<期待以上に経営側が答えてくれた>甘利経済財政・再生相は国会内で記者団に笑顔で話したのです。安倍首相も大喜びということです。今年の春闘は予想以上の結果となりました。昨年までは物価が上昇してもいったい賃金が上がるのか? という懸念が世間に渦巻いていたのです。アベノミクスと騒いで円安になり株が上昇、そして最近では物価の上昇まで始まって政府の目論見通り、デフレ脱却は見えてきたかもしれないが、一体庶民の一番の関心事である賃上げがあるのか、それともそこまではいかないのか、世の中は疑心暗鬼だったのです。ところが今年の春闘は多くの企業が堰を切ったかのように数年ぶりにベアアップの回答、円安を追い風に好決算を出す自動車や電機などは労働側の要求に対して満額回答も続出したのです。万年不況と思われていた鉄鋼業でも14年ぶりのベア復活と春闘は例年になく盛り上がったのです。これで4月からの消費税引き上げも何とか乗り切り、アベノミクスによる経済の追い風を受けていよいよ日本も本格的な景気回復に突入していく様相です。

中小企業のベアアップの問題

 一方でまだ懸念されているのは、日本経済の大部分を占める中小企業のベアアップの問題です。大企業であれば経営的な体力もあるし、政府の要請に答えて賃上げも可能でしょうが、中小企業はそんな簡単にはことは運べません。景気は水物ですからいつ何が起こるかわからず、中小企業の経営者としては安易に今の状況に浮かれてベアアップなどすれば将来、状況が悪化した時に苦しむ可能性もあります。経営者であれば世間の浮かれた波に乗って調子よく大盤振る舞いとはいけないのです。中小企業であればこそ、自らの企業の経営には慎重を期さなければなりません。当然、従業員は賃上げを望んでいますし、そうしてあげたい気持ちはありますが、まだ状況を見極めたいというところが、中小企業経営者の本音でしょう。この辺のところをみて、マスコミ各社も春闘の後に中小企業の賃上げが全国的に実行されるかどうかが今後の焦点としています。

 ところが、今の中小企業の実体はマスコミが報道しているような、悠長な状況ではないのです。実は今、日本全国の中小企業は極端な人手不足に陥っていて、まずは何としても人材を確保したい、そうしなければ仕事がこなせない、という悲鳴を上げているのです。もちろん業種間、そして企業同士の温度差はあるでしょう、しかし一部業種では明らかに人が集まらない確保できない、という極めて深刻な状況となってきたのです。特に建設、医療、福祉、運輸業などは全く人が足りない、仕事が遂行できないという悲惨な状況になりつつあります。賃上げは当然、考えていくわけですが、それよりもまず人材を確保したいという切実な状況を何とかしたいのです。

 中小企業は大企業と違って知名度もありません。いざ人材不足となって人を集めようにも大企業のように3-5%程度の賃上げを行ったからといって人が直ぐに集まるまでにはいきません。本当に集まらないようになると給料を思い切って上げて人材募集をかけても、人はまるで蒸発したかのように来なくなってしまうのです。

有効求人倍率は鰻登りに上昇

 日本の有効求人倍率、いわゆる求職者を求人数で割った値は昨年から鰻登りに上昇を始めています。有効求人倍率が1であれば求職者と求人数はマッチしているので経済は悪くない状況と思いますが、日本ではこの数字が1以下を這いつくばっていたのです。いわば日本経済として人が余っていた状況だったのです。ところがこの有効求人倍率が昨年末に1を超え、1.03となり今年1月は1.04となりあれよあれよという間に人手不足が目立ってきました。これは日本経済全体を示す数字ですから業種全体の平均的な動きを示しているわけですが、先ほど指摘したように中には極端に人手不足となって深刻さを増している業種もあるのです。これらの業種の有効求人倍率は驚くべき値となってきていて、これではまともに人が雇える状況とは思えない水準にまで上がっているのです。

 特に安倍政権はオリンピック誘致を成功させたことにより、2020年までは日本全土で、東北の復興工事もある関係で大規模な建設関係の大型工事が相次ぐわけですが、この建設に従事する人たちが極端な人手不足、これは直接的な建設従事者だけでなく、資材を運ぶ、運転手やトラックなど各方面が大変な状況となっているわけです。人が集まらなくても建設会社としては受注した工事は契約に基づいて工期までに仕上げなければなりません、それには無理をしてでも何としても人を確保しなければならないのです。賃上げなどとういう流暢な事ではありません、まず人手を確保、いくらだろうが、まずは働いてもらうことを決めてくれるのは先決です。こうなると結局は需要と供給の関係で賃金も決定していきます。自然に思わぬような高賃金が出現するのです。

建設業界の有効求人倍率は9倍!

 建設業界でも専門的な技術を持つ鉄筋工や型枠工などは引っ張りだこです。今やこの仕事の有効求人倍率は何と9倍なのです。一人に対して9社が競争して奪い合う状態です。また大工や左官などの仕事は倍率が3倍、とても人材が確保できる状況ではありません。これらの業種の中小企業では春闘とか賃上げ5%なんて話とは全く次元の違った世界が展開されています。ここでは人材確保のためには思い切った高賃金を提示する必要があり、それができなければ仕事を遂行することなどできないのです。

 また大企業においても全般的に景気回復で人材確保が難しくなっていくと、やはり自然の流れで賃金を引き上げる傾向となります。今年の春闘では経営側は日本政府の要請に答えて賃上げを実行したと報道されていますし、それはそういう一面もありますが、業績的な裏付けがあることも事実です。しかしながらこれらベースアップの話は主に正社員の待遇の話です。

企業として人手が足りなくなるとまずはパートとかアルバイトを使った人手不足の解消を目指すのは最初で、この意味では賃金の実勢はまずはパートやアルバイトの給料に出てきます。アルバイトの給与体系をみると3大都市圏では時給が昨年12月には平均で959円となってこれは今や調査開始以来の最高額にまで上昇してきたのです。一方人材派遣大手のテンプスタッフやパソナは契約した会社と派遣の代金の3-5%の引き上げを要請、実勢で上昇している賃金体系に合わせようとしています。

加速していく?中小企業の賃金引上げ

中小企業のヒアリングでは<賃金を引き上げる>との回答が急速に増加しています。その一番の理由は<人材確保>ということで<業績回復>ではありません。中小企業としては背に腹は代えられないというところです。一部の見方ではこの中小企業の賃金引上げの波は一時的なものではなく、今後加速していく可能性が高く、賃上げ率は簡単に大企業を上回ることになっていくというのです。人が集まらないのが深刻なケースはより一層、中小企業に現れるわけです。人が欲しければ一般的に知名度のない中小企業では大企業に比べて高条件を提示するしかなく、これも当然と言えば当然です。今後は中小企業の賃上げの動きが跳ね返って大企業に波及していくという見方が出てきました。

実はこの恒常的な人手不足は日本の構造的な問題でもあるのです。日本の人口は減り始めました。労働人口も確実に減っています。総務省の<労働力調査>によれば日本の労働人口は1998年の6808万人でピークを打ち、下がる一方なのです。直近の2014年1月では労働人口は6563万人となり16年で約3%の減少です。この数字は労働人口全体の数字ですが、実は若年層についてみると、同じ期間驚くべき現象が起こっているのです。15歳から34歳までは同じ期間23%の減少、25歳以下に限ると、同じく同じ期間で40%の減少となっています。これでは近い将来、日本では労働の担い手が激減、深刻な労働力不足となることは火を見るよりも明らかです。団塊の世代が2017年には70歳となりますます第一線から引退していきます。日本は今後深刻な労働力不足に見舞われるのは必至ですが、その過渡期にアベノミクスという大規模なインフレ景気対策が実行されたのです。当然、人手不足の加速から賃金インフレへと波及する可能性が高いのです。

高騰する建設費

公共投資の入札の不調が全国で相次いで報告されていますが、ほとんどは人件費と資材の値上がりをカバーできないからです。築地市場の豊洲への移転は昨年最初の入札で落札者がいないというみじめな結果となりました、やり直した今回は6割高い値段を掲示してやっと落札に至りました。東北の被災地では入札不調が相次ぎ復興工事が一向に進んでいません。全国から職人をかき集めているのにこの有様です。3月9日の日経新聞の報道によりますとイオンやセブン・アンド・アイの傘下のスーパーは余りに建設費が高騰しているので出店計画を大幅に見直し、出店を2-3割減少させるというのです。というのも商業施設の建設費は現在3.3平方メートルあたり40万円前後で推移していて、これは震災前の水準を5割も上回るというのです。出費が5割も増える勢いでは出店計画の見直しも当然です。この5割高、6割高が今の建築費の実勢なのです。

 社会が発展し、高学歴化してきますと、どうしても大卒者が増えて、そのキャリアを生かした事務職の応募が増えてきます。一方でかつての高度成長期や日本が戦後発展する段階では高卒者は金の卵と言われ工場や建設業などの体を使う仕事に従事してきました。かつて日本は1億総土建屋と言われ、全国津々浦々中小の建設会社に溢れたわけです。公共投資と民間の建設ラッシュの波に乗って1990年のバブル崩壊までは、これらの建設関係の会社は潤ってきたのです。ところがバブル崩壊で状況は一変、仕事は激減しました。その後20年以上に渡る工事量の減少に苦しみ、多くの建設業界は大小を問わず、苦難の時代だったのです。この間、人は減り、事業規模は縮小し、業界全体として瀕死の状態が続いてきました。リストラに次ぐリストラで賃金も下がり、多くの企業は消えていったのです。若い人たちは建設業や単純労働を嫌いました。いわゆる3Kと言われ、汚い、危険、臭いと敬遠されてきたのです。20年以上に渡る長い期間の工事減、リスリラ、人気離散の影響は強烈です。時を経るにしたがって業界は全く姿を変え、働く人達の年齢構成も変わってしまったのです。農業従事者の平均年齢が65歳と言いますが、建設に従事する労働者の平均年齢も55歳以上と言われています。タクシーやバス、トラックの運転手も高齢化が進み今や55歳以上が6割となりました。とにかく若い人が来ないのです。こうして若い人がいなくなり、多くの中小の建設会社が淘汰され、極端に少なくなったこの時点で、アベノミクスとオリンピックによる未曽有の建設ラッシュが始まろうとしています。

ですからこの需要を担うだけの人が確保できません。オリンピックが決まったのは昨年9月で、その関係ではこの4月から予算の執行が始まるのですが、その前の時点の今の状態で極端な人手不足ですからこれからは想像を絶する状態が待っていると思っていいでしょう。インフレは来ないといいますが、とんでもないことです。既に建設関係をはじめ、医療、福祉、運輸業の人手不足の影響はついに賃金体系に大規模に現れ始めているのです。

実勢価格が5-6割も上昇した建設費は今後下がることなどありません。となればこれから作られるマンションや住宅の価格が爆発的に上昇してくるのは当然の流れなのです。アベノミクスは日本にインフレを引き起こすことに成功するのです。人々の賃金もこれから全国的に上がっていくことでしょう。円安はますます進み輸入物価の上昇が止められなくなります。春闘で喜び、賃上げに喜ぶのは束の間の間のことなのです。止まらない物価上昇という真正のインフレが日本を襲ってくるのです。やがて人々はわずかな賃上げを上回る物価上昇の波に驚愕することになるのです。