世界的な金利低下が止まりません。先日発表になったECBによる量的緩和政策の実施によって今後欧州各国の国債はユーロ紙幣を印刷して購入されることになります。当然国債の金利は低下(価格上昇)ということを見越して欧州各国の国債は史上最低金利(価格最高値)となっています。財政再建が進み赤字国債発行がゼロとなるドイツ国債などは発行量が増えないわけで、そこでECBによる大量の買い付けが待っているのですから、金利は上がりようがありません。日本も量的緩和政策を実施中ですが、このような量的緩和政策は世界の潮流、今や金利低下傾向は世界中に伝播しているようです。ついに世界の国債市場では利回りが1%以下の比率が全体の5割に超に達してしまったのです。低金利はもはや日本だけの代名詞ではありません。1%以下の金利は当たり前、もう世界中で金利消滅の波が押し寄せてきているのです。これでは米国債の金利が1.8%もあるわけで、この米国債に世界中から買いが集まってくるのもうなずけるというものです。

日本の国債市場は完全にマヒ

 一方で異常な金利低下状態に対しての副作用なり、弊害が日本の国債市場では目立ってきました。日本の場合は余りに日銀が常軌を逸した買い付けを続けているので、国債市場は完全にマヒ、日銀の独断場で国債市場は日銀という一人のプレーヤーの動きに翻弄されるしかない様相です。日本国債の市場は日本円で決済される市場です、そこで日本円が無限に印刷できる日銀というプレーヤーが市場に出回るほとんど全ての国債を購入しようというのですから、これでは国債市場が市場として成り立たないのは当然のことです。誰も円が印刷できる日銀に歯向かうことはできないし、歯向かう気もないでしょう。市場参加者としては日本の国債市場の動向を予想する場合は、経済動向とか、金利動向とか世界経済の動向とか考えるよりは、市場を実質自由に操ろうとしている日銀の動向だけを追えばいいのです。日銀がいつどのように、どれくらいの額、日本国債を購入するのか、そこだけ考えれば相場に勝つことができるのです。

 ところが相場は気まぐれで時たま、従来と違った動きをし始めることがあります。日銀が購入し続けていれば下がる(金利上昇)はずがない国債相場が時として下がる(金利上昇)ことがあるのです。これが先月22日突如、起こったのです。日本国債の金利の急騰(価格急落)です。その後市場関係者は22日の値動きに肝を冷やして日本国債の市場に対しての見方が急速に神経質になってきました。国債相場は上がるのか、下がるのか、もう少し様子を見て動きを注視しようという姿勢に転換です。

 この22日に先立つ20日、日本国債は歴史的な0.1%台の金利に突入しました。10年物の国債、いわゆる長期金利が0.1%台というのですから尋常ではありません。日銀が2年で2%の物価上昇を何としても成し遂げると豪語していますが、仮に2%の物価上昇が起これば金利は2%まで上昇するのが当然です。それが10年物国債においては、<10年もの間0.1%台の金利でよろしい>という判断の下、取引されているのです。これは金利が10年間に渡って上がる状況が訪れないという強い確信がなければ購入できないものです。10年物国債は0.1%の金利で購入すれば、その後金融情勢が如何なる状況になっても、仮に10%のインフレが生じたとしても、金利は0.1%に固定されてしまうのです。だからこの10年物国債0.1%台の金利ということは、日銀の政策が功を奏すれば間違いなく暴落するわけです。日銀の公約通り2%の物価上昇が実現できた時に暴落です。2%の物価目標が達成されて、物価が2%上昇する局面であってもわずか0.1%の金利を長年に渡って甘受するしかないということは投資として自殺行為です。

 かように0.1%台の国債を購入して持ち続けるということは、将来金利が上昇すると予想すればあり得ない選択です。ところがこのあり得ない選択を行うことができるのは、いわゆる相場の常ではあるのですが、その投資によって儲かるという目論見があるからです。自分が購入した後に、それを更に高い値段で購入する投資家が存在するという読みがあって成り立つ投資です。それが今、現在の異様な国債市場を作り出しているのです。日本国債は長期金利と言われる10年物国債の金利が0.1%台にまで突入、今や4年半までの償還の国債はマイナス金利です。5年物国債は金利ゼロの世界となりました。マイナス金利で国債を購入するというのは償還時に元金が減ってしまいます、それでも投資するとはどういうことでしょうか? これはその投資行為自体は合理的でないことはわかっているのですが、相場の常としていくら合理的でない値段で投資しようが最終的にその投資で儲かればいいのです。この場合、国債をマイナス金利で購入しようが、その取引で儲かればいいのです、それにはマイナス金利で国債を購入するという投資上の暴挙に対して、それを上回る愚かな投資家が現れて、マイナス金利で購入した国債を更に大きなマイナス金利で購入させることによって取引上の利益が出れば問題ありません。これはまさに次に買ってくれる人がいるという<ねずみ講>の発想です。投資の基本は儲けることですから、自分の購入した値段より高く購入する投資家がいれば、投資値段を幾らまで上げて購入しても結果儲かればその投資は成功で問題ありません。

日銀だからこそ出来る事

 これを可能にしているのが今の日銀の政策です。日銀は毎月8兆円から12兆円の国債を購入すると約束していますので、それを確実に実行していきます。債券投資家とすれば日銀の動向を予想するだけが仕事です。ですから<日銀トレード>といって、国債を購入する機関投資家や銀行などのプレーヤーは日銀がいつ、どのくらい国債を購入するかのみが関心事なわけです。まずは財務省の国債入札で高かろうが構わず入札して国債を手に入れて即座に翌日日銀に売却して鞘を稼ぐというわけで、これが<日銀トレード>という国債投資必勝法だったのです。

 ところが先月20日から22日の日本国債の値動きはこの<日銀トレード>の常勝パターンを破壊させたのです。20日、勢いよく0.1%台という史上最低金利を実現させた日本国債の相場でしたが、翌21日、日銀は政策会合で追加緩和を見送りました。これを受けて期待を裏切られた投資家は失望、22日に行われた財務省による20年物国債の入札は散々な結果となったのです。いつもは順調な応札倍率が22日は急低下しました。あっという間に20年物国債の人気がなくなりました。それを見た投資家は急速に国債市場に対して<金利が低すぎる、値段が高いのでは>と我に返って警戒感を抱くようになりました。何と10年物国債金利はこの入札前20日には0.1%台に突入したと思ったら、今度22日は0.3%台にまで急伸(価格急落)したのです。これだけ短期間で国債市場がダイナミックな動きをするのは2013年4月以来のことでした。当時日本国債10年物は0.315%から1%台にまで急伸したのです。

 この値動きに将来の国債の暴落のエッセンスが示されていると思っていいでしょう。今回の動きが更に波及して近々国債相場が崩れるとは思えません。日銀は毎月8兆―12兆円の国債買い付けを続けていますし、国内の消費者物価上昇率も原油安を受けて落ち着いています。一時的に国債相場の多少の乱高下はあっても現状では日銀が多少動けば簡単に収まるに違いありません。

 問題はあっという間に起こった国債市場の乱高下という事実です。20日の段階では0.1%台にまで下がった金利が、日銀の追加緩和見送りという決定だけで大きく動いてしまったという事実です。元々今回の日銀の政策会合では追加緩和を行うという観測はほとんどなかったのです。であれば追加緩和が行われなかったとしても相場的に大きな材料ではありません。にもかかわらず日本国債の相場は20日から22日までの2日間で激変してしまいました。そしてこの激変が起こってから債券投資家の間で急速にいわゆる<日銀トレード>に対しての警戒感が広がってきてしまったのです。先ほど書いたように今まで債券投資家は<ねずみ講>のノリで日銀がどんな値段でも購入してくれるから大丈夫、と嵩をくくって高値と知りながら国債を購入してきたのです。ところが一気の金利高騰(価格下落)で債券投資家達が一気に引いてしまって、国債購入に対して警戒を示し始めました。一瞬にしてムードが変わるという、このようなケースは相場の世界でよく起こることです。

今回の20日から22日までの国債市場における急落の動きが国債相場の転機になっているとは思いません。しかし今後いずれかの時点で国債相場の暴落は避けられないでしょう。その時に起こる投資家の考えの劇的な変化が、このような形で起こると思えばいいでしょう。要するにある日突然、もう国債の相場は高いのだから購入するのを止めようと債券投資家が一気に投資態度を激変させるのです。

 今は国債の暴落は起こりません。というのもインフレが実体経済に生じていないからです。日銀は先日の政策会合で今年度の物価目標を1.7%から1.0%に下方修正しました。急速に進んだ原油安は確実に日本の物価上昇を抑えていくでしょう。日銀が電撃的な追加緩和を行ったのは昨年10月末ですが、原油安はその後に大きく進行しています。原油安の影響を受けて諸物価の上昇が抑制されてくるのはこれからが本番です。日銀は今後、日本経済は賃金の上昇によって国民の実質購買力が上昇して、その結果消費が盛り上がり時間の経過と共に物価の上昇につながっていくと予想しています。確かに原油安と賃金のいくばくかの上昇によって日銀の想定するような情勢に近づいていくでしょう。ということはここ数ヶ月物価は大きく上昇しませんし、インフレ率もとても2%なんていう日銀の目標に届かないということです。そのような情勢下であれば、金利がほとんどゼロのような今の状態でも自然であって国債相場が多少は波乱になっても、暴落するような状態ではないでしょう。

 問題は政府や日銀の目指す、日本経済の復活、まさに2%の物価上昇という目標が達成されるとき、その時こそが崖っぷちに立つことになるのです。日銀が目指していることは継続的な2%の物価上昇です。今年だけでなく来年も再来年も、その後も継続的に物価上昇が続くという情勢です。現在怒涛のように円紙幣を印刷していますので、これを続けることによってインフレ目標はいつの日か達成できるでしょう。実はその時こそが解決できない国債の暴落という瀬戸際に追い込まれるのです。まことに皮肉ですが、日銀は一生懸命インフレ目標の達成に向かって走っているわけですが、念願の目標を達成した途端に奈落の底に叩き落される運命です。

 今回の国債相場の先月20日から22日の急落(金利急騰)の動きは将来の国債暴落の形を予感させる多くの要因が詰まっています。仮に2%の物価上昇が達成されれば、インフレ率は2%です。ということはその時平均して多くのものが1年で2%上昇する世界が訪れます。あなたが商売をしていて2%値段が来年には上がる情勢、また諸物価が来年には確実に2%上がる、と日本国民の大多数が考えるようになればどのような変化が起こるでしょうか? それが確実であればあると感じるほど預金から投資へ、債券から株へ、そして銀行から資金を融資してもらってビジネスを拡大させるはずです。また銀行サイドでも2%の物価目標が達成されると信じるならば、資金を思い切って融資に回すのは当然でしょう。何も銀行が日銀の当座預金に100兆円を超える資金を滞留させておく必要などありません、民間の要請に基づいて資金を豊富に貸し付けてしまえばいいのです。銀行は自己資本比率8%の基準があり、100兆円あれば理論的にはその12.5倍1250兆円の資金を融通し、貸し付けることが可能なのです。今はデフレマインドでこのような劇的な変化が訪れるとは誰も想像していません。ところが日銀や政府の思惑が成功して日本が本当に2%の物価目標を継続的に実現でき、それを国民が信じるようになるということが起これば、日本経済には途轍もない変化をもたらすのです。

 この時2%の物価上昇が実現されるわけですからそれを受けて国債の相場は2%に近づくわけです。これは今の0.1%台近辺の水準からみれば完全に相場の暴落です。

ちょっとしたことで国債の値段が大きく変動

現在日本の国債市場は年間の発行額の9割までも日銀が購入している形です。ですから国債を売買する機関投資家や銀行は日銀の動向ばかりを注視していると指摘しました。ということは国債の相場は今や実質日銀によって完全にコントロール、支配されてきたのです。ところが20日から22日にかけてコントロールされていたと思われていた相場に大変化が起きました。日銀の姿勢が大きく変化してわけではありませんが、相場は激変しました。これは日銀が余りに国債を買い占めしている状態になってしまったので、いわゆる市場における他のプレーヤーの存在がほぼ消滅してしまい、ちょっとしたことで値段が大きく変動するようになってしまったのです。相場の世界ではいわゆる流動性が欠如してしまった、と言いますが、まさにその状態で日銀が手を抜くとあっという間に激変、値段が行きたい方向へ一気に動いてしまうのです。そして値段はある時点から限りなく理論値に向かって勢いを持って動くのです。

2%の物価目標が達成されれば本来日銀は国債購入を止めるわけですが、現実問題として日銀は今の大量買い付けを止めることはできません。今まで日銀だけが国債を大量購入してきて異常な低金利を演出してきたのに、日銀が購入を止めては相場が急落激変することが見えているからです。

日銀は<出口の議論は時期尚早>と議論を封印しています。しかし2%の物価目標達成後、この国債購入を徐々に減らすソフトランディングを試みるしかありません。ところがそれがうまくいくはずがないのです。

米国は量的緩和政策の出口に入ろうとしています。当初はFRBの購入がストップした米国債の購入を誰が行ってくれるのか懸念がもたれていました。ところが都合のいいことに米国債の場合はドルを求めて現在世界中の投資家が買いにきてくれています。世界を見渡して米国だけが順調に経済回復を成し遂げているという現実があるからです。こうして米国は金融緩和の出口を混乱なく遂行しています。

ところが日本の場合はそうはいきません。日本人が発行量の9割以上を購入している日本国債の相場は国際的にみれば流動性が薄く、そこに持ってきて日銀だけが購入という異常事態を作りあげてしまいました。その日本国債の相場の帰結はちょっとした売りものや買い物で相場が激変するという、流動性の極端な欠如が今回のことでも明らかになってきました。そして最終的にどんな相場も理論値に向かって動き出すものなのです。これは徹底的に買い占められて株がなくなってしまった株式のようなものです。歴史的に株式市場で買い占めにあった異常な高値を付けた株は、そのほとんど全てがある日の突然の暴落に見舞われたのです。常軌を逸した高値は永遠に持続されることはありません。日本国債の相場もその例外ではありえないのです。

 かように日本国債の相場も最終的には理論値に収れんされるしかありません。国債価格の理論値とはインフレ率です。10%のインフレ率であれば10%の長期金利、日銀が目指す2%の金利であれば2%の長期金利です。一般的には2%のインフレ率が実現されれば相場の勢いで国債相場の金利は3%近くまで上昇するとされています。

 日本国債の相場が暴落しないのは、現在日本がデフレから脱せない状態が続いているからです。いざデフレからめでたく脱出できれば、国債の相場はインフレ率に限りなく近づくしかないのです。日銀の物価目標の達成は国債の暴落の引き金を引くことになるのです。2%の物価目標の達成は現在0.1%台の日本国債の相場を暴落に導くものなのです。