<日本銀行は量的質的緩和の出口の手段を十分に有している>日銀の中曽副総裁は在米商工会議所などの合同昼食会でこう述べたのです。中曽副総裁によれば、中曽氏は日銀の量的緩和からの出口の経験があり、当時自身が金融市場局長として出口戦略に関わったということで、この経験が生かせるというのです。日銀の副総裁という立場でこのような発言をするのですから、いい加減なことを言っているはずはなく、日銀は今回の量的質的緩和政策の出口戦略に自信を持っているな、と安心しそうです。中曽副総裁の温厚そうな顔をみるととてもはったりで発言をしているとは思えず、日銀は成算を持っているに違いないと思うわけです。

日銀の量的質的緩和政策に出口はない?

 ところが実際問題としては誰がどう考えても今回の日銀の量的質的緩和政策に出口はない、というのが当たり前の考えであり、多くの識者がそのことを指摘し続けています。私は自分の著書でも毎回のように書いてきましたし、国会でも質問され、様々なメディアもこの日銀の出口政策について疑問を呈してきました。そして今回の中曽副総裁の講演でも、また日銀の黒田総裁の話でも、具体的にこの出口戦略に対しての納得のいくような手段は一つも提示されてきていません。出口戦略についての手段を聞くと<時期尚早>との一点張りでごまかされてきています。ドイツのメルケル首相は日本の量的質的緩和について<いったいどうやって出口を見つけるつもりなのですか?>と安倍首相に疑問を呈していましたが、これはECBやユーロ圏の政策当局の率直な疑問と言ってもいいでしょう。私だけではないと思いますが、識者もユーロ圏当局者も日銀の出口戦略が如何なるものか、どうしても思いつかないのです。

 野村総研のリチャード・クー氏は日銀の量的質的緩和政策について<あんな出鱈目な政策はない>と切って捨てています。普通に考えての懸念は一端物価が上昇し始めたらどうするか、ということです。物価が上昇し始めれば市場にばら撒かれた資金を吸収しなければ大変なことになります、具体的には日銀が大量に買い集めた国債を売却して民間の資金を吸収するということですが、これが物価上昇時には誰も国債など買いたくなく、結果的に国債を無理に売ろうとすれば、買い手がいないために国債暴落を引き起こすことが必至だからです。量的緩和政策については正常化を実現できて初めて歴史的な評価が与えられると思いますが、クー氏によれば<量的緩和をどうやって実行するかという論文は無数にあるが、どうやって止めるかを正しく示した論文は一つもない>というのです。中曽副総裁は、まるで日銀は世界の経済界をリードする驚くべき手法を駆使するマジシャンになれるとでも言うのでしょうか?

 実際、量的質的緩和に出口がないというのは単純に考えても明らかなのです。FRBでさえ初めてのことで今それを実験中です。日本のケースとしてこれからインフレ目標が達成できた後を考えてみましょう。

 インフレ目標が達成できて景気が過熱してくればそれを冷やす方法は古今東西、金利を引き上げることです。どの国でも行われている伝統的な金融政策ですが、これは日本の場合は1000兆円という膨大な借金があるので、金利を引き上げることは金利負担が膨大になって財政破たんを意味しますから実行することはできません。ですから日本では金利を引き上げることはできません。

 次に日銀が保有している国債を売却して市場から資金を吸収するという方法もあります。これも先ほど書いたように国債の暴落を引き起こしますのでできません。

 もう一つ言われているのが、日銀の当座預金の金利、いわゆる<付利>を引き上げるという方法です。現在日銀は市場まれにみるような資金供給をしていますが、日本で本格的なインフレは起こっていません。民間の銀行は国債を日銀に売却してその資金を日銀の当座預金に寝かせています。これが市中に出れば多くのマネーがうなりを上げてインフレになる恐れがあるのですが、この膨大な資金は日銀の当座預金に置いたままなのでインフレにはなっていません。何故、民間の銀行が資金を融資せずに日銀の当座預金に寝かしているかと言えば、貸出先がないからです。いわば銀行は使える資金をふんだんに有しているわけですが、使い道がないので、やむなく日銀の当座預金に寝かしているわけです。

 インフレが起こるということは、この資金が世の中に出て初めて生じる問題です。有り余った資金が銀行という窓口を通じて市中に山のように出始めるとマネーの洪水となって本当のインフレが起こるわけです。ですから日銀はマネーの総量をコントロールして膨大な資金を供給しながらも、その資金が程よく市中に流れるようにと絶えず監視しているわけです。

 いざ、インフレ気味になると銀行は資金需要が活発になりますから、日銀の当座預金に資金を寝かしておくよりも、融資に回した方がいいと考えます。例えば物価が毎年2%確実に上昇するケースを考えてみましょう。そうならば1%で融資をしてもらって商品なりものを購入した方がいいわけです。こうして資金需要が起きます。そうなると銀行には日銀の当座預金の残高は山のようにありますので、いくらでも資金を供給できるようになります。そうなると世の中にお金が回り回ってインフレが止まらなくなるのです。

 ですから日銀としては銀行が日銀の当座預金から資金の流出が止まらなくなったとき(インフレ気味になってきたとき)、この日銀からの蛇口に蓋をしようとするわけです。それが日銀の当座預金の金利の引き上げです。金利を引き上げて資金の流出を止めるのです。現在、民間の銀行が日銀に資金を預けている、いわゆる当座預金には0.1%の金利がつきます。いざ、インフレになった時に出口戦略として最も可能性が高いと思われる手段は、インフレ時に資金を日銀の当座預金に留めておくために、この当座預金金利を市場金利並みに引き上げるという政策なのです。様々な識者から出てくる日銀の出口戦略の本命はこの当座預金金利の引き上げです。

 ところがこれも上手くいくはずがないのです。今までのように0.1%の金利を支払い続けるのであれば全く問題はないですが、これがインフレ時に2%とか3%とか5%とかの金利をつけるとなると話は別です。日銀の当座預金残高は膨大ですからこの資金にそれ相応の金利を付けるとなると、日銀はその金利支払いだけで膨大な赤字を被るようになってしまします。何しろ日銀の資産はほとんど低金利の国債で大きな金利収入はありません、そのうえ今まで儲かった資金は国家納付金として国家に納めてきています。ですから収入がないのに当座預金の金利を高くすれば日銀は大幅な赤字となるのです。そんなことを続ければ日銀の財務は完全な債務超過に転落してしまいます。そうなれば円の価値を保つことはできないでしょう。

日銀の赤字は年間2-3兆円単位で続くことになる

 既に日銀出身の識者のなかには、出口戦略の時は日銀当座預金金利の引き上げが実行されるので、その結果として日銀は赤字になるので、日銀の国家へ納付金は払えず、日銀の赤字は年間2-3兆円単位で続くことになる、とのシュミレーションもなされています。これは市中金利が大きく上がらないことを前提に考えられているシュミレーションで金利が更に上昇すれば(円の価値がなくなれば金利はもっと一気に高騰する危険性がある)なすすべがないのです。

 かように金利は上げられず、国債も売却できず、日銀の当座預金金利の引き上げもできなければ、日銀として打つ手はありません。米国は今後量的緩和からの出口戦略に入っていきますが、実は(日本と比べると)米国だからできることばかりなのです。

 バーナンキ前FRB議長が昨年5月量的緩和終了を示唆しただけで長期金利はあっという間に1.5%から3%に駆け上がりました。このような状態は国の借金が1000兆円超もある日本では財政破たんを引き起こすことは必至ですから許容できません。

 量的緩和政策に至る手順を考えてみると、まずは金利をゼロまで引き下げ、その後打つ手がなくなった時に金利ではなくて、お金の量に働きかける量的緩和政策と取るわけです。であれば、今度は引き締めの時はまずは量的緩和政策を元に戻す、いわばばら撒いた資金を吸収してその後、金利引き上げに向かうのが順番であるはずです。

国債や住宅ローン担保証券の価格が暴落する?

 ところが米国でもそうですが、この量的緩和政策で購入した国債や住宅ローン担保証券を市場で売却することができないのです。市場で売却すれば余りに膨大な額から値崩れして国債や住宅ローン担保証券の価格が暴落するからです。であれば仕方ないので、償還を待ってその部分だけの資金が段階的に減っていくという自然減も考えられます。この場合、国債でも30年物、40年物などを購入していると正常化まで30-40年かかるということになります。FRBの行う手法はこれに近いのです。もっと緩やかかもしれません、FRBの直近の議論はこの償還資金さえも再びFRBが再投資すべきであって市場に出回る資金量は減らすべきではないという結論なのです。今年の秋に終了するのは資金の更なる供給を止めるという話であって、資金の吸収を行うという話ではありません。まずは資金の供給、いわゆるドルを印刷しての国債や住宅ローン担保証券の購入をストップするに過ぎないのです。そしてFRBの今後の方針としてその後、このばら撒かれた資金は吸収せずに、まずは金利の引き上げから引き締め政策を始めるという結論なのです。

 簡単に言うと、緩和時は金利を引き下げ、次に量的緩和というわけですが、引き締め時は金利引き上げを最初に行ってその後様子をみて、量的緩和でばら撒いた資金の吸収に入るというスケジュールです。これがこれから米国で実験的に行われる引き締めのプロセスです。

 ところが日銀はこのような政策を取れるはずがないのです。再三指摘してきたように金利を引き上げられないからです。米国のように長期金利を3%に引き上げても問題のない国なら取れる政策ですが、日本の場合は借金が1000兆円を超えていますので、それが

できません。ましてや国債を売却することなど、国債暴落(金利高騰)を引き起こしますからもっての外です。そういうわけで先ほど指摘しましたが最も現実的に検討されているのが日銀当座預金の金利の引き上げというわけです。

 こうなると日本では市場がどのような展開になっていくかといいますと、将来株高や不動産高、資産インフレが止まらなくなるケースが考えられます。というのも再三指摘しているようにインフレが実現できた時に引き締める手段がないからです。米国のように金利引き上げを最初に持ってくるという方法があればいいですが、日本の場合は金利を引き上げることができません。いざというときに引き締められないのです。そうなると株や不動産がいくら上がっても当局としてそれを制御する手段を持ちえないということになります。

日本政府は株高を演出するために必死

 こういった未来は現状では考えづらいことかもしれません。現在日本政府は株高を演出するために必死になっています。GPIFなど年金基金を使って株式を購入する仕組みを作っていますし、今度はNISAの枠を倍に拡大し、更に子供NISAということで子供名義の資金も株式市場に投入させることによって、無税枠を劇的に拡大して国民の金融資産を株式市場に何としても誘導しようとしています。とにかく政府は株高に導きたいと全力で奮闘しているわけです。

 一向に動かない日本の個人金融資産ですが、これだけ政府が肩入れして、更に日銀の無謀な緩和策によって本当のインフレが生じてくると、状況は一変してくることでしょう。そうして状況がインフレ気味に一変してきたその時に引き締めができないという事実は強烈です。今はみんなして株を上昇させることだけを考えているのですが、その後引き締め不能で上げが止められなくなるというところまで頭が働いていません。<どうせ株なんてまた下がるに決まっている>というデフレ時代につちかった思考から大多数の日本人は脱することができないのです。

 中曽副総裁は<日銀は出口の手段を十分に有している>と述べています。私はこの言葉は中曽氏の過信、ないしは願望と思っています。黒田総裁も中曽副総裁も他の日銀委員もこれから来る資産インフレ、そして制御不能の怒涛の株高に驚愕することでしょう。市場の怖さは決して下げばかりではありません、上げが止まらなくなるという相場の怖さもあるのです。その時に日銀の総裁、副総裁、委員たち全員が自分たちは頭でっかちで市場を知らないアマチュアだったと悟ことでしょう。

 現在は市場が経済を支配しています。為替も株も国債のような債券相場もすべて市場で取引され、そのダイナミックな動きが経済を振り回しているのです。繰り返されたバブルの発生と崩壊によって金融市場は怪物のように巨大化したのです。もはや市場を無視しては何も行うことはできません。

安倍政権になってから官邸も常に株価を気にかけています。政権の支持率が株価と比例していることがわかっているのです。ですから自分たちの政策が市場に受け入られるかどうか気になって仕方がないわけです。日銀の総裁も副総裁も委員たちも極めて優秀ですが、彼らがやっていないことが一つだけある。相場の実戦です。彼らは誰も体を張って相場に相対したことがない、実践を知らずに政策を行っている。いわば現場を知らずに方針を決めているのです。

かつて市場がこれほどの力を持っていないときであればそれで良かったでしょう。しかし今は違う、<出口の手段を十分に有する>という中曽副総裁の発言は政策担当者としての自信をみせた発言ではありますが、実際は相場の怖さを知らないアマチュアの発言としか思えません。株式市場も国債市場もやがて当局の思惑を超えて制御不能になるときがやってくるでしょう。日銀は異次元緩和という未知の世界に日本を導きました。彼らは優秀で日本の選りすぐられたエリート達ですが、完璧ではないのです。その彼らが言葉を失い、顔面蒼白になる相場がやってきます。歴史を見れば今まで様々な国家がマネー印刷しすぎて止まらないインフレを招いてきました。日銀は<今回は違う>と思っているでしょうが、結局歴史は繰り返すことになるのです。