<対中貿易赤字は巨額で制御不能。こんなことはもう終わりだ。そのために私は大統領に選ばれた>3月22日、トランプ大統領は中国製品に高関税を課す対中制裁を指示したのです。これを受けNYダウは2日間で1150ドルも急落、日本の株価をはじめ世界中の株式市場は貿易戦争の激化の様相に脅えたのです。その後米国と中国も水面下で交渉しているとの報道から、ここ数日は落ち着いた展開となっている世界の市場ですが、トランプ政権のタカ派ぶりは収まるわけではありません。かつて1929年NYダウの大暴落から始まって世界中が未曽有の不況に陥ってしまいました、世界大恐慌です。当時内向きになった各国は対立を深め、結果的に第二次世界大戦を引き起こす流れとなったのです。この時世界中で不況が激化した最も大きな原因は1930年米国で成立したスムート・ホーレイ法の制定と言われています。米国はこの法律によって関税を大きく上げ輸入の極端な制限を行ったのです。これをきっかけにして世界各国は関税の引き上げ競争となり、抜き差しならない対立状況が生まれ、対立は解消できず先鋭化し悲劇の戦争へと至ったのです。かような悲惨な歴史の教訓を得て、二度と過ちは犯すまいとして、1944年に新しい体制、ブレトンウッズ体制が作り上げられました。国際的な協調を最重要視して世界の政治、経済を安定させようとするシステムを作ったのです。金融はIMF(国際通貨基金)、世界銀行、そして貿易に関してはWTO(世界貿易機関)の前身であるGATT(関税貿易一般協定)という国際機関を中心に諸問題に対応しようという体制でした。これらの国際協調システムは米国を中心として米国の主導の下に作り上げられ、現在まで世界的な経済や貿易の基本的な秩序となってきたわけです。トランプ政権は今回、米国第一主義に従って、長年に渡って世界が作り上げて育ててきたかような大事な秩序を破壊しようとしています、事が米中という世界の2大国にまたがる問題になりますからより深刻なわけです。まさに世界はトランプ政権による<貿易戦争勃発か>と懸念しています。この行方はどうなるのでしょうか? 今回の強硬姿勢はトランプ氏一流のブラフでこの騒ぎはいずれ収まるのでしょうか? それとも世界は本当の<トランプリスク>に直面することになるのでしょうか? 米国の対中強硬姿勢は更に激しさを増し、中国は売られた喧嘩に対してどう対応するのでしょうか? 一連の懸念や疑念が世界の市場を覆っています。米国株だけでなく世界中の株価の動きも変調となり、為替、商品市場も波乱含みです。検証したいと思います。

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トランプ氏の直感に沿って政策が遂行され、留めがなくなっていく可能性も高い

 まずここにきてのトランプ政権の変容ぶりに注意しなくてはなりません。コーン国家経済会議委員長、ティラーソン国務長官という政権内の重しが消えました。これはトランプ政権内における自由貿易派、ないしは国際協調派の敗北を意味しています。しかしそれだけでなく、トランプ氏そのものの自らが律せない衝動的な性格に対しての懸念が更に高まったわけです。政権内にトランプ氏のイエスマンばかり揃って、トランプ氏に直言する人物が消えてしまいました。こうなるとトランプ氏の直感に沿って政策が遂行され、留めがなくなっていく可能性も高いわけです。貿易問題もそうですし、北朝鮮との交渉もそうですが、誰もトランプ氏を留める人物はいなくなり、トランプ氏の暴走が止まらなくなる可能性もあります。イアン・ブレマー氏は昨年<トランプ氏そのものが最大のリスク>と言って<トランプ氏が衝動を抑えられなくなる可能性がある>と懸念を表していましたが、現在のトランプ政権は政権発足後1年2ヶ月経過してトランプ氏の好きなような人事構成となり、トランプ氏の独裁体制のような様相になってきています。特に貿易問題など通商問題では大統領権限が強いので、大統領であるトランプ氏の一存で何もかも決めることができます。これが予算成立などと違うところで、この通商問題が今回の焦点でもあるので厄介です。

 次にトランプ政権の対中強硬姿勢が予想以上に激しいことです。合理的に考えれば米国経済の先行きや世界経済の先行きを考えれば中国と致命的な対立はしない方が得策なのは明らかです。しかし国際協調派のコーン氏は更迭されています。現在政権に残っているのは最も中国に対して強硬なピーター・ナバロ政策顧問、新しく国家経済会議委員長になった ラリー・クロドー氏も対中強硬派として知られています。またライトハイザー通商代表もタカ派で1990年代の日本との通商交渉では日本は散々な目に合されました。ロス商務長官も同じように貿易問題ではタカ派であり、ムニューシン財務長官は完全なイエスマンでトランプ氏に物を言うとは思えません。かような体制のトランプ政権です。

 一方今回の米国の行った制裁関税の実施に関してその影響について楽観的な見方もあります。というものUBSによれば今回のトランプ政権が発動した制裁関税、中国製品に対して25%の関税(125億ドル相当)を課したとしても、その関税によって上昇する米国の消費者物価指数の押し上げ幅はわずか0.1%程度ということです。また中国の経済成長率の押し下げ効果も極めて限定的であり中国のGDP成長率のわずか0.1%程度に過ぎないということです。これであれば例え現在言われているような制裁がなされたとしても、米中共に経済が大きく傷つくことはなく、実質的な影響は軽微である可能性が高いわけです、それならまさに今回の措置は中間選挙向けのパフォーマンスであって、驚くことになりません。<貿易戦争に勝者はいない>と言いますが、トランプ政権が強硬策に出れば中国も、そして米国自身も傷つくだけです、そのような不合理な決断をするとも思えません。また日本が鉄鋼やアルミの関税に対して同盟国としては唯一関税適用除外にならなかったのですが、これも日本の米国向けの鉄鋼製品は他の国での代替が難しい高い技術を有する製品なので、結局米国は日本から購入するしかなく、関税を課せば米国側の購入値段が上がるだけであって、いずれ日本と米国も貿易問題で妥協がなされるとの観測も広まっています。

 かように考えると、今回の措置はトランプ氏が中間選挙に向けて、国内向けに強硬策を演出しているだけで、例によって最終的には中国側と適当なところで妥協して、一件落着となりそうな気もします。そしてそのような楽観的な観測も広まっているわけです。

 米国側は中国に対して1000億ドル近い貿易赤字の削減を求めていますが、これは中国側がその気になれば、米国産大豆や牛肉、液化天然ガス、ボーイングの航空機などの輸入を増やせば解決できる問題です。そのような交渉を中国側と米国側は水面下で行っていることでしょう。

中国が一気に経済発展できたのは2001年WTOに加盟してから

 ところが今回、それでは収まらない難題が出てきているのです。知的財産権侵害の問題です、これは非常に解決が難しく米中で決定的な対立に発展しかない火種なのです。トランプ政権の下、共和党は昨年12月と今年3月の国政選挙で連敗しました、どうしても11月の中間選挙までは体制を立て直したいところで、そのために更に国内向けの保護主義的な政策を強化していくのはわかります。ところが知的財産権の問題となると単に中間選挙向けと言うよりは米国と中国の将来的な覇権争いという最もセンシティブな際どいお互い譲れない問題に発展していく可能性があるのです。

 そもそも21世紀に入るまで後進国であった中国が一気に経済発展できたのは2001年WTOに加盟してからです。中国は知的財産権を尊重するどころか、他国から徹底的に知的財産を模倣し、先端技術を巧みに習得してきたわけです。日本の新幹線技術などは最たるものであって、2004年日本は中国に新幹線技術を供与したわけですが、中国はそれをいいことにその技術を自らの技術として米国で特許を申請、今では中国は高速鉄道の輸出国となってしまいました。元は日本の技術です。高速鉄道の技術はいつの間にか中国発の中国の技術に化けてしまいました。中国の戦略は巧みです。まず高い関税を課して国内産業を保護し、中国市場に参入したい企業に関しては中国企業との合弁会社の設立を義務付けます。その後、その企業の先端的な中核技術の開示を厳しく迫り、技術を売り渡さなければ中国でビジネスができない状況に追い込んでいくわけです。中国では企業の上に共産党がありますから、中国の企業は実質全て共産党の支配下にあるわけです。これによって戦略的に企業を育成し中国国家の覇権達成のためにうまく使っていくわけです。どんな中国企業も共産党の意志に背くことはできない体制です。更に中国は中核的な技術を会得するためにはサイバー攻撃も行って西側の貴重な技術を盗み出してきたことは公然の秘密です。

 これまで中国市場における一連の技術移転の強要に関しては日本企業も欧州の企業も泣かされてきました。中国の知的財産権侵害の問題は日米欧共通の問題です。ですから今回の問題では米国は知的財産権侵害の問題をWTOに提訴したわけですが、これについて日本と欧州にも提訴に参加するように働きかけています。

 こうなると問題は中国の産業政策そのものに及んできますので非常に厄介です。この知的財産権の問題において中国側は絶対に譲歩するとは思えません。徹底的に反発して決定的な対立に発展する可能性が否定できません。

自動運転や電気自動車(EV)並びにAIの技術など次世代の技術については米国と中国が将来的な覇権を争うために、お互い絶対的に譲れないところです。これら次世代の技術において、ここに来ての中国の躍進ぶりは驚くべきものがあります。米国側は中国側の追い上げに相当な危機感を持っています。今回米国の通商代表部の報告書によれば<中国が自動車を外資に開放したのは、国有企業を近代化するように米国から技術を移転することが目的だった>と断じているのです。明らかに米国側はこのまま中国の思うようにさせてはまずいと対中強硬策に大きく方向転換しようとしています。

 こう見ていくと今回の米国と中国との交渉は単に中間選挙向けのパフォーマンスの域を超えて互いの将来的な覇権まで意識している可能性が高く、必然的に交渉は難航を極めるのは必至の情勢と思われます。この交渉は最終的にどのような決着をみるのか予断を許さないでしょう。

貿易戦争はいいことだ。簡単に勝てる

 3月2日トランプ大統領はツイッターに投稿しました。例によってこの発言は一種の暴言と思われています。しかしトランプ氏のこの発言は本音と思います。数々のディール、商売上の取引を行ってきたトランプ氏からみて、貿易問題の解決は本当に簡単に思えるのではないでしょうか。というのもこの貿易問題では米国側が圧倒的に有利な立場にいるからです。言うまでもないことですが貿易問題を考える時、輸入している側と輸出している側を比べれば輸入している側が交渉上圧倒的に有利なことは明らかです。米国は世界一の輸入国です、経済的、軍事的に圧倒的な力を持っています。その力をバックに有利な立場を最大限に利用すれば貿易交渉がうまくいかないわけがありません。まさに米国第一主義で米国の国力をバックに傍若無人に振る舞っても自国の利益を貫徹しようとすれば、輸入国の立場を利用してそれが成就できる可能性は高いでしょう。日本などは米国との貿易交渉において絶対的に二国間交渉はしたくないわけです、それではどうしても米国側に押し切られるからです。多国間交渉であれば真っ当な理屈も通用するし、穏当なところに結論が出せるからです。

 そして今回の貿易戦争問題の深刻なところはターゲットが中国だということです。この朝倉レポートでは何度も報告してきましたが、そもそも中国は膨大な不良債権にまみれています。中国での不動産バブル崩壊の危機が叫ばれて久しいですが一向にバブル崩壊はなく当局の巧みな政策誘導によって何とか市場を無理やりに安定化させています。しかし矛盾は累積し続けているはずです。中国は日本のバブル崩壊を反面教師にして不動産バブルのソフトランディングを目指しています。そのための構造改革を断行するためには、改革で悪化する国内景気を好調な輸出で支えるしかありません、中国はこの段階で輸出に支障をきたすわけにはいかないのです。中国は表面上<貿易戦争を決して恐れない>と発言しているものの、実は米国との貿易戦争はどうしても避けたいところです。中国の輸出額の2割は米国向けです、中国経済は深く米国に依存しています。中国の昨年10-12月期のGDPは6.8%増ですがそのうち外需による押し上げ部分は2%に達しています。新しい二期目の習近平政権の発足直後に混乱を生じさせるわけにはいかないのです。中国は大量に作り過ぎた鉄鋼などの供給過剰設備に苦しんでいます、経済をソフトランディングするためには輸出の拡大によって国内の余剰生産をさばき続けなければなりません。輸出の維持、安定的拡大は中国経済における絶対的な命題なのです。中国における米国への輸出額はその輸入額に比べて4倍という高水準です、仮に中国で米国への輸出が激減すれば中国国内の雇用情勢は悪化して中国経済はあっという間に危機的な状況に陥っていくでしょう。もちろん米中の貿易戦争が激しくなれば米国側も傷つきますがそれは中国側の影響に比べれば軽微なものでしょう。米国にとって中国からの輸入品は代替可能なものが多いのです。ですからトランプ氏は強気です、中国に貿易戦争を仕掛ければ負けることはないと確信しているのです。

 トランプ氏の交渉のやり方は、まず交渉の初めにとんでもないことを要求することです。例えばトランプ氏は大統領当選直後、台湾に急接近しました、最も中国が忌み嫌う行動を取って中国側を脅えさせたわけです。こうすれば元から考えていることを達成するためのハードルは軽くなるというわけです。これもトランプ氏一流の交渉手法だったと思われます。北朝鮮問題が片付けば米国としてはもう中国に気兼ねする必要はありません。政権内の人事は対中強硬派で固め反対勢力は消えました。トランプ氏は情け容赦ありません、貿易交渉ではやりたい放題で中国にとても飲めない要求を突き付けていくことでしょう。3月27日、トランプ政権は中国からの対米投資を制限する方法として、米国との取引を抜本的に制限する選択肢として<国家緊急経済制限法>の発動を検討していると報道されました。これは<異例且つ特別な脅威>への対応として大統領に非常事態を宣言する権利を与えるというものです。そしてひとたび非常事態宣言が発動されれば、その対象となった中国企業は取引停止や資産没収されてしまうというのです。まるで共産主義国家や新興国のような国際的な常識を度外視した強権的な法律発動の示唆です。中国側に対しての脅しと思いますが余りに常軌を逸していると思います。現在米国は半導体や次期高速通信5Gなど中国企業からの投資を禁じる技術セクターを特定する作業に入っていると伝えられています。

 トランプ氏特有の交渉上の高めの球は投げられました。今回の貿易戦争では米国側は中国側に対して驚くようなとんでもない要求をしている可能性があります。トランプ氏は貿易交渉において米国側が圧倒的に有利なことを利用して中国側を徹底的に追い詰めるつもりでしょう。米国との対立は回避したいと願っている中国でしょうが、中国もメンツの国です。黙っているでしょうか? 交渉の期限とされる6月まで、この2ヶ月何が起こるか予断を許しません。中国側は窮地に陥っていると思いますが、すんなり屈服するとは思えません。これは米国と中国の将来的な覇権争いという最も峻烈な、そして避けられない争いに発展していく可能性が高いのです。自動運転、AI、5Gこれらの技術の覇権を握ることは米国も中国も国家の帰趨がかかっています、事が事だけに今回だけはトランプリスクを甘くみるわけにはいきません。

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