく、今回も市場は失望、ドラギ総裁は市場とのコミュニケーションに再度失敗したのです。

 一連の流れをみると市場が抱く中央銀行への政策効果への疑念や警戒感が急激に増してきていることが伺われます。中央銀行が如何なる政策をアナウンスしても、その政策効果に持続性があるのか、それによって景気が好転するのか、市場は深い疑念を抱いているようです。ですからネガティブな言動には激しく反応してしまいます。これは今まで世界各国が余りに中央銀行による金融政策に頼り切ってきた副作用とも言えることと思います。市場は今、金融政策の限界を感じ始めたようです。今回はマイナス金利政策に焦点を当ててその効果や副作用、市場の持つ疑念や現に今まで起こったことを検証したいと思います。

 量的緩和政策にしても大規模な金利引き下げにしても、またマイナス金利断行にしても、政策が実行された直後は驚きや期待感が広がって市場は株高や通貨安などで政策当局の期待通りの動きになるものですが、あまりそれを繰り返すうちに政策効果に慣れてしまって反応が鈍くなることはよくあることです。強い薬でも何度も使うと効果がなくなってくるように、最初は目新しくて期待が膨らんでも時と共に期待も実際の効果もはげ落ちていくのが常かもしれません。

しかしマイナス金利政策に関しては導入されたのは最近のことですし、その効果が実証されてくるのもこれからが本番です。そういう意味では市場は今、マイナス金利政策に対しての効果については見守るべき段階と思いますが、どうも市場のムードは否定的な考えの方が大勢になってきたようです。

まずはマイナス金利政策が最も効いたと言われる通貨が安くなるのか、という根本的な部分に対しても疑念が生まれてきています。このようなマイナス金利政策への疑念は日銀がマイナス金利を断行したにも関わらず円相場が高くなってしまった、という事実も重く受け止めているようです。マイナス金利が世界で初めて導入されてきた経緯をみますと、最初はスウェーデンやデンマークがユーロに対して自国通貨を安くしたいためにマイナス金利を導入したわけです、そして当初その目論見は成功してスウェーデンやデンマークの通貨はユーロに対して安くなったのです。

ところが時間の経過と共に情勢が変わってきました。現在マイナス金利を導入しているのはユーロ圏、スウェーデン、デンマーク、スイス、日本となりますが、現状は全ての国でマイナス金利導入前より通貨が高くなってしまいました。日本では円安が起こったのはマイナス金利導入後わずか2日間だけでしたし、今回ユーロ圏でも結局ユーロ高になってしまいました。金利をマイナスにまでしたわけだから、本来その通貨は魅力が薄れて安くなるはずなのに、その根本でさえうまく機能されていません。

銀行に対しての配慮

 また思いのほか、銀行経営への打撃が大きいとの副作用も散見されるようになりました。ドラギ総裁が今回思い切った緩和を行った後に記者会見で打ち止め感を出したのも銀行に対しての配慮を考えたものと思います。ドラギ総裁はマイナス金利の拡大について<銀行システムに何らの影響を及ぼすことなく、望むだけマイナス幅を拡大できるのか? 答えはノーだ!>と明確に否定したのです。明らかにマイナス金利が域内の銀行経営に与える衝撃を緩和しようとして意識的にマイナス金利の打ち止め感を演出したように思いますが、これが市場の思惑と完全にずれていたわけです。市場はまだマイナス金利を拡大させる余地は十分あると思っていたし、それが今後の更なる緩和期待をつないで、金融政策の打ち止め感を払拭させていたのです。ところがドラギ総裁は今回十分緩和を行ったので、最後の記者会見では銀行に対しての配慮も見せたかったようです。

 マイナス金利が与える副作用として銀行経営に与えるマイナス金利の影響も深刻に捉えなければなりません。銀行がマイナス金利で金利を取れないのであれば、銀行としては何処かにその負担を背負ってもらわなければならないのですが、個人の預金にマイナス金利を適用することができません。法人などの大口預金に関してはなるべく預金を取らないようにするために欧州では銀行によっては多大な手数料(実質マイナス金利)を提示するところもありますが、一般的には預金をマイナスにすることはできず、負担は銀行がかぶる形になっています。預金を取ればその運用先がなくて苦しむくらいなら、いっそ預金など取らない方がいいわけで、欧州では銀行が預金を押し付け合うような事が起こっています。これは銀行としての業務、いわゆるお金を循環させる、金融仲介の業務の否定であり、現実にこのような副作用が欧州で起こっていて今後日本でも起こってくると思われます。

 問題は景気の先行きが見えず資金需要がないということですから、資金需要を作り出すような政策が必要とされているのですが、これが構造改革ないしは成長戦略ということで大きな改革を伴うので、何処の国や地域でもなかなか実現できません。世界中金融政策に頼り切りになっているわけです。結果的に行われていることは資金需要がないのに無理やりに資金を供給されて、その挙句その資金を滞留させておけば、金利を取るという<ペナルティーを与えるぞ>と脅かすわけです。このような懲罰的な政策となったマイナス金利政策では景気を刺激することができないのではないだろうか? という疑問が生まれてきています。

 マスコミもマイナス金利への批判を強めています。日本でも毎日新聞を筆頭にしてマイナス金利導入直後から手厳しい批判が出てきています。各社の社説を追ってみますと毎日新聞はマイナス金利政策が発動された1月30日に<苦し紛れの冒険だ>として評価が確立されていない実験的な政策を断行することに疑問を呈しました。更に2月10日には市場が株安、円高と荒れてきた模様を捉えてマイナス金利導入は世間に<逆に不安を広げている>として日銀の政策が世の中に先行きの不透明感を与えてしまったことを指摘しています。更に2月21日には銀行経営への副作用にも言及、貸出が増えないで銀行が委縮してしまったところを捉えて<銀行の機能をゆがめる>と銀行の金融仲介機能が弱まることを批判しました。朝日新聞も1月30日に<効果ある政策なのか>と疑問を投げかけています。一方読売新聞は同じく1月30日<脱デフレの決意示す負の金利>と日銀の新しい試みを好意的に捉えていました、そして2月24日も最近のマイナス金利に対しての世の中の批判の論調を意識してか<政策効果の判断は長い目で>ともう少し辛抱して政策効果が出ることをじっくり待つべきと日銀を擁護しています。一方日経新聞は1月30日<日銀頼みの限界を忘れるな>と金融政策に頼り過ぎる現状も問題視していました。かようにいつものように体制派の読売、日経と反体制派の毎日、朝日とお決まりのコントラストが出ていますが、問題はマイナス金利の先駆者である欧州からマイナス金利への批判的な見方が増えてきたということでしょう。更に今回ECBのドラギ総裁がマイナス金利の拡大を否定したことはマイナス金利を批判する立場の人々を勢いづけることでしょう。

各段にローン金利低下のメリットが大きい?

 日銀も世間のマイナス金利に対しての批判や疑念を意識したようで、これを払拭するためと思いますが、読売国際経済懇話会の講演で黒田総裁がマイナス金利についての講演を行いました。その中で黒田総裁はまずはこの3年間で日本経済が各段に良くなった点を強調、企業の最高益と失業率の低下で日本では実質完全雇用がなされている点を指摘、そしてマイナス金利断行によって金利全般が下がり、住宅ローン金利など消費者に恩恵が出ていることを強調しました。黒田総裁は預金金利が下がったとはいえ、元々ゼロに近かったわけだから消費者としては各段にローン金利低下のメリットが大きいことを強調しています。金利全般が下がった効果が明らかに出てきたということです。 

 直近の市場の混乱については世界的な市場の混乱を受けたもので、投資家が冷静になるにしたがって市場は落ち着いてくると指摘しています。そして<マイナス金利政策は株高、円安に力を持っているはずだ>と述べています。

 一連の黒田総裁の主張はその通りと思います。金利がマイナスにまでなれば国債など債券での運用ができませんから株式投資に追い風なのは当然です、金利をマイナスにまでした通貨が魅力が薄れるのも当たり前でしょう、ただ現状は余りに海外情勢が不透明で投資家心理が委縮しているのでその効果が現れないだけでしょう。

 銀行経営への負担についても黒田総裁は日本においては配慮していることを指摘しています。実際、2014年の日本の銀行の最終利益は3.3兆円もあるわけで黒田総裁は<日本の銀行の経営が圧迫されて金融仲介機能が弱まることは全く考えられない>と断言しました。更に日本の場合は銀行が今まで日銀に積み上げた250兆円に上る当座預金のほとんどが引き続き0.1%の金利をつけますから劇的に銀行の収益が悪化するわけではありません。ここはユーロ圏とは違うところです。

 黒田総裁はより本質的なことは<本業の貸出、預金業務で金融機関の収益が目減りし続けるという厳しい状態が何故これほど長く続くのか、ということだ!>と指摘して<この根本的な原因はデフレにある!>と断言、デフレを脱却することが企業の積極的な投資を促し、ひいては貸出を増やし、預金金利がプラスになり銀行経営が安定する基となると述べています。そのために<マイナス金利付き、量的・質的緩和>を引き続き行って何としてもデフレからの脱却を目指すとしています。<デフレに戻ることはない、必ず2%の物価目標を実現する>と強い決意を示しました。今回日銀は何が何でも物価目標を達成するために死力を尽くすことでしょう。マイナス金利でもダメなら今度はヘリコプターマネーといって財政大きく吹かしてインフレに誘導する手も残されています。それでも現状の世界情勢を見る限り簡単に市場は収まらないでしょうし、円高が続き株も大きく上がれないかもしれません。

 マイナス金利に関しては、様々な見方や意見が混在しています。市場が思うように動かず、景気回復が思うようになされないのは事実ですが、黒田総裁の反論のように、マイナス金利が全く効かない政策ということは言えないと思います。市場の混乱自体は多くは外的要因から起こっているものですし、マイナス金利政策にしても仮に導入しなかったら経済はもっとデフレが酷くなっていたかもしれません。まだ結論は出せない状況でしょう。ユーロ圏では銀行の経営問題が出てきましたが、日本の場合は日銀が当座預金の大部分に金利をつけ続けるという相当な配慮も続いています、まだ始まったばかりのマイナス金利政策を否定する段階でなく効果を見極める時と思います。

 意識しておくべき最も重要なことはかようにインフレに誘導しようとする異様な圧力が続くし、これが収まることがないという時代の波や勢いです。これは日本では長く続いているわけですが、決してインフレになることがなく今や完全にインフレ懸念は消滅して結果的に余りに強烈なアクセルを踏み続けているわけです。しかし中国経済の失速や原油安など思わぬ外的な要因がこのような状況を可能にしているということを決して忘れてはならないと思います。

後2年もすると日銀のバランスシートは日本のGDPと同じく500兆円に達するでしょう。確実に言えることは最終的に日銀は膨らみ過ぎたバランスシートを縮小することはできません、今行っている政策にいわゆる出口政策はないのです。日銀は将来国債を売却することはできないし、ここでマイナス金利で日銀が購入した国債は将来膨大な損失を被ることになるのです。

金利がなくなって国は借金すれば儲かるようになりました。こうして国は借金の重みは感じなくなりましたが、借金の残高は年々確実に増え続けているのです。また日本ではついに人口が減りはじめ今後高齢化が加速していきます。当面は円高が進むでしょうが、いつの日かやがて止まらない円安となるでしょう、株も当面は大きく上がれないですが、やがて止まらないインフレと共に大相場がくるでしょう。これだけ異常な政策を行い続け、それでも効果がでずに更なるインフレ政策を加速していくわけですからこの最終的な行く末は我々の想像を絶する帰結が待っていると思うべきです。

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