<今後の記者会見は全てキャンセルし、正確を期して書面で回答するのが一番かもしれない???>12日、トランプ大統領はいつものようにツイッターに寄稿したのです。記者会見を中止することをほのめかすことでマスコミ側をけん制する意図があったと思われますが、これにマスコミ側は激しく反発、ホワイトハウス記者会は<記者会見がなくなれば、政府の説明責任が果たされず、透明性や米国民の知る機会が損なわれる>との声明を出しました。トランプ氏とマスコミ側の対立は慣れっこになっていますが、今回の問題はトランプ大統領側に非があるように見え、対立も問題も激化していく可能性が否定できません。ニクソン政権時のウォーターゲート事件の再来と噂されてきましたが、トランプ政権の混乱、迷走が再び始まりそうです。

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司法省に責任を押し付けるトランプ氏に反発

 事の発端はトランプ氏が突如、コミーFBI長官を解任したことから始まっています。解任前、コミー長官は米大統領選を巡るロシア介入疑惑の捜査について人員と予算の拡大を求めたと報道されています。トランプ氏は当初コミー長官解任の理由について<司法副長官の解任勧告を受け入れた>と説明していましたが、当のローゼンタイン司法副長官が<トランプ氏の要求で解任勧告を提出した>と暴露、司法省に責任を押し付けるトランプ氏に反発、事の成り行きを明らかにしたのです。

 こうなると一夜にしてトランプ氏は解任の理由を一転しました<コミー氏は目立ちたがり屋でFBIは混乱に陥っていた、司法省の勧告とは関係なく、以前から解任するつもりだった>と述べたのです。更にロシアとの疑惑を払しょくするためと思われますが、自ら自分自身が捜査対象になっているかをコミー氏に3回問いただして<可能なら教えて欲しい、私は捜査されているのか?>と聞き、コミー氏から<あなたは捜査対象になっていません>との回答を得たと述べたのです。この話を持ち出したことは却って火に油を注ぐ形となってトランプ氏が捜査に圧力をかけたとの疑惑を強めることとなりました。

 大統領副報道官のサンダース氏はコミー氏解任理由としてコミー氏はFBI職員の信頼を失っているとコメントしていましたが、当のFBIはマケイブ長官代行が上院情報特別委員会の公聴会で<コミー氏はFBI内で幅広い支持を得ている>と証言してサンダース氏の発言を全否定、更にマケイブ長官代行は<コミー氏の解任によってロシア介入疑惑の捜査が阻まれることはない>とFBIの中立性、責務の遂行を強調したのです。

 トランプ氏は更に態度を硬化<コミー氏はメディアに情報をリークしたが、私との会話を録音したテープが存在しなければよいのにと願うだろう>とツイッターに投稿、これがまたコミー氏に対しての脅迫とも受け取れると物議をかもしているのです。問題視されているのは1月27日、トランプ氏がコミー氏をホワイトハウスの夕食会に招いた際の会話で、米メディアによれば、この時トランプ氏がコミー氏に<私に忠誠が誓えるか?>と尋ねたところ、コミー氏は<常に正直であろうとは思うが、私は政治的な意味では頼りにならない>とトランプ氏の要請を拒否したということです。確かにこの話はトランプ氏とコミー氏二人だけの対話ですからこの話が漏れているということはコミー氏がマスコミにリークしたということでしょう。これに対してトランプ氏は反論する形で録音テープが存在するとほのめかしているわけです。そしてこの録音テープの存在が大きな焦点となり、ホワイトハウスの記者会見でスパイサー報道官は記者団に何度もテープの存在について質問される形となったわけです。最終的にスパイサー報道官は説明を拒否、ついには質問を遮る形で記者会見を終えることとなったのです、こうしてその後トランプ氏はホワイトハウスでの報道官による記者会見の中止をツイッターで示唆するに至ったわけです。

 ツイッターへの投稿も、トランプ氏とマスコミの泥仕合も見苦しく、とても世界をリードすべき米国政治の中枢で起こっていることとは思えません、世界中が失望し、懸念を強めている状況です。

 この一連の流れはトランプ氏が大統領になった時点から予想はできたことではありますが、世の中を不安定にするいわゆるトランプリスクは今後も収まることはないでしょうし、今後も噴出するスキャンダルとトランプ氏の気ままな政策変更に世界中の人々は付き合っていかなくてはなりません。

米国主導による世界の平和は終了?

 政治学者でありユーラシアグループ代表のイアン・ブレマー氏はトランプ氏が米大統領に就任した時点でパックスアメリカーナ、いわゆる米国主導による世界の平和は終了した、と断言しています。ブレマー氏は<私のキャリアのどの時点に比べても高い確率で地政学的リセッションとも呼ぶべき時期に突入した。米国のトランプ政権誕生が大きな要因だ。大国間で戦争が起こるかどうかの質問に対してノーと言えなくなった>と今年になってから危機感を露わにしていますが、まさにその原因を作っているのはトランプ氏そのものの存在というわけです。因みにブレマー氏は地政学的リセッションが前回終わったのは第二次世界大戦が終了した1945年であって、世界はこの世界史に残る終戦以前のような大規模な戦争が起こりうる危険水域に入ってきたという認識なのです。

 とにかくトランプ氏の行動や政策は予測不能なのです。ブレマー氏はトランプ氏を<強硬な単独主義者>と評しています。例えば突然のシリア攻撃ですが、議会とも同盟国とも全く協議した形跡はありません。従来トランプ氏は米国の中東政策に対して批判的で膨大な無駄金を使ってきたと主張してきました、選挙中も米国第一主義で中東に異様な介入を行うべきでない、と一貫して主張してきたわけです。それが一夜にして変貌したわけです。シリア攻撃自体は北朝鮮問題や強い米国の意志を示すことで、今後起こりうる世界的な紛争問題の解決に役に立つかもしれず、シリア攻撃したこと自体は悪い選択でなかったかもしれません。しかし問題はかようにトランプ氏の主義主張が簡単に変わり、しかも単独で決定してしまうということです。要は同盟国の意志など関係なく勝手に行動するわけで、これでは従来の同盟国との力学で物事が動かないわけです。TPPなども前オバマ政権が難産の末やっとまとめた条約であり、多国間交渉で長い間交渉の末にまとまった貴重な合意だったわけですが、それをトランプ氏は選挙中の公約通り、大統領就任初日に離脱してしまいました。交渉を行ってきた日本をはじめとする加盟国には何の配慮もなかったわけです。かようにトランプ政権はブレマー氏が指摘するように<身勝手に動く政権>というわけです。自己主張が強いところがそのままの行動となり今後も国際関係や紛争処理などに強引な手法が現れることは必至と思われます。例えば仮にトランプ政権が北朝鮮攻撃を決断した場合、日本と協議すると表向きは言っていますが、いざその時となれば、日本の意志や韓国の意志など無視しても攻撃に踏み切ると思われます。従来の米国大統領に比べて、トランプ氏自らの行動に対しての制限が少ないわけです。今回のコミーFBI長官の解任も、その後の起こりうる影響を深く考えた形跡はありません、衝動的に行った感じがします。これが武力行使など重大な決定事項でも行われる可能性は否定できないでしょう。ブレマー氏は<トランプ氏は核兵器使用の衝動を抑えられなくなる可能性がある>と述べていましたが、一連の懸念は選挙前からわかっていたこととは言え、トランプ氏の気質、そのものに起因することです。

 一方幸いにして経済や市場に対しての影響は今のところ大きく出てきていません。これはトランプ政権が誕生する以前から米国経済は極めて好調で、基本的に今までの政策がうまく機能しているからと思われます。

 トランプ政権が誕生してから世界中の株価は大きく上昇しました。昨年11月米大統領選挙終了後から米国株は15%、ドイツ株は21%、日本株は13%、そして新興国の株式市場も昨年は下がったものの、今年は大きく盛り返し上昇基調です。メキシコ、トルコ、インドをはじめ最高値になっている国が続出しているのです。

 この面ではトランプ氏が選挙中に主張していた極端な保護貿易主義を封印したことも大きいわけです。トランプ氏の変遷がマイナスばかりに働くのでなくて、政策を現実路線に変えたことで、世界の成長に寄与している部分があるわけです。

 現在のところ、市場関係者の懸念が強まっているのは、トランプ政権の目玉政策であった大規模な減税策やインフラ投資などがいつ実現に至るのかわからなくなってきたという現実です。トランプ政権はまさにその初日にTPPから脱退しただけで、後は主だった政策が一つも実現されていないわけです。イスラム圏からの入国禁止令なども裁判所の反対で全く実現できていませんし、NAFTAからの脱退も行われず再交渉を示唆しています。中国に45%の関税を課すと主張していましたが、現在は北朝鮮問題で中国と良好な関係を築くしかなく、中国との貿易問題はなりを潜めています。

トランプ政権の政策遂行能力に大きな疑問符?

 特にオバマケア代替法案が議会に提出できなかった時点で、トランプ政権の政策遂行能力に大きな疑問符が付きました。身内の共和党でさえまとめられなかったのです。それが5月4日の時点で再びオバマケア代替法案を修正して下院に提出、その法案が下院を通過した時点で、トランプ政権の政策遂行能力に対して再度期待も盛り上がってきていたわけです。特に大統領首席戦略官・上級顧問のバノン氏とか国家通商会議委員長のナバロ氏のような強硬派の力が弱まって、ゴールドマンサックス出身者である、ムニューシン財務長官やゲーリー・コーン国家経済会議委員長、更にウィルバー・ロス商務長官など現実路線の面々が影響力を持ってきた時点でトランプ政権の政策が前に進みだすのでは、と期待感も高まってきたところでした。ところが今回のコミー氏解任劇でまたトランプ政権は問題を抱えた形で、今後議会との関係が良好に進むとは思えません。議会が説得できなければ政策を実現する事はできないのです。

 とは言うものの、米国経済は極めて堅調です。ここにきて1-3月期GDPが0.7%増と大きく減速していたことが懸念されていたのですが、FRBはこれを一過性の事と一蹴、米経済の先行きに自信を示しています。市場関係者が注目しているアトランタ連銀が発表しているGDPナウでは4-6月期GDPは1-3月に比べて大きく改善して3.6%増となるという予想です。昨年から続いてきたブレグジットやトランプ氏当選という大番狂わせから市場は今年の欧州の政治情勢も気にかけていたわけですが、注目されていたフランス大統領選挙はEU維持派のマクロン氏が圧勝しました。当面欧州の政治危機は話題とならないでしょう。

 FRBは6月と9月に予定通り利上げを行って、12月にはバランスシートの縮小に手を付ける予定です。トランプ政権の減税策やインフラ投資が期待されていましたが、これらの政策が強引に行われては却って景気が過熱しすぎてしまうかもしれません。トランプ政権が何も行わず、減税策も先送りされた方が、却って政策の後ずれとなることで先行きの景気減速を心配する必要がなくなるかもしれません。

 確かにトランプ政権は迷走して、政策が前に進みません。市場も大胆な経済政策に大きく期待していただけで失望感が出てくる局面もあるでしょう。しかし政策なしでも堅調に推移する米国経済の現状、そして経済的には無謀と思えた極端な保護主義も封印されたトランプ政権の現実化路線も評価していいでしょう。

 北朝鮮問題が不透明なのも金正恩が何をしでかすかわからないという不気味さから生じています。同じくトランプ氏も何をやってくるかわからない、北朝鮮を攻撃することは十分あり得る、と感じさせます。その不透明さが却って相手に対して恐れを生じさせ、交渉が有利に進み、抑止力になってきたという一面もあるわけです。オバマ氏であったら極端なことは行わない、と予想がつくわけです、それを逆手に取られて中国の海洋進出、人工島の建設まで許すこととなりました。トランプ氏は中国の習近平主席との会談の最中にシリア攻撃を行いました、強烈な警告です。トランプ氏でなかったら中国に北朝鮮に対しての圧力をあれだけ大きくかけさせることはできなかったでしょう。確かにトランプ氏は身勝手で、予測不能、今後も米国だけでなく世界中を振り回し続けるでしょう。我々はそれに付き合い続けるしかないわけですが、いいこと、悪いこと、様々なことがあると覚悟を決めて、一つ一つ事象を冷静に判断していくしかないと思われます。

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