<企業努力ではカバーしきれなくなった>吉野家の河村社長は今年2回目の牛丼の値上げを苦渋の表情で発表しました。米国産牛肉の価格上昇と円安という二重苦に襲われ、やむを得ない判断に至ったというわけです。今後も多くの物で値上げラッシュは続きそうです。ワイン、カップ麺、レトルト食品、食用油、アイス、紅茶、コーヒーなど、主に値上げは食料品に目立ってきました。日銀は物価目標の2%上昇を何としても達成する必要がある、と必死になっていますが、庶民感覚では物の値段が上がりつつあるということを肌身で感じてきた状態です。円安と共に消費税引き上げの影響が明らかに消費者マインドを直撃しているようです。アンケート調査によると、来年にかけて物価が上昇すると答えた回答者は88%に上ったということです。

2%の物価目標達成は難しくなってきた

 一方で最近の原油価格の下落によって諸物価の上昇は抑えられ、今後日銀の目指す2%の物価目標達成は難しくなってきたという声も大きく聞かれるようになりました。原油価格の下落は直接的なガソリン安だけでなくあらゆる物価動向に影響を与えてきますから今後物価上昇圧力は弱まっていくかもしれません。電力料金などは引き下げ傾向です。

 一方で日本を代表するような輸出関連企業はかつてない好況に沸いています。円安によって利益が大幅に膨れ上がってきているのです。トヨタなど各社、ドル円の想定レートは概ね105円程度ですから今回の円安で今後更に業績が大幅に上方修正されるのは必至です。

 円安がコスト高となって値上げを余儀なくされ苦しむ企業、円安の恩恵をフルに受ける海外で活躍する企業、物価高に直面して生活防衛に走り消費を手控える個人、そして株高という恩恵を受ける富裕層、と今回の円安はプラス、マイナス、その人や企業の置かれた立場によって様々な受け取り方となっています。そしてこの詳細を追っていくと、円安による勝ち組と負け組の様相がはっきり見えてきます。アベノミクスそして円安は日本に何をもたらしつつあるのか? 変わりつつある日本の様相をみていきたいと思います。

7-9月期GDPの改定値は予想に反して下方修正

 12月7日に発表になった7-9月期GDPの改定値は予想に反して下方修正となりました。速報値が1.6%のマイナスということで世間に衝撃を与え、これが結果的に消費税増税先延ばしの流れを作ったわけですが、7日に発表になった改定値まで下方修正になったことも再度の驚きでもありました。当初はこの改定値をみて安倍首相が消費税引き上げの最終判断を下すということになっていましたので、以前は注目されていた値ですが、選挙突入によって注目度は下がりました。しかし改定値の下方修正は日本経済のままならない実情を現しているとも言えるでしょう。

 7-9月期のGDPもまた改定値の予想も多くのアナリストやエコノミストは予想を外しました、これほど悪い数字がでるとは思えなかったのです。特に今回の改定値の下方修正の内訳を詳細にみていくと日本の置かれている実情を見る思いがします。

 実は多くの専門家は改定値が上方修正されるとみていたのですが、その根拠は事前に発表になった法人企業統計の設備投資の数字にありました。7-9月期の法人企業統計の設備投資は前年同月比5.5%増と伸び率が大きく拡大していたのです。これは予想以上の伸びで7-9月期GDPのマイナス1.6%は余りに悲観的な数字が一時的に出たに過ぎないとの観測が広がりました。この法人企業統計から改定値の設備投資は上方修正されるに違いないという見方が出てきていたのです。ところが実際出てきた改定値をみると、その設備投資の値が何と下方修正されたのです、どうしてでしょうか? 実は法人企業統計は大企業のアンケートに基づくもので中小企業の実体が表されていないのです。ところが内閣府の行った全国の設備投資の調査では中小企業の動向も網羅されます。その統計結果によると中小企業の設備投資は予想以上に落ち込んでいることがはっきりしたのです。こうして設備投資の改定値をならしてみると大企業は順調だったのだが、中小企業は予想を上回る悪化となったことが明らかになったのです。最終的に中小企業の悪化が足を引っ張り設備投資の改定値は下方修正となったのでした。

 このギャップ、この傾向に現在の日本の実情が垣間見える感じがします。株価は上昇していますが、株を上場できるような企業はもちろん大企業です。また日経平均株価は別名輸出関連銘柄指標と言われるほど、日本の代表的な輸出関連銘柄を多く取り入れています。そのため今回の円安局面では円安による売り上げの名目上の増加から業績が大きく上振れしています。一方で中小企業などは海外展開しているわけではありませんし、当然株式を上場しているわけでもありません。今回の円安局面ではかえって円安によるコスト高が話題になっているわけで、原料の輸入代金の増加から苦しんでいるわけです。

円安によるメリット、デメリット

 かように円安は日本株の株高をもたらしていますが、一方で円安によるメリット、デメリットがはっきりコントラストのように広がって大企業や輸出関連の勝ち組と海外展開できない中小企業のような負け組に二極分化しつつあるのが現在の日本の現状です。

 11月8日に日経新聞誌上で紹介された2014年4-9月期の上場企業の決算内容の分析は衝撃的でした。この時までに決算を発表した2014年の4-9月期の業績を分析したものです。それによるとそれまでに決算を発表した1106社の経常利益は約1兆3400億円増加したというのです。これだけの大幅増益となるとは日本企業の好調さを示しています。この中で注目すべきは

この1兆3400億円という巨額の利益は、増益額の大きい上位10社だけでその増益額の8割を占めていたというのです。巨額の利益をもたらしているのはわずか上位10社、ソフトバンクやトヨタや日立など主要10社に集約されているというのです。日本の中小企業の多くは今年になって大きな利益を出しているわけではありません。そう考えると日本では何十万という企業があるにもかかわらず、その全体の収益の増額分の8割までもが上位10社に起因するということではありませんか! 上場企業のわずか10社、上場企業の中の1%、そんな限られたところから溢れ出た利益が日本企業の業績が飛躍的に伸びたという数字的な事実を作っているのです。

 一方で実は上場企業の中でも業績が急激に悪化している企業も大幅に増えているのです。単純に考えればわかるのですが、今回の企業業績の明暗を分けているのは円安でメリットがあるのか、デメリットなのか、ということにつきます。輸入代金が大きい企業であれば円安はデメリットです、その円相場が75円から120円までいってはそのデメリットは計り知れません。一方で自動車や電機、精密などの輸出産業は円安で名目上の利益は円安になった分だけ自然に増加するわけです。この輸出に依存する企業と輸入を主体とする企業の差はこれだけ激しい円安局面では歴然です。要は円安がメリットか、デメリットか、それによってその企業の収益には雲泥の差が生じるわけです。ですからこの日経新聞の分析によると調査された1106社の企業業績のうち、業績は良くも悪くもならず変わらないという企業がほとんどないわけです。大幅な増益になるか、逆に大幅な減益になるかどちらかなのです。調査された1106社のうち30%以上の大幅増益を達成したのが250社、反対に二けた減益という厳しい状況に陥ったのが300社近くに上っています。中間がなく大きく儲けたか、大きく損失を被ったかという二極化です。

これが実はアベノミクスの構図?

 そして一般的に考えれば、日本の中小企業の多くは今回の円安によって輸入物価や諸物価の上昇から業績がかなり悪化したというのが一般的ではないでしょうか。これが実はアベノミクスの構図であり、日本全体を覆っている波なのです。

 消費が盛り上がらないという原因の一つは日本全国の中小企業が予想以上の収益圧迫に瀕しているという現状もあると思われます。円安は今後も進む一方でしょう。中小企業への打撃はますます大きくなっていくものと思われます。帝国データバンクによれば全国で円安倒産は増加する一方とのことです。11月の円安関連倒産は42件となり月次ベースで過去最高となったということです。帝国データによると、<円安の恩恵が行き届きにくい地方や中小零細企業を中心に円安倒産は今後も増加基調をたどる可能性が高い>ということです。

 またみずほ銀行産業調査部では円が対ドルで10円円安が進むと、上場企業は輸出関連を中心に全産業合計で1兆7436億円の増益要因となるが、中堅・中小企業を中心とする非上場企業は8048億円の減益となるというのです。中堅・中小企業は内需型・輸入産業が多く、立場の弱い中小企業は仕入れ価格の上昇分の値上げが容易でないということです。

 アベノミクス、円安、そしてやがて襲ってくる止まらないインフレの到来は、ますます日本国内での勝ち組、負け組のコントラストを作り出していくことでしょう。海外展開して円安の恩恵をフルに享受できる企業、そして株式や不動産を保有してインフレで大きく財産を増やしていく富裕層、一方で円安による物価高に泣く中小企業、インフレのメリットを享受できず、円安による物価高だけを体感する一般庶民、アベノミクスはマネーの大増刷によって無理やりにインフレを作り出そうとする政策です。一億総中流の平穏だった日本の社会から今後は怒涛のインフレを経て二極化、格差の爆発的な拡大へと日本の社会は変容していきます。衆議院選挙で圧勝した自民党は国民の支持をはっきり得たのです。<この道しかない>アベノミクスの更なる推進は日本の社会を大きく変えていくのです。