<ここ数ヶ月、追加利上げの条件が整ってきた>注目されたジャクソンホールでのイエレンFRB議長の発言は予想よりタカ派的で早期の金利引き上げに踏み込んだものでした。しかし元々ある程度は9月の利上げに対しての選択肢を残すはずとみられていましたから、多少イエレン議長が踏み込んだ発言をしても、市場としては想定内の発言と受け止められたのです。ところが市場を驚かせたのはその後のフィッシャーFRB副議長のテレビインタビューでした。フィッシャー氏は9月の利上げの可能性について聞かれ<イエレン氏が本日話した中身は、9月の利上げに対して肯定的ということだ>とわざわざ念を押して、更に今年2回の金利引き上げもあり得る、と9月、更に12月と連続的な利上げの可能性に対しても言及したのです。これには市場はびっくりです、まさかここまでタカ派的なアナウンスが出るとは予想されていなかったからです。この時点で年2回の利上げまで視野に入れているということは、例えデータ次第とはいえ、FRBは利上げに対して相当前向きに考えていて、その意気込みを市場に伝えようとしているのは明らかと思われるからです。

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FRBの利上げ発表は慎重?

 サマーズ元米財務長官はFRBは市場の織り込みが70%を超えないと政策を変えることはない、と言っています。FRBは世界の中央銀行と言ってもいい存在ですから、日銀のようにサプライズを引き起こすような政策転換を突如行うことはできません。今回のような世界に大きな影響を与えることがわかりきっているような重要な金利引き上げという事象については、それを行うにあたっては周到に市場に理解させ、織り込ませる必要があると考えています。ですから仮にFRBが9月にも利上げを断行しようと考えているなら、市場はここまでFRBの9月の利上げは予想していなかったわけですから、余計にFRBは市場に対して何度も何度もFRBの政策を理解、飲み込むようにアナウンスをしなければならないのです。もちろんFRBのトップであるイエレン議長が何度も利上げについて発言するわけにもいきませんから、このアナウンスの役割をNY連銀のダドリー総裁が行ったり、今回は副議長であるフィッシャー氏が行っているという形です。現在のFRBはイエレン議長、フィッシャー副議長、ダドリーNY連銀総裁の3者が中心的な存在で彼らの意志が政策を決定づけていきます。そのフィッシャー副議長ですが、昨日もインタビューに答えて<米国の雇用は完全雇用に極めて近い>と発言して更に9月の利上げの可能性を補強するようなアナウンスを繰り返してメディアへの露出頻度を高めています。

 一連の行動を見る限り、今後のデータ次第と言いながらもFRBが早期の利上げを目指していることは明らかでしょう。

 昨年からの流れを振り返ると、FRBにとっては思惑外れの連続だったと言ってもいいでしょう。昨年12月に9年半ぶりの金利引き上げを断行したまでは良かったわけですが、その後は誤算続き、FRBが当初目指した金利の再度の引き上げは全くできない状態に陥ってしまったのです。前回2004年から利上げを行ったときは政策会合ごとに17回連続して金利を引き上げて政策金利を5%超にまで引き上げていったのです。通常、金融政策は引き上げなら引き上げ、引き下げなら引き下げと連続して行っていくのが常套手段です、それが今回に関しては最初の利上げから8ヶ月も経過しているのに2度目が行えないということは昨年末の利上げという手段が政策当局として誤っていたとの判断もされかねません。今回も昨年12月の利上げを行った時点では今年は年4回利上げを行うと予想されていて、FRBもそれを目指していたわけです。ところがいつの間にか4回が3回になり、3回が2回になり直近では年1回できるかどうか、という観測が大勢となっていました。

 いわばFRBの目論見ははずれ続けたのです。今年年初は世界中の株価が暴落状態となって、昨年の利上げによってその元凶を作ったとされたFRBは世界各国から非難を受けました。年初は世界の情勢を考えるとFRBとしてもとても追加利上げを行える状況にはならなかったのです。当然のことながら年初早々に3月の利上げは断念しました。更に情勢が落ち着いてきた5月になってFRBは再び利上げを目論みました。5月末の講演でイエレン議長は<数ヶ月内の利上げが適切だ>と利上げに対して確実視されるような発言を行ったのです。その後6月初旬に発表になった5月の米雇用統計の結果が2万人強という惨憺たる結果となってしまい、またしても利上げ断念に追い込まれました。その後6月23日には英国の国民投票によるEU離脱派の勝利という予想外の展開となって更に利上げが遠のいたのでした。かようにFRBの利上げシナリオは二転三転と迷走状態となってしまったのです。11月には米大統領選挙もありますし、経済指標も劇的に好転というほどでもないですから、さすがに今年の利上げはあっても12月1回だけだろう、との見方が大勢になりかけたこの局面でFRBは大きく動いてきたのです。

 しかし何故、このように金利引き上げが思うようにできないのでしょうか? 前回2004年からは17回連続で利上げを行ったのに、どうして今回は2回目の利上げでさえ、これほど苦労するのでしょうか? ここに現在、日本も含めて世界が抱えている構造的な変化や問題を捉えておく必要があるでしょう。そもそも金利ですから経済にはその経済状況に見合った適正な金利があるわけです。日本のケースを考えてみても昔は金利が高かったわけです。かつて高度成長期金利は5%以上は当たり前という時期もありました。1980年代後半に日本はバブル状態となって株や土地が暴騰して異様な加熱状態の経済となったのですが、その時を振り返って、何故、あれほど経済が過熱したのか? と考えてみると、やはり金融を余りに長く緩和し続けたからだ、という事実があるわけです。当時は円高が酷く、米国からの要請もあって日本は内需の拡大に政策的な舵を切っていました。その場合、金利を当時としては最低の金利にまで引き下げて経済を刺激し続けたのです。余りに当時としては低金利を続け過ぎたために日本はバブル状態となってしまい、結果そのバブルが崩壊して失われた20年を体験することとなりました。しかし当時の政策金利、当時で言えば公定歩合ですが、これは2.5%だったのです。現在のゼロ金利という状況と比べると高金利です。しかし当時は2.5%という金利は途轍もない低金利だったのです。

景気が本格的な回復せず、金利をマイナス圏にまで

 今ではゼロ金利を15年以上に渡って続けていますが、それでも景気が本格的な回復せず、金利をマイナス圏にまで引き下げてしまいました。それでも景気は活性化せず、円相場も高くなる有様です。

 この日本の例を振り返ればわかるように、経済にはその時々の経済における適正な金利が存在しているわけです。いわば景気に対して過熱するわけでもなく、冷やしすぎるわけでもない、その経済の適正な金利を<中立金利>というのですが、実はこの<中立金利>が極端に世界的に低下しているという事実が広く指摘されるようになりました。例えばこの<中立金利>が3%であれば、金利を3%から上げたり下げたりすることで経済を活性化させたり冷やしたりという金利による政策効果を引き出すことができるわけです。ところがこの<中立金利>がほぼゼロになってしまったのが現在の日本や欧州の状態なのです。ですから金利をゼロにしても全く政策効果が出てきません、勢い、金利を無理やりマイナスにまで引き下げて実験的な政策を行っているわけです。そもそもこの<中立金利>がこれほど下がってきたのも、本当の意味での経済の成長率、経済用語では<潜在成長率>と言いますが、この真の実力である根本的な成長力が劣ってきているわけです。これは日本の場合、少子高齢化を考えれば当然わかることでもあります。生産年齢人口(15歳から64歳)が急激に減り続け、人口が最も多い日本の団塊の世代が2025年には全て75歳以上となるわけです。これだけ社会が高齢化すれば生産活動が衰え、消費も活性化しないのも当然です、また日本の場合は人口減だけでなく、そもそも工場が海外に次々と移転していきましたから日本全体における生産能力も一昔から見れば大きく落ちています。そうなれば景気が好転して工場をフル生産したとしても昔のように大きく経済を活性化することも生産量を上げることも不可能です。現在人手不足で有効求人倍率は1.37倍と25年ぶりの高水準ですが、いくら完全雇用状態となっても絶対的な人が少なくなってまた工場も少なくなっては経済の総算出額が大きく増えないのも当然なのです。更に人が減っているのなら、一人当たりの生産が増えるという生産性の向上があればいいのですが、人口減や工場の減り方に比べて、それを補うほどの生産性の向上がなされていることはありません。日本においてはかような<潜在成長率>の低下の基に<中立金利>がゼロ近辺にまで低下しているので、いくら金融政策を行っても景気を刺激することができない、ということで金融政策が思うように効かず、公共投資を行っても波及効果がないので一時的な回復しかもたらさらず、結局日本経済は低成長、デフレから脱却できないという袋小路のような状態になっているわけです。

 実はこのような根本的な潜在成長率の低下、それに伴う中立金利の低下が米国でも端的に生じてきたということです。少子高齢化は先進国では世界的な傾向で日本だけの問題ではありません。日本は既に60歳以上の人口が日本全体の25%を超えてきていますが、米国でも2030年には似たような状態になっていきます。

今回のジャクソンホールでのイエレン議長の講演の議題は<未来に向けた強靭な金融政策の枠組みの設計>でした。この講演のなかでイエレン議長は<1965年から2000年、米国の政策金利は7%以上あったが、今では中長期的に3%までしか利上げできないとみている>と米国経済の潜在成長率の低下傾向と中立金利の低下を認めたのです。このことは却って現在における金融政策の問題点を露わにして限界を示した形になってしまいました。世界最強とみられている米国経済でさえこのような深刻な波が襲ってきているのです。米国においても高齢化が進めばショッピングモールやオフィスビル、住宅の需要が従来よりも減少していくのは当然のことです。更に最近は所得格差の拡大が顕著となって高所得者は更に富を増やし、反対に中低所得者の実質所得は減る一方なのです。昨今のトランプ氏やサンダース氏の人気を見れば米国社会全体に深刻な問題が起こっていることは多くの人が知るところです。そしてそれは英国での選挙結果、ブレグジットでも明らかなように世界的共通の悩みなのです。

金融政策でいくら金利を下げても人口を増やすことはできませんし、生産性を上げることもできません。格差を是正することもできません。まさに金融政策には限界があって、経済の構造を改革しなければもはや何もできない時点にまで来ようとしているのです。世界的な<中立金利の低下>傾向を受けて金利は政策当局も大きく動かせなくなって金融政策は日本だけでなく世界的にも曲がり角にきているようです。

 かような情勢下、金利を大きく引き上げられないFRBにとって例え3%の金利ののりしろでも貴重な金利なのです。リーマンショック後もう7年も景気回復局面が続いています。いつ何時、ショックが襲ってきて再び景気後退に陥りかねません。その時にいくらかでも、金利ののりしろがないとますます金融政策が機能しなくなる可能性もあります。ゆえにFRBとしてもある程度の金利引き上げはできる時に行っておきたい、という動機が働いているのは当然のことなのです。

 こうしてFRBは何とか、早期の金利引き上げを目指していますし、仮に週末に発表になる雇用統計が市場予想である18万人増を上回るようなケースとなれば、いよいよ9月21日の政策会合での金利引き上げに突き進む可能性も高いでしょう。

世界の資金の動きは劇的に変化する可能性がある米国の金利引き上げ

 一方、米国の金利引き上げは世界に影響を与えないわけにはいきません。例え少しの金利引き上げでも世界の資金の動きは劇的に変化する可能性があります。先週のジャクソンホールでのイエレン議長の発言の後、日本株はドル高円安傾向に伴って上昇したものの、新興国株は冴えない動きとなりました。ドル高のあおりでインドネシア、シンガポール、タイなどの株式市場は下落、中国の通貨、元も下落してきたのです。またドルで取引される原油や金相場なども下落基調です。先に指摘したようにFRBは金利引き上げを行うならその前に徹底的に市場に織り込まれるようにアナウンスします。そういう意味では仮に週末の雇用統計がいい数字で9月の利上げを目指すなら今まで以上に金利引き上げのための情報発信を続けるでしょう。

 ただ記憶に新しいのは昨年から今年にかけての世界の市場の動きです。昨年12月FRBが利上げした、その時点においては世界の市場は比較的平穏でした。事前にFRBが金利を引き上げることは徹底的にアナウンスされ市場全体に予想されていたからです。問題が生じたのは年が明けて今年に入ってからです。明らかに米国の利上げが世界の資金の流れを徐々に変えて、金利引き上げ1ヶ月後に大きな問題を生じさせたと思われます。そういう意味では再び似たような展開が生じないとは言い切れません。

米大統領選挙は佳境に入り、9月26日にはトランプ、クリントン両候補者のテレビ討論もスタートします。その直前の9月21日に仮にFRBが金利引き上げを行えば、世界的に市場が混乱状態になることも考えられます。そのことがトランプ候補に有利に働いて、トランプ候補が本選で勝利するということもあり得ないわけではないでしょう。また金利を引き上げればドル高になるのは必至で、そのことが同じくFRBの経済政策に対しての批判となり、トランプ候補に有利に働くかもしれません。かように大統領選挙を前にした極めて微妙な時期に本当に金利引き上げを断行することができるのでしょうか? いずれにしても週末発表の雇用統計、そしてFRBの21日の結論を見なければわかりません。同じく21日にはいよいよ日銀による今までの金融政策の<総括的検証>も行われます。波乱の秋の本当の波乱の山場が刻一刻と迫ってくるようです。

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