<米国の成長率を2倍にし、世界で最も強い経済にする>11月9日未明、世界の度肝を抜いて米大統領選挙で大逆転勝利を収めたトランプ氏は高らかに勝利宣言したのです。選挙中頻繁に出ていた過激な発言は完全に封印されました。<これが同じトランプか?> と思わせるほどだったのです。そして<これからは米国の分裂の傷を縫い合わせる時だ。私は全ての米国民のための大統領になる>と国民に呼びかけたのでした。

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市場は大統領選挙の開票速報に振り回される形となった

 この勝利宣言を境にして世界の資本市場はそこまでの波乱の動きが一気に変化したのです。日本の市場はいつものことではありますが、週初め世界中で最も早くスタートします。そのため、休日の土日に大きな出来事や事件があるとその影響を最も大きく受けて市場がパニック的に動くことが多々あるわけです。今回は土日を挟んだわけではなかったのですが、時差の関係で米大統領選挙の開票の実況中継を見ながら日本の市場が動くということになりましたので市場は余計に大統領選挙の開票速報に振り回される形となりました。予想外のトランプ勝利という衝撃にドル円相場は101円台前半、そして日経平均は一時1000円超下げ、912円安で終わったのでした。波乱を引き起こしやすいSQがある第2週目だったことも日本市場の相場の振れを大きくしたものと思われます。もちろん米国の株式の夜間先物市場では米国株式市場も大きく下げていたのです、それらがこのトランプ氏の勝利宣言の後で空気が一変したのです。

 元々トランプ候補の一連の極端な政策や過激な発言は選挙向けということも多くの投資家も感じてはいたと思いますが、改めてトランプ勝利という大きな衝撃が走った後で、余りに穏やかな勝利宣言が行われたために、今度はトランプ氏の政策をじっくり見つめ直そうという空気が急速に高まってきたわけです。驚くべきことですが、選挙期間中トランプ氏の政策については極端な突拍子もないネガティブな政策ばかりクローズアップされて面白おかしく報道されてきただけでした。トランプ氏の掲げた経済政策の中では関税引き上げなど保護主義的な面ばかりが強調され、大規模な減税策や公共投資の話などはほとんどニュースにならなかったのです。それがこの勝利宣言を境にトランプ氏の政策のポジティブな面を見直そうという流れが始まったわけです。

 それと共に大きかったのは大統領選と共に行われた米国の上下院の議員選挙で共和党が共に過半数を制したということでした。今までオバマ政権の時は大統領は民主党のオバマ大統領でも下院は共和党が多数を占めていたために大統領の政策を法案化しても議会で通すことができず、結果的に政策が実現できなかったわけです。日本でも一時期衆議院と参議院の構成が自民党と野党で多数が逆転していたために全く政治が前に進めないという時期がありました。二院制はある意味両院議会でのねじれを起こすことが多いので、それが政治の混迷、並びに停滞を招くことが多々あるわけです。米国もオバマ政権の8年間はねじれ状態が続いて政治が機能できない時期が長く続いたわけです。ところが今回は大統領が共和党のトランプ氏、そして上下両院も共和党が制覇ということになりましたので、今後は米国の政治も日本のようにスムーズに事が進む環境下となりました。これは画期的なことで、今後米国はトランプ大統領と共和党の意見が一致した法案は全て通過すると思ってよく、長く続いた政治の停滞からやっと抜け出せるわけです。こうみると今後の米国の焦点はトランプ氏と共和党の政策の一致点ということになります。

白人の低所得者層にターゲットを絞って

 トランプ氏は選挙中、特に白人の低所得者層にターゲットを絞って彼らの不平不満を吸い上げる戦略を取ってきました。通常共和党も民主党も人口が急激に増えつつあるヒスパニックとか黒人層をターゲットにして彼らの票を取ることが勝利への道と考えられていたのですが、トランプ氏は逆にヒスパニックとか黒人層を無視して、今まで全く日の当たらなかった白人の低所得者層の票を大きく掘り起こすことを選挙戦の主眼に据えました。この戦略が見事に成功して最終的に選挙戦を勝ち抜くことができたのです。トランプ氏は過激な発言を意識的に発することで彼らの心の内に秘めた本音に迫りました、<人種差別的なトランプ氏を支持するのは恥ずかしいこと>との強い世間一般的な雰囲気があったわけですが、多くの米国人は口では決してトランプ氏を支持すると言わず、投票ではトランプ氏に一票投じたのでした。世論調査がほとんど全て外れたというのは実は驚愕の事態であって、ある選挙後の追加的な調査によるとこの口には出さずトランプ氏に投票した<隠れトランプ支持者>は全米で1000万人を超えると試算されています。今回のトランプ氏の勝利は巧みな画期的な選挙戦略で米国民の内に深くうっ積する不満を見事に吸い上げたことが勝因でしょう。選挙結果が出てからは、<米国民の不満、怒りはこれほど強かったのか>と驚きの声が各方面から上がっています。

 トランプ氏はかような主に白人の低所得者層の怒りを盾にして勝利したわけです。当然大統領になった後は彼らに報いる目に見える政策を行ってくることでしょう。トランプ氏に投票した人々は今の米国の社会に大きな怒りを持っているわけで、この人々は当然投票の見返りを期待しているのです。

 そう考えるとトランプ新大統領が就任するとまずは大規模な減税が実施されることは必至と思われます。この減税についてはトランプ新大統領と小さな政府を目指す共和党とは一致できることころです。トランプ氏は富裕層を含めて全ての人々に減税する模様で、典型的な中間層の家庭(子供2人)では35%の大幅減税になるといいます。更にトランプ氏が公約しているのが法人税減税です、これは現在の35%の税率から15%にまで下げると主張しています。日本では長年に渡った議論の末数年かかってやっと法人税が29.97%と30%を切ってきたわけですが、依然世界を見渡すと最高に近い税率です。主要国を見ると英国は20%、中国や韓国は25%、ドイツは29.72%、アイルランドに至っては12.5%となっています。仮に米国が15%の税率を実施すれば主要国を見ればアイルランドに次ぐ低い税率となりますから、多くの企業が米国を目指して殺到することでしょう。そうなれば世界的に大きな混乱が生じる可能性があります。どんな国家でも企業に次々と去られてはたまりません、世界各国産業空洞化を恐れて米国に続いて法人税の引き下げ競争が始まる可能性があります。こうなるとどんな国でも税収不足気味となりますます借金依存となります、これは世界的なインフレ傾向を引き起こすこととなります。

 共和党との考えが一致するこの減税案は減税の程度はわかりませんが、トランプ新大統領就任後、即座に実行されることでしょう。まずこれを市場は先読みしているわけです。これほど大規模な減税が実施されれば財源が必要ですが、財源がありません。まさに国債発行を増やすしかないわけです、しかし減税は行われる、となるとその発行された米国債を誰かが購入するわけですが、米国債の発行額が増えれば増えるほど米国債を売り切るのが難しくなるわけで、当然金利が上昇(国債価格急落)ということが予想され、それが現実に起こってきたわけです。こうして指標となる米国債10年物、米国の長期金利は1.7%から2.15%まで急騰となりました。今年の7月には1.32%という過去最低の金利を付けたわけですが、今後その水準に戻ることはないでしょう。

 そして同じくトランプ氏の公約である、大規模なインフラ投資も行われることでしょう。実際、米国の高速道路など米国のインフラは補修時期になってきて全米中で大規模なインフラの補修工事が必要なのは事実です。トランプ氏はインフラ投資に10年で1兆ドル(約107兆円)を投下すると公言しています。そして景気拡大によって米国民の雇用を2500万人増やすという計画です。

 共和党は小さな政府を目指していますから、この大インフラ投資計画に賛同するかどうかはまだわかりませんが、予想を超える圧倒的な支持で勝利したトランプ氏の意向を無視することはできないでしょう。米国の国土の大きさを考えると1兆ドルの公共投資が行われてもおかしくないと思います。これも財源がありませんから国債発行ということになるでしょう。かようにトランプ新大統領の政策を吟味すると減税と大規模な財政出動ですから財政規律が悪化するのは必然です、金利が上昇してきた(国債の価格が下がる)のも当然の帰結なのです。

米国債の金利上昇(価格低下)はますますドルの魅力を高める

 そして現状ではインフレが生じていませんから、この米国債の金利上昇(価格低下)はますますドルの魅力を高めるわけです。日本ではイールドカーブコントロールという金利固定化政策で日本国債10年物、いわゆる日本の長期金利をゼロに固定する政策でそれを実行しています。そんな最中に米国では金利が上昇してくるわけですから、当然円など持たずにドルを保有して金利をもらった方がいいという判断になってくるわけです。またドルに金利がつくのであれば、新興国などからは資金を米国に移してドルで運用した方がいいということになります。ですからドル高の動きが激しくなってドルは各通貨に対して高くなってきたというわけです。まさにトランプ新大統領の政策を先取りして相場が急速に動いているわけです。

 もちろんトランプ氏が選挙中、発言を繰り返していたメキシコに35%の関税をかける、中国に45%の関税をかける、というようなことがあれば、世界は貿易戦争に突入して収集がつかなくなる可能性があります。またトランプ新大統領が就任後この関税問題に対してどのように対処するかまだわかりません。ただこのような極端な保護主義については少なくとも共和党は大反対するでしょうから、すんなり実行できるかどうかはクエッションマークです。おそらく米国の景気が順調なうちはそのようなドラスティックな貿易政策を強引に実施することはないでしょうが、景気が傾いてきたときは強い政策に打って出る可能性はあると思います。ただトランプ氏の主張はブラフ(脅し)であることも多く、主には交渉のための方便として関税引き上げの脅しを使っているとも思えます。ただ対中国には貿易面では強硬に対処することでしょう。

 またトランプ氏が本国投資法(HIA)を実行すると公言していますが、これも共和党と即座に一致できる注目すべき重要な政策で実行される可能性が高いと思われます。この本国投資法の実現可能性が高まったことが今回の急速なドル高を引き起こしている最も大きな原因でしょう。本国投資法とは企業が海外で蓄積した利益に対してその利益を米国内に戻すのであれば税金を軽くするという法律です。かつて2004年ブッシュ政権時に本国投資法が実施されたときは約3000億ドル(約32兆円)に及ぶ米国への資金還流がなされたのです。これによって当時ドル円相場は15円ほど円安になりました。現在米国の企業は海外に約2.5兆ドル(約267兆円)の利益を蓄積していると言われています。様々な試算がなされていますが、今回トランプ新大統領が本国投資法を実施した場合、最低でも4000億ドル(約43兆円)に上る米国への資金還流が起こると言われているのです。

トランプ勝利から米国株は史上最高値となって急騰

 私は今回この額では収まらないほどの米国への資金還流が起こると思っています。そして既に始まった本国投資法のための為替予約などが現在の急激なドル高を誘発しているものと思われます。というのもトランプ氏の主張によれば本国投資法を実施すると共に、米国企業で海外に利益を貯めている会社は課税する方針と主張しているからです。

 トランプ勝利から米国株は史上最高値となって急騰しているわけですが、その中で米国経済を引っ張ってきたアップルやグーグル、フェイスブック、アマゾンと言ったITの主力株は全体的な動きに逆行して下げています。これはこれら多国籍企業が積み上げた膨大な海外留保利益に対して多額の税金を徴収される危険性を見ているからです。これら多国籍企業としては米国政府に膨大な税金を強制的に徴収されるなら、その利益を米国に移して10%の税金を支払った方が得というわけです。かようにトランプ新大統領は一方で脅しと一方で減税という恩恵も用意して多国籍企業の米国回帰を狙っているのです。

 一連の政策はビジネスマンらしい上手い政策と思います。これでは企業側は早めに対処しようと米国に資金も本拠も移す流れも生じてくるでしょう。そうなればまさに米国だけが潤う、<米国第一主義>に合致してきます。かように巧みな政策とそれを先読みした相場が始まってきています。トランプ勝利後、顕著に現れてきたドル高、株高、債券安の流れは当分続きそうです。

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