<量的・質的緩和維持>4月28日正午過ぎ、日銀のゼロ回答の第一報が伝わると市場は一気にパニック状態に陥ったのです、1ドル111円台で動いていた円相場はわずか数分で3円近くも円高に動いて108円台へ、そして12時30分から始まった午後の株式市場は午前中とは打って変わって急落となりました。もう恒例なのですが、日銀の政策会合の日は市場は嵐のような大荒れ状態になるのです。28日も午前中200円超上げていた日経平均は午後に入るとそこから900円を超える下げ模様となったのです。更に衝撃はこの日だけでは終わりませんでした。日本が大型連休に入った隙をヘッジファンド勢につかれ、円相場はついに105円台へ、そして5月2日の日経平均は一時700円近く下げて大幅続落となり心理的な節目である16000円割れまで入り終値は518円安の16147円とかろうじて16000円台を保ったほどだったのです。

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日銀は完全なるゼロ回答

 市場関係者は日銀への恨み節で溢れていました。多くの市場関係者は今回の日銀による追加緩和を期待していましたし、例えゼロ回答であっても次回の会合で限りなく緩和をにおわす市場に対してのリップサービスがあるに違いないと思っていたわけです。ところが日銀は完全なるゼロ回答でいつものように<必要となれば躊躇なく追加緩和する>と繰り返すだけだったのです。当分日銀は動くことはできない、と嵩をくくったヘッジファンドは円高とそれに伴う株安に向けて相場を大きく動かしてきたのです、日本が連休中なのをいいことに思い切って全力で仕掛けてきたのです。菅官房長官、麻生財務大臣、黒田日銀総裁、そして安倍首相までもが<急激に偏った投機的な動きが強まることを憂慮している>と繰り返し、円売り介入を示唆する発言を連発していますが、市場は日本の当局はサミットを控えて為替介入ができるわけがない、口先介入だけ、と安心しきっているようです。

 今回市場の期待を裏切った日銀の姿勢には多くの問題点が指摘されています。おそらく日銀としても追加金融緩和を行うなら最も効果的に行う必要があるという判断の下、政府の消費税引き上げ先延ばしのアナウンスや大規模な補正予算編成などの政府サイドの政策と共に6月の段階で思い切った策を打ち出すとの構えなのでしょう。しかし市場は6月まで待ってくれないようです。日銀の黒田総裁の記者会見では苦悩がにじみ出ていますが、金融緩和の限界論や記者会見での言動を追ってみましょう。

 まずは今回の記者会見は追加緩和を行わなかったことを説明する記者会見となりますから、どうしても緩和はこの時点で必要ない、という理由から述べなくてはなりません。そこでは無理が生じてしまいます。現状は景気が落ちてきたことは明らかで日銀も物価目標の達成時期を再度先送りしたからです。

 黒田総裁は<新興国経済の減速などから輸出・生産面に弱さがみられる>と断って昨年から4回にも渡って先延ばししてきた物価目標達成時期を延ばして事については、新興国の経済減速や原油安、そして春闘における賃金の伸びが鈍ったことなどを列挙しました。しかしその上で<所得から支出の前向きな循環メカニズムは持続していて、2%の物価目標は十分達成できる>と強調したのです。要するに様々な特殊事情で当初の想定より遅れてはいるが日本経済は基本的に順調に推移しているのでやがて近いうちに物価目標は達成できるはずという姿勢です。

 しかしさすがにこの説明を納得できる市場関係者はいなかったでしょう。それは日本の景気の失速が多くの指標の悪化から明らかになってきているからです。まずはGDPの落ち込みです、順調に推移していたと思われていた昨年10-12月期のGDPは1.1%のマイナス成長、これには米国FRBのイエレン議長も驚いた、と発言しています。そして年初からは株の急落や円相場が円高に動いたことで企業の景況感の悪化や消費の落ち込みが明らかになってきています。そのため5月18日に発表になる今年1-3月期GDPも昨年10-12月期に続いて連続して悪化し、マイナス成長に陥るのではないか、という観測が増えているのです。2四半期連続でマイナス成長となれば、定義的には日本がリセッション入りしたということになってしまいます。

、デフレ対応に遅れた企業は収益悪化が顕著?

 一般的に考えると海外市場の減速で輸出や生産が減速していることは理解できますが、反面国内に基盤を置く非製造業は悪くないと思われていたのですが、これも昨年末あたりから急速に状況が変わってきています。まさにデフレに対応した企業が復活してくるなか、デフレ対応に遅れた企業は収益悪化が顕著になってきたのです。その典型がファーストリテーリング、ユニクロで柳井社長は<値上げは間違いだった、消費環境は悪い>と消費の最前線で変化を認めて値下げ路線に戻ろうとしています。ユニクロは2月に一部商品を300から1000円程度値下げしたのです。また牛丼の吉野家は4年ぶりに豚丼を復活させて300円の低価格メニューをそろえてデフレ状況に対応しようとしています。あっという間に日本中が一昔前のデフレモードに戻ってしまったかのようです。

 経済指標にもはっきりその傾向が出ていて、総務省が発表した3月の家計調査によると、物価変動を除いた実質の消費支出は前年同月比5.3%の減少とここにきてつるべ落としのような落ち込み状態となってしまったのです。これを写すかのように3月の消費者物価指数(生鮮食品を除く)は前年同月比0.3%の下落となりました。日銀は2年で2%の物価目標を達成させると豪語していたのに4年目に入った今、物価が上がるどころが下がってしまい、しかも前年同月比0.3%の下落という下落率の大きさは3年ぶりのことなのです。これを見た日銀もさすがに2016年度の物価上昇率見とおしを従来の0.8%から0.5%に下方修正したのですが、これほど物価見とおしを大幅に引き下げたのは久しぶりです。当然常識的に考えれば情勢の変化が著しいので追加緩和を行う局面です。これで日銀が追加緩和を行えないのであれば、一体日銀はどのような局面で緩和を行うのか、市場関係者が日銀の判断に疑問を抱くのも当然でしょう。<必要となれば躊躇なく追加緩和を行う>というのであれば<必要なとき>というのであれば、これだけ状況悪化がはっきりしている局面で緩和を行わないのであれば必要な時とはいつなのか? ということです。かように今回に関しては追加緩和を見送った黒田総裁の強弁も市場関係者からは不信としか見られない情勢になっています。

 <毎回日銀会合後に市場が荒れる、市場との対話に課題があるのではないか>という痛い質問を浴びせられた黒田総裁は<市場との対話は非常に重要>とした上で<我々と市場との対話に特に問題があるとは思わない>と居直りました。この辺の黒田総裁の言動に市場関係者は大きな不信感を抱いていると言っていいでしょう。新興国ならいざ知らず米国やユーロ圏など影響力の大きいFRBやECBなどの中央銀行では市場との対話を最も重視しています。FRBやECBは政策変更を行う時は前もって十分なアナウンス期間を設けて市場にたっぷり新しい政策を織り込ませてから政策変更を行います。ですから量的緩和も金利引き上げも米国FRBなどでは政策変更時に市場が激変することはありません。ユーロ圏でもECBはマイナス金利導入時の時十分に市場に新しい政策を浸透させてきました、ですから実際政策を行ったときも市場は極めて冷静に対応しています。

それに対して黒田総裁の手法は市場を欺いて思い切りサプライズを演出して政策効果を最大限に発揮させようとしてきました。異次元緩和の一回目や二回目はそのようなサプライズ効果が市場を大きく好転させて結果的に良かったのですが、そのサプライズ効果も何回も繰り返すことによって効果が出なくなってきたのです。今年の日銀による1月末のマイナス金利導入というサプライズ効果はわずか2日間しか持ちませんでした。その後円高、株安をもたらして、マイナス金利導入という新政策効果は完全に剥げ落ち、却ってサプライズばかりを演出しようとする手法が市場に警戒感を与えるようになってしまったのです。現状では今回の<追加緩和なし>に見られるように市場が黒田日銀の手法が読みづらくなることで日銀の政策に対する信頼感が落ちる一方となっています。今回のように市場が多くの経済指標や経済悪化の情勢から当然追加緩和を行うべきだと予想した時に、日銀が市場の意向を無視して景気悪化を悪化と認めず、自らの現状維持政策を正当化するに至っては日銀に対しての不信感が増大する結果となっています。その不信感と政策に対しての不満が市場の反乱を起こしていると言っては過言ではないでしょう。

 またマイナス金利政策についての市場と日銀側の見解の相違も広がってきているようです。黒田総裁は今回の現状維持政策について1月に導入したマイナス金利政策の効果を見極めるためとも発言しています。そしてマイナス金利政策について効果を発揮するのは<半年も1年もかかることはない、金利は下がり必ず経済に波及する>と述べ少なくとも秋ごろまでには住宅投資や設備投資に変化が出てくるはずとしています。この辺も微妙なところです、余りにマイナス金利は評判が悪く、人々の気持ちを萎縮させてしまっています。黒田総裁の指摘するように10年物国債、いわゆる長期金利など主要金利が下がっていることは事実ですが、今のところ物価が下がってしまって皮肉なことに実質金利、いわゆる名目金利から物価上昇率を差し引いた、本当に体感している金利は下がっていないわけです、これでは金利が下がった効果が発揮されるわけがありません。

欧州ではマイナス金利導入で銀行の収益悪化が顕著

欧州ではマイナス金利導入で銀行の収益悪化が顕著となって銀行株の下落と銀行の収益悪化が景気の足を引っ張り始めています。日本でもマイナス金利導入直後から銀行株が急落してしまいました。三菱UFJフィナンシャル・グループの平野社長は<懸念が増大している>とマイナス金利を公然と批判しました。これに対して黒田総裁は欧州の銀行と違って邦銀がここ数年史上最高の利益を叩きだしてきたことを捉えて<金融機関はここ3年で高い収益を上げてきた。収益への影響は小さい>として欧州の銀行と邦銀との経営環境の違いを強調しました、そして<金融政策は金融機関のためでなく日本経済全体のためにやっている。緩和でも引き締めでも金融機関の賛成、反対で金融政策を決めることはない>と述べたのです。金融政策は金融機関のためにやるのではないという言動は正論ですが、実際マイナス金利政策が効果を発したかというと今のところ何とも言えないところです。現実問題として銀行株が急落状態になってしまうと日本の多くの個人投資家が銀行株を大量に保有している状況を考えると資産的なマイナス効果と銀行株が下がることの心理的なマイナス効果が生じてしまっていることは否定できません。マイナス金利政策が効果と副作用を考えた場合、政策として妥当かどうかという議論は今後も続いていくでしょう。日銀としても思い切ってマイナス金利断行を決断したわけですからすぐに止めるというわけにはいかないでしょうが、現実問題としては世論の激しい非難は意識しているわけで、今後もマイナス金利の拡大には慎重に対応するしかないと思われます。

 最終的には前々回のレポートで指摘したように政府が国債を大量発行して補正予算を編成、日銀は国債の買い入れ額を拡大させる、という実質的なヘリコプターマネー政策を実行することになると思われます。それを政府の景気対策と一緒に6月に発表することになるのではないかと思います。ただそこまでの間市場が激しく動かされますので、円相場や株式市場が新たな政策発表までに持ちこたえられるのか懸念が残ります。政策発動はそのタイミングが重要となりますので早すぎてもいけないのですが、遅すぎれば効果は激減します。

 本質的な問題として金融政策に頼り切り過ぎていてそれが限界に近づいていることも事実でしょう。余りに日銀に頼り過ぎて日本経済の構造改革という本来一番大事な政策が置き去りにされている状態が続いています。やはり基本的に日本経済の潜在的な成長力を高める、真に日本経済が強くなる政策を行っていかないと金融政策をどんなに行っても日本経済の状況が限界に達する可能性が高いわけです。

物価目標2%の達成と言っても、賃金が上がらず年金が増えない、株も上昇せず、金利もゼロベースの状況で推移していては、その状況において2%物価が上昇しては人々は悲鳴を上げるはずです。賃金が上がり、年金が上がり、株も上がり金利もある程度の状態になって初めて景気が好循環になって、その上で物価が上昇し始めるのであれば、問題ないですが、現状は物価上昇させることだけに余りに焦点が当たり過ぎているように感じます。物価上昇させるために日銀が血眼になっている様相で、それでも物価がまだ上がらないからいいのであって、このような景気が減速している状況で本当に物価が上昇しては大変なことになってしまいます。そういう意味では規制緩和や新しいイノベーションの開発、女性の労働参加など経済の足腰を強くする政策が必要なわけです。しかしアベノミクスが始まってから掛け声ばかりで規制緩和も一向に進んできませんでした。金融政策に頼りっきりの状態が続いてきて現状もその延長上になります。

今後も同じような状況が拡大していくと思われます。規制緩和や人口増など基本的に重要な政策は本気で行われず、金融政策だけは更にアクセルが踏まれるでしょう。今回日銀は動きませんでしたが、やがてヘリコプターマネーに追い込まれると思います。そして今後も紆余屈折を繰り返すと思われますが、最終的には日銀が限界に達するまで金融政策を拡大させることとなるでしょう。その末路は物価だけが上がる、資産価格だけが上がるという未来に向かうと思われます。

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