<我々は仕事を取り戻し、我々は国境を取り戻し、我々は富を取り戻す、そして我々は夢を取り戻すのだ!>トランプ新大統領は就任演説において、米国第一主義を高らかに謳いあげました。そしてその具体的な手法として米国において<米国製品を買い、米国人を雇う、我々が従うのは、この2つの単純なルールだ>と簡潔に述べたのです。

>>最新の世界経済状況をセミナー・ダウンロードでチェック!<<

挑発的な動きを見せているトランプ政権

 強引な手法と共に有言実行で、トランプ新政権は発足してからニュースにならない日はないほど、様々な挑発的な動きを見せています。そのどれもがトランプ氏が就任演説で強調したように米国第一主義に基づくものです。トランプ氏は<世界の国々には友好親善を求める>と言いながらも、それは<全ての国が自己の利益を第一に考える権利を持つという理解があっての事>と米国を第一に考えることが全てに優先すると宣言しています。

 就任直後TPPからの永久脱退を宣言しました。そしてその後NAFTA(北米自由貿易協定)の見直しに着手したのです、トランプ大統領は従来の外交儀礼を逸するような恫喝的な強引な手法でメキシコに対峙して、結果メキシコ大統領とトランプ大統領の会談は中止に至ったのでした。

 米国から繰り出された自国を第一に考える保護主義という流れは止めようもなく、新しい潮流として世界に波及していきそうです。世界の中心で経済的にも政治的にも最も影響力を持つ米国が圧倒的な国力をバックにして保護主義に走られては他の国は有効な打つ手を持ちえません。<壁の建設費を払え>と理不尽に迫られたメキシコも国内世論をみて一時的にはトランプ氏に対して強硬に出ざるを得ないでしょうが、先行きの展望は持てないことでしょう。何らかの形で妥協するしかない、と考えているはずです。日本は今までの行きがかり上、2月10日開催予定となった日米首脳会談において安倍首相はTPPについてトランプ大統領に再考を促す、と述べていますが、それは日本国内向けの言葉であって、実際は米国の新しい要請の下、米国との2国間のFTA、新しい貿易協定を結ぶ流れを作ることになるのです。2国間協定となれば圧倒的な力を持つ米国の強い要求に屈するしかなくなっていくでしょう。それがトランプ氏の狙いでしょうが、安全保障において米国の力を借りるしかない弱みを持つ日本は、今後米国側の最初の餌食となって貿易協定では大きく譲歩を迫られ最終的に米国の要求を飲むことになるのです。

 しかしながら米国は中国との本格的な対立を控えて、日本との同盟関係を強くしていく方針でしょう。マティス国防長官はいち早く日本と韓国を訪問することを決めました、懸念されていた米軍駐留費用の負担拡大要求は一切ないようです。今後、日米の関係はますます緊密になっていくはずです。一方米国と中国のとの対立は激化する一方となり、米国側の最前線として日本は中国に真っ向から対峙する運命です。

 トランプ政権の出現によって世界は内向きに、そして各国は対立、世界はバラバラに分裂していく流れです。<統合から分裂へ調和から対立へ>これはブレグジットから始まりトランプ政権成立という世界を覆う歴史的な流れで誰も止めることはできないでしょう。そして今後世界で保護主義の流れは加速する一方となっていくのです。

 歴史は繰り返すと言いますが、人間の行う行為は古今東西変わることはないのです。ブレグジットやトランプ氏当選に見るように米英、そして世界中で人々の不満が溜まってきています。グローバリゼーションやエリート主義、そして広がる一方の格差にもう多くの民衆は我慢できなくなっているのです。歴史は常に再現され、人間の気持ちや行動は変わることはありません。

米国の株式市場の大暴落から始まった世界大恐慌の時は?

 1929年、米国の株式市場の大暴落から始まった世界大恐慌はあっという間に世界に連鎖していったのです。世界各国は自国をコントロールするのが精一杯で内向きになり保護主義に走っていきました。当時も様々な意見や批判はあったのですが、誰も時代の大きな潮流を止めることができなかったのです。

 大不況の発信地であった米国では大恐慌となって経済が極端に悪化、多くの人々は職を失い路頭に迷ったのです。特にその時酷かったのは農産物価格の暴落で多くの米国の農家は価格の暴落によって破産状態に陥りました。そうなれば当然、政府に救いを求めるのは当たり前のことですし、そのような救いを求める人々を進んで救済するのは政府の役割です。まずは国内の農家を守って安い農業製品の輸入を遮断しなければならない、と考え行動するのは政治として当たり前の仕事です。こうして米国はまずは国内の農家、そして国内の産業を守る、守らなければならない、ということで関税の大幅な引き上げに動いたわけです。当時の経済、社会状況を考えれば、民主主義の政権にとっては極めて普通の当然の政策遂行です。米議会でスムート、ホーリー両議員は輸入する農産物や工業製品に対して関税を大幅に引き上げる<スムート・ホーリー関税法案>を起草したのでした。もちろんこの法案については特に経済学者から激しい反対意見が殺到したわけです。かような保護貿易を行うことは決して米国の利益にはならない、と経済学者たちは法案に対して強く反対したのでした。しかし破産者が相次ぎ、失業者で溢れかえる米国の強い世論に歯向かえるわけもありません。<スマート・ホーリー関税法案>はNY株式市場が大暴落をした約8ヶ月後、1930年6月17日米議会で可決されたのです。この法案によって米国に入る20000点以上の輸入品に対して平均して税率40%という極めて高い関税が課せられることとなりました。

 この措置を受けて米国に輸出不可能になった国々は相次いで米国に対して報復関税を実施しました。結果的に米国は輸出入共に大きく減少することとなって、米国の輸出入はこの法案実施前に比べて半分以下にまで落ちていったのです。更に米国においては保護主義的な流れは収まるどころか加速していきました。1933年、米国議会はバイ・アメリカン法を制定しました、これは原則として米国政府は米国製品のみを購入するという法案です。

 米国から始まった強烈な保護主義の流れは瞬く間に世界に波及して世界各国が排外的なグループを作るブロック経済化が進むこととなりました、こうして世界の貿易量は数年のうちにかつての3分の1にまで落ちていったのです。当然のことながら苦境に陥った各国は新たな市場や資源を求めて侵略、勢力圏の奪い合いが始まりました。その餌食となったのが当時の中国をはじめとするアジア各国でした。日本は中国における権益を死守拡大しようとして米国をはじめとする欧米諸国とぶつかったのです。<満州は日本の生命線>と言われ始めたのもこのころです。米国から始まった保護主義の波は世界中を不況に陥れ世界は激しく対立するようになっていったのです。そしてその対立は収まることなく先鋭化する一方で、ついに第2次世界大戦という悲劇に突入していきました。

 アジアだけでなく欧州でも激しい戦火となりました。これは有名な歴史でこのような歴史を繰り返してはならない、という認識の下、自由貿易を尊び保護主義を排除しようという理念を持って米国を中心にして世界秩序を形成してきたわけです。そして欧州では二度と戦火を交えないという信念の下、EUが創立されたわけです。かように進んできた世界ですが、その先頭に立って自由貿易を引っ張ってきた米国が保護主義に転換、また同じく英国ではEUを離脱するという選択がなされたのです。これはもう止めようもない歴史が始まった、世界は再び対立、戦争に向かっていく流れが始まったと考えるべきです。

職を失った人々がトランプ氏を熱狂的に支持

 トランプ氏を大統領に押し上げたのは米国の白人の中低所得層と言われています。ラストベルト(さびれた工業地帯)と言われる職を失った人々がトランプ氏を熱狂的に支持したことは知られています。実際トランプ氏は<仕事を取り戻す、国境を取り戻す>と言っていますが、これは彼らの声の代弁でもあるわけです。

 NAFTAによって安い労働力の提供がなされ、米国人がメキシコ人に職を奪われたという気持ちはあるでしょう。しかし反面、米国で工場が失われても、その後は安い人件費で作られた製品が大量に流入することによって米国の消費者は安い物を買えるようになって恩恵を受けた面も大きいのです。そしてメキシコや中国に工場が移転したことだけが米国の工場がなくなった理由ではありません。それは統計を見れば明らかです。

 米国の製造業の雇用者数は1990年末1739万人でした。それが2015年末には1232万人と25年間で約500万人減少しています。この間生産指数を見ると1990年末の75に対して2015年は129とこの25年間に1.7倍にも増えているのです。これは自動化やロボットの活用、AIの出現によって飛躍的に生産性が上がったことを示しています。かように米国の製造業の推移を詳しくみてみると雇用者数は大きく減っても生産は大きく増えているのが実情です。またこの間、メキシコでの工場の雇用者数の増加はせいぜい50万人から80万人程度と推察されています。失った500万人の雇用を全てメキシコで奪われたわけではありません。安い労働力を求めて工場が移転したケースもあるでしょうが、工場の労働者が減った一番の原因は生産性の劇的な向上、まさに時代の発展、時代の流れから生じてきたものです。

 かつて産業革命前は世界のほとんどの人は農業に従事していました。そうでなければ世界中が食えなかったからです。世界全体でも農業従事者が多かったわけですが、今では米国でも100人に2人程度しか農業従事者はいません、それでも世界中の人々は食べていくことができます。農業の生産性が劇的に向上したから起こったことです。これと同じことが現在の製造業において起こってきているわけです。そして今や第4次産業革命が進行中と言われ、今後もAIは劇的な進化を遂げていくでしょう、ますます人の労働が少なくなっていくのは時代の流れで止めようもありません。このような現実があるのに、時代を逆行するかのように関税障壁を高くして輸出入を減らしても中長期的に米国経済にとってプラスになるとは思えません。また輸入関税を高くすれば必然的に物価が上昇となります。トランプ氏を応援した中低所得者層は物価だけが上昇することを喜ぶわけがありません。

 しかしトランプ新政権は強引です。米国内で作れるものは米国で作ることによって雇用を生み出そうという政策は強力に推し進められるでしょう。輸入する全製品に高い関税を課すとなれば、米国内の輸入物価全体が大きく上がることとなるので、そのような全ての輸入品に高関税をかけるというようなことはしないでしょうが、狙い撃ちして関税をかけてくる分野は出てくることは必至です。

グローバリゼーションが進んだ結果は?

 何故、過去を振り返れば戦争という悲惨な保護主義の結末の歴史があり、関税を高くしても最終的に米国民の利益になるかどうかわからないのにかような不合理な選択をするのか? という疑問が沸きます。そもそも何故トランプ氏のような人を大統領に押し上げたのか? との疑問に通じるところがあります。しかしそのような考えこそが、このレポートの読者の真っ当な理屈であり、いわば物事を理性的に論理的に考える人たちの理屈でしかないのです。今年開かれたダボス会議においてエリート主義に対しての自戒的な反省が聞かれました。

 ダボス会議においては<グローバリゼーションと開かれた市場は重要で全ての財や物、人は国境を超えて自由に移動すべきでそれが世界の発展に繋がっていく>というコンセンサスがありました。世界のエリートたちはかようなグローバリゼーションを積極的に推し進めていくことが世界の利益になると信じて疑わなかったわけです。

 ところが世界を見渡すと、グローバリゼーションが進んだ結果、利益を得たのは主にエリート層、いわば勝ち組、上流階級だけであって、多くの中間層、労働者階級は全くグローバリゼーションの果実を手にしていないという厳然たる事実があるわけです。彼らから見れば過去数10年に渡ってグローバリゼーションと技術革新が進んだ結果、格差が広がっただけだったというわけです。そのような現実が不満、ないしはグローバリゼーションの進展によって職を奪われ負け組となっていくという危機感を生み出してきたわけです。かようなニュースにならない水面下の状況、いわば底流にうごめく声なき声がブレグジットを起こしトランプ氏を当選させました。

 マスコミや新聞、テレビから発せられるニュースを見ていると日米欧、何処の国でも主に勝ち組であるエリート層が発しているニュースが多いので実体を見誤ってしまうわけです。そもそもマスコミは何処もブレグジットが起こるとは予想しませんでした。そんな不合理な選択をすることはあり得ないと信じていたからです。トランプ氏の当選も同じで、かような人物を米国で大統領に選出することはあり得ないと信じていたわけです。

 <権力をワシントンから移し、あなたたち米国民に戻す>まさにエリート達勝ち組ばかりが運営してきた米国の政治を国民に戻すと約束したトランプ氏の言葉は投票した国民の胸に響いたことでしょう。しかしどのマスコミを見てもかような記事は見当たらず批判ばかりです。<2017年1月20日は人々が再びこの国の支配者となった日として記憶されるだろう>メキシコとの国境に壁を作ると言って不法移民を排除する姿勢を見せたトランプ氏に対してマスコミ報道はデモの発生や非難ばかりです。しかし実は有言実行に対して喝采を送る膨大な数の米国人もいるはずです。そして<保護主義こそが素晴らしい繁栄と強さにつながる。皆のために戦い、決して失望させない>と叫んだトランプ氏に多くの米国人は感動したことでしょう。

米国の中、そして世界中に渦巻く多くの人々のエリート主義に対する不満と怒りを感じる必要があります。ブレグジットもトランプ氏の当選も同じ構造の下に起こっていることです。人々に間に大きな不満のエネルギーが高まっています、それはトランプ氏を生み出し、彼に自分達の気持ちを代弁させているように思えます。決してトランプ氏の行動や理念を合理的でない、誤っていると切って捨てるべきではないでしょう。トランプ氏の言ったこと、トランプ氏の行ったことが実は人々の声である可能性が高いのです。そしてそれは一番力を持った声でもあるのです。エリートの目、合理的な目でトランプ現象に首をかしげているだけでは本質的なところは見えてきません。人々の不満や怒りは常識的な考えを持つ我々の予想以上に大きく激しいのです。そしてその怒りのエネルギーは1930年代に起こった世界と同じく世界中に激しい対立、分裂を我々に導きつつあるのです。そしてその激しいエネルギーがやがて中国に向かって真っ向から直撃していくのです。戦争は絵空事ではありません。

>>最新の世界経済状況をセミナー・ダウンロードでチェック!<<