<世界の実物経済が受ける影響は、リーマンショック時に匹敵するだろう>投資家ジョージ・ソロスは今回の英国のEU離脱の選択が世界の経済を奈落に落としていくという予想をしています。一般的に考えれば英国のEU離脱自体はユーロ圏や英国経済に深刻な影響を与えることは想像できますが、距離的にも離れているアジアや日本、そして米国にそれほど深刻な事態を生じさせるとは思えないところです。英国民が自分の意志で孤立を選択したわけですが、それが経済的なつながりの薄い日本やアジア地域に何故、大きな影響を与えるというのでしょうか? 英国は大国ではありますがGDPは世界の2%に過ぎません。かつて欧州でギリシア危機が騒がれたように余りに今回の事態を過大に懸念しすぎているように思えます。ソロスは何故、今回の事態が世界の実体経済に壊滅的な影響をもたらすと警告するのでしょうか?

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金融経済と実体経済が交互にマイナスに作用し続ける影響

 実はここが今の世界経済の大きな問題点でもあります。余りに金融市場が大きくなりすぎていて、またその金融市場で発生することが実体経済に必要以上に多大な影響を与えてしまうところがあるのです。そして金融経済と実体経済が交互にマイナスに作用し続けることで、実体経済が減速して、なかなか回復できなくなるところがあります。

 典型的な例が今回の英国の国民投票が終わった後の各国の市場の反応です、株式市場を例にとりますと震源地であった英国は選挙後の取引開始の初日3%台の下げにしか過ぎませんでした。ところが日経平均は1286円と8%近く下げてしまいました。そしてスペインやイタリアの株価は12%の下げとなったのです。震源地である英国よりも他の国の株式市場の下げが倍以上に達しているというのも皮肉です。これらは日本の場合は7%に及ぶ急激な円相場の変動と、日本市場では外国人投資家のシェアが大きいために換金売りが大量に出たり、英国の国民投票前、残留派が勝つという見方が大勢だったのでその反動による大規模なショック安が起こったという面もあります。しかしそれにしても下げ過ぎですが、これが現状、世界の市場が密接に繋がっている証左とも言えます。

スペインやイタリアの株式市場については英国のEU離脱の動きが自国に波及する恐れや金融市場の混乱から発する銀行危機など金融危機が発生することを懸念した売りが大量に出たものと思われます。ギリシア問題の時もそうですが、今の世界の市場は複雑に絡み合っていて何かが起こると直ぐに他の市場に連鎖するところがあるわけです。そして金融市場は今や実体経済を遥かに凌駕する大きさになっていて、実体経済に影響を与え続けているわけです。その金融市場は世界中で自由自在に乱高下して休むことなく活発に取引され続けているのです。そして金融市場は不透明さを最も嫌います。

先行きを見通すことが極めて困難

 今回の英国のEU離脱選択によって生じた一番の問題は、英国、EU、そして世界に不透明感が台頭して今後数年に渡って先行きを見通すことが極めて困難になったということが指摘できるでしょう。当たり前のことですが先が読めなければ投資など行えません。先がわからなければキャッシュにするか安全資産にして先が読めるようになるのを待つしかないわけです。世界には今回の英国の問題だけでなく、中国の問題やロシアの問題、そして中東やISの問題など先が見えない諸問題が山積しているわけですが、今回の英国の問題は日米欧という世界の金融市場の中枢で発生していることですし、これが本当の意味で相当長い期間先が読めないという状況が続きそうなところが深刻なのです。

 英国が今後どうなっていくかわからないのです。英国とEUの関係がどうなっていくかさっぱり予想がつかないのです。英国はこれだけ大掛かりな国民投票を行ってEU離脱という結論を出したわけですから、今更後戻りすることなどできそうもありません。現在英国内ではリグレジット、と投票行動を後悔してもう一度国民投票を行うとか、今回の離脱という結果を無視してEUに居残るとか、議会選挙を行って再び信を問うなど様々な憶測が流れていますが、実質EUからの離脱をひっくり返すことは難しいように思えます。

英国がEU離脱までに行おうとしていること

 EU離脱に至るにはまず、英国がEUに対して正式に離脱を通告する必要があります。そして、その後2年間に渡って交渉を行うことになります。ところが英国はEU離脱と言ってもなるべく有利な条件を引き出したいところですから、離脱通告を行う前に事前に交渉を行って、経過を見ながら事前交渉で先行きが見えた時点でEUに対して離脱通告を行って少しでも離脱後の有利な状況を作り出したいと考えています。ですから離脱派の議員たちはEUに対しての離脱通告を急ぐ必要などない、と公言しています。しかしそれではEU側としてはたまりません。

 既にこれだけ大騒ぎをして国民投票で離脱を決めておきながら、のらりくらりと英国をEUに留めてEU残留の特典を与えておくわけにはいきません。英国側の思惑に乗って、如何にEUから有利な離脱条件を引き出すかなどという英国ペースの交渉を行うわけにはいかないです。離脱を選択した英国に有利な状況を作らせてしまっては、それこそ残ったEU加盟の27ヶ国に示しがつかず<離脱ドミノ>が感染しかねません。ドイツやフランスはじめEU諸国が最も恐れていることは今回の英国の離脱選択によって離脱の波が広がってEUが内部崩壊していくことです。そのような事は決して起こしてはならないし、起こさせないというのが現在のEU首脳の大命題です。ですからEUは英国に妥協することは決してありません。ドイツのメルケル首相は<交渉でいいとこ取りは絶対に起こり得ない、EUの一員であることを望む国と望まない国との間には明白な違いがなければならない>と明言して英国には<幻想を抱いてはならない>と釘を刺しています。今回の場合ドイツは決して妥協することはないのです。既にドイツ、フランス、イタリアのEU首脳3ヶ国は英国と事前交渉は一斉行いないことを確認、英国側に正式に通告しています。

 英国側は早くEUに対してEUからの離脱通告を行うように迫られていますが、英国は今、大混乱状態でキャメロン首相の後継が決まりません。決まったにしても選挙のしこりが大きく残留派、離脱派の意見をまとめることなど至難の業です。誰が後継になるかわからず、後継になった英国の新政権も国内の分裂から力を持てないのは必至の情勢です。しかも既にスコットランドでは再び独立の国民投票を行ってスコットランド自体が独立を目指すことを公言していますし、実際選挙を行えば今度こそ独立派が勝利して英国が分断されてしまいます。スコットランドだけでなく、このような動きは北アイルランド、ウェールズにも広がっていて、これら英国のイングランドを除く、スコットランド、北アイルランド、ウェールズの3地域は今回の選挙でもEU残留派が大半を占めていただけにこの独立運動の動きを封じ込めることができるのかどうかも疑問です。要するに英国は後継首班ができたとしてもその政権がEUとまともに交渉できるのか、その前に英国を統括できるのか、という根本的、且つ深刻な問題があります。

 キャメロン首相はEUへの離脱通告は自らは行わないと言っていますし、次期首相も議会や国民の反発を考えると簡単にEUに離脱通告できない可能性も高いのです。あるいはそのような状況を意識的に作り出して、時間の経過を待ち、経済悪化の現実を国民に見せつけて再度EU離脱を思い留まるような世論操縦を試みるかもしれません。実際離脱派の議員の表情を見ると喜んでいるというより本当に離脱派が勝利したことで当惑している様が見受けられます。かような情勢を見ると今後の英国の新政権にとって国民投票で離脱の結論を出しながらそれを正式に通告するのもまた途轍もない大きなハードルなのです。 

 EU側は宙ぶらりんな状態を嫌って英国に離脱通告の発令を催促するものの、これは英国だけが離脱の発令を行えるわけですから、英国が正式に離脱通告を行ってくれないとEU側も動きようもありません。かような状態が長く続きそうですし、その間、英国とEUの関係が更に悪化するでしょう。このような状態は最もマーケットが忌み嫌います。

何とか英国が正式に離脱通告を行ったとしても交渉ではEU側は譲歩することはあり得ないと思われますし、新しい英国とEUとの関係を結ぶとなるとその問題は多岐に及ぶこととなり、とても短期間でお互いの国内をまとめて交渉できるような案件ではないのです。当事者のEU側も来年春フランスは大統領選挙がありますし、オランダは議会選挙、ドイツも来年秋に議会選挙が控えています。このような情勢下で英国との交渉では強気で対応するしかなく妥協することは不可能です。

まず英国がEUに正式に離脱通告を行えるかどうかがわからない?

 要するに今回、まず英国がEUに正式に離脱通告を行えるかどうかがわからないのです。そして仮に離脱通告を行ってEUと交渉に入ったにしてもその交渉は難航して期限である2年間ではとてもまとめられるわけなどないのです。ということは交渉期限切れとなって英国が離脱通告を行って2年経過した時点で英国は日本などと同じようなEU域外の国としてEUと取引することとなっていくしかありません。そうなると自動車などの輸出でもEU域内に輸出するのに10%の関税がかかってきます。英国内に自動車工場を持つトヨタや日産などはいきなり輸出に関税がかかってくるわけで、大幅な戦略見直しをしなければなりません。

 しかし一連の問題の中で最も深刻な事態に陥るのは金融業です。英国の選挙結果が出て即座に大暴落したのは英国の金融機関をはじめとする欧米の大手金融機関ですが、この影響は今後も拡大して甚大になる可能性があります。英国は元々製造業が強い国ではありません。英国の主力の産業は金融業で、ロンドンのシティーはニューヨークと並んで世界の金融の中心地であり、その外国為替取引高は世界の4割を占めるほどです。英国の通貨はポンドでありながらシティーは圧倒的な存在感を見せユーロの取引額でもダントツの世界首位を保ってきたわけです。英国のGDPの1割は金融業から生み出されているのです。この原動力は英国で銀行業免許を取得すればEU全域で営業できる<シングルパスポート>が通用するからなのです。EUとの交渉では今回の件でこの<シングルパスポート>が失われるのが必至の情勢です。そうなっては世界の金融の中心地であったシティーは沈没するしかありません。既にJPモルガンやゴールドマン・サックスは人員の配置転換やロンドンでの事業の縮小を公言しています。

 ユーロを採用しないにも関わらず、このようなユーロ取引の特権を認めていたEUが今後も同じように英国に特権を与え続けることなどあるはずがありません。ユーロ圏の金融を司る中心地がシティーからドイツのフランクフルト、あるいはフランスのパリ、あるいはアイルランドのダブリンなどに移行していくのは必至でしょう。 

ロンドン・シティーから本拠地が移る影響

 実はこの金融の大移動が大きな問題となってきます。オイルマネーなどはほとんどロンドン経由で世界中の市場に投資されていたわけですが、特にオイルマネーが日本株に投資していたことは有名です。これが仮にロンドン・シティーから本拠地が移るとなると、その過程で保有していた株式なども含めて一端現金化される可能性もないわけではないでしょう。

 また今回のシティーの混乱の中で金融機関の利益が劇的に減少することが予想されています。ゴールドマン・サックスによれば欧州の銀行の利益は2018年末までで、離脱による経済的衝撃がなかった場合に比べて320億ユーロ(約3兆6000億円)減少するということで、特に英国の銀行の利益は最も打撃が大きく100億ユーロ(約1兆1200億円)減少するというわけです。このような観測の下、英銀大手バークレイズの株価は26日、27日と連続2割近い急落となって一時取引停止となったのです。同じく英銀大手ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドも急落して売買停止となりました。またドイツ銀行についてはジョージ・ソロスが大量に空売りを行ったと報道されています。金融機関には相当な衝撃で低金利で利ザヤは減り、手数料収入も激減しそうですし、その上シティーで仕事ができなくなる可能性が高いということで業務上のリスクが急拡大してきたというわけです。

 元FRB議長だったグリーンスパン氏は今までの英国について<EUに残留しつつユーロを採用しないという最も賢明な行動を取っていた>と回顧しながら今回の英国の選択について、自分が公職についてから<思い出す限り最悪の結末>と述べキャメロン政権は国民投票を行うという酷い過ちを犯したと総括しています。そして<今後の焦点は欧州統合通貨ユーロの脆弱性に移る、今回の事態が氷山の一角、問題の終わりでなく始まりだ>と警鐘を鳴らしました。

 メルケル首相は<英国のEU離脱から引き返す道は見当たらない>として<希望的観測に時間を使う余裕はなく、むしろ現実を直視すべき時だ>と今後の対策を練るのに必死です。英国も混乱ですが、EU側も影響を最小限に食い止めようと必死なのです。かような情勢下、英国の政治情勢を含めて先は全く読めない状況です。今のところ英国がいつ正式にEUに対して離脱通告できるか全く読めません。となるとダラダラとこの宙ぶらりんな情勢が続くと思われます。かつてないほど不透明な情勢が続きそうです。米国も利上げできそうもありません。

今年は年初から世界的に株価が暴落して波乱の幕開けとなりましたが、波乱の波はまだまだ続くのかもしれません。人民元が5年ぶりの安値となってきました。中国の景気が減速することがはっきり意識されるようになると資本流出は更に拡大し人民元は更に安くなっていくでしょう。中国の問題は英国の問題以上に深刻です。当分安心できないマーケットが続きそうです。

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