<今回の大統領選挙は米国主導の平和に終止符を打つものになるだろう>米ユーラシアグループ社長であり政治学者あるイアン・ブレマー氏は大統領選におけるトランプ勝利という現実を世界史の大きな転換点と捉えています。<トランプ氏の当選は米国の指導力や自由・民主主義といった価値観を考えるうえで旧ソ連崩壊時に匹敵する重要な出来事だ>として<今後世界は本当に指導的な国が存在しないGゼロ時代に入った>と総括しています。従来このレポートでは経済的な問題を中心に書いてきましたが、今回のレポートではトランプ当選によって激動する世界の政治情勢や国際情勢の変化、並びに世界各地の対立の激化や行く末について書いてみます。

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トランプ氏の掲げる<米国第一主義>について

 日本の大学にも政治経済学部というのがありますが、これは政治が経済に大きな影響を与え、また経済が政治に大きな影響を与えるという歴史的な事実を捉えて政治と経済について共に研究しようという試みから生まれています。特に政治の動きは重要で国のあり方や国家間の関係、人々の暮らしや思想まで全てを変えていきます。経済や国家の発展も政治の方向性によって劇的に変わっていきます、そういう意味では政治のあり方や行く末は最も重要です。今回世界の中心である米国の大統領が劇的な選挙結果を経て変わったわけですから、これによって世界が変わらないわけがありません。ブレマー氏の指摘するGゼロの世界に突入していくということは世界は今後秩序のない状態に陥っていくということで、これは考えようによっては極めて恐ろしい世界に突入していくということでもあります。トランプ氏の掲げる<米国第一主義>についてもう少し掘り下げて分析すると共にその意味と具体的な未来について考察してみましょう。

 かつて1961年米国大統領に就任したジョン・F・ケネディはその就任演説で<全ての国々に知らせましょう! われわれは世界における自由の確保とその勝利のためには、いかなる代償も支払い、いかなる負担もいとわず、いかなる困難にも進んで直面し、いかなる友人も助け、いかなる敵とも戦う覚悟であることを>と高らかに宣言したのです。大統領就任時の演説とはいえ、この理想主義に驚きませんか? この有名な演説は当時の米国の高揚感、<自由と民主主義>という理想を大きく掲げている米国という世界を引っ張っていく国家としてのプライドと強い決意、そしてそこに住む米国人としての溢れ出る自信を現しています。人々はケネディの掲げたような理想主義に共感して彼を大統領に押し上げています。当時の有権者の多くは直前まで行われていた戦争で、勝利したとはいえ多くの悲惨さを経験しているはずです、人々はその中で鍛えられ、自制心を持つようになり、その上で<自由と民主主義>を守る、広めるべきと信じていたものと思います。そのような背景がなければケネディのような大統領を生むことはなかったでしょう。日本は戦争で米国に負けました、しかし米国によって民主主義を教えられ現在の日本があるわけです。様々な議論はあるでしょうが、日本が発展できたのはこの理想主義にみられたような米国の主導の下に日本が独立して民主主義を発展させ、それと共に経済成長を成し遂げてきたわけです。

 米国において<自由と民主主義>を掲げる理由の中に、<何故戦争に至ったのか?>という反省もあったと思われます。世界大恐慌後、米国は関税障壁を作り、そのことによって世界は貿易戦争に突入、世界各国全て内向きになっていきました、関税引き上げの応酬が世界的な不況を更に深め、経済を抜き差しならない局面にまで追い詰めるようになっていき、ついにははけ口を求めて戦争に至ってしまったのです。<自由>な貿易を否定して<関税>という貿易の壁を高くしたことが対立を深めました。そして著しい経済の悪化が一部の国の政治情勢を危うくしていったのです。独裁体制を作り出し軍国主義、全体主義のファシズムの波が拡大していきました。これによって各国の対立が激化、ついに全面的な戦争に至りました。第二次世界大戦という悲惨な戦争に勝利した米国がそこに行き着くまでの<内向き>という流れを反省して、それを基に<自由と民主主義>の重要さを前面に出すのは当然の成り行きでもあったわけです。米国によって世界に<自由と民主主義>を広める、拡大させるということは単なる理想主義というきれい事だけでなく、現実的に世界を安定化させる最も優れた手法と信じられていたわけです。

 当時米国にはソ連という共産主義の脅威が存在していました。哲学の違う共産主義のソ連と<自由と民主主義>を掲げる米国が対立を深めていったのも当然の成り行きでもあったわけです。この二大陣営の対立が<冷戦>と呼ばれ、第二次世界大戦後の世界を分断してきた大きな流れだったわけです。そのソ連が冷戦に敗れて解体となりました。そのきっかけを作ったのがベルリンの壁の崩壊です。東西両ドイツに分かれて分断されていたドイツ民族がベルリンの壁という冷戦の象徴たる壁をハンマーでぶち壊す姿が世界中にテレビ放映されました。壁を破って東西ドイツの両国民が抱き合った姿は世界に感動を与えました。長い冷戦が終わって世界が一つになった瞬間であったわけです。米国、ソ連の対立はこうして米国側の勝利ということで幕を閉じたのです。ベルリンの壁が崩壊した日はまさに世界が変わった、一つになった象徴的な出来事でした。この日は世界史に残る記念日となりました、米国一国主導による世界の秩序が確立された瞬間だったのです。1989年11月9日のことです。

 その後米国は徐々に国力を落としていきます。世界の秩序を米国独力で担う時代から、今度は先進国が世界の秩序をリードしていくG5、G7体制に移行していきます。多様化しつつある世界の秩序を保つために米国だけでなく、英国やフランス、ドイツ、日本、そしてイタリアやカナダといった先進国で協力して世界の秩序を保とうという試みでした、冷戦に勝利した1989年辺りをピークにして世界を牛耳る米国の力は徐々に衰えていったのです。そして2001年米国で9.11のテロが起きました。米国の力の衰えを示す象徴的な事件でした。この時世界は協力してテロと戦う決意を共有したのです。その後も米国の力は落ち続けました。2008年リーマンショックは米国の落日をはっきり世界に見せることとなりました、世界は秩序を保つためにG7、G8体制から成長著しい中国やインドなど多くの新興国を参加させたG20体制で物事を決めるようになったのです。まさに米国一国主導のG1からG5、G7、G8と経てG20となり、米国の力の衰えを世界が協力して補佐していく体制に変えていったのです。しかし今回のトランプ政権の誕生によって米国の主導する世界的な秩序形成は終わりを告げました。米国は世界に深く関与する動機を失い、またトランプ新政権は世界をリードすることをやめると宣言しているのです。<米国第一主義>によって今後トランプ新政権の下で米国は世界の事よりも米国の利益を何よりも重要視する体制に変っていくのです。世界はもはやバラバラになっていき、秩序は失われていきます。諸問題は各々が自分の力で解決してもらうしかないのです。

今後世界はますます分裂していく?

 世界が一つになったベルリンの壁崩壊の1989年11月9日のまさに27年後同じく11月9日に米国でトランプ新大統領の誕生が決まったのは偶然ではないでしょう。世界は変わります、英国のブレグジットから始まった分断の流れはトランプ大統領の出現によって更に加速していきます、今後世界はますます分裂していくのです、バラバラになっていくわけです。トランプ氏の<米国一国主義>とは米国はもう世界に関与していきません、米国の民主主義という価値観を広めることもありません、米国は世界の秩序をリードしません、ということです。米国は今後米国の利益となる国と付き合っていくわけで、民主主義も自由貿易も全く関係ないものとなるでしょう。かつて米国が主導した<自由と民主主義>という理想や哲学は消え去り、<米国第一主義>によって米国にとっての実利が幅をきかすこととなるのです。そして内向きになっていく各国は世界大恐慌後と同じように対立を深めていくことでしょう。軍事的な大戦争は起こらなくても局地的な紛争や各地で深刻な対立が激化していく流れは避けられないでしょう。

 アジアも大きな火薬庫です。特に中国経済の先行きは危うく、いずれバブル崩壊から大混乱は避けられない情勢です、中国のように高成長を続けてその大きな反動が起きなかった国はありません。中国で経済的な混乱が生じれば矛先が外に向くのは当然の成り行きです、その時に日中間で尖閣において軍事的な衝突も含めた大きな問題が発生するのは必至と思われます。

 中東に目を向けてみましょう。トランプ氏は環境問題に熱心ではなく、エネルギー開発に対して大規模な規制緩和を行うことを明言しています、その恩恵を最も大きく受けるのはシェール・オイルやシェール・ガスなどエネルギー関連です。今後トランプ新政権の下、米国のシェール関連の開発が加速して生産量が拡大していくのは必至です。既に米国は世界一の原油産出国に躍り出てきましたが、今後エネルギー開発を加速させることで、中東の原油に対しての依存はほとんどなくなっていきます。米国にとってイスラエルを除いて、中東に関与する動機はますます薄れていくわけです。このような情勢下、サウジアラビアやエジプトをはじめ中東各国はもはや安全保障を米国に頼っていくわけにはいかない、と身構えています。情勢が変わり米国が中東への関与を弱めるのが必至なのです。中東各国は<自分の国は自分で守るしかない>と考えるようになっています。イランの核の脅威にどう対抗するのか、考えた場合、当然最終的には核には核で対抗するしかない、という考えが支配的になっていくでしょう。世界の火薬庫の中東に核拡散の懸念が広がりそうです。

 ブレグジット、米国でのトランプ新大統領の出現となると、今後の焦点は欧州になっていきます。ベルリンの壁の崩壊が統合の象徴なら、27年経った今トランプ当選は分裂の始まりです。欧州ではトランプ当選の波に乗って右派勢力が勢いを増してきています。そして現在の歴史の流れを見る限り、この欧州分裂への流れは止めることができないでしょう。12月4日のイタリアの国民投票は反対派が勝利してイタリアの政局は混迷化する可能性があります。同日オーストリアでは大統領選の二回目の決戦投票が行われますが極右政党である自由党のノルベルト・ホーファー議員が勝利する可能性があります。自由党は第二次世界大戦後の選挙権を回復した元ナチス党員らが中心となって1956年に設立された政党です。現在はナチスを否定しているものの<オーストリア第一主義>を掲げ<イスラム教徒が職を奪い、強盗や性犯罪を繰り返している>と強調しています。ホーファー氏は<今の政策を続けたら2050年には国民の50%がイスラム教徒になる>と懸念を煽っています。

 また来年3月にはオランダで総選挙がありますが、極右の自由党が支持を大きく広げてきています。自由党のヘルト・ウィルダース党首は<コーランはテロリストの手引書だ>との極めて過激な発言を繰り返しています。オランダの脱イスラム化を掲げモスクの廃止やコーラン禁止を主張しています。自由党は最近の支持率調査ではトップを争う勢いなのです。もちろん自由党はEU離脱を主張しています。またフランスの大統領選挙では極右の国民戦線のマリール・ルペン党首が決戦投票に残るのは確実視されています。

 これら欧州の右派勢力の勢いはトランプ当選という追い風もあり留まるところを知りません。しかし最も懸念すべきは実はユーロ圏の盟主ドイツの動向でしょう。ドイツの新興右派勢力<ドイツのための選択肢>はドイツ国内で急速に支持を広げています。そして<EUを国際的な経済機構に改革すべき>と主張しています。更に<EUで改革が行われないときはドイツのEUからの離脱を推進する>と主張しているのです。<ドイツのための選択肢>は昨年ドイツに難民が大量に流入した時に<銃を使ってでも難民の違法入国を阻止すべきだ>と主張しました。人道主義を謳って<我々にはできる>と難民の入国制限を拒否したメルケル首相への不満が<ドイツのための選択肢>への支持を加速させる結果となったのです。もはやドイツではメルケル首相の人気の凋落は止めることができない情勢です。11月20日、メルケル首相は来年行われる総選挙で首相の4期目を目指す意向を明らかにしました。現在の世界情勢とドイツの動向を見る限りメルケル首相は勝てないと思われます。それと共にドイツで政治的な大変化が生じるように思います。

 27年前ベルリンの壁が壊され東西ドイツが統合して融和が加速していきました。その後戦火を二度と起こさないという理想の下、EUが創立されました。国家という単位を超えて共通する価値観でまとまろうという壮大な実験が始まったのです。紆余屈折を経ながらEUは拡大し続けてきました、そして今EUは大きな岐路に立とうとしています、内部から大きな変革の波が押し寄せ、EUは崩壊の淵に立ってきたようです。ブレグジットから始まってトランプ当選を経て、来年の欧州各国の選挙を通じて、最後はメルケルの敗退によってEU分裂の波が決定的になっていくように思えます。ベルリンの壁崩壊後、27年経ってのトランプ当選という劇的な結果を経て、最後は統合の象徴であった、東ドイツ出身のメルケル首相が敗れることで、同じくドイツがEU崩壊への引き金を引きそうな予感がします。歴史の流れは誰も止めることができません。統合から分裂へ、融和から対立へ、今回のトランプ氏の当選は奇しくも歴史のダイナミックな流れの方向性を決定づけたようです。

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