<ETF購入6兆円へ増額>午後になってこの一報が伝えられると市場は一気に株安、円高に反応しました。それまで200円上がっていた日経平均はわずか6分で300円安と500円超の下落、またドル円相場は105円台から102円台へと一気に円高に動いたのです。例によって人間の反応速度ではこのようなスピードで瞬間的に大量の注文を出すことは不可能ですから、事前にコンピュータープログラムで設定されていたシステムトレードが瞬時に動いたものと思われます。もはや日銀会合の日には常に起こることで、市場関係者も異様なボラティリティにも慣れてきています。

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ドル資金確保に苦労している邦銀にとって朗報

 期待された追加緩和があったにも関わらず発表された直後はネガティブに反応したのも、緩和の規模が予想ほどでないという失望からと思われます。そして6分間で一時的に大きく荒れた後は市場は落ち着きを取り戻し、徐々に株高、円相場も円安基調に戻し最終的に日経平均は92円高で終わりました。

 今回の日銀の会合前は市場関係者の8割までもが日銀が動くと予想していました。その予想通りに日銀は緩和を断行したわけです。量、質、金利と3次元の方法のどれか、また全てか、あるいは違ったサプライズがあるのか、様々な観測がありましたが、無難に、市場関係者の多くが予想していた、いわゆる質的緩和、株式ETFの買い付けの増額となったのです。またこれと同時に日銀は銀行へのドル資金供給を拡充するとも発表、これはドル資金確保に苦労している邦銀にとって朗報でした。更に会合終了後の記者会見で黒田総裁は<次回9月の日銀政策会合で量的・質的金融緩和導入以降の経済・物価動向や政策効果について総括的な検証を行う>と述べました。

 一連の日銀の追加緩和やそれによる市場の反応、そして終了後の黒田総裁の会見から今回の会合を振り返り、更に今後の動向を予想してみましょう。

 明らかに日銀は、今回、極めて難しいところに来ていたと思われます。今年1月のマイナス金利導入は評判が悪く、市場は株安、円高となってしまい、この流れを止めることが難しい情勢になっていました。黒田総裁は総裁に就任後、2013年4月、そして2014年10月と思い切った金融緩和を実行し、市場にサプライズを与え株高と円安と演出して経済の活性化に成功してきました。ところが今年断行した3度目の緩和はうまく機能しなかったのです。今年に入って円相場は昨年6月の125円から100円割れまで突入、日経平均株価も同じく昨年6月の20800円台から15000円割れにまで下落してしまいました。市場は異次元緩和が実行された以前の低迷状態に逆戻りしたという怨嗟に溢れていたのです。2年で2%の物価目標達成が3年以上経った今、6月の消費者物価上昇率は前年同月比0.5%低下という異次元緩和前の元のデフレ状態に戻ってしまったわけです。株、為替、そして経済の低迷は明らかで、一体日銀の異次元緩和は何だったのか、効果があったのか、という声も広がっていました。このような状態で日銀が動かないという選択肢はなく、何かしら緩和を行わなければ日銀の存在価値も否定されかねない状態だったのです。

 しかし日銀は苦悩していたと思われます。緩和の手段がないのです、量、質、金利という緩和手段に限界が近づいていることは明らかでした。いくら黒田総裁が緩和の手段はいくらでもある、と発言しても誰もその言葉を信用しないし、現実に副作用を考えるとどの緩和方法も選択するのが難しかったのです。

マイナス金利政策の失敗

 まずは今年1月に導入したマイナス金利政策は、本来円安と株などリスク資産への投資、そして銀行による融資の拡大を目論んだものでした。ところが株は安くなり、円は高くなり、銀行融資は大きく増えないという惨憺たる状況となりました。もちろん日銀の政策が不発だったということだけでなく、世界的な市場の混乱や原油安という日銀がコントロールできない外的な要因もありました。しかしながらマイナス金利政策はその導入によって銀行の収益を圧迫して、ひいては銀行株の急落を引き起こし、市場のムードを暗転させたことは事実です。今回この反省はあったと思われます。一度断行した政策ですからマイナス金利政策を否定するような言動はありませんが、今回の緩和措置では銀行に対して配慮がなされたことは事実でしょう。事前の予想では緩和手段としてマイナス金利を拡大させるというような観測もありましたが、それは行いませんでした。そして更に現在、邦銀が窮しているドル調達を容易にするためのドル資金供給枠を拡充するなど、邦銀に配慮した邦銀が喜ぶ政策を発表したのです。黒田総裁はマイナス金利政策の批判に対して<金融機関のために金融政策を行うわけではない>と強弁していましたが、現実には銀行にやさしい政策を取らないと資金が世の中に回らないという実態があり、それを考えたものと思われます。またマイナス金利導入によって銀行株が軒並み大きく下落してしまったことも日銀にとっては大きな誤算だったでしょう。今後も日銀は緩和手法としてマイナス金利を拡大させることは避けるでしょう。こう考えると量・質・金利という3つの緩和手法のうち、金利は限界にきていて、これ以上の政策は出せないと思います。

 更に国債購入を増額するという量の拡大という面でも日銀は難しいところにきていました。量を拡大して日銀が購入する国債の額を増やすと言っても、とにかく購入すべき国債が市場にないのです。既に日銀は発行されている国債の3分の1を保有しています。黒田総裁は<国債全体の3分の2は市場にある>としてまだ十分日銀が市場から国債を購入する余地はある、と豪語していますが、国債を保有している銀行や生保など機関投資家は売るべき国債をほとんど売却してきましたし、他に安全な投資対象もなく現在保有している国債はとても手放せない状況なのです。今では超低金利によって資金運用に苦慮して国債を売るより買いたいくらいのようで、この状況下ではとても銀行や生損保など日本の機関投資家から国債がまとまって放出される状況ではないわけです。その証拠に日本国債10年物、いわゆる日本の長期金利の指標はマイナス0.3%にまで金利が低下するという異様な様相となり、更に20年、30年、40年国債までも品薄で、昨年末から金利は急低下を続けて現在ではほとんど金利は消滅した状態になっているのです。かように日本の国債市場は完全にバブル化していて、この状況下で日銀が更に国債購入を拡大するということは実質的に不可能な情勢となっていました。現在日銀は年間80兆円ずつ国債を新規に購入し続けていますが、このペースで購入し続けると2023年には発行された全ての国債を買い占めてしまうこととなってしまうのです。そんなことは現実に無理なのです。ですから仮に日銀が国債購入を拡大するとすれば、どうしても日本政府が国債を更に大量に発行して、供給を大きく増やす必要があるのです。それを行うといわゆる政府が国債を増発してそれを日銀が購入するという、日銀の資金で日本政府が無尽蔵に資金調達できる、という実質ヘリコプターマネー政策となるわけですが、現在のところ、政府もある程度の節度を持つようなポーズで、政府自体が大量の国債発行はアナウンスしていません。ですから日銀が国債購入を拡大するには政府の国債発行増発というニュースと一緒でないと無理でしょう。このヘリコプターマネー政策は現在の一つの焦点ですが、政府も日銀もまだそこまでは踏み込めないようです。ないしは実質踏み込みつつあるものの、堂々と公言はしたくないようです。

 というような事情もあり、今回は量・質・金利という3次元の緩和手法のなかで、現状マイナス金利は拡大できず、金利は動かせない、そして量の拡大に関しては、国債の買い付け増額もできないという現実的な判断がなされたわけです。こうして消去法的に質、いわゆるETFの買い付け拡大という現状で最もやりやすい選択がなされたと考えられます。この株式のETFの買い付け増額も副作用がないわけではありません。というのも国債であればいくら大量購入しても後の処理ができないことはありません。いわゆる政策の出口ということですが、仮にインフレ目標が達成されて日銀が国債を売却しなければならなくなった場合、市場で売却するのは余りに大量で難しいわけです。そしてその場合仮に国債を売却しなかったにしても、国債は償還がありますから、市場で売却せずに償還を待つという方法があります。いわば時間の経過と共に自然に国債の持ち高は減少していくわけです。ところが株式は市場で売り買いするしかありませんから、日銀が大量に購入すればするほど今度は将来売却することが極めて難しくなる、というか将来よほどの経済の好転や市場の高騰がないと売却できないと思った方がいいかもしれません。かように緩和政策は量的緩和策もETFの買い付けも始めるよりも後始末がかなり難しいわけで、ETFの買い付けは国債の買い付けという量的緩和以上に後処理に窮する政策なのです。

緩和が思ったほどでなく失望だった

 今回の日銀の緩和でETFの買い付け額が年間3兆3000億円から6兆円とおよそ倍に増額されたわけです。今回の緩和についてマスコミの論調ですと、量・質・金利の3次元のうち質の部分であるETFの買い付け拡大しか行われなかったということは緩和が思ったほどでなく失望だった、との見方が大勢です。しかしこのETFの年間6兆円の買い付けは極めて強力な措置と思います。アベノミクスが始まって2013年、株式市場が暴騰状態になって日経平均は1年で約8割の上昇となったのですが、この時の立役者は外国人投資家でこの外国人投資家の年間の買い付け額は15兆円に上っていました。いわば1年間で15兆円という巨額な買い付けが日本株の上昇をけん引したわけです。その後外国人投資家は日本株を大きく買い増しすることなく昨年からは5兆円に上る売り越し基調となっています。それが日本株の頭を重くしています。ところが最初、白川総裁が始めたETFの買い付け額は年間で5000億円でした、それが黒田総裁になって年間1兆円、次は3兆円、今回は6兆円と拡大してきました。これでも今回の緩和についてマスコミの論調は思ったほどでないというわけですからこの年間6兆円に上る日銀のETF買い付けに対しての驚きは市場にはほとんどありません。

 しかし既に日銀はETFを8兆7000億円も保有、実質的にETFを通じてファーストリテーリングやKDDI、ソフトバンク、ファナック、京セラなどの筆頭株主となっている状態です。このような状態で年間6兆円ずつETFを買い増ししていけば、単純に計算すると5年でETFの買い付け額が40兆円近くに達してしまいます。買ったら売ることがほとんどありませんから、これだけの大量の買い付けが継続的に休みことなく続けられれば、いずれ株式は品薄状態となりよほどのことがない限り将来的な株式の暴騰状態が生じると考えられます。現在日銀は1回の購入で350億円ほどETFを購入しているのですが、これが主に下落した日を中心に買い付けていますが、これからは3日に2日間買い付けしないと年間6兆円買い付けることはできません。そういう意味では今回、市場は緩和慣れしてしまって驚かないだけで、今回のETFの買い付け倍増も相当な政策と思うべきです。

 さて、現実問題としては直近に関しては、これだけのことを行っても簡単に円安や株高を演出できるわけではありません。世界経済も日本経済も先行きに対しての懸念がますます拡大しているのが実情です。ブレグジットや中国経済の減速、原油安など世界を覆う深刻な問題は収まることがありません。ですからマスコミも今回の日銀の緩和が物足りないとう論調であり、何よりも為替市場で日銀が緩和を行った直後でありながら即座に大きく円高に動いてきたことに注目すべきです。更に日銀による再度の緩和を催促されている形で、ETFの買い付け倍増くらいでは今の円高への流れはとても止めきれないのです。

 このことに関しては、私は昨年暮れあたりから何度も指摘してきました。今回の日銀の政策についても、最低限、ヘリコプターマネーに対しての検討など、日銀が何でも行うという覚悟を見せないと現在の強い円高の流れは止められないと強調してきました。そして日銀の緩和発表直後から案の定、円高傾向がはっきりしてきたのです。

 9月の会合では日銀は<総括的な検証を行う>と公言していますから、その時点でヘリコプターマネー政策に対して、正面から肯定しなくとも、実質日銀による財政ファイナンスは否定しながらも限りなくヘリコプターマネー政策に近づく政策を発動、ないしはアナウンスする必要に迫られる可能性が高いと思われます。今まで見てきたように量・質・金利という今までの3次元の政策は完全に壁にぶち当たっています。どの政策もこれ以上は無理で、量に関しては政府に大量の新規国債を発行してもらうしか、日銀が量的緩和の拡大を行うことはできません。そして政府が国債を新規に発行して日銀が国債買い付けを増額すれば、それは財政政策を日銀がファイナンスする形となりますから、限りなくヘリコプターに近づくと言えるでしょう。

 今後どうやっても、政府日銀はヘリコプターマネー政策に追い込まれると思います。そして現状ではそれを行っても、行わなくてもまずはヘリコプターマネー政策について、<検討する>という言動が必要と思います。日銀の物価目標達成のための覚悟を、そこまでやるのか、と示す必要があると思われます。おそらくそこまで行わないと円高を止めることができないでしょう。

 ヘリコプターマネー政策について肯定的な見解を述べることはそれほど不自然な突拍子もないことではありません。先日来日したバーナンキ前FRB議長はそのブログで<急激な総需要不足、金融政策の限界、赤字財政に対する抵抗感という極端なケースでは、ヘリコプターマネーも代替策としては最善かもしれない>と書いています。そして米国で近い将来、このような状況が訪れることはないだろう、と言いながらも将来米国でもヘリコプターマネーが必要な状態に陥る可能性を否定していません。

 また6月15日、FRBのイエレン議長はFOMC後の記者会見でヘリコプターマネー政策について<中央銀行が用いる政策措置においてヘリコプターマネーが一定の役割を演じる可能性がある>と述べています。イエレン議長はヘリコプターマネー導入に伴うリスクを認識していると言いながら、経済情勢がそれに見合うほどの苦境に陥った場合はヘリコプターマネーも検討されるべきだ、と述べているのです。

 既に今回の日銀の緩和策は十分でない、と市場では認識されてきています。ヘッジファンドは早速円高方向に仕掛けてきています。日銀は打てる手を出し尽くして、もはや市場の流れを止める手立てを持っていないと嵩をくくっているのです。遅かれ早かれ大幅な円高に持っていかれることとなるでしょう。結局日本は限りない緩和に追い込まれていくのです。いくら緩和を行おうが、例え、ヘリコプターマネー政策まで導入しようが現状では円高傾向を止めることはできないかもしれません。

その代り、時が来て、世界的なインフレ傾向が生じてくれば今度は全てが逆転して何をやってもインフレ傾向や円安が止められないこととなるでしょう。もはやこれは時代の勢いです。結局現状では円高に悲鳴を上げて日銀も政府も更なる緩和やヘリコプターマネー政策に追い込まれていくのです。とことんインフレ政策を発動してやり切って、そしてある日突然、流れが劇的に変わって今まで行ってきた溜まり溜まったインフレ政策が爆発的に効いてくる日がやってくることでしょう。その流れは極めて急に突如やってくることでしょう。皮肉な事ですが、現在はこんなに円高と株安に苦しめられているのに、最終的には止まらない円安と驚愕する株高が襲ってくることとなるのです。

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