<歴史的な瞬間だ! 後戻りはできない! より公平でより強く真にグローバルな英国をつくる>3月29日、英国のメイ首相はEUに対して正式に離脱通告を行いました。ついに1973年以来44年に渡って続いてきた英国とEUとの関係は歴史的な転換期を迎えることとなるのです。<二度と戦争は起こさない>という強い決意の下、欧州はEUという超国家的組織を作って拡大、発展させてきたのです。この輪から英国は抜けることとなりました。この44年という期間に渡ってEUは拡大発展し続け、その中で英国と欧州大陸は緊密になり最終的には政治的統合を目指していたわけですが、そのような流れは完全に終止符を打たれたのです。

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我々は欧州を去るわけではない

英国は今後移民を自らコントロールし、今までEUに牛耳られていた立法権を取り戻し、その上で英国とEUとの新しい自由貿易関係を締結しようとしています。メイ首相は<我々は欧州を去るわけではない>として<EUとは深く特別なパートナーシップの構築で合意したい>と述べ、EU離脱後の英国とEUとの新たな関係を構築しようとしています。

一方のEU側は冷淡です、EUとしてはもうこれ以上離脱国を増やすわけにはいきません。EUという組織を何としても守らなければならないのです。離脱通知を正式に受け取ったEUのトゥスク大統領は不機嫌に<いい日だ、などというつもりはない>と答え、英国との交渉については<EUの犠牲を最小化することが最優先だ>とEUという組織を防衛する事を第一に考えることを明言したのです。英国にとってEUは最大の貿易相手です。EUにとっても英国は極めて重要な存在です。新たな貿易交渉がうまくいかなければ英国もEUも互いに傷つくことはわかっています。しかしドイツのショイベル財務相が述べているように<我々は英国を罰しても何の利益にもならないが、英国を巡って欧州統合を危険にさらすことも、また何の利益にもならない>というわけで英国に甘い態度で接することはできないのです。まずはタガが緩んだEU内の結束を強めることに注力するのは当然でしょう。

こうして英国とEUとの交渉は限りない難航が予想されるのです。交渉は予想を超えて厳しいものとなり、やがて英国とEUとの間で激しい非難の応酬が始まりそうです、非難の高まりと共に英国とEUの間では怒りや敵意が増幅していく可能性があるでしょう。人間同士の離婚もそうですが、こういった<感情>が英国とEUとの交渉を進めていくうえで大きな障害になってくるかもしれません、EU指導者たちは離脱を決めた英国に対して内心激しく反発していますし、また離脱ドミノをくいとめようと必死です。英国には英国で譲れない国内事情があります、今後本格化する英国とEUとの離脱交渉で、仮に英国が妥協を繰り返せば離脱強硬派の感情が爆発して国内を収めることが難しくなるでしょう。

悲惨な交渉決裂という結果

英国がEU離脱を国民投票で選択した時点から既に経済的な合理性や理性で物事を決めていく環境は崩れています。英国もEUも政治的にうまくことが収められるか、という一点に注力して交渉を進めるしかなく、その末路は悲惨な交渉決裂という結果が待っていることでしょう。

 両者の交渉はその入り口から激しいつばぜり合いとなっています。英国は安全保障の問題をテーブルに乗せて通商交渉での合意がないと<安全保障面で犯罪やテロへとの戦いを巡る協力が弱まる>としてEU側をけん制しようとしていますが、これに対してEU側は激しく反発しています。そして正式な貿易交渉に入る前に、EU側は英国に対していわゆる<離婚の慰謝料>、EUへの分担金の支払いを求め、これに応じなければ貿易交渉には入れない、とまずは貿易交渉に入る前の高いハードルを設定したのです。

 EUの予算は2014年から2020年までの7年間で9599億ユーロとなっています。既に昨年の英国の国民投票の前にEUの予算全体の大枠と加盟国の分担割合がほぼ決まっているわけです。いきなり英国が<いち抜けた>と勝手に抜けられては、その穴を埋めることができません。まずは今までの経緯を考えれば英国が自分の都合でEUを抜けるわけですから、このいわば離婚の慰謝料を支払うのは当然とも思えます。EU側は2020年までの分担金、<離婚慰謝料>として600億ユーロ(約7.2兆円)を英国に請求しています。ところが英国側はこれを拒否、貿易交渉を始めるどころかその前哨戦でさえ、早くも暗礁に乗り上げているのです。

というのも英国ではこのEUへの分担金の問題が国民投票当時から大きな問題とされてきたのです。当時離脱強硬派はEUへの分担金は膨大な額でありこれを国民の医療サービスに使うべきと主張して選挙戦を戦ってきました。せっかく離脱派が勝利して離脱が達成されたのに分担金を支払うなど、もっての外です。英国のフォックス国際貿易相は分担金支払い要求に対して<ばかげた話>と一蹴しているのです。そして同じく英国のデービスEU離脱相は分担金支払いの法的根拠に対して疑問を呈しているのです。このような情勢ではメイ首相としてもこの分担金の問題からEUに譲歩するようなことがあれば、国内の離脱強硬派から突き上げられるのは火を見るより明らかで簡単に譲歩などできようがありません。一方のEU側はこの問題が行き詰れば交渉を拒否する予定で、それどころか英国に対して訴訟の構えも見せているのです。

かように最初のハードルでさえ乗り越えるのが極めて難しいのです。今後のフランスの大統領選挙、ドイツの議会選挙を考えるととても秋まで英国、EUとも交渉においての妥協の余地はないように思われます。英国が正式にEUに対して離脱通告をしたわけですが、直ぐにEUを離脱できるわけでなく、これから2年間の交渉期間が始まるだけです。そして2年後の2019年3月29日に英国が正式にEUから離脱するというスケジュールとなります。現実的に考えてこんな短い期間でしかも各国の合意や議会承認を考えれば実質1年程度で交渉をほとんどまとめ上げる必要があり、とても交渉が終了するとは思えません。

ですから仮にかろうじて分担金の問題が片付いたとしても、その後貿易交渉に入るわけですが、2019年3月29日までの交渉をまとめることなどできないのです。

英国にとって悪い合意よりは、合意がないほうがましだ

メイ首相は<英国にとって悪い合意よりは、合意がないほうがましだ>とEU側をけん制していますが、トゥスク大統領は<脅しは通用しない>として強硬に対応するものと思われます。実際強気に出ても困るのは英国側かもしれません、というのも英国とEUとの貿易関係をみてみますと、英国からEUへの輸出額は2015年1842億ユーロとなっていて、これは英国の総輸出額の44%に及んでいます。また英国のEUからの輸入額は3024億ユーロでこれは英国の総輸入額の54%に及んでいるのです、一方のEU側の占める英国との輸出入の額は全体の10%にも達していません、かようにEU自体図体が大きいですから、英国とEUとの関係を考えた場合、英国側の影響の方が甚大で英国の打撃の方が各段に大きいわけです。ですからEU側としては交渉に強硬に出られる立場であって、反対に英国は交渉の立場は非常に弱いと言えます。このまま推移すれば最終的に2019年3月29日の離脱期限までに交渉はまとまらず、英国が一方的にEUから離脱するということになりそうです。この場合、英国とEUとの関係は極めて難しいものとなり、お互いの国民感情も含めて敵意や怒りが渦巻くようになって両者の関係は大きく悪化すると思われます。

元々ブレグジットという予想外のことが起こってきたのも、グローバル化や機械化の流れの中で格差が広がり、人々の中で大きなうっ憤が溜まっていたからです。この負のエネルギーが各国が内向きに向かう現在の世界的な潮流が引き起こしたものでもあります、そしてそれは米国のトランプ政権を生み出しました。そしてこのトランプ政権はその誕生の経緯からわかるようにEUのような超国家を毛嫌いしています。米国第一主義を掲げているように、各々の国家がアイデンティティーを持って自国第一で考えることが重要であるという姿勢です。ですからトランプ政権はEUの崩壊をある意味望んでいるわけです。これは今までのトランプ氏の発言を見れば明らかです。そういう意味では米国は英国との自由貿易協定においてはEUとは全く逆に好意的な対応をして寛大な条件を与える可能性があるわけです。ロシアのプーチン大統領も英国とEUが対立状態になっている現状は喜んで傍観しているに違いありません。どんな形であれEUの力が衰えていくのはロシアの国益となります。そしてそのEU域内でも右派勢力が勢いを増してきているわけです。フランスのルペン党首率いる国民戦線やドイツの極右政党ドイツのための選択肢、選挙で敗れはしたもののオランダの自由党、そしてイタリアでは左派の五つ星運動など反EU勢力は増長するばかりです。また既にハンガリーやポーランドなどではEUの言う事など聞く耳を持たない独裁的な政権が生まれています。かようにEUの内部では分裂へのエネルギーが溜まりつつあり、EU主導部による統制も実質有名無実になろうとしています。

現在のところ、注目されるフランスの大統領選挙では決戦投票においてはルペン候補が敗退するという予想が大勢ですから、今年の欧州におけるEU崩壊という劇的な展開にはならない様相です。しかし溜まっているマグマは収まりようがなく、時代は<協調から分裂へ>と激しく動いているように思われます。今年は何とかなっても、近い将来にEU崩壊への道に動き出すことは避けようがないように思われます。ブレグジット、トランプ政権樹立という内向きな時代の流れはまさに歴史の大きな潮流であり止めることはできないように思われます。

そして英国ですが、じわじわと経済悪化、インフレの波が押し寄せようとしています。国民投票後、急激なポンド安に襲われた英国では皮肉なことですが、このポンド安を受けて経済が好調に推移しました。英国の株式市場は史上最高値となって、ポンド安を受けて英国に観光客が殺到しました。しかし徐々にポンド安の悪影響、物価上昇が起こってきたようです。2月の英国の消費者物価上昇率は2.3%の上昇と3年半ぶりの大きさとなりました。中銀であるイングランド銀行のメンバーもインフレ目標である2%を突破したのを見て、利上げを主張する委員も出てきています。

また英国の正式なEU離脱宣言を受けていよいよ金融機関の英国からの脱出も加速してきました。JPモルガンのジェイミー・ダイモンCEOは16000人いる英従業員のうち、最大4000人が欧州大陸に移るとしています。またUBSでは同じく5000人の従業員のうち1500人を移動させる模様です。シンクタンクのブリューゲルによると金融機関が英国から英国外に移す資産は日本円で約218兆円に及び、金融機関で仕事が失われる規模は最大で23万人の雇用に及ぶという試算を出しています。日本企業は今のところ静観していますが、いずれ英国からEUへの輸出は関税が10%課される可能性が高いでしょう、企業の英国からの脱出は確実に進むものと思われます。こうなると今後英国では不況下の物価高というスタグフレーションが広がってくるでしょう。

投資家ジョージ・ソロスは今年のダボス会議でテレビインタビューに答え<私見ではメイ首相が政権を維持する可能性は低い。続かないと思う>と述べています。まさに今後訪れる経済的不況に英国の人々は失望、メイ首相は厳しい局面に立たされることとなるでしょう。更にソロスは<英国のEU離脱は非常に長いプロセスになり、英国は誤った方向に進んでいると人々は気づくだろう>と述べ英国とEUとの交渉の難航、それに伴う英国の危うい先行きに懸念を呈しています。そしてソロスは<昨年は英国の国民投票や他の選挙がありEUにとって最悪の年だった、EUは今や崩壊のプロセスにある>とEUの分裂は避けられないとする厳しい未来を予見しているのです。