期待されていた日銀による追加緩和はありませんでした。今回のレポートでは、緩和見送りに至った背景、そして 10 月 30 日に行われた黒田日銀総裁の会見と、政府の水面下での動きなどを詳しく分析し、さらに今後の動向予測についてお伝えします。

「緩和するのか、しないのか?」――先週末の市場の関心事はこの一点に集約されていました。10 月 30 日、12 時 20 分過ぎ「現状維持」という日銀からの第一報が届くと、株式市場の先物には一気に売りが殺到、午前中はプラスで推移していた日経平均は後場の寄り付き 12 時 30 分には前日比 80 円安となり、その後 10 分で 150 円安まで売られたのです。

ところが、そこを下げのクライマックスとして日経平均は上昇を開始、なんと前日比プラスで終わってきたのです。市場の衝撃はわずか 10 分で終了しました。市場は一時的に日銀の追加緩和見送り決定に失 望したものの、極めて冷静に対処したと言えるでしょ う。15 時30 分から始まった黒田日銀総裁の会見はやはり歯切れの悪いものでした。「2 年で 2%」の物価上昇目標達成時期を 2 年程度(実質 3 年)、そして今回は 4 年にまで伸ばしてきたものの、「物価の基調は着実に改善している」ということで追加の緩和措置は取らないということです。日銀なりの理屈はあるでしょうが、今まで日銀の発言してきたことが矛盾してきたと いう見方が広がることはやむを得ないでしょう。

しかし今回の緩和見送りという決断に対してはそれを支持する意見も多いのが実情です。日銀の金融政策自体が大きな壁にぶつかりつつあるという見方や、もう日銀の持つカード自体が少なくなっている現状では、もっと最適のタイミングを待つべきとか、もはや政府は日銀の金融政策だけに頼るべきでなく、補正予 算など財政出動に重きをおくべきなど、さまざまな意 見があったことも事実です。現実問題として「金融政策」という一本足で日銀に依存しすぎる政策は限界に近づいてきていたとも言えるでしょう。

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変わりつつある政府の姿勢

今回の緩和見送りの背景と日銀の政策を巡るさま ざまな問題点を見てみたいと思います。

まずはこれ以上の金融政策が景気浮揚に役立つの か、という根本的な問題が提起されてきたことも事実です。

現に今回は政府サイドからまったくと言っていいほ ど日銀の追加緩和に対する期待感は出てきませんでした。従来であれば、政府は金融緩和を期待して日銀に圧力をかけ、日銀がなんとかそのような政治か らの圧力をかわして緩和政策をやらないように持っていくというのがお決まりの構図でした。

歴史的に見ても日銀のような中央銀行には政治から緩和の圧力が絶え間なく生じるものです。「日銀法 を改正しろ」という声が消えないのも、緩和を渋る日 銀に対して政府が主導権を握れるシステムを作ろうという強い誘惑が背景にあるからです。

そういう意味から言っても、現状、中国経済の減速 から明らかに世界景気が変調になりつつあり、株価も夏から波乱含み、ここにきて鉱工業生産や貿易収支ならびに消費動向、そして街角景気などあらゆる景気指標が景気の急減速の兆候を示していました。で すから、政府としても本来であれば日銀に動いてもらいたいと思うのは当然のように見えました。

ところが今回は政府サイドからまったくと言っていいほど日銀に対する緩和要請は聞こえてこなかったのです。

逆に麻生財務大臣などからは「金融政策だけでは景気を浮揚するのは難しい」と、今回の政策決定会合直前に日銀の追加緩和発動をけん制するような発言が出ていました。

さらにアベノミクスで最初から安倍首相のブレイン と言われてきたリフレ派(※1)の重臣からも相次いで 日銀の緩和に対するけん制発言が出ていたのです。 エール大学名誉教授で安倍内閣の参与である浜 田氏は「今回は追加緩和の必要はない」と明言してい ましたし、同じ安倍政権のブレインである本田悦郎参与などからも「追加緩和よりも補正予算」との声が上がっていました。

追加緩和が消費に水を差す懸念

実際、ここにきて景気が落ちてきた背景のひとつは、 日本経済において思ったほど消費が盛り上がってこないことだと強く指摘され続けてきました。

春闘で久しぶりに賃上げがあったにもかかわらず、その上げ幅は小さく物価上昇に追いついていないというのです。消費者物価指数の上昇率はほぼゼロで統計上は物価上昇とは言えないものの、いわゆる生活必需品である食料品や日用品などは円安によって値上がりするものが増えていました。消費者物価指数の伸びを支出に応じた品目割合で見てみると約こ25%の品物が前年同月比で政府目標の2%を超えて値上がりしてきているというわけです。

また全品目を見渡してみると、値段が上がっているものの方が下がっているものより多いのです。これでは多くの人々が物価上昇を感じるのも当然でしょう。それが庶民の 懐 を直撃して消費を鈍らせているというわけです。

さらに日本では高齢化の進展からいわゆる現役の労働人口(15 歳から 64 歳)が減り、年金生活者が増えています。一方、労働市場に目を向けると、雇用情勢は大きく好転しているものの、依然として正社員の雇用よりも派遣や契約社員の数が大きいというのが 実情で、思ったほど賃金上昇の恩恵を受けていない のです。このような年金生活者、ならびに派遣や契約社員などはアベノミクスによる恩恵から遠ざかっている層と言えるでしょう。

これらを総合して日本全体として見ると、結果的に消費者全体の購買力が物価の上昇に追いついてい ません。そのため購買力が低下して、消費が盛り上がらず、ひいては日本の景気が拡大してこないという指摘があるのです。特にアベノミクスの恩恵が少ないと言われる地方からはこのような物価高に対しての懸念が大きく指摘されていたようです。

仮にこのような状態でさらなる日銀の追加緩和政策によって円安が進行し、食料品をはじめとする物価上昇が加速するようでは、生活苦が広がることになり、 日本全体の消費がかえって落ちる危険性があるという指摘がなされています。そのため、現状では追加緩和は逆効果になる可能性があるというわけです。

広がる国民意識の二極化

実際、10 月に行われた日経新聞のアンケート調査には驚くべき結果が報告されていました。アベノミクスによって「今後景気が良くなる」と思う人は 25%、逆に「景気が良くなると思わない」との回答が 58%にも及んでいるのです。

さらにこれを安倍政権の不支持層でみると、「景気 が良くなる」と思う人はわずか 6%、「良くなると思わない」がなんと 86%にも及ぶという惨憺たる数字です。

これは明らかに国民の間での二極化、いわゆるアベノミクスで株高や企業収益拡大の恩恵を受けている安倍政権の支持層と、食料品などの値上がりによってアベノミクスの負の部分だけを喰らってしまった層との差が激しくなっていることを示し ています。

もともとアベノミクスはデフレからインフレへの展開を無理やり強引に遂行しようという政策であり、インフレに誘導するということは持てる者がいっそう豊かに なっていく傾向が生まれます。いわば貧富の差がさらに開く、勝ち組と負け組がはっきりしてくる、そしてその結果として世の中の二極化傾向が広がってくるという副作用が生じる危険性はあったわけです。

今までのところ、物価目標の達成は実質的に遠のいているわけで、アベノミクスが掲げるデフレ脱却は「道半ば」なのですが、この段階において日本国民全体の意識の中でかように大きな差が出てきたことは驚きです。このままこの傾向が拡大すると一種の社会問題に発展しかねないとも言えるわけですが、政府はこうした二極化の進展に脅威を感じ、「今までの日銀による金融緩和政策をこのまま大胆に推し進めるもの危険性がある」という判断が政府内に大きくなってきたことも否定できないでしょう。

常軌を逸した国債購入

もうひとつは物理的にこれ以上の追加緩和が難しいという問題もありました。すでに日銀は国債を 300 兆円以上保有していて、今回も現状維持の政策ですから、今後も日銀は年 80 兆円国債保有残高が増えるように国債を買い増していくわけです。

追加緩和がなかったということで勘違いしてしまいそうですが、実は常軌を逸した日銀による国債の大量購入というマネーの限りない増刷は続けられているのです。

ということは、現状維持というだけで来年末には 380兆円、2017 年末には 460 兆円と、日銀の国債保有はますます天文学的な額にまで拡大していくわけです。 このままいけば日銀はまさに日本国で発行された すべての国債を保有していく勢いで国債購入を増や していくわけです。しかも現在、新規発行の国債は年40 兆円ですから、年 80 兆円増やそうとする日銀の買い付けに対して国債の売りもの自体が枯渇していくという物理的な問題も生じています。

これは今に始まったことではありませんが、GPIF などの年金基金がほとんど予定数の国債を売り切って、 都銀なども膨大な国債を大きく売却してきたので、実際市場で売られる国債が少なくなってきているのが実情です。追加緩和で国債購入を増やしたいが、買うべき国債が市場から消滅しているのです。

世界的に進む一連の中央銀行による国債の買い付けは世界的に国債市場の希薄化を招いています。特に日本は深刻で、その状態は日銀の政策によってさひどらに酷くなりつつあるわけですが、すでにルビコン川を渡った日銀は後ろを振り返ることはありません。こうした状態について IMF(国際通貨基金)は懸念を表明、国債の市場について「突如市場の流動性が枯渇することもある」、要するに、ある日突然急落(金利急騰)する危険性があると警告を発しています。

政府と日銀、次の注目ポイントは

こうした懸念が多々あるうえに、「緩和」と言っても日銀は今までじゅうぶんにやってきたわけですから、ハードルがかなり高かったことは事実です。

しかしすでに大きく踏み出した「量的質的緩和政策」を、景気が浮揚しないのに途中で放棄することもできません。景気が落ちてくればいずれどこかで動くしかないわけです。

30 日午後、日銀が追加緩和をせずに現状維持ということが報道されました。ところがそれから一瞬間をおいて政府が補正予算を編成するとのニュースが即座に流れてきたのです。株式市場はこの補正予算のニュースを好感したとともに、日銀に対してはどこかで追加緩和を行うだろうという期待が残りました。

それにしても日銀の「現状維持」を決めた直後に政府の「補正予算」の話が出てきたところは、あまりにタイミングが良かったようです。政府も日銀も独立しているわけですから名目上は政府も日銀も互いに協議したとは言いません。しかし日銀が「現状維持」をアナウンスすれば株式市場が失望することがわかりきっていた、そのタイミングで不思議と「補正予算」の話が価高を懸念しています。しかし中国発の世界的経済減速が避けようもないことを覚悟はしているでしょう。景気の現状は何か対策を打たなければならない状況であることは明らかです。そういう意味では、まずは補正予算に焦点を当て、その正式発表時点で日銀の追加緩和も一緒に発表して政策効果を高めるという選択肢もあるでしょう。

ちなみに 11 月 16 日(月)には 7-9 月期 GDP が発表になります。これが 4-6 月に続いて 2 期連続のマイナスに転落するとの見方が広がっています。そうなれば 2 期連続のマイナス成長で景気後退ということになってしまいます。その時点で政府も日銀も無策という わけにはいかないでしょう。まさに何かを発動するしかありません。ですからそれを見越して、この時点で補正予算の話が大きく出てきているわけです。

日銀の次回の政策会合は 11 月 17 日、18 日です。16 日の 7-9 月期 GDP の発表を見てから政府の補正編成のアナウンスとともに日銀も動くとい う選択肢も大いに考えられるところです。

いずれにしても中国発の景気減速の波が日本を襲って来るでしょう。幸いなことに中国発の需要減による商品価格の下落は簡単にインフレを生じさせない環境を作っています。政府がいくら思い切った補正予算を組んでも、その財源に国債を利用しても、そして その国債を日銀が購入しても現状では物価が大きく 上がるようなインフレ傾向は生じないでしょう。

やみくもに日銀に追加緩和させるよりは、もっと実質的に景気を刺激できる財政政策を使って国が資金をばら撒く「大型の補正予算編成」の方が景気浮揚の確実な手段として現状では理にかなっているかもしれません。

今回日銀は追加緩和を見送りました。しかし政府サイドはしっかり景気対策を用意していると思っていいし大きく報道されたところにマスコミ誘導の恣意的な匂いを感じないわけにはいきません。

今まで書いてきたように政府は追加緩和による物でしょう。「追加緩和なし」との発表直後に補正予算の話が大きくリークされたのは偶然とは思えません。

日銀も政府も景気に対して深刻な危機感を共有しているはずです。そして水面下で話し合っているに違 いありません。

「追加緩和」は、今回ありませんでした。しかしそれ は後に大きな対策が控えていることの証左でもあるでしょう。

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