<デフレの脅威は過ぎ去り、景気を浮揚させる力が働いている>6月27日、ポルトガルで行われたECBフォーラムでドラギ総裁はユーロ圏の4年に渡る順調な経済成長の拡大について言及、ここまでECBの行ってきた金融政策の効果をふり返って政策の妥当性に自信をみせたのです。そして当面は金融緩和が必要なことを強調する一方で<景気の回復が続く中でこれまでの政策スタンスを維持すれば、金融はより緩和的になる>としてこれまでの政策を続けることがいいのか、敢えて疑問を呈して、今後のECBによる政策調整の可能性について示唆したのでした。

>>最新の世界経済状況をセミナー・ダウンロードでチェック!<<

いよいよECBも年末で量的緩和を終了?

 市場は明らかにドラギ総裁の発言の意図するところを敏感に感じ取ったのです。いよいよECBも年末で量的緩和を終了させ、米国FRBに続いて金融の正常化に動き出すに違いない、と確信したのでした。しかしこれが余りにここまで市場を覆っていたセンチメントとかけ離れていました。

 前回、6月8日に行われたECBの政策会合ではECBはユーロ圏の経済成長見通しを2017年1.9%、2018年1.8%と上方修正したものの、消費者物価の上昇率については下方修正したのです。域内ではドイツの景気は好調に推移しているものの、イタリアやスペインは問題が多く、賃上げは進まず物価も上がってきません。この域内格差というユーロ圏の矛盾は解決の糸口が見つかりません、かような情勢下、この時の政策会合では量的緩和の終了に対しての言及は全くなかったのです。ユーロ圏全体として経済が好調に推移していることは確かですが、ドラギ総裁がいきなり政策変更、それも今までのハト派的なスタンスから一変してタカ派的な言動を行ったことに市場はショックを受けました。ユーロ圏においてもいずれは金融の正常化に向かっていくとのコンセンサスはあったものの、市場にとって余りに突然のそして急なアナウンスでした。

 市場は大きく反応しました。ドイツ国債2年物はマイナス0.5%台前半と約1年ぶりの高い金利水準を付けました。同じく10年物国債、ドイツの長期金利も1週間まえの0.2%台から一気に0.4%台へと金利が急騰したのです。もちろんドイツだけでなく欧州各国の国債の金利も急騰しました。これを受けて欧州債と米国債の金利差が縮小したことから1ユーロ1.14ドル台とユーロは対ドルで1年ぶりのユーロ高へと一気に動いたのです。またほとんど動きのなかった日本の10年物国債市場、日本の長期金利も値段が付かないほどこう着感があった相場から一時0.085%へと3ヵ月半ぶりの高金利(価格低下)となったのです。

 物事が一方方向へ流れ出すと不思議に様々な事象も同じような傾向となってくるものです。同じく6月27日、FRBのイエレン議長はロンドンでの講演で<資産市場ではリスク志向の顕著な高まりがみられる。米国株式市場のPERは過去最高水準に近い>と述べ米国の株高に警鐘を鳴らしました。これだけではすみません、更に追い打ちをかけるように6月28日、英国の中央銀行であるイングランド銀行のカーニー総裁は近く利上げを開始することが必要になるかもしれないとの考えを示したのです。

 示し合わせたわけではないでしょうが、ECB、FRB、そしてイングランド銀行の欧米主要3つの中央銀行総裁が揃って利上げや株高への警鐘など、タカ派的な言動を行ったことに市場はショックを受けたと言えるでしょう。先週末、米国株市場では上げをけん引してきたハイテク株が下落、市場の弱気心理を反映するVIX指数は前日比51%の上昇となりました。またドイツの株式市場は6月29日大きく下げ、9ヶ月ぶりの下げ幅となったのです。かように調整気味になっていた欧米の株式市場は下げ基調となり、債券市場も急速な金利上昇(価格急低下)となり、株債券など資本市場は世界で同時安、急速に警戒感が広がってきました。

 一連の流れは一種のミニショックと言えるでしょう。思い出すのは2013年5月のバーナンキショックです。当時、米国FRBの議長であったバーナンキ氏は秋にかけての量的緩和の終了についていきなり示唆したのでした。市場は動転して株安、債券安(金利高)が世界中で一気に進みました。日経平均は当時15900円から12000円まで急落、米国債10年物、いわゆる米国の長期金利はその後3%にまで駆け上がってしまったのです。新興国の株価も急落して新興国からの資金逃避が一気に進みました。

 今回の流れは2013年の時ほどの酷く激しいものではありません。しかしそのきっかけとなった要因は2013年当時と似たような要因があると思われます。リーマンショック後、米国はじめ世界中で大規模な資金供給が行われてきました。米国ではQE1、QE2、QE3と相次ぐ量的緩和策が実行されました。日本では未だに量的緩和政策が続いています。欧州においてもECBによる量的緩和策が景気を引き上げてきたと言えるでしょう。かように昨今の世界の情勢を考えてみると、明らかに中央銀行による政策が大きな影響を与えて、その結果として経済の成長がなされてきたことがわかります。日本の場合、量的緩和の効果があるのかないのか、という議論はありますが、世界的にみれば欧米の例を見れば明らかで量的緩和政策を始めとする中央銀行の政策が一定の効果をもたらしてきたことは疑いないでしょう。それ故に市場は絶えず各中央銀行の政策の変化に対しては敏感に反応するようになっています。中央銀行の政策の変化によって市場がどのように動くか、という事を凝視している状況が続いています。中央銀行の政策的な変化を見逃さないように、市場関係者は血眼になって政策のヒントを探っているわけです。

FRBは主要な政策の変更については必ず、事前に市場に織り込ませる

 米国FRBは2013年のバーナンキショックのあと、その市場の混乱がよほど堪えたらしく、その後は市場との対話に慎重となり、市場動向を絶えず注視するようになりました。FRBは主要な政策の変更については必ず、事前に市場に織り込ませて市場がショックを受けないように最大限の注意を払ってきています。ですから米国は既に2015年から4回の利上げを行ってきているわけですが、毎回市場に利上げについて徹底的に織り込ませてきました。今回の6月の利上げにおいても市場が動揺することはありませんでした。

 今回FRBのイエレン議長が<PERは高すぎる>と株式市場に言及しましたが、その直後に<PERといった指標は長期金利の動向によっても変わる>と述べ、現在の低金利から高いPERも正当化できると読み取れる言動も行っています。市場の極端な変化を起こさないように充分に留意しながら行き過ぎた株価の上げについて市場に抑制的に対応させようとしています。というのもおそらくFRBは9月にも、拡大したFRBのバランスシートの縮小を始めようとしていますから、これは史上初のことですから慎重にも慎重に対応しようとしていて、そのためには株式市場に安定的に推移して欲しいという思惑が働いているものと思います。そういう意味ではここまで急ピッチだった米国株の上昇速度を緩める、ないしは調整気味に持っていきたいという腹づもりがあると思われます。

 ECBも同じく景気の回復を受けて、いよいよ量的緩和策の終了に乗り出そうとしているわけです。ところがこれも非常に微妙な政策変更となりますから、市場と温度差のないようにアナウンスすべきなのでしょうが、ドラギ総裁としてもこの辺でアナウンスを行うべきという判断で発言したのでしょうが、市場はまだ政策変更の覚悟ができてなく、性急と受け止めてショック安となってしまったと考えられます。米国が金利引き上げを行ったときは全く動かなかった株式市場と債券市場がドラギ総裁の発言を受けて、欧州発ということでユーロ高、そして世界的な金利高と大きく動き出してしまったことは明らかです。ECBの高官も必ずしも早期の量的緩和縮小を目指しているわけではないとドラギ発言を緩和するような言動も行っていますが、既に大きく動き出してしまった市場の動きを止めるのは難しいようです。

 しかし一連の動きに過剰反応する必要はないように思われます。今回株が下がり、金利上昇(価格低下)が急激に起こってきたわけですが、このままこの動きが加速していって今までの流れを変えていくほどになるとは思えません。

FRBの最大の目標はFRBのバランスシートの縮小

 米国について考えると、これも過度な悲観は必要ないでしょう。確かにイエレン発言は株式市場に対して警鐘を与えた発言と思いますが、先に書いたように現在のFRBの最大の目標はFRBのバランスシートの縮小という史上初の試みを無難に成し遂げることだからです。バランスシートを縮小させるということは今までは量的緩和でマネーを大規模にばら撒いてきたわけですから、今度は逆にばら撒いたマネーを回収に入っていくということです。そういう意味では金融引き締め政策の中でも金利調整以上に大きなインパクトを与える可能性も否定できません。ですからFRBはより慎重に対応したいとのだと思われます。決して市場の混乱を招くことなく、このバランスシート縮小という大仕事を成し遂げたいと念じていることでしょう。そのためには極めて慎重に対応する必要があるのです。バランスシートの縮小といっても最初は縮小したかしないかわからないほどの極めて微々たるものとなります。2008年のリーマンショックから日米欧英の主要中央銀行は量的緩和政策によって市場に大規模に資金供給を行ってきました。この間、FRB、ECB、イングランド銀行、日銀が買い入れてきた国債をはじめとする債券などの購入額の総額は約15兆ドル(約1650兆円)に上るのです。今回FRBがバランスシートの縮小をおそらく9月あるいは12月から行うのでしょうが、FRBのアナウンスによれば、その額は月間100億ドル程度(約1兆1000億円)から始めるというのです。日銀は今でも年間80兆円(実際は60兆円程度)の国債購入を続けているわけですから、今まで世界中にばら撒かれた1650兆円という額を考えれば月間1兆円という額の縮小では市場に何の影響も与えることはないでしょう。FRBはその後バランスシート縮小の額を段階的に引き上げていくわけですが、その間、仮に市場が大きく下落するようなことがあれば、そのようなバランスシートの縮小策は直ぐに停止されるのです。あくまでも市場動向を注視しながらの手探りのバランスシート縮小をおっかなびっくり始めるに過ぎません。そういう意味では過度に神経質になる必要などないでしょう。株が急落しようものなら政策は直ぐに元に戻されるのです。

 ECBの量的緩和終了策も同じように極めて慎重に進められるに違いありません。現在ECBは月間域内の国債などの資産を600億ユーロ(約7兆6000億円)購入していますが、これを徐々に減らしていって来年早々には月間400億ユーロ程度に減額していくと予想されています。日銀も量的緩和政策において政策の操作目標を量から金利に改め、年間80兆円の国債購入予定が直近は年間60兆円程度のペースに落ちてきています。それを考えればECBのこれからの量的緩和終了に向けたプロセスも極めて漸進的なもので、驚くほどの政策変化とはなっていません。しかもECBはまだマイナス金利を導入中です。ECBの場合は日銀と違って銀行が中央銀行に入れている当座預金に対しては全てマイナス金利が適用されるのです。そのマイナス金利についても、この量的緩和政策が終了した後、初めてマイナス金利に手を付けるという手順になるわけです。これは金融政策の正常化プロセスとして、まず量的緩和の終了、次に政策金利引き上げ、次にバランスシートの縮小という、FRBのやり方を踏襲したものです。かように金融緩和の出口、いわゆる正常化についてはECBもFRBと同じく慎重にも慎重に行われることは疑いありません。

 そう考えていくと今回のミニショックはまさに一時的なショックであって、これを契機に資本市場が大きな変動を起こすとは考えられません。もちろんここまで米国株はじめ株式市場の上げピッチが早かったですから、それについては多少の調整が入るかもしれません。しかし好調な経済とゆっくりとしか進まない金融政策の正常化の速度を考えれば再び順調な上昇プロセスに入る可能性も高いわけです。いずれにしてもFRBやECBの政策は市場に極めて優しい政策です。FRBもECBも市場のクラッシュや混乱を最も恐れているわけで、そのような混乱が起こる政策は取りようがないのです。一時的にミニショックで投資家のマインドが冷えてくるかもしれませんが、株高、金利高、ドル高円安の基本的な流れは不変と思われます。株式市場に弱気になる必要などないでしょう。

>>最新の世界経済状況をセミナー・ダウンロードでチェック!<<