<Make Our Planet Great Again (地球を再び偉大にする)>マクロン仏大統領はツイッターに投稿しました。何処かで聞いたような言葉ですが、これはトランプ米大統領の<Make America Great Again(米国を再び偉大にする)>との文言をあてつけたマクロン仏大統領一流の表現です。これが受けに受けてマクロン大統領のツイッターのフォロワー数が急増しています。

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 マクロン大統領は更に<地球を再び偉大にする>専用のサイトもオープンさせました。そのトップページのメッセージは<フランスは常に人権のための戦いを主導してきた。今や、これまで以上に、気象変動への戦いを主導する決意だ。そして我々はこの戦いに勝ってみせる!>と宣言しています。感動的な言葉です。<パリ協定は不公平だ、他国が米国を経済的に利用する仕組みだ>としてトランプ大統領は200ヶ国近い国と地域で合意した協定から一方的に脱退したのです。米国第一主義で自国の事ばかり考えようとするトランプ大統領の内向きの主張よりマクロン大統領のメッセージは人類全体を考えた壮大で崇高な輝きがあります。

 国家主義と国際主義、分裂と協調、内向きか、それとも開かれた社会か、この対立とコントラストは昨年からの世界を覆ってきた大きな潮流と対立軸でした。衝撃は昨年の英国の国民投票で顕在化、英国民はEUからの離脱を選択したのです。その後英国を率いたメイ首相はEU離脱に向けて動きを早めていきました。また昨年11月、世界中に更に大きな衝撃が走りました。<米国第一主義>を掲げたトランプ氏が大統領選挙に勝利したのです。

 国を開くべきなのか、閉じるべきなのか、閉そく状態の現代にあって、この問いはどの国にとっても重要なそして深刻な問題提起です。フランス大統領選挙においては、極右のルペン候補は<フランス第一主義>を掲げ、フランスをEUから離脱させて、国境の壁を作り、それによって関税を引き上げ、移民を厳しく取り締まると主張してきました。フランス政府がイニシアチブを持って国家を統制し、管理を強め、国を閉じることによってフランスを復活させるという考えです。一方のマクロン氏はルペン氏とは真逆で強烈な開放主義者、EUの信奉者です。フランスは国を開くべきで規制を撤廃、貿易を盛んに行って、難民に対しても積極的に受け入れるべきという姿勢です。この両者の両極端の主張の違い、それを巡る戦いが熾烈を極めたわけです。考えてみると昨年のブレグジットや米大統領選、相次いだ欧州の選挙も、右派、左派の争いというよりも国を閉じるか、開くかというような国家主義と国際主義が対立している様相です。そして今回フランスにおいてはマクロン氏の主張する国際主義が完全勝利した形です。

 実はこの流れは昨年暮れから始まってきました。昨年2016年はブレグジット、トランプ氏当選と大きく内向き、国家主義に動いてきた世界ですが、同時にそのような動きの反動も激しくなっていったわけです。内向きの潮流に危機を覚えた全世界的な揺り戻しの動きも盛り上がってきたのかもしれません。余りに各国が国家主義的になり、どの国も自国第一主義でいいのか、という人々の自問自答があったと思われます。それが昨年暮れあたりから欧州の選挙において現れ始めました。明らかにブレグジット、トランプ氏当選という流れに行き過ぎを感じた水面下での反動が始まったものと思われます。

 欧州においては昨年12月のオーストリア大統領選挙、今年3月のオランダの総選挙で国家主義的な右派の候補や政党が相次いで選挙で敗北、支持率を落としてきたのです。ドイツにおいても一時期メルケル首相の続投は難しいのではないか、という観測も強まったのですが、現在では極右の<ドイツのための選択肢>の支持率が大きく落ちてきていて、それに相応するかのようにメルケル与党の支持率が回復している状態です。懸念されたイタリアにおいてもポピュリスト政党<五つ星運動>が地方選挙で大敗、今までの人気が嘘のように急速に支持を失っているのです。

 それにしてもフランスの議会選挙におけるマクロン大統領率いる<前進>の大勝利には驚愕します。まだ二回目の投票が終わったわけではないので、選挙結果が確定したわけではありませんが、一回目の投票を見れば大勢は決したと言えるでしょう。<前進>は第一回投票において全577選挙区のうち449選挙区で首位に立っているという驚くべき勝利の勢いです。世論調査によればこのまま行くと<前進>は415-455議席という何と議席の7-8割を奪取すると勢いです。今まで<前進>は議席がゼロだったわけですから驚異的な結果としかいいようがありません。反対に今までの与党社会党は284議席からわずか20-30議席程度にまで大敗するというのです。また野党共和党も199議席から70-110程度の議席に落ちるというのです。これほどの選挙における劇的な変化は通常あり得ません。日本のケースに当てはめて考えればわかりますが、現在政権を取っている自民党が300議席を30議席にまで減らすようなもので、そのような事態は日本では起こったことはありませんし、今後も起こるとも思えません。それほど強烈な民意の変化、想像を絶する選挙結果です。如何にフランス国民が<前進>に期待しているか、そして今までの社会党や共和党に失望してきたかがわかります。このフランスの選挙結果は、まさにマクロン大統領の著書のように<革命>と言っていい快挙と思われます。5月にマクロン大統領が正式に誕生した時に、マスコミは祝福していたものの、大統領として傘下の政党である<前進>が議会に議席を全く持っていないことを問題視していました、そして政党ができて初めての議会選挙において、議席の過半数を取るというようなことはあり得るわけがないので、マクロン大統領の前途は多難と評していたのです。その時点でマクロン大統領率いる<前進>が議会選挙で過半数を取ると予想していた評論家やマスコミは皆無だったと思われます。ところがその後マクロン大統領は見事な組閣を行い、G7を無難にこなしました、こうしてマクロン大統領は勢いに乗って、ついに今回の議会選挙においては他を圧倒する勝利を収めることとなりました。この動き、流れはまさに世界史に残る民主主義の選挙における劇的な快挙、並びに世界の歴史を変える事件とも思われます。

 先に書いてきたように昨年からのブレグジット、トランプ氏当選の流れは大きな世界の潮流だったわけです。閉塞感や格差の拡大、望む職や給与が得られない不満感、そして一向に収まらないテロ、移民の激増による社会的な変化など欧米を中心に世界を取り巻く社会環境が急速に変わっていったのです。このどうにもならない時代の流れと激変に付け入るかのようにポピュリズムの波が世界を覆ってきました。そしてついにブレグジット、トランプ氏当選とその怒りの矛先は激しく選挙結果に現れてきたのです。

 この内向き、国家主義、移民排斥、など自国第一主義の流れは歴史的な潮流であり、止められないように思えました。特にブレグジットが直撃した欧州においてはモザイクのような国家集合体であるEUの解体に向けて歴史の針が確実に動き出したように思われたのです。政治学者イアン・ブレマー氏も今年の危機として一番に<わが道を行く米国>そして<欧州>を取り上げていました。それだけ欧州は閉塞感にまみれ危機的な状況が訪れようとしていたわけです。

 その中心地であるフランスにおいて、かような劇的な選挙結果が出たことは世界史を大きく変える可能性を秘めているでしょう。昨年からフランスにおいては極右のマリーヌ・ルペン候補が大統領選に勝利するのでは、という懸念が広がっていました。仮にルペン氏が大統領選に勝利するようなこととなれば、EUは空中分解するとみられていたのです。このような観測は世界、並びに欧州を覆っていた閉塞感を写したものであったわけですが、同時にフランスの現状を考えれば当然の懸念でもあったのです。ブレグジット並びに米国においてのトランプ氏当選という流れは明らかに人々の不満を代弁した民衆の怒りを受けたものです。その怒りは想像以上でそれが予想もしない選挙結果をもたらしました。専門家や知識層はこのブレグジットやトランプ氏当選の結果を評して、<これほどまでに民衆の不満がうっ積していたのか>と改めて考え直したわけです。ところが現実に経済指標や失業率などをみると、この英国や米国は他の諸国に比べれば極めて良好な経済状態だったわけです。現在の米国の失業率は4.5%で完全雇用状態です。米FRBが金利引き上げを行うのは景気が順調に回復しているからです。英国においても昨年のブレグジットの選挙の時も英国は米国よりも早く、量的緩和の終了ができ、金利引き上げもなされるだろうとみられていたのです。それは英国の景気が良好だったからです。もちろん失業率も4.5%と低水準です、かように経済は順調に推移していたのです。それに比べてフランスは失業率が10.1%と高水準でその経済は長く閉塞感に覆われてきました。その閉塞感から抜け出せない実情が、オランド大統領やその前のサルコジ大統領に対しての不満となって跳ね返って政治への不信、政権の交代が続いていたわけです。フランスの25歳以下の若者の失業率は25%に達して、4人に1人が職がない状態、当然社会には欲求不満が溜まっていた状態です。このような経済指標や失業率を考えれば、フランスは少なくとも英国や米国の状態よりも経済状態は悪く、人々のうっ積した気持ちが米国や英国よりも溜まっていても不思議ではないのです。しかもフランスは治安も問題視されていました。パリで昨年から起こった度重なるテロは記憶に新しいところです、もはやパリは安全というムードではありません。まさにテロの絶好の標的です。そして移民の問題を考えてもフランス国内におけるイスラム系の住人は人口の8%に及び、当然移民に対しての問題意識は米国や英国以上に深刻なわけです。ですからこの閉塞感を捉えてマリーヌ・ルペン候補のような極右の政党が大きく飛躍して、政権を奪ってしまう懸念が広がっていたわけです。そのようなフランスで、移民を歓迎して貿易を拡大して、外に開かれた社会を作ろうと積極的に主張してきたマクロン氏が大統領選で勝利し、その後も自らの政党<前進>を率いて選挙で7-8割の議席を奪うほどの大勝を収めたことはまさに偉業達成であり、新しい歴史のページを開いたと言えるでしょう。

 要因はいくつもあると思われますが、もちろんマクロン氏その人のカリスマ性、魅力が大きいでしょう。そしてやはり反面教師としてのトランプ大統領の存在も大きかったと思います。トランプ大統領の一挙一動、そしてパリ協定脱退に見られるような国際協調を無視する姿勢に人々は嫌悪感を抱いているものと思われます。マクロン氏はアンチトランプを巧みに演出することで自らの人気を引き上げています。先に指摘したようにマクロン大統領をトランプ大統領に比べて見事に<対照的な存在>としてのイメージを作り上げたわけです。

 現実に選挙で大勝してマクロン大統領はフランスを劇的に変えることができそうです。というのもフランスには<オルドナンス>という政治手法があります。大統領が政令を制定し、議会がそれを覆さなければ法律を通すことなくその政令が通用するシステムです。期間は限定ですが、大統領に就任直後短期間であれば、この手法が使えます。この政策を迅速に進める手法を使って今までフランス社会ではできなかった労働市場改革を一気に推し進めることが可能です。フランスでは日曜は完全に休日ですし、1週間の労働時間も35時間と決められていますが、かような規制を一気に取り払うことが可能です。選挙に大勝した勢いで労働市場や社会保障などの国民に不人気な痛みを伴う改革を一気に成し遂げられそうです。政権発足後100日以内に今までのフランスでは考えられなかったような改革を断行すると思われます。その勢いを持ってドイツとの交渉にのぞみ、ユーロ共同債など従来ドイツがかたくなに拒んできた懸案を処理できる体制を作れると思われます。

 経済学者のジャック・アタリ氏はマクロン氏の後ろ盾でマクロン氏を政界に誘った立役者ですが、アタリ氏はマクロン氏を評して<聡明、積極的、大胆、そして戦略家だ。いずれは大統領になる傑物だと思っていた>と述べています。日本ではマクロン氏は25歳年上の伴侶を持っているとの報道に焦点が当たっていますが、今回の見事な勝利劇と一連の言動をみるとマクロン氏は歴史に残る大政治家になるように思えます。大統領選の勝利後、マクロン氏は<我々をむしばみ、衰えさせる分断に抗して全力で戦う>と今後の決意を述べました。とてもフランスの改革を行うのは困難と思えましたが、既にマクロン氏は経済相時代に日曜営業の拡大など実績を上げてきています。そしてマクロン氏は<みんな不可能と言ったが、彼らはフランスを知らなかったのだ>と述べていますが、その言葉通りフランス社会を大胆に変革しそうです。

 もちろんフランス国民全てがマクロン氏を支持するわけではありません。社会を変えようとすれば当然痛みは伴うわけですから、改革の成果は限られた時間内に達成できなければなりません。今回の議会選挙でマクロン氏が勝利したとはいえ、5割近い国民が選挙を棄権しています。また極右や極左の候補者に投票した人々はどうにもならない現実に直面しているのは事実で、彼らを満足させるのは容易なことではありません。今回フランス国民は国を閉ざして改革を遅らせることが解決策にはならないとマクロン氏の開放策を選択しましたが、改革とそれに伴う痛みはこれからやってきます。目に見えた成果が感じられなくては改革もとん挫するでしょう、そして再び極右、極左の人気が盛り返すことでしょう。いずれにしてもマクロン大統領とその政党<前進>が圧倒的な議席を有して今後フランスは<革命>とも思える改革に着手するでしょう。それは昨年から世界を覆ってきた内向き、国家主義を否定するもので、理にあった開かれた社会を作っていくプロセスとなるはずです。

1760年代から英国で始まった産業革命は世界を劇的に変えていきました。そしてその時代、米国が独立したのです。そしてその後1789年フランス革命によって封建体制を打破する市民革命が起こりました。まさにフランスから起こった流れが近代を作り上げていったのです。そして今、実行力と若さ、従来なかった極めて優秀な傑出した政治家がフランスに現れてきたようです、今後フランスからは目が離せません。

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