<フェイクニュース・メディアは故意に真実を伝えない。ニューヨーク・タイムズはもはや物笑いの種、CNNも同じだ!>24日夜、トランプ大統領はいつものようにツイッターを投稿、この日は米有力メディア2社を激しく非難したのです。ホワイトハウスではスパイサー報道官が記者との懇談からニューヨーク・タイムズ紙やCNNテレビなどトランプ政権に批判的なメディアを締め出しました。これに先立ってトランプ大統領は保守系団体の会合で演説<我々はフェイクニュースと戦っている、メディアは国民の敵だ!>と強調したのです。一方のメディア側はかつてないような言論統制とも思える政権側の強硬姿勢に一斉に反発、ニューヨーク・タイムズは<前代未聞の行為>と批難、まさにトランプ政権とメディア側は全面対決の様相です。ホワイトハウス記者会は一連の政権側の対応について<強く抗議する>との声明を出しました。

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世論調査ではトランプ政権が優勢

 かような情勢を見ると、トランプ政権の強引な政権運営に危惧を感じる人も多いでしょう。一方で米国民のメディア不信も高まっています、米エマーソン大学が今月7日に発表した世論調査ではニュース・メディアを信用できると考える人はわずか39%、トランプ政権を信用できるという人は49%とメディア側が劣勢です。特に共和党員では88%がメディアを信用できないと答えているのです。

 トランプ氏の言動がニュースにならない日はありません、皮肉なことですがニューヨーク・タイムズの売り上げは大きく増えたということです。一連のドタバタ劇を見ていると、一体米国は今後どうなっていくのだろう? またその影響を受ける世界はどのように変化していくのだろう? と多くの日本人は懸念を深めていると思われます。

 しかし、現在起こってきているトランプ新政権の繰り出す一つ一つの言動や政策に対して一喜一憂するよりも、この流れ、いわゆる強権的な政治やメディア統制など民主主義的な価値観を尊重しない流れは、実はトランプ氏が大統領に当選した時点から当然予想できたことです。トランプ氏の性格は多くの有権者が知っていたことですし、その性格を知りながらトランプ氏に多くの米国民が投票し、トランプ氏を大統領にまで押し上げたわけです。投資家ジョージ・ソロスはトランプ氏をヒットラーと並べて<独裁者だ>と比喩していましたが、元々、そのような傾向があるトランプ氏という候補者を米国民が大統領に押し上げたのです。大統領選の後、米国民の怒りがこれほどとは驚いた、との論調が多く見受けられましたが、現在起こってきている事象は<起こるべくして起こってきている歴史的な流れの一環>と捉えて現状、そして今後を考えるべきでしょう。

 そもそも英国のEU離脱という衝撃的な投票結果とトランプ氏当選という、これも驚くべき米大統領選の結果は米英だけでなく世界史的な転換点であることは明らかです。

 いわば米英が主導してきた<民主主義を尊重する考え>や物や人の移動を活発化させる<自由貿易やグローバル化>という流れは大きく否定されたわけです。これは誰が何を言おうが抗しきれない歴史的な潮流なのです。民主主義や自由貿易が歴史の大波に飲み込まれて危機的な方向へ向かっているのは明らかでしょう。

 第二次世界大戦後、米国を中心として民主主義はうまく機能してきました。1989年のソ連の崩壊によって東欧諸国は次々と民主化して、まさに共産圏が崩壊して社会主義は消え去ったのです。そして次々と民主主義を受け入れて選挙によって指導者を選ぶ体制が世界に広がり一般化していきました。

 ところがこの民主主義体制があっという間に変調になったのは、共産主義の本家、旧ソ連、ロシアからでした。ソ連崩壊でロシアに蔵替えしたロシアですが、民主主義が機能したのは短い間だけでした。ロシアでは共産主義から民主主義に転換して人々が一時的にも自由を謳歌したのは良かったかもしれませんが、その後経済が崩壊、国家が破たんに至るほどの混乱が生じてしまいました。これを契機としてロシアは再びプーチン政権のような独裁的な強権的な政府を作ることとなりました。民主主義から独裁主義への里帰りです。この民主主義が機能しないというケースはロシアの特殊事象やロシアという国家国民の歴史的な経緯に根差すものと思われてきました。

 ところが民主主義の失敗は中東でも起こりました。2011年チュニジアでの政変から中東諸国で相次いで民主化が始まり、<アラブの春>と言われる巨大な民主化運動が起こったのです。チェニジアやリビア、エジプトなど瞬く間に独裁政権が崩壊していって中東諸国は民主化の大波に飲み込まれていきました。ところがその中東諸国において民主化は実質失敗、政治は機能しなくなり混乱が激しくなって今でもところによっては民主化の失敗による混乱の余波を受けています。シリアやリビアがいい例です。安定を取り戻したのはエジプトですが、ここでは以前より強権的と思われるほどの軍主導の独裁国家に戻っています。

政情が最も安定しているのが日本という事実

 アジアではかつてタイで政権交代が相次いでデモが多発、首都や空港をデモ隊に占拠され政権が機能しなくなる状態が繰り返されました。結局混乱状態を見かねた軍が強権出動して軍主導の国家運営となって現在に至っています。最近ではフィリピンにおいてもドウテルテ大統領という独裁的な大統領が出現して超法規的な手段で麻薬取締を行って容疑者の射殺を許容するという恐るべき手段によって治安を回復させました。これらフィリピンでもタイでもエジプトでもロシアでも政権に対する民衆の支持は大きいように思われます。民主主義でなく独裁的な強権的な手法が機能して、皮肉にも安定をもたらし結果人々の支持を受けているわけです。

 従来の考えですと、フィリピンもタイもエジプトもロシアも経済的な発展段階であり、人々の政治的な意識が低く、結果民主主義的な民意が育っていないから、独裁的な政権が機能していると考えられてきたわけです。ですから日米欧などの先進国においては民意を軽んじるような言論を封鎖する独裁的な政権は機能するはずもなく、民主主義こそが最高の統治機能であると考えられてきました。

 ところが米英の選挙結果をみてもわかるように、ここにきて有権者、多くの人々の考えが変わってきているようです。現在世界を見渡すと民主主義を採用しているところで、政情が最も安定しているのが日本なのです。米国はあの通りですし、欧州は各国政情不安がひろがり、フランス、ドイツ、イタリアなど今後行われる選挙に脅えている状況です。皮肉ですが国際的な信用力を数字化して図るCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を見ると、日本は23ベーシスポイント(1ベーシスポイントは100分の1%)と米国の数字と逆転、今や世界一安定した国、国家破たんが起きようもない国と評価されているのです。とてもGDPの2.5倍に上る借金を抱えている国の評価とは思われない世界最高位の評価となっています。投資家が投資するにはまずは政治的な安定が必達条件ですから、その基本的な条件を日本ほど満たす国は世界を見渡してない、という現状なのです。

 この民主主義の機能不全、民主主義的な考えや政治統治に対しての疑問や否定は世界的に拡散してもはや歴史的な流れで止めることはできないかもしれません。民主主義は選挙を通じた統治者の決定ですから当然人口のマジョリティー、いわば多くの中間層に支えられてきたのです。ところが近年世界各国見渡してこの中間層の没落が著しいわけです。米国では労働参加率が下がる一方です。米国では表面上失業率は改善しています。しかし失業率とは職を求める人に対しての就業の割合ですから職探しをあきらめたような人はカウントされていません。米国では中低所得者層の白人を中心として職探しをあきらめた人、絶望して職に窮する人が増えています。ラストベルト(さびれた工業地帯)がトランプ氏を大統領に押し上げた、と言われていますが、まさに職を失い、職探しまであきらめた人たちの怒りが収まっていません。これは英国においても同じ構図で、多くの移民の流入によって職を奪われたという低中所得者層の怒りが渦巻いています。

実は「民主主義は自分達のニーズを満たすことができない?」

 実は更に多くの階層が政治に絶望しています。米国では特に若い層に民主主義に対しての失望が見受けられます。米国におけるミレニアム世代(1980年以降の生まれ)においては民主主義の国で暮らすことは必要不可欠という考えを持つ人は30%に過ぎないというのです。<軍による統治>を肯定する人も米国人全体の6人に1人ということです。米国において多くの人々が<民主主義は自分達のニーズを満たすことができない>と感じてきています。そして民主主義に代わる統治体制に魅力を感じるようになってきているのです。

 過去30年に渡って先進国において民主主義の信頼は大きく低下してきました、投票率は何処の国においても低下傾向、各政党の党員数なども同じく低下傾向が止りません。怒りの向けるところのない有権者が強い指導者を求めるようになっていくのは歴史の必然です。こうして米国においてさえ民主主義でなく、独裁的な強い指導者を求める傾向が強くなってきたのです。自分達の生活が良くならない、何かが違う、という気持ちが強くなってきています。人々は民主主義にある意味絶望して政治体制を根本的に変えて新しい統治体制を求めるようになってきています。自分たちの要求が満たせないのであれば民主主義自体意味がないということでしょう。いくら選挙をしても社会が変わらず格差は引き続き拡大し続け、思うような職も得られないという現状を考えれば、何か大きな変化が必要と考えるのも自然かもしれません。まさにブレグジットから始まった歴史的な流れはトランプ氏の当選という大きな渦となって、世界を席巻しつつあるわけですが、その大きなうねりの中の延長上で様々な事象が起こってくるわけです。今回のメディアとトランプ政権の対立や移民問題や保護主義も同じ根っ子を持っていると認識する必要があります。生じてきている諸問題は一つの糸で全て繋がっているようです。

 厄介なのはこれら一連の諸問題、格差の拡大や職を失う問題、それから生じる保護主義や各国の民族主義の拡大など、現在の混乱を作ってきた多くの諸問題や国や民族間の対立が深まる構図の根本的な解決方法が見つからないということです。

 例えば、米国の貿易問題ですがこれはかつてのデトロイトなどの自動車産業やその他、製造業における労働者が職を失ったことに端を発しています。トランプ政権はメキシコや中国を悪者にして、職を奪われたとアナウンスして保護主義を断行して、工場を米国に戻すと公約しています。ところが以前にもこのレポートで書きましたが、米国の製造業で働く労働者は1990年の1739万人から2015年の1232万人までに約500万人減少したものの、生産指数はこの間1.7倍に増えているわけです。明らかに機械化による生産性の向上が工場労働者を失業に追いやったわけです。

根本的な問題は現在の驚くべきテクロロジーの進化のスピード

 これをトランプ大統領は元に戻すと豪語して大統領選に勝利しました。公約通り強引に企業を脅したり、国境税を導入することで確かに米国内の工場はできるかもしれませんが、新しくできる工場は最新鋭の設備であって以前のような労働集約的な労働者を多く雇う風な工場ができるわけもないのです。従来働いてきた工場労働者が従来のような待遇で迎えられるという考えは幻想にすぎません。

 より根本的な問題は現在の驚くべきテクロロジーの進化のスピードなのです。マスコミ市場にAI、人工知能の話が出ない日はないほどAIの発展が話題になり、その通りAIが驚くべきスピードで進化しています。自動車の自動運転などは、実用化されるのは時間の問題であってやがて自動車が全面的な自動運転となって現在の道路の状況や車の保有状況がある時点からあっという間に変わってしまうのは必至なのです。

 そうなるとトラック運転手やバス運転手、そしてタクシーの運転手などは必然的に失業となります。これは一例にしかすぎませんがAIの飛躍的発展は多くの職を人々から奪うこととなるのです。もっと人間は創造的な仕事をするようになってハッピーになる、というAI時代の到来に対して楽観的な意見もありますが、大多数の人がこのような大失業時代に何の抵抗もなく対応できるとも思えません。

 要するに問題の根っこにある仕事が失われたことや格差の拡大などは時代の飛躍的発展というテクノロジーの進化が主因なのであって、このテクノロジーの発展は現在も尚加速して進化しつつあるのです、この圧倒的な流れは誰も止めることができないわけです。かような時代背景があるのに、時代の逆行で単純作業を増やして雇用を拡大させるということは極めて難しいというしかありません。

 かようにブレグジットから始まりトランプ氏当選という流れを作ってきた民衆の怒りは簡単に解決に至る問題ではないわけです。多くの人々が職を失い、賃金の低下に悩み、職を失うことでプライドまでも失っていく流れは、実は時代の残酷な流れでもあるわけです。その流れの中で抵抗して多くの人がやり場のない怒りをぶつけていく先が民族主義であり、保護主義であり、内向きの思考なのです。トランプ大統領は現在の人々の気持ちを体現している代弁者でもあるのです、トランプ大統領は人々の思いが作り上げた怪物なのかもしれません。

 トランプ政権はメディア側と大喧嘩となっていますが、このような展開はこれから先、世界で起こってくる深刻な対立劇の一幕にしか過ぎないでしょう。時代の大きな変化とそれから起こる必然的な矛盾が人々をいら立たせていきます。このような客観的な情勢下では世界中で対立や分断が激化していくのは避けようもなく、まさに現在起こってきていることは人間の性そのものが作り出しているものです。我々は歴史的な大きな変革点に生きていることを認識して、現在起こってきた様々な事象を人類の歴史から考えて諸情勢を鑑みれば必然的な流れが生じているに過ぎない、という冷静な目で判断する必要があると思います。その冷静な判断の下にこの困難な現状を如何に変えていくのか、次なる知恵を生み出していくしかないでしょう。