<日本列島は核爆弾により海に沈めなければならない。日本はもはや我が国の近くに存在する必要はない>昨日、朝鮮中央通信(KCNA)は北朝鮮の朝鮮アジア太平洋平和委員会による驚くべき報道官声明を伝えました。菅官房長官はこれに対して<極めて挑発的な内容で言語道断であって、地域の緊張を著しく高まるもので断じて容認することはできない>と即座に強く反発しました。かような日本を小馬鹿にしたような北朝鮮の横暴さですが、残念ながら日本政府も北朝鮮を黙らせる手立ては持っていません。水爆実験に成功したことで北朝鮮の金正恩は舞い上がり、何も恐れるものはないと様々な挑発ゲームを楽しんでいるかのようです。国連安全保障理事会は北朝鮮への制裁を全会一致で可決しましたが、北朝鮮が態度を改める可能性はほとんどなく、北朝鮮を巡る危機的な情勢は好転するとは思えません。

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北朝鮮による水爆実験は衝撃的

 9月3日の北朝鮮による水爆実験は衝撃的でした。広島の原爆の17倍もの威力を持つ水爆の実験に成功したことは日本や韓国、米国はじめ世界を驚愕させました。まさか貧困でやっと国民が食べていっているような情報統制で閉鎖的な全体主義国家の北朝鮮がこれほどの技術革新を短期間で行えるとは思っていなかったのです。日本人のほとんどがどこかで、北朝鮮を馬鹿にしていたと思います、ICBMやそれに乗せる核兵器の小型化の技術など簡単に完成させられるはずがない、あの体制下と貧困の下で何ができるものか、と内心高をくくっていたわけです。その北朝鮮がICBMは完成させ、水爆実験は成功させた現実を見て日本人全体も世界も目が覚めさせられ、恐るべき現実に対応する事態になったのです。

 北朝鮮は昨年1月に4回目の核実験を行いました。北朝鮮はその実験を水爆実験だったと主張してきたわけですが、多くの専門家はその真偽を疑っていたのです。爆発の規模も大きくありませんでしたし、水爆実験のような難しい技術を北朝鮮が成就したとは想像できなかったのです、例によって水爆実験という発表は北朝鮮特有の大言壮語と考えられていました。ところが3日に水爆実験が強行され、その後金正恩が研究施設で核弾頭とみられる銀色の物体を視察する写真が公開されました。それはさや付きピーマンのような2段式熱核兵器だったわけですが、これこそ第一段階の小規模な核分裂で生じたエネルギーを、第2段階の核融合燃料の起爆に利用することで、爆発的な破壊力を生み出す水爆そのものだったわけです。

 8月8日、トランプ大統領は<北朝鮮はこれ以上米国に如何なる脅しもかけるべきでない。さもないと世界が見たことないような炎と怒りに見舞われることになる>と発言、まさに北朝鮮に対して核攻撃を行うことを示唆したのです。これはグアム島周辺にミサイルを落とすと威嚇した北朝鮮を強く恫喝するものでした。ところが現実に北朝鮮が驚くべき核実験を行った9月3日にはトランプ大統領は何も言わず攻撃を行う計画はあるか、との質問に対して<そのうちわかる>と答えただけでした。その後も北朝鮮に対して軍事攻撃を示唆するような発言は大きくトーンダウン、国連において米国は極めて厳しい北朝鮮に対しての制裁を主張したものの、明らかに軍事的な威嚇は消えていきました。

 現実問題として9月3日に北朝鮮による水爆実験成功によって北朝鮮を巡る情勢は劇的な変化を起こしたと思うしかありません。もう米国も、もちろん日本も韓国も北朝鮮と軍事的な衝突を起こすことはできない情勢となったのです。ある意味北朝鮮の理屈からすれば戦略的な勝利でもあったわけです。かつて2003年当時、悪の3枢軸として米国のブッシュ大統領はイラク、イラン、北朝鮮を名指しして非難していました。イラクのフセイン大統領は核開発疑惑をかけられ、核開発を徹底的に封印され、その挙句結局米国に滅ぼされたのです。またリビアのトップだったカダフィ大佐も核開発を封印され最終的には国内の動乱で斬殺されるに至りました。北朝鮮から見れば、イラクのフセイン大統領もリビアのカダフィ大佐も欧米諸国から核開発断念を迫られ、それを聞き入れたために最終的に滅ぼされたというわけです。もしフセイン大統領もカダフィ大佐も核兵器を持っていれば、殺されることはなかったわけです。核兵器を持てば相手が恐ろしくて手を出せなくなるからです。

小泉総理が金正日に対して会談で<核兵器を放棄した利益の方が各段に大きい>と主張

 2002年9月、当時の小泉総理は北朝鮮を訪問して拉致被害者の何人かを取り戻すことに成功しました。この時、小泉総理が当時の北朝鮮の指導者であった金正恩の父親である、金正日に対して会談で盛んに主張したことは<核兵器を持つ利益よりも核兵器を放棄した利益の方が各段に大きい>と説得し続けたわけです。核兵器を持つよりも国際社会と協調して日本をはじめとする国際社会の援助を受け、国を発展させるということは国家の発展という視点から見れば、理に合った政策と思われます。現に最近でも軍事政権からアウンサン・スーチー氏を開放することによって国際社会に門戸を開いたミヤンマーなどの急成長を見れば、国家として考えれば、国際社会と対立するよりは核兵器など放棄して国際社会の一員になる方が国にとっても、その国の国民にとっても利益が大きいことは明らかでしょう。だから当時の小泉総理も短時間ではありましたが、北朝鮮のトップの金正日に対して、国家の指導者として国の利益を得々と説いたものと思われます。しかしこのような真っ当な理屈は、普通の国や普通の体制にある国の話です。北朝鮮は世界でただ一つの全体主義国家であり、外からの情報を封鎖、国内を徹底的に統制することで、国家体制を維持してきています。このような世界に背を向けた閉鎖的な体制下にあっては、国を開き、情報が自由に入ってくるような事態を生じさせれば、民衆の心が政権から離れ独裁体制が維持できなくなることは明らかなわけです。それはベルリンの壁の崩壊から東欧諸国がドミノ倒しのように民主化していった過程と、それを受けた当時のソビエト連邦の崩壊、そして最近ではアラブの春から、チュニジア、リビア、エジプトが一気に政変が起こったことを見れば明らかです。現在のシリアの混迷もその時の混乱の余波がまだ続いて国内が治まっていかないわけです。かような事実を目の当りにしてきた、北朝鮮の指導部は如何にして国家を運営するか、という事において、核開発を最優先して軍事的に強力な国家を作りあげ、それを更に国内の統制、締め付けを強めていくことで、自らの全体主義体制を維持させていくというのは、彼らなりの理屈が通っているわけです。

 ロシアのプーチン大統領は北朝鮮に対して制裁を行うのは意味がないとして<北朝鮮は、自らの安全が確認されたと思うまで、例え雑草を食べることになっても核開発を止めないだろう>と述べています。そして<制裁を行うことは無駄で、国際社会が一段と厳しい制裁を科したとしても、北朝鮮の指導部を変更させることはなく、大規模な人的被害に繋がる可能性がある>としています。

 水爆実験を成功させ、米国を攻撃できるICBMを持った北朝鮮に対峙していくには、もはやここに至っては、現実的なプーチン大統領の考えに近いアプローチにしていくしかないように思えます。プーチン大統領は<事態を鎮静化させたいというトランプ政権の希望を認識している>とも述べていますが、米国も公式には軍事行動を否定していませんが、現実的には核戦争の危険性がある軍事行動の発動は不可能です。北朝鮮と事を構えるということは、今や核戦争を誘発することに他なりません。それは無理です。如何に米国の軍事力が強力であっても、北朝鮮の軍事的な能力を全て粉砕することは不可能でしょう、それができるとすれば唯一、専制攻撃で北朝鮮全土を一気に核攻撃して反撃不能の状態にするしかありません。

 金正恩の斬首作戦や限定的な軍事作戦も難しいというしかありません。米軍がその気になれば金正恩の斬首作戦は成功するかもしれません。しかしそのような作戦が成功したとしても、その後の北朝鮮はどのようなことになっていくのでしょうか? 金正恩がいなくなったとして、その後北朝鮮の核兵器は誰が管理するのですか? 野放し状態となれば勝手に使われたり、闇で売却されたり、復讐に燃えて日本や韓国、米国に対してミサイルが飛んでこないとは限りません。金正恩を殺してしまえば、北朝鮮の命令系統は混乱して誰が何に責任を持って何を行うのか、さっぱりわからない状態となります。それは現在より更に危険極まりません。かつて核兵器を持った国家が崩壊した例など歴史上ないのです。核を持った北朝鮮を追い詰めすぎて、北朝鮮が首尾よく崩壊したとしても、一体その後統制の取れない北朝鮮はどうなっていくのか? 核管理の状況を含めて、世界中でわかる人などいないのです。核兵器を持った国が無政府状態になる、そのようなカオスは恐ろしすぎて想像できません。要するに米国も中国ももちろん日本や韓国を含めて、北朝鮮の現政権崩壊後の青写真はさっぱり描けていないのです。金正恩がいなくなって北朝鮮に友好的な政権が出現するというのは幻想にすぎません。後のことがわからなくて、むやみに軍事攻撃など行っても、成功しようが失敗しようが代償ばかりが大きすぎるのです。軍事攻撃が成功して代償がそれ以上のものとなっては何のために危険な軍事行動を行うのか、意味がありません。ましてや、中途半端な軍事行動を行って北朝鮮に反撃の機会を与えることになっては、今や水爆を保有している北朝鮮からの攻撃を韓国だけでなく日本も米国さえも受ける可能性もあるわけです。そのような選択はできるわけもありません。

中国の環球時報は核実験を止めさせるための強い警戒メッセージ

 カギを握る中国も北朝鮮に対してヘタに動くことはできません。中国の環球時報は4月の段階では北朝鮮に対して核実験を止めさせるための強い警戒メッセージを送っていました、当時環球時報は<北朝鮮が核実験など挑発的な行動に出た場合、中国は北朝鮮による石油輸入の制限など、これまでのような厳しい処置を国連安全保障委員会が決議することを決める>と石油の禁輸について警告していたのです。ところが9月3日の水爆実験の後は急に腰が引けました。中国政府の意志を代弁していると思われる環球時報は<中国が北朝鮮への石油供給を完全に停止、あるいは中朝国境を封鎖した場合でも北朝鮮による更なる核実験やミサイル発射を阻止できるかどうか不透明。むしろ両国間の対立が起こる可能性が高い。そうなれば中朝間の対立は米朝間の対立を超えるものとなり、朝鮮半島の中心的問題となるだろう。これにより米国と韓国は北朝鮮の核問題の責任を堂々と中国に転嫁することが可能になり、中国の国益にそぐわない状況になる>と考えを一転させたのです。これも北朝鮮が水爆実験に成功したことで、中国も北朝鮮と決定的な対立、ないしは北朝鮮の崩壊は絶対的に避けたいという現実的な思惑が見えます。北朝鮮の政権幹部は<弾道ミサイルは中国全土を射程に収めた>と暗に中国までも恫喝しています。北朝鮮は中国に対しても核保有国として強気な対応となってきていますし、中国も内心北朝鮮には相当腹を立てているでしょうが、現政権を後の目論見もなく崩壊させて混乱を招くというような行動は取れるはずがないのです、中国として北朝鮮にはある一定の制裁は課すものの、完全に追い詰めるわけにはいかないのです。

 政治学者のイアン・ブレマー氏は今年はじめ、インタビューに答えて、今年を一言で表すとすれば<恐れだ>と言っていました。ブレマー氏は彼の国際政治学者としてのキャリアの中で昨年までは大国間で大きな武力衝突が起こる可能性があるとは思わなかったと言っています。しかし今年以降は<絶対ないとは言えない>と明言していました。そして米国と大規模な武力衝突を起こす相手として北朝鮮、イラン、中国を挙げていましたが、現実にブレマー氏の指摘した通り、急速に脅威が増してきています。ブレマー氏によれば全体主義の北朝鮮は現在の世界の潮流の中で、時間と共に全体主義の継続が難しくなっていくとしています。それはどうしても民衆に情報が伝わっていくようになるからです。ブレマー氏によれば時間の経過と共に否応なく北朝鮮の独裁政権はその維持が難しくなっていくだろうというわけです。問題はその時、本当に現在の北朝鮮の金正恩政権の維持が難しくなった時に何かが起こる可能性が高いわけです。現政権である金正恩政権が仮に失脚あるいは殺害されると彼ら自身が本気で感じた場合は本当の危機が起こり得ます。むしろ米国からの軍事的な圧力でなく、今後生じてくるであろう全体主義の北朝鮮内部の矛盾から生じる金正恩政権の本当の危機が一番怖いのです。そうなった時、黙って金正恩政権が政権を放り出すわけもありません、歴史が示すように政権が危機的になった時は必ず外との緊張関係を作って政権維持を図るものです。北朝鮮の場合、その一番のターゲットが日本になる可能性が高いと思われます。韓国の人々に聞くと、北朝鮮は脅威ではあるが、本当に北朝鮮が韓国を攻撃するとは思っていないようです、それは北朝鮮も韓国も同じ朝鮮民族で、同胞を攻撃することはあり得ないと確信しているからです。そういう意味では北朝鮮が仮に暴発するのであれば、日本に対してあるいは米国に対してということで、特に日本を標的にしてくる可能性が高いわけです。

 米ソが激しく対立していた冷戦時代、欧州やアジアにおいても、仮にソ連が何処かの国を攻撃した場合、米国がソ連に対して反撃してくれるかどうかは疑問であると言われていました。それはソ連に攻撃された国を守って米国がソ連を攻撃すれば、当然報復として米国がソ連から核攻撃を受ける可能性があるからです。これと同じことで、北朝鮮が日本を攻撃したとして、その報復として米国が北朝鮮を攻撃した場合、米国も北朝鮮の核攻撃を受ける可能性が生じてきます。核攻撃を受ければ何十万、何百万という犠牲者がでます、そのような危険を冒してまで米国は日本を助けられるのか、という究極の問題が生じてくるわけです。既に韓国では本当の危機が生じたときに米国が助けてくれるかどうかわからないという懸念を基に韓国自身が核武装すべきだという世論が6割に上ってきました。日本では石破前防衛相が非核3原則の見直しについて発言していますが、政府はこれを否定、日本ではこのような危機にあっても核に対してのアレルギーは強く、核保有の議論は封印されると思われます。北朝鮮分析サイト<ノース38>によれば北朝鮮の保有する弾道ミサイルは1000基を超え、日本を射程圏に収める弾道ミサイルは最大で500から600基あるということです。もはや日本列島全体が北朝鮮の核、あるいは化学兵器の脅威下にあるのが冷酷な現実なのです。かように日本を巡る安全保障の現状は極めて脆弱なものになりつつあります。日米安保のタイを強めるしか日本に選択肢はないように思われていますが、もはやそれだけで足りるのか、国民全体が北朝鮮の脅威を真剣に感じ取らなければなりません。

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