<経済、物価情勢は9月時点と大きく変わっていない、すぐに政策変更するとは考えづらい>黒田日銀総裁は10月21日の衆議院金融財政委員会で追加緩和は現下の情勢から不要との考えを示唆していました。そして<2%の物価目標達成が2017年度中になるかは、修正もあり得ると思っている>と物価目標達成時期の2018年への先送りも示唆していたのです。この言葉通り昨日と本日行われていた日銀の政策会合は無風、予想通り現状維持で目新しい政策は出ませんでした。   

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量から金利へと政策目標の変更

 今までですと日銀は<2年で2%の物価目標達成>という命題がありましたので、仮に物価目標達成時期を先送りしたならば、当然物価目標達成のための追加緩和をしないと政策的なつじつまが合わず、市場から絶えず追加緩和を期待されるパターンとなっていました。このため日銀は昨年あたりから政策会合ごとに追加緩和の思惑に対応しなければならなかったのです。ところが日銀は9月末の総括的検証によって、量から金利へと政策目標を変えました。同時に<2年で2%の物価目標達成>についても既にこの目標を掲げてから3年半が経過し、達成不可能であったことは明らかという事で、目標時期の先送りも示唆していたわけです。こうして日銀は市場からの度重なる追加緩和の要請という呪縛から解放されました。黒田総裁は吹っ切れたように追加緩和の見送りをほのめかして、同時に今度は物価目標達成時期の先送りを予定通り示唆したのです。これによって黒田総裁の任期である2018年3月までに2%上昇という物価目標の達成ができない可能性も出てきたわけですが、ここに至っては黒田総裁としてもあきらめモード、意に介さないようです。こうなると今度はいくら物価目標達成時期を遅らせても市場から追加緩和を要請されるわけではありません。物価目標時期の先延ばしは日銀にとって年中行事となりました、市場は日銀に対しての過度な期待を抱かないようになったのです。

 日銀が総括的検証を行ってから1ヶ月強、市場で起こった変化を振り返ってみましょう。また日銀が総括的検証に至った経緯とその葛藤、問題点と今後については拙著<暴走する日銀相場>において詳しく分析していますので、合せてお読みください。

 さて総括的検証後の国債市場ですが、これはますます市場としての機能を失いつつあるようです。今回日銀はイールドカーブコントロールと言って金利を長期も短期もコントロールするという驚くべき世界に例のない政策を導入しました。これによって特に10年、20年、30年、40年という超長期の国債の金利を引き上げることによって金融機関や機関投資家の不満を和らげたいという思惑があるわけです。超長期の国債の金利がほぼゼロでは資産運用ができません。今年7月には10年物国債、いわゆる日本の長期金利はマイナス0.3%にまで低下しましたし、20年物国債までマイナス金利に陥るという有様でした。日銀の新政策が発動され、異様なマイナス金利は是正されましたが、今のところ10年物国債の金利はマイナス0.05%程度、20年物国債の金利はプラスと言ってもわずか0.4%程度です、20年物国債をみると7月のマイナス金利という酷い状態からは脱したものの、マイナス金利導入前の昨年時点のように1%以上で推移していた時と比べると金利は大きく下がっているのが実情で、引き続き金融機関や生損保など機関投資家にとっては資産運用を考えると厳しい金利水準です。

 日銀としても機関投資家や生損保などの動向に配慮したわけですから、彼らに国債市場に戻ってきてもらいたいと思っているでしょうが、生損保などは超長期国債に対しての投資意欲は失ったようです。日本生命では<金利が0.4%や0.5%程度では投資対象にならない、最低でも1%程度、マイナス金利前の水準に戻らないと見合わない>とコメントしています。黒田総裁も<超長期金利のところがもう少し上がってもおかしくない>と希望的観測を述べているものの、国債の金利を日銀が保有している国債を売却することなく、投資家が満足できるような水準に現状で巧みに引き上げることは難しいようです。金利をどうしても引き上げたければ日銀が保有している国債を売却して金利を引き上げる(国債価格を下げる)ということになりますが、そうなるとテーパリングといって完全なる金融引き締めになりますので、日銀もそこまではできません。現在日銀は国債を購入する量を従来よりも減らすことによってのみ国債の金利を調整しているのが実情です。

 日銀は今回イールドカーブコントロールと言って金利を長短全てコントロールすると宣言しています。10月19日に日銀本店で市場関係者を集め定例の懇談会が開かれたときに出席者から質問がでました、質問者は今回の日銀による長短金利をコントロールするという政策に対しての懸念から<日銀は金利操作と市場の自由な値動きのどちらが大事と考えるか?>と質問したのですが、日銀幹部は即座に<市場のコントロールの方が大事>と答えたという事です。日銀は資本主義、自由市場の日本において完全な共産主義下のような金利の完全コントロールを目指しているのです。(何故日銀がここまで自由市場を否定するような異様な政策を打ち出すに至ったかについては拙著ではっきり書きました)

市場関係者はますます日銀ばかりを意識

 こうして日銀が金利を全て思い通りにコントロールすると宣言したために、市場関係者はますます日銀ばかりを意識するようになりました。将来に渡って日銀が全ての金利をコントロールすることは不可能と思いますが、それはそれとして市場は現在、日銀が10年物国債なら10年物国債、20年物国債なら20年物国債、いわゆる年限ごとの国債の金利のターゲットを何処においているかを知ろうとして必死です。市場は日銀の動向や意志ばかりを気にかけて、日銀の意向に沿った金利水準を見極めることで今後の年限ごとの国債の金利水準を推し量ろうとしています。そして当面は市場関係者も日銀の意志に逆らって行動しても特策とは思えませんから、当然市場関係者は日銀の目指す金利水準を確認してその動向に従って投資しようとするわけです。日銀の意向こそが重要でその方向から大きく外れた取引は行うべきでないと考えるわけです。要はファンダメンタルズとか相場観とかは関係なく日銀の意向に従って無難に細かい利益を積み上げようとしているのです。

この結果、国債市場は変動率が極端に低下して市場としては死滅したような様相になってきています。まず完全な管理された市場ですから管理された値段以外での取引はほぼ行われません。結果的に国債市場では売買高が異常に減少し始めました。2013年以降、日銀が異次元緩和を行ってから国債市場では通常1日当たり、2兆円から3兆円の取引があるのが普通でした、ところが日銀が総括的検証を行ってから取引額が急減、最近は1兆円割れが常態化したのです。取引においては日銀による国債購入と財務省の国債入札以外取引材料がなくなりました。こうして国債の価格の変動率は異様に低水準になって総括的検証が行われる以前の4分の1以下の値動きしか起こらないようになりました。そしてついに10月19日には1日中値段が付かないという異常事態に至ったのです。完全に国債市場の市場としての機能は失われ、自由市場は死滅したと言っていいでしょう。緊急時でもないのにこのような市場を殺す愚かな政策を続けるツケが将来爆発しないわけがありません。

もう一つ視点を変えて世界的な国債市場の動向をみると、やはり日銀の総括的検証後に大きな変化が出てきました。国債市場が下落、米欧など先進国で金利の上昇が始まっているのです。今まで日米独の金利は共に低下傾向だったのですが、ここにきて米国とドイツの金利の上昇が目立ってきました。もちろん米国では順調な景気回復から12月の利上げが確実視されてきた流れがあり、それを背景に金利が上昇し始めたわけですし、ドイツの国債金利が上昇し始めたのもドイツの景況感が予想以上に良くて、金利を刺激しているところもあります。

しかしながら米独など先進国の金利上昇は、景況感の好転によるものだけが原因ではないかもしれないのです。<日銀の総括的検証による政策的な変更が世界的な金利上昇というきっかけとなった>、との見方もできるのです。

というのも今回の日銀の総括的検証においては、政策目標を量から金利へと変更したわけですが、これは裏を返すと量を買えなくなった、という切実な問題もあるわけです。日銀は2013年4月異次元緩和を発動してから大量に国債を買い入れてきました、結果的に日銀の国債保有額はこの10月の時点で400兆円という2013年4月から見て3.5倍という巨大な金額に上るに至りました。そして実質的にこれ以上市場において国債を購入するのが難しくなってきたわけです。そのため今年1月にはマイナス金利導入に踏み切った経緯もあります。ですから今回の日銀の総括的検証において、この量的緩和策の限界を名実ともに内外に示した形となったわけです。となると金融政策としての量の拡大は終了に近いか、縮小を目指すこととなっていきます。一方、このような量的緩和策の限界説は日銀だけでなく、ユーロ圏においても懸念されることです。

ECBも日銀と同じく購入すべき国債がない?

 ECBは量的緩和政策を続けていますし、まだ続行するとも言われていますが、ECBも日銀と同じく購入すべき国債がなくなってきています。ドイツ国債の購入がもう限界に近づいているわけです。マイナス金利の行き過ぎが酷くECBとしても購入すべきドイツ国債がありません。ですからECBにしてもいずれかの時点で量的緩和策の縮小に入るはずとみられるようになりました。

 となると今まで日米独と量的緩和を拡大させて、中央銀行が紙幣を印刷して強引に国債を買い続けるというパターンが限界に達して、もうこの政策は縮小を余儀なくされる、という見方が日銀の総括的検証をきっかけにして急速に広がってきたわけです。となると量的緩和策の下、中央銀行が今まで国債を強引に買い続けたパターンが変化することとなるので、日米独の国債の金利低下がピークに達してきたのではないか、という見方が出てきたわけです。

 考えてみると日米独の国債の金利は一貫して下がり続けて(価格は上昇)してきたわけです。米国債10年物、米国の長期金利は1980年初頭には15%前後だったのですが、今年7月には史上最低の1.32%まで低下しました。この間、多少の上下はあっても金利は1980年からほぼ45年間に渡って一貫して下がり続けたわけです。ところが今年7月の史上最低金利1.32%から現在では1.85%にまで金利が急上昇してきています、これは単なる綾戻しでしょうか? それとも根本的な超低金利という歴史的な基調が変わったのでしょうか? 見方が難しいところです。

 日本の10年物国債金利、いわゆる日本の長期金利にしても米国と同じく1980年代初頭からおよそ45年間一貫して下がり続けてきました。そして今年7月にはマイナス0.3%という史上最低の前代未聞、異様な水準にまで低下しました、ここでその副作用を懸念した日銀の総括的検証が行われるに至ったわけです。これも政策的限界を捉えた歴史的必然と言えないこともありません。こうして日本の金利体系も極端なマイナス金利状態からは脱しようとしているのが現状です。

 かように考えると今回の日銀による総括的検証が歴史的な世界的な超低金利の流れの反転のきっかけとなった、ということになる可能性もあるのです。

 例えそうだとしても、今後急速に金利が上昇傾向になるとも思えません。ただ歴史的な超低金利の流れが変わってきている可能性はある、と一考しておくべきでしょう。

 社会的な現象をみてみましょう。米国でのトランプ旋風や英国でのEU離脱を選択したブレグジットなどはグローバル化という国際化の流れに逆行しようとする内向きな自国の開放を拒否する保護主義を志向する動きです。そして英国ではメイ首相がEU離脱宣言を来年3月までに行うと宣言しています。その結果として通貨ポンドが大きく売られ35年ぶりの水準にまで下落してきました。現在英国国内で起きてきたことは物価上昇です。10月18日英統計局が発表した9月の消費者物価指数は前年比1.0%増と約2年ぶりの高い伸びとなったのです。この物価上昇は2017年には2%となり、2018年には3%強に達するとみられています、英国ではいよいよ通貨安からインフレが加速していく段階に入っていくというわけです。グローバル化を拒否すればどの国も同じようにインフレ率が上昇していくのは自明の理でしょう。そして今世界全体が内向きでグローバル化を拒否する世論が盛り上がってきているのです。

 かような中央銀行の量的緩和策の限界と内向きな保護主義を志向する世界が広がってくると、世界何処でもインフレ気味に変っていくということもあり得るでしょう。今のところ国債市場の動向は大きく動いてきたものの、今までの超低金利という流れを確実に変えていく流れに変化していくのかどうかはわかりません。ただ超低金利も異常だし、日銀によるイールドカーブコントロールという長短全ての金利を支配するという政策も異常だし、世界各国が世論の怒りから内向きの傾向になってきたことも事実です。私は一貫していずれインフレが到来すると主張してきましたが、徐々にその兆しがほんの少しではありますが、米欧など先進国で始まってきたのかもしれません。

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