<空からヘリコプターでお金をまけばいい>究極の景気対策として空からお金をまき散らして人々にお金を使ってもらって景気を良くする、という一般的に考えれば突拍子もないような政策がいよいよ実現に向かっていくかもしれません。

 ヘリコプターからお金をまくというと抵抗があるでしょうが、これは日銀などの中央銀行が紙幣を印刷して人々に配る、ということを比喩したものに過ぎません。かつて1969年に経済学者ミルトン・フリードマンによって提唱された<ヘリコプターマネー>という有名な学説はその後、前FRB議長のベン・バーナンキ氏の提唱によって余計にクローズアップされるようになりました。1999年、当時酷いデフレ状態に苦しんでいた日本経済を回復させる処方箋としてバーナンキ氏はヘリコプターマネーを提唱したのです。

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ヘリコプターマネーの考えは余りに奇抜

 当時はまだ保守的だった日銀や日本の経済界にとってこのヘリコプターマネーの考えは余りに奇抜であり、とても受け入られるものではありませんでした。もちろん日本だけでなく当時は世界的にみてもヘリコプターからお金をまいて景気を刺激するなどという案が受け入れられるはずもありませんでした。既に当時からバーナンキ氏はプリンストン大学で有名な経済学の世界的な権威だったわけですが、余りに奇抜であったこのヘリコプターマネーの考えは面白可笑しく伝わってバーナンキ氏を<ヘリコプター・ベン>と呼ぶようになったほどでした。

 ところが今、このヘリコプターマネーの考えが真剣に検討されつつありますし、特に日本での適用ということで話題、注目されるようになってきたのです。昨今の出口のない閉塞状態から日本経済が脱するにはもはや金融政策として究極の選択肢である<ヘリコプターマネー>を実施するしかないという考えです。

 特に日銀が今年1月末に実施したマイナス金利政策が極めて評判が悪いわけです。このレポートでもマイナス金利政策に対しての批判の詳細についても書きましたが、まずはマイナスというネーミングが悪く人々の景気に対する認識をネガティブに誘導してしまい、人々が消費を控えて貯蓄に励み倹約するようになってしまったという事実があります。その上、日本では皮肉な事に日銀がマイナス金利を断行してから円相場が円安方向に動いたのはわずか2日間だけでその後円相場は大きく円高方向に動いてしまったという事実があります。

 また金利をマイナス圏に持っていったために国債の金利などが極端に下がる(国債価格上昇)ようになって金融機関や機関投資家、年金基金などの資産運用が極めて難しくなってしまいました。既に証券会社が募集していたMMFなどは公社債など債券運用を基本としていますので、マイナス金利下で金利を取ることができず、募集停止に追い込まれました。また同じく保険会社の一時払い終身保険や一時払い年金保険などの販売も一部休止に追い込まれました。

経済好転のサイクルが止まっている

政府は企業側に賃上げを求めて賃金上昇による収入増、そしてそこからくる消費拡大、そして物価の上昇という経済好転のサイクルを目指しているのですが、このサイクルの中核となるべき賃上げが思うように拡大していません。賃上げ要求に対して今年真っ先に賃金凍結を発表したのは銀行業界だったのですが、これなどは銀行業界をはじめとした金融業界は今回のマイナス金利政策に対して大きな憤りを感じていて政府に抗議の姿勢を示すために真っ先に賃上げ凍結を打ち出したとみられています。また庶民はマイナス金利政策によって自分の預金もマイナスになるのではないか、という懸念も持ち始めて金庫を購入してタンス預金を増やすなど生活防衛するようになっていきました。

 このようにマイナス金利政策は評判が悪く全く効かないように思われていますが、そうでしょうか? マイナス金利政策も思い切った水準にまでマイナス幅を広げれば効果がないということはないと思います。現在行われているマイナス金利政策の最も大きな欠陥は金利のマイナス幅が中途半端になるざるを得ないところです。マイナス金利を大きく拡大しようとすれば必然的に預金金利もマイナスにしなければなりません。そうでなければ銀行の経営に支障をきたしてしまいます。政策としても目に見えるマイナス金利となって<お金を保有しているだけでは確実に目減りしてしまう>ということが本気で感じられないと本来は大きく効果を発することはできないでしょう。

 かつて1970年代、石油ショックの後で世界的にインフレが酷かった時は、当時の米国FRBのボルカー議長は政策金利を二桁にまで上げて徹底的な高金利政策を行うことによってインフレ退治を成就させたのです。今回はデフレ状況が酷いですからマイナス金利政策を徹底的に行おうとすれば、マイナス5%とかマイナス10%とか大規模なマイナス金利を断行して、同時に預金金利も同じようにマイナスにすることができれば、政策として効かないということはないと思います。仮に100万円預金していたものが翌年に90万円になるのでは人々は争うようにお金を使うはずです。しかしこのような預金をマイナスにするという政策は現実的に考えると政治的に難しいとしかいいようがありません。預金が減っていくという事態に国民が激しい反発をみせるのは必至です。今のマイナス金利政策に対しての世間の激しい風圧を考えるとこれ以上マイナス金利政策を推し進めるのはかなり難しくなったように思います。日銀も3月の会合では<今後必要な場合、金利を更に引き下げる>との文言を削除しました。余りに激しい世間のマイナス金利政策に対しての反発に考慮せざるを得なかったように思えます。

金融政策自体の限界説?

 こうみると欧州でもそうですが、特に日本では量的緩和策も限界、マイナス金利もこれ以上進めづらいという環境下となってついに金融政策自体の限界説が見受けられるようなのです。そんな中ついに最後の手段である<ヘリコプターマネー>に焦点が当たってきたわけです。既に先月中国で行われたG20においては世界的な金融政策の限界も言われてきました、G20においても世界的に金融政策が曲がり角に差し掛かっているとの認識が共有されたのです。必然的に今後は政府による資金供給である財政政策の重要性が指摘され、金融政策に変って財政政策が焦点となってきたのです。あのIMFもかつては日本に対しては債務の残高がGDPの200%を大きく超えるということでしきりに財政再建を進めるようにアドバイスしていたものが今度は(日本の膨大な借金のことなどかえりみず)財政出動に舵を取るように180度指摘を変えてきています。

このような状況下、日本における財政出動の流れは着々と進みつつあります、先日来日本では国際金融経済分析会合と銘打って著名な経済学者を呼んで意見を拝聴するという会議が行われています。これは元々消費税引き上げ先延ばしを目論む安倍政権が消費税引き上げ先延ばしに関して世界的な権威にお墨付きを得るように行ってきた茶番劇の会議だと思いますが、その会議においてもノーベル賞受賞の経済学者であるコロンビア大学のステグリッツ教授もプリンストン大学のクルーグマン教授も共々消費税引き上げ先延ばしと財政出動に言及しています。いよいよ日本政府も衆参同時選挙に向けて消費税引き上げ先延ばしと思い切った財政政策の発動は必至の情勢となってきたのです。

 日本では年間の新規の国債発行額が36兆円で、日銀の年間の国債購入額が80兆円ですから既に政府の借金以上の額の国債を日銀が毎年購入しているわけで、これを考えると日銀は完全に借金の貨幣化、いわゆるマネタイゼーションを行っているわけです。これは実質日銀によってマネーを配っているのと同じで、いわば日銀は既にヘリコプターマネーを堂々と実践していると言えるわけです。それでも円高になってデフレ傾向なのであれば、インフレを目指して更にこの国の財政を拡大させて国債を追加発行して日銀に引き続き購入させればいいという考えです。このように政府が国債を膨大に発行してそれを際限なく日銀が引き受ければインフレにならないということはあり得ません。極端な話、消費税もゼロ、所得税もゼロ、税金はただで社会保障も国の予算も国債発行して賄いその国債を日銀が購入するだけで国を成り立たせようと試みればいずれインフレになるのは必至です。

これがヘリコプターマネーの考え

 ヘリコプターマネーについてバーナンキ氏は2002年講演で<政府と協働して輪転機を回して紙幣を印刷、これを減税や公共投資の財源として使用すれば総需要を刺激、物価を押し上げることができる>と述べています。

 具体的に考えてみますと、例えば日本国民全員に10万円ずつ分配してその原資を日銀が印刷する、その配った10万円については商品券か何かで配って1年以内に使わないと無効とするというような政策を行えば、国民全員にお金が配られることとなります。一人10万円で国民が1億2千万人ですから 10万円X1億2千万=12兆円となります。この12兆円が消費に使われると日本のGDPは12兆円拡大することとなります。日本のGDPは約500兆円ですから12兆円の消費が生まれることでGDPは2.4%増加することとなるわけです。配ったマネーは日銀が輪転機で紙幣を印刷して配るわけです。このように日銀がマネーを印刷して国民全員に配れば確実に消費が増え、GDPが拡大します。これがヘリコプターマネーの考えです。

 量的緩和政策では日銀が国債を購入するだけで直接消費が生まれるわけではありません、如何にGDP成長に結びつくか不明です、またマイナス金利政策では預金金利をマイナスにすることができず効果が中途半端です。しかしヘリコプターマネーを実行すれば確実に消費は拡大してGDPを押し上げることができるのは明らかです。

 懸念されることはこんなめちゃな政策を遂行して円紙幣の価値が大きく減価してハイパーインフレにならないか、という懸念ですが、例えば12兆円程度の対策であれば、そしてそれが一度だけであればインフレにはならないかもしれません。やってみなければわかりません。ただこのような政策が本気で考えられる段階にきたということです。

 英国金融サービス機構(FSA)元長官で経済学者のアデア・ターナー氏は日本は今こそ<ヘリコプターマネーに踏み込むべき>と提言しています。ターナー氏によればかつて日本では1931年から行われた高橋是清の国債の日銀引き受けによってヘリコプターマネー政策の有効性は実証されているというのです。ただ高橋是清がインフレへの兆しを察知して政策を変えようとしたときに2.26事件によって政策の転換がなされることがなく将来的なハイパーインフレを招くことになったと総括しています。

 ターナー氏によればヘリコプターマネーの額によってインフレのコントロールができるはずというのです。例えば先ほどの例である日本国民一人当たり10万円ずつ配る、一般的な4人家族で40万円程度の額であればインフレが起こる可能性は低いというのです。しかしこれが極端な話国民一人当たり500万円ずつ配れば(4人家族で2000万円)円の大暴落と共にハイパーインフレが起こるでしょう。ターナー氏はこの10万円ずつ配る場合と500万円ずつ配る場合の間に極めて効果的な、理想的なインフレが生じる度合いがあるはずというのです。ヘリコプターマネーを実施して、その額を適度な額に調整することによって日本で2%のインフレを生じさせることができるはずというのです。

 ただし、ターナー氏もヘリコプターマネーが可能であることを認めると政治家が何度も使うようになり、やがて大きな額のヘリコプターマネーを実施しようとするようになってハイパーインフレを招く羽目になりかねないと危惧もしています。ですから日銀に全責任を預けて適度なヘリコプターマネーを実施すればいいというわけです。かつて高橋是清が行った国債の日銀引き受けを、今度こそ日銀の良識でやめる時にやめる決断をすればヘリコプターマネーは効果を発するはずだということです。日本は既に20年以上もデフレに苦しんでいるわけでここまで来たら過激と言われる手段を講じても現状から抜け出すような政策を断行すべきということです。

 量的緩和政策が最初なされたときは驚きでしたし、黒田総裁の異次元緩和も衝撃的でした、そしてマイナス金利政策も同じく晴天の霹靂でした。そうであれば今度はヘリコプターマネーも受け入られるかもしれません。一人10万円から始まって20万円、50万円、100万円というような政策が実施されるのでしょうか? おそらくこんな露骨なヘリコプターマネーは実施されないと思いますが、補正予算を大盤振る舞いするとか、公共投資を拡大するとか、商品券を配るとか、形を変えて財政を大きく拡大させてその分、国債を更に発行して日銀に際限なく引き受けさせるという手段は取られるような気がします。いくら使っても、いくら日銀が国債を実質引き受けても今のところ日本では当分インフレは生じそうもありません。

 ただいずれ、日本では少子高齢化で現役世代は大きく減り、超高齢化社会がやってきます。働く人は減り続け援助すべき人々が増え続けるのですから、必要な予算は拡大し続けますから日本の国債発行額は増えることはあっても減ることはありません。そしてやがて現在大きく値段を下げている原油はじめ資源価格全般も遠くない時期に値段が底打ちする時がくるでしょう。今年に入ってから円高模様でまだ資源安やデフレ状況は続きそうです。しかし原油価格が永遠に下がり続けるわけではなく、やがて全てが反転する時がくるのです。

 今後日本は財政を大きく拡大させることとなるでしょう。政府や日銀の現在の政策を見る限り日本では既に実質的にはヘリコプターマネーの領域に入っています。そして更に時代の要請でこれからの日本政府や日銀はこのヘリコプターマネー政策を露骨に拡大するか、巧妙にわからないように拡大させるのかどちらかでしょう。時代は激しくインフレへのアクセルを踏み続けます、しかしここ20数年を振り返ればわかるように何があっても今の日本では簡単にはインフレは生じません。ただデフレがどうやっても止まらないように、やがて流れが変わってインフレ模様になってきたときに、原油をはじめとする資源高、円安、金利急騰があっという間にやってくるかもしれません、歴史は常に繰り返される、デフレもインフレも繰り返されるように、酷い救いようもないデフレの後は同じく激しいインフレが生じてもおかしくないのです。<ヘリコプターマネー>という究極の政策に入る直前の今、その後に来るものは何なのか、じっくり考え構えておく必要があるのです。人間はいつになっても同じ過ちを繰り返すものです、インフレを数限りなく繰り返してきた人類史の歴史を今こそ思い出すべきでしょう。

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