<場合によっては必要な措置を取る>麻生財務大臣や菅官房長官、そして財務省高官が同じように円相場の急激な上昇に対して警告を発してきましたが、市場はそんな見え透いた口先介入には反応することもなく円高が続いてきたのでした。円相場は日銀がマイナス金利政策を発表した直後の1月29日だけ121円台後半にまで円安模様に動いたものの、その後は一本調子の円高になって4月11日にはついに107円60銭まで円高に振れてしまったのです。昨年は1年通して10円しか変動がなかったというほどドル円相場は歴史的な落ち着きをみせていたのに今年は年初から荒れ模様で市場は一変しています。何故マイナス金利まで行って、しかも金融緩和を続けている日本の通貨が高くなるのでしょうか? そしてこの円高傾向はいつまで続くのでしょうか? 円高を起こしている主因は何なのでしょうか? 今回のレポートでは円相場に焦点を当てて分析していきます。

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日本の経常黒字が大幅に増えてきた?

 今回の円高を解説するものとして、一般的には米国の政策がドル安誘導に変化してきたこと、そして日本の経常黒字が大幅に増えてきたこと、そして投機筋が一斉に円高に賭けてきたこと、依然中国をはじめとする新興国の景気減速懸念が強く、消去法的に円が買われる展開になってきていることなど様々な原因が指摘されています。その各々が絡み合って今回の円高を導いていることは確かでしょう。一つ一つ詳しくみていきたいと思いますし、実需として起こっている直接的な円買い需要も追ってみます。

 まずは今回の円高を起こしている最も大きな要因は米国のドル高容認の姿勢が変化してきたということが大きいと思います。日本は残念ながら歴史的にみても自ら円相場の帰趨を決めることはできていません。戦後1ドルは360円と決められたのですが、これを決めたのは戦勝国である米国でした。またその後1960年代米国はベトナム戦争の後遺症による景気失速から固定相場制に耐えられなくなってきました、当時はいつでもドルと金が交換できたのですが、ドル安進行を懸念する投資家がドルを金に換えることによって米国内から金の放出が止まらなくなったのです。この状況を打破するために1971年米国は突如、金とドルの交換停止を発表したのです、世にいうニクソンショックです。ニクソンショックによって為替の固定相場制が事実上崩壊、その後1973年主要国のほとんどは変動相場制に移行したのでした。一連の流れは日本が主導したものではありません。米国の事情によって米国を中心とした国際金融の意志によって為替の相場も制度までも変更されてきたのです。そこには日本の意志など微塵もなくただ米国の事情と世界的な流れのなかで円相場の水準が決められ、相場が動かされていただけに過ぎません。

 1980年代後半、今度はプラザ合意によって日本は急激な円高に見舞われることとなります。1985年当時240円だった円ドル相場が一気に急騰、円高の流れは止まらず1988年には120円までの円高になってしまうという驚くべき為替変動に見舞われたのです。これによって日本では国内にバブル景気が発生して、歴史的な株高、不動産高となって史上最大のバブル相場とバブル景気が発生したのです。この時の円高も日本が望んだものではありません、米国側の事情によるドル安円高誘導でした。

 一連の為替の動きを振り返ってみると、円相場を日本の意志で決められた歴史はありません。ドルという世界を牛耳る圧倒的な通貨とそれを有する米国の思惑に常に振り回され、結果だけみれば日本は米国にひれ伏してきたと言えるでしょう。日本は変動制相場に移行後、40年以上に渡って恒常的に円高に苦しめられ何度となく為替介入を繰り返して何とか円高を止めようと試みてきたのですが、それらの動きは一時的に効果があったにしても恒常的な円相場の水準を決められたことはありませんでした。

円相場の為替介入については米国の同意がなければ効果を発揮しえない

元財務官の榊原英介氏も常に語っていますが、円相場の為替介入については米国の同意がなければ効果を発揮しえないというのです。日本が単独で強引に為替介入したとしても効果は一時的でしかないというわけです。これは為替介入の歴史を見れば明らかです。直近で大きな為替介入を行った東日本大震災があった2011年においては、当然日本経済を震災の苦境から立ち直らせることが求められましたから米国も日本の為替介入を支持して円安に誘導することができました。また榊原氏が財務官をしていた1995年8月から日米共同で為替介入が行われましたがこの時は米国がドル高政策に転換していたからです。この時も80円台の円高から一気に流れが変わってその後1998年8月の147円までの円安への流れが生まれたのでした。一連の円相場の動きを考えるとその全てが米国の意志に基づいて方向性が決められていることがわかります。日本は独立国でありますが、実質自らの為替レートを自分の意志で決められたかどうか疑問なのです。もちろん日本の意志によって円相場を円安方向に一時的に誘導させることも可能ですが過去を振り返ってみるとそのようなケースでは円安が長続きしません、ドルという世界を牛耳る圧倒的な力は強烈なのです。ですからその時々の情勢によって米国の思惑と日本側の思惑とが一致しているかどうかということが円相場を決める上では最も重要な観点なわけです。

 アベノミクスが始まった2012年暮れから日本は日銀による大規模な金融緩和によって円安に誘導することに成功してきました。2008年リーマンショックの後はまずは米国がQE1、QE2、QE3と大規模な金融緩和を断行してその時はドル安で円相場が限りなく高くなっていったのです。2011年10月円相場は75円まで入りました。米国の意志に基づいたドル安円高の流れを日本は止めることができませんでした。ところが米国が度重なる金融緩和によって危機を脱して景気回復の兆しが見えてくると、徐々に流れが変わってきたのです。米国は一転してドル高を許容するようになったわけです。2013年5月当時のFRBのバーナンキ議長は量的緩和政策の打ち止めを示唆しました。この時世界の市場に激震が走ったのですが、要は米国経済が回復基調になったことが確認されたわけです。米国経済が回復基調であれば米国としてもドル高を許容できるわけです。アベノミクスは日銀による大規模な金融緩和によって円安、株高を起こして日本経済の復活を図るものですが、このアベノミクスが始まった時期と米国経済の回復時期がほぼ一致していたので米国側は日本側の円安誘導を許容することができました。これがアベノミクスが成功できた一番の要因と思われます。米国側は日本のやり放題の金融緩和、そして円安誘導を許したのです。

 これが続いていたのが昨年までですが、いよいよ米国が9年半ぶりの金利引き上げを断行した昨年暮れから情勢は一変しました。誰の記憶にも新しいように今年は年初から世界的に市場が大荒れ模様となってしまったのです。完全に米国の利上げ政策が裏目に出てしまいました。ドル高が止まらなくなり新興国からの資金引き揚げが激しさを増し、世界の市場は大崩れとなったのです。そしてそれは回り回って米国に返ってきました。

こうして今年は4回金利引き上げを行う予定だった米国は大きな政策変更を迫られたのです。米国FRBは政策を柔軟に変更させることを決意したのです、イエレンFRB議長は<利上げは慎重に行う>と今までの金利引き上げ路線を大きく後退させたのです。こうして米国は経済政策が極めてハト派的になってきました。それに伴って今までのドル高政策を変えてきているわけです。こうして米国が2013年から始まったドル高容認政策からドル安政策に変更したことで円の置かれている立場もあっという間に変わってしまったのです。折しも米国は大統領選の最中で世論もドル高容認できないムードとなってきました。円や中国の元は世論のやり玉に挙げられてしまったのです。こうしたドル高を容認しない米国の政策変更は強烈で米国が円安を許容しなくなった以上、日本が円安に誘導するのは極めて難しくなってきたという事情が生じてきたわけです。

もう一つ実需の円高要因があることも見るべきでしょう。特に大きいのは経常黒字の拡大です。2011年、東日本大震災から原発の停止によって膨大なエネルギー輸入の必要性に迫られていた日本ですが、昨年からの原油価格の暴落によってエネルギーの輸入代金は激減しました、更に今後原発も随時再開していく予定です。これによって経常黒字が劇的に増えることとなりました。日本の2014年の経常黒字は4兆円にまで縮小して時間の問題で日本の経常収支は赤字になると思われたのです。ところが原油安などエネルギー価格の下落によって2015年の経常黒字は16兆円と前年比4倍にまで膨らんできました。膨大に溜まった経常黒字を円に換えるのは円を購入するしかありません。

外国人投資家の日本株売りも円高を引き起こしている大きな要因

一方日本の機関投資家の外債投資など海外に対する投資手法も変化しつつあります。昨年までは円相場の先安感があったので、日本の外債投資などは為替ヘッジなしで行ってきたのも多かったのですが、円高観測が出てくると外債投資を行う時も円を為替でヘッジして外債を購入という流れになってきました。外債で金利を取っても円相場が上がって外債の価値が減価しては元も子もないからです。こうして極めて低金利の日本においては外債購入の需要は引き続き膨大にあるものの、円相場を円買いしてヘッジする需要も大きく拡大したわけです。

更に今年に入ってからの外国人投資家の日本株売りも円高を引き起こしている大きな要因です。日本の投資家が外債を購入するときに為替ヘッジを行って円買いでヘッジするのと同様に、外国人投資家は日本株を購入する場合に為替ヘッジを行うケースも多々あるわけです。外国人投資家の日本株保有額は200兆円弱とみられていますが、このうちの2割程度は為替ヘッジされていると思われます。となると200兆円の2割に当たる40兆円程度の為替ヘッジが存在している可能性が高いわけです。仮にこのような投資家が日本株を売却した場合、為替のヘッジも外す必要に迫られます。要するに日本株を売り、為替のヘッジを外して円買いを行うというわけです。このように外国人投資家が日本株を売る場合は同時に円買い需要がでるわけです。昨年6月から外国人投資家は日本株売り基調となって約8兆円の日本株売却を行っているので、相当額の円買い需要が発生しているものと思われます。特に年初からの売りは5兆円を超え強烈です。

また世界を見渡して安心して投資できる通貨がないという問題もあります。新興国は中国を中心として景気減速の流れにありますし、資源価格の暴落によって新興国経済は苦境に陥っています。そのような新興国の通貨にはとても投資できませんし、今後しばらく新興国に投資するわけにもいかないでしょう。またユーロ圏では昨年からテロが頻繁に発生していますし、日本と同じくマイナス金利で魅力がありません。そして現在一番の問題は英国が6月23日の国民投票でEU離脱ということになるのではないか、という懸念です。こうなると英国ポンドも影響を大きく受けるユーロもとても買えません。必然的に消去法的に円が買われてしまうのもやむを得ないところがあるわけです。

このような一連の流れの中でヘッジファンドを中心とする投機筋は昨年までの円売りからポジションを一変させて円買いに走っています。シカゴ・マーカンタイル取引所(CME)の通貨先物取引では一貫して円売りが優勢だったのですが、今年になってから円買いに逆転、円の買い越し額は3月8日には8000億円と8年ぶりの高水準にまで膨らんできているのです。かようにヘッジファンドをはじめとする投機筋のポジションは完全に円買いにシフトしてしまいました。まだ当分は円買い人気は続きそうな気配です。

かように円を巡る環境は一変して今年は円高がどこまで行くか、試しに行く展開となりそうです。私は一貫して中長期的には円安方向で円高傾向はそう長くは続かないものの、昨年から当面は円高に振れる可能性が高いと指摘してきました。中国経済の先行きは厳しくまだ今年は相当の変動があることを覚悟する必要があるでしょう。そして仮に中国をはじめとしてショックが起こるようなことがあれば再び円高が加速する可能性も捨てきれません。一方で米国経済は世界で最も順調に推移している流れは変わりようがないでしょう。米国においてはいずれ金利を引き上げる時が来るはずでそのような流れが明確になると再びドル高円安の流れに戻るはずです。今年の場合は為替相場も株式相場もかなりの変動が予想されますので、中長期的には円安傾向と思っても当面は円高が更に激しくなる可能性が高いと身構えるべきと思います。

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