<3%の引き上げとの社会的な期待を意識しながら検討を行う>経団連は異例の数値付きで来年の賃金の引き上げについて労使交渉の指針案を発表したのです。経団連は賃金の伸び率を3%にするよう加盟各企業に求める方針です。ここ数年はアベノミクスの成功を目指して安倍政権から経済界に対して賃上げへの大きな圧力がかかっていました。経済界として賃上げは行ってきたものの、先行きが不透明な世界や日本の経済情勢を鑑みて、渋い回答を続けてきたわけです。ところがここにきて日本企業の業績は絶好調、株価も高値を更新、企業業績は毎年史上最高を更新し続けるという状況です。日本企業の儲けは積み上がり、儲けの蓄積、いわゆる内部留保は膨大になってきています。東証に上場している3500社の内部留保は9月末時点で約260兆円、昨年から8兆円増え、金融危機前の2007年末から約86兆円も増えたのです。日本でナンバー1の企業、トヨタ自動車の内部留保は18兆円と巨額です。10月に行われた衆議院選挙ではこの日本企業の余りに巨大に積み上がった内部留保が話題になり、希望の党からは内部留保に課税しろ、などとの提案もなされたほどです。これほど企業が儲けを積み上げているなら従業員に還元しろ、との声が広がるのも当然でしょう。それほど日本企業は儲かっているわけです。

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本当に<デフレ脱却>はなるのか?

 一方で賃金の上昇率が企業の儲けほどでなく、賃上げが物価上昇や各種の税金や社会保険料の引き上げに追いついてなく、実質収入が減っているという声が止りません。安倍政権はデフレからインフレへと金融政策をはじめ、様々な諸政策を総動員しているわけです。しかしながら賃金上昇―購買力拡大―物価上昇という目標としている経済の好循環を成し遂げるには至っていません。そういう意味では何としてもかつてのような毎年ベアアップがある継続的な賃上げを成し遂げたいわけですが、それを政府が企業に強制するわけにもいきません。日本は民主主義ですから政府が企業を意のままに動かすというわけにもいきません。勢い、政府としては企業が賃上げできるような環境作りを行うしかないわけです。そして今政府や政策の努力もやっと実りつつあるように思えます。まだ世間では賃上げについては懐疑的な見方が大勢でしょうが、水面下では日本においても賃金上昇の機運が広がってきたように思えます。現実に賃上げが起こってくると、やっと物価上昇にも連鎖するようになっていよいよ日本も念願の<デフレ脱却>という目標を達成できるようになるかもしれません。本当に<デフレ脱却>はなるのか、賃上げを巡る情勢をみてみましょう。

 政府は賃上げを成し遂げるための、アメとムチの政策を実行します。政府は賃上げや設備投資に前向きな企業の法人税の実質負担を25%程度まで下げる仕組みを導入する予定です。日本企業は膨大な儲けを出し続けているのですから、十分に賃上げを行う余力は持っています。ここにまず減税というアメを与えるわけです。実質29%台の税率が25%にまで引き下げられるのは企業にとって大変な魅力でしょう。賃上げすれば多大な減税の恩恵が受けられるなら企業は合理的に考えて賃上げを行うでしょう。またそれだけでなく政府は賃上げを実行しない企業に対してペナルティー、要はムチの政策も用意しています。政府は今後一定の条件を満たした企業の税を優遇する租税特別措置を見直して、条件を厳しくして適用できなくする方針です。これでは企業側も政府の方針に従って賃上げを行った方が理に合うというわけです。

 これはある意味政府が強引に賃上げを強制するような政策ではありますが、当然効果はあるでしょう。しかしながら現状はこのような強制的な政策を取らなくても賃上げが全般的に起こってきそうな気配なのです。というもの日本は人口減少から深刻な人手不足が年々酷くなる一方だからです。有効求人倍率は1.52倍と43年ぶりの高水準で企業は簡単に人を採用することができません、既にパートや派遣、アルバイトの世界では年率2%近い賃上げが起こっています。正社員の有効求人倍率も1を超えてきたので、いよいよ正社員の給与も火がつく一歩手前でしょう。

 人手不足が深刻化していることは連日のニュースです。最近では年末にかけての外食業界や運輸業界で人員確保の難しさが話題になっています。外食業界では従来24時間営業は当たり前だったのですが、多くの企業が次々と24時間営業から撤退していきました。夜間に働く人が確保できないからです。そして最近ではついに24時間営業どころか、年中無休のビジネスモデルを転換する動きが広がってきたのです。外食できるレストランは年中無休で24時間営業が一般的なサービスとして定着していました、いつ何時でも入れるところが魅力だったはずです。ところが今後は午前2時に閉店したり、逆に休みをとるようになる、それも年末年始のかきいれ時に休みに追い込まれるところが出てきたのです。まさに人手不足の影響です。こんな状態では賃金を上げて人を確保しようとするのは当然でしょうし、この流れ自体は日本全体の人手不足状態を考えると収まるどころか過熱していく可能性の方が高いと思われます。

人を確保するために3割以上も時給を引き上げる?

 今年話題となったのはヤマト運輸です。異常な残業が社会問題にまで発展しました。そしてヤマト運輸は働き方改革ということで膨大に溜まった残業代を支払うと共に、給与の引き上げを行いました。そして今では年末年始に向けて配送が爆発的に増えるのを見越して、ヤマト運輸は時給を大幅に引き上げて人の確保に動いてきたわけです。ヤマト運輸の提示した時給は一部の地域で時給2000円です、これは昨年より500円(33.3%)も高いのです。3%どころの賃上げの話ではありません、その10倍強です、短期雇用ではありますが人を確保するために3割以上も時給を引き上げることを決めたのです。ヤマト運輸は1万人の雇用確保を既に発表しているわけです、この人手不足のご時世に1万人もの求人を行い、しかも一部の地域とはいえ、昨年比3割強の時給引き上げを行うことをアナウンスしては、他の競合する各社はたまらないでしょう。外食業界が悲鳴を上げて年末のかきいれ時を休みにしてしまったのも人手が確保しづらいという現状を考えれば納得がいくわけです。これこそまさに経済の原則であって人手不足が自然に賃金上昇を加速させたということです。

 これはまだ運輸業界や外食業界など一部の業界での動きですが、今後コンビニ業界などに波及していくことは必至でしょう。日銀黒田総裁は運輸業界で起きた流れにふれて<賃金コスト上昇を起点とする価格上昇圧力が相当高まってきている>と述べていましたが、現実にそのような流れは起こってきているのです。本日発表になった10月の消費者物価は前年同月比0.8%の上昇ですが、これに先立って発表された10月中旬の東京都区部の生鮮食品を除く消費者物価の総合指数(コア指数)は0.6%増です、これはヤマト運輸が10月に個人向け配送料を前年比8%引き上げたことが指数の上昇を引き起こしたのです。かように賃金を上げて、サービス価格や製品価格を上げていく、という流れはやがてもっと多くの産業を巻き込んで全国的に強まっていくはずです。

 そもそもヤマト運輸の例は特別なケースでもなく当然、起こるべくして起こってきた事例なのです。今までの賃金が異常に安すぎたわけで、今回のヤマト運輸の賃上げは日本の賃金体系が普通の状態に戻るプロセスに過ぎません、ヤマト運輸の賃上げ、それに伴うサービス価格の値上げは当然のことなのです。

 何故、日本では今までヤマト運輸などの宅配便の仕事の給与が安かったのでしょうか? 今年ニュースで明らかになったように今までの日本は重労働に対して見合った給与が支払われていないという根本的な問題がありました。それは許されなくなったのです。

日本のサービス業の労働生産性は極めて低い?

 日本のサービス業の生産性をみてみましょう。驚くなかれ、日本のサービス業の生産性は極めて低く、米国の生産性の半分に過ぎないのです。世界の労働生産性の統計をみると、日本の場合労働生産性が極めて低く、主要先進7ヶ国では最下位です。OECD加盟35ヶ国に広げても日本の労働生産性は20位とギリシア並みです。日本は製造業の生産性は高く、だから輸出できるわけですが、反面、飲食や宿泊、小売りなどサービス業の労働生産性は極めて低いのです。日本は製造業が注目されがちですが、実はGDPのシェアで見ればサービス業が7割を占めています。サービス業の生産性改善は大きな課題です。

 ところが最近、日本のサービス業は<おもてなし>精神の下、余りに過剰なサービスが安売りされているという指摘が出てきました。公益財団法人<日本生産性本部>は、日米のサービス品質を比較した調査を行いました。米国滞在経験のある日本人、日本滞在経験のある米国人への聞き取り調査です。その結果日本のサービスの品質は、日本人米国人共々、対象とした28分野ほとんどで日本のサービスが米国のそれを上回るというのです。米国や欧州、その他の地域に旅行した人ならわかるでしょうが、小売店はじめレストラン、ホテル、何処にいっても外国では日本ほどサービスが行き届いていません。にもかかわらず値段は高いわけです、<おもてなし>の精神もない外国の小売店の店員がどうして日本の店員より生産性が各段に高いのでしょうか? 米国はじめ日本の2倍も生産性が高いとは信じられません。要するに日本のサービスは余りに行き届き過ぎていて、人手や手間がかかり過ぎているのです。宅配便、タクシー、小売店、理容、美容全てが日本においては外国と比較して高いサービスを提供しています。いわば日本のサービスは素晴らしさの割には余りに対価が低すぎたというわけです。これが訂正されて適正価格になろうとしているのが今です。こう考えるとこれらサービス業の賃金は上昇することはあっても低下しづらいでしょう。

 また今年になって企業の幹部クラスの年収の上昇が起こってきています。特に中途採用市場において年収1000万円クラスの求人が急増しています。高収入層は今まではヘッドハンターを使った募集が中心でしたが近年は堂々と求人を表に出して戦力を募る企業が増えているのです。企業も世界展開しているところも多く、人材の国際的な流動化も起こっています。その中では高いスキルを持った人材についてはどの企業も欲しいわけです。現在東南アジアでは企業の幹部クラスの年収は10万ドルを超えています。そしてそれが年々7-8%ずつ賃上げされているのです。ところが日本ではここまで相変わらず2%の賃上げがやっとの状態です、仮にこのまま日本では2%の賃上げで東南アジアなど海外では7-8%の賃上げが続けば10年経てば給与の差は倍近く広がってしまいます。それはあり得ないでしょう。いずれにしても日本でも幹部クラスや高いスキルを持った人材は給与面でも優遇していかないと人材は海外企業にさらわれてしまいます。かつての時代は日本の企業で働く人が高収入だったわけですが、現在残念ながら諸外国に追いつかれ状況は変わりました。その状態において日本より大きな賃上げが続く東南アジアや中国に比べて、日本全体がいつまでも低い給与でいられるわけもないのです。まさにかつて中国や東南アジアから安い賃金と物資が入ってきたのとは逆に、今度は追いつかれた日本が追い抜かれてしまう状況となりましたので、国際的な標準的な給与に追いつくためには給与が上がっていくしかないわけです。これが国際展開している企業で起こり始めたわけです。こうして企業の幹部クラス、あるいは高スキルを有した人材においては日本においても給与アップが当然の流れになってきたわけです。

 かようにデフレが長かった日本において、国際的な標準化の波から日本でも賃金が上昇していくのが当然の流れになっていくように思います。まずは日本全体に広がっている広範囲なサービス業全般の賃上げ、そして企業の幹部クラスと高スキルを持つ人材の継続的な賃上げが始まっていくわけです。

 政府も賃上げを後押ししますし、そもそも株価がこのような激しい上昇を始めたこと自体、近い将来の日本における<デフレからインフレ>への変化を意識したものでしょう。なかなか上昇しなかった賃金がいよいよ日本でも上がってくるものと思います。来年は賃金上昇―購買力拡大―物価上昇へと好循環が始まるように思います。そして一度その波が始まると今度は止まらない波となって株高や物価高が加速していくでしょう、こうして日本でも今は全く想像できませんが本格的なインフレへと動き出すように思えます。

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