<緩和縮小という方向の議論ではない>日銀の黒田総裁は来週発表になる総括的検証について、金融緩和を縮小するような話にはならない、と市場の懸念を払拭するように努めています。しかし今回の日銀の総括的検証については各方面から様々な議論や問題点の指摘がなされ、日銀の現在行っている異次元緩和の限界論や日銀が今までサプライズばかりを演出してきたことの不満、更に2年で2%という物価上昇の目標について、既に3年半経過しているのに、未だに旗を降ろさないのは馬鹿げているなどという厳しい指摘もなされています。一部なかなか上がらない政策効果に黒田総裁は自信を喪失しているなどという報道まで出てきています。

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日銀の政策的な限界は明らか?

 とは言え、検証結果の発表もいよいよ来週21日に迫ってきたのですが、いったいその結果はどのようなものになるのでしょうか? また市場に指摘されている深刻な問題点はどんなものでしょうか? 短期決戦と言われた日銀による異次元緩和は日銀や政府の思惑とは逆に長期戦となり、迷走状態でますます出口が見えなくなっています。私は異次元緩和政策についてはかつての日本軍の真珠湾攻撃と同じで始めたはいいが、終わりにすることができなくなる可能性が高いと問題点を指摘してきました。案の定、まるで泥沼に入ったかのように日銀は身動きが取れなくなってきているようです。黒田総裁の表面上、強気な発言をよそに市場関係者の間では日銀の政策的な限界は明らかとの見方が大勢です。このような中、日銀は総括的検証と銘打ってどのような一手を繰り出すのでしょうか、また検証を行うだけで何も新たな緩和は行わないのでしょうか。

 結論的に言うと、これだけ市場に期待を抱かせたのですから、ゼロ回答はないと思います。そもそも政策的な検証は常に行っているのが普通ですから何もこの時期に敢えて改めて大規模な検証を言い出すのもおかしいわけです。今までの緩和政策が行き詰ってきたから、大規模に検証を行うわけで、その流れからすればその後には新たな政策が出てくるのが当たり前の帰結と思われます。

 ただこの日銀の総括的検証については、市場関係者の見方は二つに割れています、一つは検証を行って現在の政策の限界点を素直に認めて、多大な副作用などを解消していくように緩和政策について後退も含めた現実的な政策に変えていくという方針です。いわば現状認識派と言えるでしょう。もう一つは検証によって、今までの量・質・金利の3方面からの緩和政策の効果と副作用を振り返りながら、何とかして新たな緩和策を導き出していくという考えです。いわば今までの押せ押せの強行突破の継続と言えるかもしれません。おそらくこの二つの考えを折衷したような政策が出てくると思われます。

 まずは検証される焦点の一つはマイナス金利の導入とその効果についての評価です。マイナス金利政策は非常に評判が悪く、金融機関などからも日銀に対しての憤りが極めて大きくなっています。黒田総裁は<金融機関のために政策を行っているわけではない>と強弁しましたが、現実に金融機関の株価が大きく下がったり、金融機関の収益悪化によって金融機関の融資姿勢が後退してしまっては元も子もありません。そういう意味では今回の総括的検証においては例えマイナス金利の更なる深堀りがあったにしても、金融機関に相当配慮した工夫が施されることでしょう。

量、質、金利の3つのツールでどれを使うか?

 3方面の緩和政策を考えた場合、量、質、金利の3つのツールでどれを使うか、ということですが、前回7月末の緩和では質的緩和、いわゆる株式のETFの買い付けを年間3兆円から6兆円に膨らませたばかりになりますので、これをわずか1ヶ月足らずで拡大するということはあり得ない選択肢です。そういう意味では質的緩和はないはずです。

 問題は量的緩和政策です。そもそも今年1月末にマイナス金利導入を電撃的に決めたのも量的緩和が限界に来たからです。量的緩和を拡大しようとすれば日銀が国債の買い入れ額を更に増額していくということですが、これも現実的でなく実行できないと思われます。現在年間80兆円、日銀は円紙幣を印刷して国債を購入しているわけですが、国が新規に発行している国債が40兆円しかなく、それ以外の国債は金融機関や年金や生損保や外国人投資家が保有している国債を売却してもらわなければ日銀は約束した年間80兆円の国債を買いきることができません。そのため、量的緩和政策においては購入する国債の確保が難しく、しかも日銀の保有する国債の額が膨大になり過ぎてもはや限界である、という見方が大勢なのです。因みに日銀の日本国債の保有比率の推移をみると、10年前2006年の3月末の時点では12.2%だったものが2016年3月末時点で33.9%となり、この勢いで日銀の国債購入が続いた場合は2018年末には保有比率50%に達してしまいます。完全に購入すべき国債が枯渇してしまいますし、そこからくる政策的な副作用が深刻な事態にまで陥ってきたことが指摘されてきました。そのことが量的緩和策の後退や縮小を検証結果として打ち出していくべきだ、という大きな声になってきたのです。そのような見方を背景に日銀が総括的検証を宣言した7月29日から償還が10年超の超長期国債の利回りが急上昇(価格低下)しています。

 これは業界用語で言うと、イールドカーブのスティープ化と言います。イールドカーブとは短期の金利と長期の金利を比較したグラフで、一般的に考えれば短期の金利の方が低く、長期になるに従って金利は高くなっていきます。この場合短期金利より長期金利の方が大きく上昇していればイールドカーブはスティープ化、逆に短期の金利も長期の金利もほとんど変わらないとなればグラフの形状はなだらかになりますからフラット化というわけです。マイナス金利の導入によって、10年、20年、30年、40年という長期に償還する国債の利回りも驚くほどに低くなってイールドカーブがフラット化しました。こうなると生保や年金など長期に資金を運用するところは全く金利が取れない状況となって、資産運用の世界に重大な懸念を引き起こしたわけです。このためこのような状況を是正するための措置として日銀が超長期債を購入しないようにして、長期の金利を高くしようとするだろう、と考えてられているわけです。国債市場はかように日銀が副作用として出てきた超長期国債の金利を引き上げるため、日銀の超長期債の買い付けの減額を予想しているのです。

 現在の日銀や政府の抱える大きな問題点を見てみましょう。マイナス金利の導入によって国債の金利はマイナスにまでなって国はただで借金できるどころか、国債を発行すると金利がもらえるという驚くべき状態となっています。具体的にみてみますと、国は今年6月から8月にかけて10年物国債を約8.1兆円発行したのですが、この入札において、平均落札利回りはマイナス0.13%、平均価格は102円32銭となり、100円のものを大きなプレミアムを持って落札されているのです。10年経って返す時は100円で返せばいいわけですから、国は借金して金利がもらえる計算となります。こんなうまい話はありません。借金すればするほど儲かるわけで、この好機を捉えて国は国債発行を来年度分まで前倒しで大量に行っているほどです。最も日銀の量的緩和政策によって国債の流通量が少なくなっているために、国が計画を前倒しして従来の計画以上に追加発行しているという面もあります。

日銀の量的緩和政策によって国債を購入すればするほど将来の損失が膨らんでいく?

 いずれにしてもこのような借金すれば儲かるという仕組みで国が得た昨年度の国債発行による超過収入は1100億円となりました。一方国債の入札で100円の国債を102円32銭平均で購入した金融機関や海外投資家は、この購入した国債はいずれ100円で償還されるわけで、金利はほぼない状態ですから、投資家としては国債を購入した途端に損失が確定します。それでは何故投資家が国債を購入するかと言えば、その国債を更に市場で高い価格で日銀が購入することがわかっているからです。どんなに高い値段で購入してもそれ以上で購入する日銀という投資家が存在する限り国債を高く購入しても問題ないわけです。<例え値段が法外に高くても次に購入する投資家がいればその投資家に売却して儲かるから投資する>という、この国債市場におけるねずみ講的な手法については何度か指摘してきましたが、このような日銀の常軌を逸した政策によって国は借金をすればするほど儲かるし、国債を高値で購入する投資家も日銀に売却することで利益を得ることができるのです。これは<日銀トレード>と言われ、連日盛んに行われています。このような取引が頻繁に行われている結果、最終的に損失を被るのは日銀ということになります、先ほど指摘したように100円のものが平均価格102円32銭で入札されているわけで、この購入した投資家から日銀は更に高い値段を提示して市場取引で国債を購入するわけです。日銀は100円のものを102円32銭以上で購入して、償還時に返ってくる資金は100円分しかありません。日銀は現在ではかようにマイナス金利になった国債を購入した時点で損失を被ることが確定するわけです。日銀は最終投資家で日銀は国債を誰に売るわけでもなく償還まで持つしかなく、仮にインフレ目標が達成されて日銀が国債を手放さなければならない時点ではインフレによって国債価格が更に暴落状態になりますので、売れるわけもないのです。こうして現在、日銀は量的緩和政策によって国債を購入すればするほど将来の損失が膨らんでいくわけです。

 実は今年1月末にマイナス金利を導入してから、発行された国債の9割までもがマイナス金利状態となったために、日銀の損失額が飛躍的に拡大するようになりました。現実に日銀が今の時点で国債を売却するわけではないですから損失がここで確定するわけではないですが、いわゆる会計上の損失額が驚くべき速度で拡大しているわけです。

 ブルームバーグの試算によりますと、今年8月20日の時点で日銀が国債購入に投下した総資金は335兆3600億円ということですが、一方で日銀の保有する国債の額面残高は326兆6700億円ということです。その差、8兆6700億円が日銀が高値で国債を購入したツケで将来的な損失額と見積もっていいでしょう。この損失額がマイナス金利導入前の1月20日の時点では6兆4100億円だったのですが、マイナス金利導入後は更にマイナス金利の幅が拡大した割高の国債の購入を余儀なくされているためにこの半年余りで日銀の損失が急拡大しています。日銀は何とこの半年でおよそ2兆2800億円も損失額を拡大させてしまったのです。こんな勢いで損失を拡大し続けていれば日銀の財務は持ちようがありません。日銀のマイナス金利政策と量的緩和による大量の国債購入の副作用として日銀は加速度的に債務超過へ向かってまっしぐらなのです。日銀はその収益を国に収めるわけですが今後日銀は収益を収めるどころか赤字となって国に損失を補てんしてもらう運命です。日銀が今まで保有してきた国債については昔購入した金利の高い国債もあってかろうじて現在は問題を起こしていないのですが、現在のように余りにマイナス金利状態で国債を大量に購入し続けることで、この政策の出口に至るどころかその出口に至る前の段階で、驚くべきことに日銀の財務は損失額の大きさで壊滅してしまうのです。ですから、現在の政策は続けられず、量的緩和の拡大もとても無理というわけです。日銀ウォチャーの専門家の間ではこのような日銀の財務の問題や持続不能の現在の政策についても、今回の総括的検証においてはっきり指摘すべきである、という声が高まっています。また日本国として考えてみても日銀の債務超過転落の危機は深刻で国が借金して金利をもらっている額の数十倍の額が日銀の損失となっています。国と日銀と一体と考えれば日本国は日銀が高値で国債を購入し続けるために途轍もない損失を被り続けているわけです。

 このような深刻な事態から逃げることもできません。日銀は購入する国債もなくなってきているし、年間80兆円と言う巨大な買い付けを無理に続けることで、日銀がやがて債務超過に陥っていくことが必至なのだから、この量的緩和政策を縮小していく道筋をつけるべきという考えが急浮上しています。このような考えに基づいて、今回の総括的検証の結果として日銀の年間の国債買い付け額を現在の80兆円から、幅を持たせて70兆円から90兆円という風に変えて、徐々に国債の買い付けを減らしていく道筋をつけておくべきだ、とう主張がクローズアップされています。これは正論なのですが、今まで年間80兆円購入していた国債を70兆円から90兆円にするということは、量的緩和の限界という背景があって打ち出される政策ですから結局、国債購入を現在の80兆円から70兆円に減らす政策であって、それは緩和の縮小になるのではないか、要するに緩和拡大から緩和縮小の引き締めに入ってしまい、そのような引き締めを行うのは緩和を拡大しようとする現在の方針に逆行するのでとても市場は受け入れられないということでもあるのです。元々総括的検証は新たな緩和手段を模索するための検証であったはずなのに緩和策の限界を正直に認めて緩和策の縮小方向に向かっては元も子もありません。インフレ目標も達成できずデフレ状態に戻った今、このような緩和縮小はとても受け入れられないという主張も強いのです。

  そこでこの量的緩和の実質縮小政策と同時にマイナス金利の深堀りを行って、緩和を続ける、というメッセージを市場に発信していこうという案も出てくるわけです。黒田総裁も中曽副総裁もマイナス金利の深堀りを否定していません。<意識すべきは限界でなく効果とコストの比較だ>と黒田総裁は述べています。マイナス金利政策は強烈で、この政策を実行してから国債の金利は一気にマイナス幅を広げていきました。黒田総裁からすれば、マイナス金利を適用したのは日銀の当座預金200兆円を超える額のうちわずか10兆円に適用しただけなのに、このような劇的な金利急低下という効果があったというわけで、政策的な効果とコストを考えれば、マイナス金利政策は副作用はあっても効果的な政策であることは明らか、と強調しています。そしてここまで指摘してきたように今回の総括的検証において、新しい緩和政策を発動するといっても、量的緩和は限界に達していますし、ETFの買い付けなど質的緩和は7月に行ったばかりですし、消去法的に考えても金利の部分、いわゆるマイナス金利を拡大させることしか方法はないと思われます。よって今回の総括的検証においてはマイナス金利を深堀りして、尚且つこの絶好の機会を捉えて、量的緩和における国債購入の柔軟化と銘打って国債の年間の買い付け額を80兆円から70兆円から90兆円として幅を持たせるようにして実質量的緩和策の縮小に道筋をつけるのではないか、と思われます。

 いずれにしても量も質も金利も、いわゆる今まで行ってきた3方向の全ての政策が金融政策として限界にきたことは明らかと思われます。

 何度かASAKURAレポートでも指摘してきましたが、いよいよヘリコプターマネーという新たな政策に踏み切るしかないように思われます。今回の日銀の総括的検証を経て、おそらく量、質、金利の3つのツールで金融政策が限界に達したということが明らかになりそうです。そしてそれは止められない円高の襲来という形で証明されるでしょう。ヘリコプターマネー政策はまだ遡上に上っていませんが、日本はやがて円高を阻止する手立てがなくなりヘリコプターマネー政策に追い込まれると思います。そしてそこまで追い込まれてやむなくヘリコプターマネー政策を実行したとしてもしばらくはインフレは起きないでしょう、そしてヘリコプターマネー政策を実施した後に、やがて何かをきっかけにして一気にインフレが爆発する日が来るように思います。

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