<膨大な借金に依存する高いレバレッジは間違いなく高いリスクに繋がる。対応を間違えれば広範囲な金融システムリスクを引き起こし、経済成長はマイナスとなり、銀行の破たんから家計貯蓄の消失まで招きかねない。こうなれば中国経済は致命傷だ!>余りに膨大な借金に依存し続ける現在の中国経済の問題を端的に語った専門家のインタビュー記事の一コマです。この記事を読むとまさに全世界が中国に対して懸念している実情について大げさにリスクを強調して却って危機意識を煽っているようにも思えます。何処か西側のシンクタンクが中国経済の懸念を分析して述べているインタビュー記事のように思えます。

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人民日報に5月9日堂々掲載

ところが何を隠そう、このインタビュー記事は中国指導部の意志を大きく反映させる人民日報に5月9日堂々掲載されたのです。このインタビューは中国指導部で最も<権威ある人物>と噂され、習近平主席の意向を強く反映すると言われる<権威人士>と呼ばれる人物へのインタビュー記事なのです。<権威人士>はその姿を見せず匿名なうえ<権威ある人物>と紹介され、しかも明らかに中国の経済政策に影響力を有しています。そのためこの謎の人物の提案は中国経済に対しての<お告げ>とみられていて、中国の専門家から注目、重要視されています。この辛辣な<お告げ>は何故この段階で出てきたのでしょうか? 中国指導部は経済政策を方針転換するのでしょうか? いったい中国指導部は今後中国経済をどのように導いていくつもりなのでしょうか?

 <権威人士>は更にこのインタビューで<過剰債務は中国の原罪であり、中国経済は長期的な経済の健全な発展に向けて借入に依存し続けることはできない>と借金に大きく依存している中国経済のアキレス腱を指摘しています。そして中国経済の先行きについて<少し時間をおいて回復するU字型は不可能で、急回復するV字型は尚更不可能、停滞が長引くL字型になるだろう>と述べているのです。さすがにこの<お告げ>を受けて上海市場の株価は急落、3%も下がってしまいました。その翌日も下げが止まらないのです。

 <権威人士>の主張は本当のことを言っていますが、この本当のことは今までの中国当局の公式発言と大きく矛盾することです。今まで中国当局者は中国経済の回復は難しいとも回復はL字型になって長く停滞が続くなどとも述べていません。仮に中国の有力者がそのような中国経済に対しての悲観的な見解を述べようものなら問題視されて当局から警告を受けるのではないか、という懸念がもたれていたわけです。過剰債務は中国の原罪と<権威人士>は本当のことを述べていますが、今まで中国は限りない借金を拡大してきて経済を活性化させてきたのであり、今年に入ってからも常軌を逸した借金の拡大によって経済を回復させてきたことは明らかです。<権威人士>の発言はいきなり本当のことを言いだしたので、中国の官制マスコミに慣れてきた我々にとっては、何か狐につままれたような感じです。今までは中国経済は順調、潜在力があって回復は早いだろう、中国経済が停滞することなどあり得ない、と官制マスコミだった人民日報が今までの主張を忘れたかのように180度違う主張を堂々と権威筋の主張として大きく掲載してきたのですから、一体中国指導部は何を考え始めたのか、何を目指しているのか、疑問に感じるのも当然でしょう。やっていることと、主張していることが全く違うのは中国のいつもことではありますが、いきなり今までと180度違う記事や見方を人民日報という最も影響力のあるマスコミに掲載してきた意図を読まなければなりません。中国指導部内部の意見の相違や中国経済の置かれた危機的な状況や、実際中国経済の真の実体を知る指導部の切迫感も感じるべきでしょう。

 現実問題として中国経済の動向は外からみてかなり危うい状況が続いてきたのです。これはこのレポートや昨年の中国ゴーストタウンツアーの報告やそれを基に中国経済の詳細について書いた前著<世界経済のトレンドが変わった>などでも再三に渡って指摘してきました。余りに借金漬けでその借金を限りなく増やし続ける中国経済の持続不可能な実体や不良債権が膨大に拡大している問題点、それを処理せず放置し続ける矛盾点を書いてきました。今でも中国は何も変わらず明らかに今までの延長上にあるのです。巷では中国経済が回復基調に入ってハードランディングの懸念はなくなった、などと能天気なコメントもありますが、とんでもないことです。中国はますます矛盾を拡大させてハードランディングの道に突入していくことは諸情勢から明らかになっていると思います。

鉄鋼生産が今年3月4月と過去最高水準にまで膨らんできた

 昨今起こってきたことで一番酷いと思われることが中国において鉄鋼生産が今年3月4月と過去最高水準にまで膨らんできたことです。確か昨年には中国は過剰状態にある鉄鋼供給能力を削減するといって<ゾンビ企業を淘汰しなければならない>と李強強首相が約束したばかりでした。しかもそれを今年3月開催の中国の国会、全人代で確認していました。OECDによれば世界全体の鉄鋼業界の過剰生産能力は2015年に7億トンとなり日本の年間の生産量、年間1億トンの7倍というとんでもない過剰状態になっているのです。そしてその過剰分の6割は中国で、中国では日本の生産能力の12倍の年間12億トンの生産能力があり、何とそのうちの4億トンが過剰生産能力となっていて、ここにメスを入れなければ鉄鋼の世界的な需給は永遠に均衡しないと言われているのです。現に中国の余った生産から生じてきた鉄鋼の安値輸出によって昨年世界の鉄鋼市況は急落、その結果として鉄鋼業界は著しい不況状態となり、日米欧では鉄鋼大手の高炉閉鎖や休止、業績悪化が相次いでいるのです。2015年1月以来米欧の鉄鋼業界では米国で13500人、欧州で7000人も解雇されました。世界の鉄鋼業界は供給過剰状態と中国企業の安値輸出攻勢によって崩壊寸前というところまできているわけです。このような中、中国に対しての国際的な非難は高まる一方でした。その中国が昨年は鉄鋼生産能力を削減すると約束しておきながら、何と今年は過去最大の水準にまで生産を拡大しているというのですから、開いた口が塞がりません。米国のUSスチールは中国は<市場経済国>でないとして中国からの鉄鋼輸入の禁止を求めていますが、米国では夏までにUSスチールの申し立てが受理されて中国の鉄鋼製品に266%の懲罰関税が課される可能性があると言われています。

 このような環境下、どうして中国の鉄鋼生産は過去最高水準にまで拡大したのでしょうか? 実はここに中国経済の問題点と中国当局の政策矛盾を見ることができるのです。中国で鉄鋼生産が過去最大にまでなったのは、実は単純な理由で生産しても儲かるようになったからです。実は現在でも中国では続々と過去休止していた鉄鋼工場が再開して生産を始めているのです。生産して高く売れるのであれば生産を再開するのは当然でしょう。何故世界的な不況で鉄鋼生産が余っているのに現在中国では高く売れるのでしょうか? それは鉄鋼市況が上昇したからなのですが、これが実需を伴っていない完全な中国政府主導の官制バブルの構築によって鉄鋼価格が急騰したという事実があるのです。

 中国での昨年の株価暴落は記憶に新しいと思いますが、その後中国当局は株を強引に買い支えて今に至っています。その買い支えの過程では投資家は自由に株を売却することを封じられました。特に国営企業などでは当局の指導によって売った株まで買戻しを強制され、実質株取引の自由はなくなったのです。買うのはOKですが売るのはNGというわけです。このような市場は自由な市場とは言えず投資家が嫌うのは当たり前です。結果的に中国の株の先物市場は売買高が極端に減少して最盛期の100分の1にまでなってしまいました。現在も中国の株式市場は実質官制市場で、中国当局の息のかかった国営企業や証券金融や外貨準備の運用などを手掛ける中国国営の機関が株を買い支えしている状況で、結果的にこれらの機関の株の保有額が恒常的に増え続けているわけです。

 このような中、今年年初から中国の株式市場である上海市場が暴落となりました。連日サーキットブレーカーが発動されるほどの暴落となって、中国当局はサーキットブレーカー制度も廃止するまでに追い込まれてしまったのです。こうなると中国全体の景気が急速に失速して恐慌のような状態にまで転落していく可能性は高かったと思われます。

 そこで中国当局は何を行ったかといいますと、これは金融危機を収める常套手段ではありますが、膨大な流動性を供給したわけです。いわば行政指導によって国営銀行に圧力をかけ、常軌を逸した融資を強制的に実行させたというわけです。この結果今年1-3月の中国における新規融資額は過去最大の4兆6000億元(約78兆円)という途方もない額に達したのです。1ヶ月平均26兆円という額が融資としてばら撒かれたわけですからこれで問題企業も一息つけたわけです。実はそれと共に、ここで供給された膨大な資金は余剰資金として行き場を探していたわけです。もちろん借金の追い貸し的な要素も大きいわけですし、実質は問題企業を破たんさせないための資金供与ですから企業側は株急落や景気失速の波を一時的に回避できたように思います。しかしこれだけ膨大な資金が供与されますと当然様々なところにバブルも生じてくるわけです。その一部が北京や上海など一級都市の不動産価格の上昇という形で現れました。ところが他の地方都市は全く不動産価格が上がらず、開発もこれ以上は無理で相変わらず在庫のマンションの山が連なっているというわけです。

 そしてこの供給された膨大な資金の多くが向かった先ですが、これが実は中国の商品市場だったのです。中国では前述したように株式市場は自由度がなくなり思うように売買できません。また海外に資金を逃がそうにも当局は元相場を維持したいので、海外に資金を投下するのは厳しい当局の目があります。勢い、中国国内で如何に資金を運用するかということを考えた場合、景気が失速気味で投資対象が少なく、株式市場は自由度がないので難しく、不動産市場は一部有望な都市は過熱状態ということで資金の行き場がなくなりました。そこに全人代を控えた中国政府の大型景気対策という新しい政策が飛び込んできたわけです。ここでは鉄道や道路、飛行場に約78兆円も投下するという大変なインフラ整備計画が発表されました。投下資金はここに注目、今度はインフラ整備による資源や鉄鋼生産の回復を予想して膨大な資金は鉄鋼や銅や資源など商品相場に殺到することとなったのです。その結果中国において商品市況が急騰するという事態が発生しました。規制を嫌って株式や不動産を嫌った足の速い資金はその大半が商品市場に殺到することとなったのです。最初は中国政府もこのような動きを歓迎したわけです。その結果、商品市場は実体を無視した驚くべきバブル状態となりました。

わずか2ヶ月で中国の商品市場は様変わりの売買高

 その際たるものが鉄鉱石の価格や鉄筋の値段、そして綿花、食料など中国で産出使用される典型的な商品だったのです。わずか2ヶ月で中国の商品市場は様変わりの売買高となりました。昨年の数倍、取引は沸騰して1日の取引額が何と20兆円を超えるようになったのです。4月22日の売買代金は約28兆円と驚くべき水準にまでなりました。因みに日本の株式市場である東証の1日の売買金額は最近少なく2兆円ほどですから、中国の商品市場は日本の株式市場の10倍強の売買代金をこなす大活況となってしまったのです。米国のナスダック市場でもこれほどの売買代金ができたことはありません。現物の商品が一日で20兆円も動くわけがないですから、これこそ典型的な投機でありバブルです、思惑だけの相場でした。その結果、綿製品の取引において取引額が全世界の人々がジーンズを履ける分の綿が1日で取引されるほどとなりました。普通の日本人であれば豆腐を1日で1丁食べるのも大変と思いますが、豆腐に至っては1日で560億丁分の豆腐が取引される売買高にまで至ったのです。まさに昨年前半の中国における驚喜の株式バブルの再開となったのです。ほとんど日本のマスコミには報道こそされませんでしたが、今回の中国における商品市場バブルは短期間にこれだけ膨大な取引量になったということと、同じく短期間に実体を無視した大幅な上げを演じた点でバブル史の歴史に残る記録と思われます。

このような完全バブル化した商品市場ですから、当然鉄鋼製品も急騰、際限もなく上がり始めました。鉄筋や鉄鉱石の平均の買い持ち時間はわずか3時間だったということで、凄ましい回転売買のバブルが続けられたのです、こうして中国の商品市場は賭場となり完全にバブル化したわけです。そして棒鋼は今年5割以上高騰となりました、これを見た鉄鋼会社は作れば高く売れる状態となり次々に高炉再開に至ったというわけです。

 そしてさすがにこの状況を見て、危ういとみた中国当局は商品取引の規制に乗り出してきたのです。4月25日、当局は証拠金の引き上げや取引手数料の引き上げなど規制強化に乗り出しました。それに軌を一にするかのように相場の潮目は変わって今度は商品全般下げ相場に転じていったのです。いったい大量に売られた棒鋼など鉄鋼製品は今何処に保管されているのでしょうか? 今後再開される鉄鋼会社で作られる製品はどうなるのでしょうか、いずれにしても事の顛末を見れば、中国政府が余りの商品バブルと整理すべき会社群が思わぬ神風によって一時的に復活してしまったことに当惑している姿も目に浮かびます。<権威人士>なる謎のお告げを発して行き過ぎたバブルをいさめようとする中国政府サイドの焦った方向転換もわかるというわけです。

 中国政府のやっている政策はまるで子供だましのように稚拙に感じます。成長率の減速は必至なのにその減速からくる大きな悪影響が怖くて改革に乗り出すことができないのです。結果的に更なるバブルを作り出すようなその場限りの方策を繰り返し、その結果更なる異様なバブルを作り出して状況を悪化させています。ついには当惑して今度はバブルをいさめようと匿名の<権威人士>なるものを人民日報に登場させてバブルの鎮静化を図ろうとしています。いずれ株式市場や商品市場が下がり過ぎてまた焦って方針を変えることでしょう。中国政府は経済運営の能力を失っています。銀行に無理やり融資を強要し、問題を封印し続けています。経済がかろうじて安定しているところまでは平穏無事を続けることができるかもしれません。しかしその後に待っているのは救いようのないハードランディングであることは疑いないでしょう。これが中国1国だけの混乱で済めばいいですが、日本にも飛び火が到来してくることは必至ですから何ともやりきれないところです。

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