<電気は届いていますか!>ナレンドラ・モディ氏の選挙遊説にインドの人々は驚喜しました。自分たちの将来に光を与えてくれる救世主が現れようとしている息吹を感じ取ったのです。モディ旋風はインド全域を覆い尽くしました。インド史上、かつてないほどの熱狂的な人気が沸き起こっていたのです。ナレンドラ・モディ、紅茶売りから苦学して上り詰め、ついにインドの首相になろうとしているこの新しいカリスマ政治家にインドの人々の期待は一気に高まっていました。選挙は大方の予想を大きく凌駕する、インド人民党(BJP)の大勝利となったのです。もちろん党首はモディ氏、その人です。

モディ氏率いるインド人民党(BJP)の大勝利

 選挙ではモディ氏率いるBJPはインド下院の全543議席中282議席を獲得するという過半数を大きく超える地滑り的な大勝利となりました。30年ぶりの単独政権の誕生です。一方で1947年のインド独立以来、インド政治の中心に位置し、民主主義体制を牛耳ってきた国民会議派は見るも無残な惨敗を喫しました。議席を162議席失って何とわずか44議席となったのです。

 BJPの勝利を織り込んでいたとみられていたインドの資本市場ですが、予想以上の大勝に市場は更に勢いをつけて上昇が止まらない状態となりました。選挙結果が判明してきた5月16日にはインドのセンセックス市場は6%も上げ、インドの通貨ルピーは余りの上昇にインド中央銀行がルピー売りドル買い介入を行うに至ったほどなのです。

 どの国にとっても歴史的な瞬間なり、歴史的な大変化を起こす局面はあるわけですが、まさに昨年からのインドの動きをみると、インドが大きく革命的な変化を起こそうとしていると思わずにはいられません。そのような動きを主導するのは卓越した能力とカリスマ性を持つ指導者ですが、まさにナレンドラ・モディ氏はその役割を担うにふさわしい人物と言えるでしょう。先にインドの中央銀行総裁に就任した元IMFのチーフエコノミストである、ラグラム・ラジャン総裁と共に、今後この二人がインドを大きく変革させていくに違いありません。インドはついに歴史的な勃興期に入ってきた予感がします。

インドの都市部の大卒者の失業率は26%、農村部では36%にも

 現状のインドをみれば、まるで袋小路に陥っているかのように問題が山積しています。インドは2004年から続いた国民議会派の政権で9%台の経済成長を続けていたのです。ところが2011年度からは成長率が大幅に減速、2012年度は4.5%成長となり、2013年度も4.7%成長にとどまり、8四半期連続で5%成長を下回りました。日本と違って人口が増え続け、発展途上であることを考えれば異様な低成長と言うしかありません。都市部の大卒者の失業率は26%、農村部では36%に上る有様でした。

 インド経済低迷の原因ははっきりしています。まずは産業を育成する基本であるインフラが整ってなく、政策的には弱者救済に力を注ぐあまり、効率的な経済運営がなされず結果的に経済の発展が阻害されてきたのです。インドでは全国的に停電は日常茶飯事、インフラの酷さは目を覆うほどです。例えばあれだけの巨大な人口を有して食糧の問題が深刻なのにもかかわらず、食糧を保存するための倉庫のインフラなどは全く整っていません。このため生産した野菜の3割までも流通過程で腐ったり痛んでしまうのです。また道路の整備も問題だらけで未だに道路に牛が飛び出てきますし、そのような状況ですから道路自体が舗装不十分でそのために物流の動きがスムーズでなく物資の移動に時間と労力がかかるために輸送費が高騰する有様です。

 インドでは多くの貧困層を抱えています。アジア開発銀行によればインド国民の7-8割にあたる9億人近い人たちが1日2ドル以下の生活を強いられているというのです。このためインドの過半数の家庭はトイレさえありません。人々は屋外で用を足すしかないのです。これでは不衛生で、町が汚く、病気も蔓延することも当然です。インド議会は弱者救済と銘打って食糧安全保障法を承認、時価の数分の1の価格で低所得者にコメや小麦、他の穀物を提供することを決めたのですが、この法案だけで出費が年間2兆円にも上るのです。インドの予算規模の約28兆円という規模を考えれば法外な金額です。こんなことをいつまでも続けていても状況は劇的に変わらないのは明らかです。

グジャラート州で知事を務め経済的な成長を収めたモディ氏の登場

 ここで登場してきたのがグジャラート州で知事を務め経済的な成長を収めたモディ氏でした。グジャラート州では停電は全くありません。停電どころか州内で余った電力を他州に売っているほどなのです。グジャラート州の電力供給能力はこの10年で2.5倍に増えたのです。またグジャラート州では広い4車線の道路が各方面で整備され、ここを訪れた外国人は<ここは本当にインドか>と驚くほどなのです。それほどモディ氏が先頭になって改革を行ったグジャラート州と全く変われないインド全域では大きな違いが生じてきたのです。そしてインドの人々が求めているものは、自分たちが暮らすインド全域をグジャラート州のような発展した地域に変えてもらいたいという願いなのです。しかもモディ氏はいわゆるカースト制の上のクラスの出身ではありません。カーストの最下級のクラスで紅茶売りから身を興し苦学して政治の道に入った経歴を持っています。ですから日本で言えばかつての田中角栄氏のような立身出世の物語でこの経歴から余計にインドでは人気抜群になっているのです。

 何故他の政治家ができなかった改革がモディ氏にはできたのでしょうか? インドでは汚職は当たり前という風土で、海外企業がインドで仕事をしようとすれば各担当部署の官僚に各々わいろを配り、地元の有力者にもそれ相応のわいろを提供するのが当たり前なのです。ところがモディ氏はこのようなインド全域での風習をグジャラート州で激減させました。<モディスタイル>という独自の汚職防止策を取り入れたのです。モディ氏は<不正に手を染めた同僚を見逃せば同罪になる>として公務員に対してどの企業がいつ、だれに、どのくらいの額のわいろを提示したのか報告させたというのです。そして同僚がこの報告を見過ごしていても同罪にすることにしたのです。いわゆる隣の人間同士が不正をしないようにお互い監視しあうシステムを作ったわけです。これが効き目抜群で、グジャラート州では汚職が激減したということです。

 またモディ氏は<寺よりトイレ>を支持するとも発言しています。モディ氏は熱心なヒンズー教の信者ですが、その彼が宗教的な情熱よりもまずは衛生にお金と時間をかけろ、と諭しているわけです。日本人からすれば当然ですが、インドのような宗教が大きな影響力を持っている地域においてはきわどい発言です。現にこの<寺よりトイレ>の発言には与党であるBJP内部から<宗教と信仰の基礎を破壊する恐れがある>と警告されたのです。かようにモディ氏は当たり前のことを当たり前に行おうとしているわけですが、その辺の手法がインドの人々を知り尽くしているだけに硬軟織り交ぜ巧みなのだと思います。

 モディ氏は親日家としても知られています。既に2回来日してグジャラート州への日本企業の誘致に力を入れてきました。そのかいあってか、グジャラート州では日本企業は50社を超える企業が進出しています。停電もなく、インフラが整備されているので進出しやすいのです。モディ氏は今後、このグジャラート州モデルをインド全域に広めるものと思われます。停電を全国的にゼロにして、港湾を開発し、道路を整備、こうして外資を積極的に誘致することでしょう。発展途上国の経済発展の形としては当たり前のプログラムなのですが、インドにおいてこれが実行できるのはモディ氏だけなのかもしれません。

世界の投資家は猛然とインドに対しての投資を再開

 インドを旅していると人が怒涛のように湧き上がってくる勢いを感じます。繁華街の商店街では小さな商店が山のように連なっています。これらの商店街の大反対もあって、スーパーのような大店舗がインドでは進出できない状態が続いてきました。この大店舗規制ですが、この規制だけはBJPも選挙公約として守るとしています。しかし現実に世界最大の総合小売業であるウォルマートなどはインドに照準を当てて既に大規模な店舗展開を押し進めています。おそらくウォルマートは新しいモディ政権では大店法などの規制は有名無実化させてくると睨んでいるようです。ウォルマートはインドでネット販売にも進出すると発表しました。

 このような流れの中、世界の投資家がこのインドにおける劇的な変化を見逃すはずはありません。昨年8月、モディ氏がBJPの首相候補に決定した時から世界の投資家は猛然とインドに対しての投資を再開したのです。インドのセンセックス市場は昨年8月の17448ポイントから今年5月には25000ポイントまで急騰、およそ9ヶ月で5割近く上昇したのです。そして大方の見方としてこの勢いはまだまだ続くとみられているのです。

 足元のインドの経済状況は決していいものではありません。成長率は5%を割れているし、インフレも収まっていません。経常赤字体質も治りません。昨年からインドでは金の購入禁止措置を取ることによって輸入を抑えて経常赤字を改善しようとしているほどです。現状ではインドの経済の好転の兆しはまだ見えていないのです。それでもこのモディ氏の登場、並びに中央銀行総裁のラジャン氏とのコンビのよってインドは劇的に変わっていくことは間違いないと思われているのです。ラジャン氏は日経新聞のインタビューに答えて<インドの成長率は数年以内に7-8%成長を実現できる>と4%台に落ち込んだ成長率を回復させる自信をみせました。強気の発言の裏には<大きな信任を得たモディ新政権の実行力>が背景にあることは疑いありません。そして金融政策についても<成長に関する政府の懸念は理解できる>として、新政権のモディ氏と協力して<成長に目配りする>として政府と協調してインド経済立て直しに留意する姿勢を見せています。

発展が期待されるインドとは違って中国はついに生産年齢人口の減少が始まってきた。

モディ氏は首相就任後、各国に積極的に外交攻勢をかけています。今まで疎遠だったパキスタンの首相を首相就任式に招待、中国の李克強首相との電話会談で早くも習近平国家主席のインド訪問を要請しました。そして米国とは今後両国との貿易額を5倍に引き上げることを協議し始めたのです。まさに革命的なインドの大変化が起ころうとしています。この新しい流れは好感されないわけがなく、今後もインドには世界中の投資家から怒涛のような資金が流入してくるものと思われます。そしてモディ氏の行うドラスティックな改革によってインド社会は大きく変化、それと共に目覚ましい経済発展が起こってくることでしょう。まさにモディ氏もラジャン氏もインドにおける歴史の必然であるかのように現れてきた感じがします。こうしてインドの勃興がいよいよ始まってきそうです。

 一方、それとは対照的なのが中国です。若い若年層が溢れてこれから発展が期待されるインドとは違って中国はついに生産年齢人口の減少が始まってきました。また安い労働力は枯渇してきて、繊維などの労働集約的な産業はベトナムやフィリピン、カンボジアそしてミヤンマーやバングラデッシュにシェアを奪われています。折しも中国は不動産バブル崩壊必至という瀬戸際まで追い込まれました。こうなれば中国はますます海外からの資金が必要となるのですが、もう世界の投資家の目は中国には向かないでしょう。インドが勃興を始めることで世界の投資家の資金はこれから当然インドに引き寄せられることとなるでしょう。まさに中国にとっては最悪の時期にインドの勃興をむかえ、最も必要である海外からの直接投資をインドに奪われていくのです。こうして勃興するインドを横目で見ながら、衰退に転じた中国からは資金流出が止まらず中国政府はいよいよ窮地に追い込まれていきそうです。21世紀は<中国の世紀>と思われていたのですが雲行きが変わってきました。モディ氏の言う<インドの世紀>の始まりが号砲を鳴らしつつあるのです。