<原油価格が高止まりする時代は終わった。今後価格が元の水準に戻ることはないだろう>IEA(国際エネルギー機関)は11月14日に発表した石油市場月報で衝撃的な見解を発表したのです。ここに来ての原油価格の下げのスピードは驚くべき速さでした。WTIの原油相場をみると、6月の107ドルからほぼ一直線で下げ11月にはついに74ドル台と4年ぶりの安値にまで急落していったのです、わずか5ヶ月で30%の下げです。

 日本国内のガソリン価格の推移をみると、17週連続の低下でやっとリッター160円を切ってきました。本来は円安で原油価格が上昇する局面ですから日本国内のガソリン価格も上昇するのが普通です。連日日本中で円安の余りのスピードに驚かされていますが、実はこの円安のスピードよりも原油安のスピードの方が各段に早いのです。原油価格は対ドルで30%下げましたが、日本円はその間、その半分の15%も下げていません。先月日銀が市場の予想を大きく上回る大規模な金融緩和に打ってでることができたのも、世界中で原油安が進んでいることが一つの要因でした。原油が下がり続けているのですから、日本円を更に印刷して円の発行量を各段に増やして景気刺激を計ってもインフレが過熱するような事態になることはない、という読みでしょう。既に日本経済の中にもガソリン安の他にも原油安の恩恵が現れてきています、11月から電力7社と都市ガス4社は家庭向け料金の引き下げを行うのです。

原油を取り巻く環境に何か劇的な変化が?

 何故、これほど原油安が急速に進んできたのでしょうか? 原油を取り巻く環境に何か劇的な変化が起こっているのでしょうか? 物の値段は需要と供給の関係で決まってくるわけですが、実は原油市場においては、この需要と供給両面で劇的な変化が起こりつつあるのです。需要は減り、供給は劇的に増加しているのです。そしてその驚くべき変化は加速する一方であり、今後の原油市場を考えてみると、IEAが指摘したようにもう原油価格は元の値段に戻ることはない、という姿が見えてくるのです。

 まず需要側ですが、これは世界的な経済の減速が響いています。経済成長が滞れば原油需要が減少するのは当然です。IMFは10月に今年3回目の世界の経済見通しの下方修正を行いました。日本は1.5%成長から0.9%へ、ユーロ圏は1.1%成長から0.8%へ、既に中国をはじめとする新興国については前回に成長率予想を引き下げていますが、この世界経済を取り巻く環境は厳しさを増していて今年は時間の経過と共に世界各国の経済成長率の下方修正を繰り返すばかりです。特に世界的に見ると大きな問題となるのがユーロ圏のデフレ化と中国経済の減速です。資源を暴食して世界の資源を丸のみしていったかのような中国経済の減速は即座に世界的な原油需要の低下に結びつきます。また債務危機から脱したと思われていた欧州の経済失速も原油市場に与える影響は甚大です。IEAによれば世界の石油需要見通しは<著しく鈍っている>とのことで<需要が安定するためにはなお一層の原油価格の下落が必要>というのです。IEAはこの4ヶ月毎月のように原油の需要見通しを下方修正してきました。やはり中国、ユーロ圏の経済の変調は石油需要に急速に影を差しています。

 一方世界を唯一引っ張り続ける米国経済ですが、これも原油需要を高めるほどの影響力はありません。というのも米国では近年、急速にあらゆる分野での省エネ化が進んできているからです。原油需要を減らすための今までの努力が省エネ技術の開化として実を結びつつあるのです。もちろんハイブリットカーなど日本の技術も大きく貢献しています。例えば米国の石油消費の推移をみると驚かされます。米国のGDPはここ3年で6%増加しているのですが、それに対して石油の需要は何と1.5%も減少しているのです。経済が成長すれば経済活動が活発化して原油需要は増えるのは当然のことと思われてきました。ところが現在ではGDP成長率に比例して原油需要が伸びるのではなく、GDPが増加していてもそれを上回る勢いであらゆる分野の省エネ化が進みつつあるのです。世界で最も順調に推移している米国経済においても原油需要が減少している事実をみると、世界全体の原油需要が盛り上がってこないのも当然と納得できるわけです。

余りに過剰になってきた供給の劇的な増加

 一方、原油価格の現状を考えた場合、需要の減少以上に大きな変化が生じつつあるのが、実は余りに過剰になってきた供給の劇的な増加なのです。かつて石油はなくなると言われ<ピークオイル説>が叫ばれ、石油の枯渇ということ懸念されてきたわけですが、今やそんな声は全く聞こえてきません。反対にシェールオイルはじめ石油が世界中から新たに湧き上がってきたような感じです。

 全てを変えたのは技術革新によるシェール革命でした。シェールガス並びにシェールオイルの生産が米国並びにカナダで本格化することによって原油の供給過剰体制がはっきりと明らかになってきたのです。米国で今、一番景気がいいのがカナダとの国境にあるノースダコダ州です。ここ数年ノースダコダ州全体がシュールオイルブームに沸いています。全米の失業率はリーマンショック後劇的に回復して当時の10%台から現在は5.8%と完全雇用に近い水準にまで改善していますが、ノースダコダ州に限ると失業率は何と2.7%であり、全米平均の半分以下、もちろん全米を見渡してノースダコダ州の失業率は最も低いのです。景気が良すぎて失業者など見当たりません。ノースダコダ州の平均的な家庭収入もここ10年で2割増加したというのです。

 かようにシェール開発ブームの米国ですが、その生産がいよいよ本格化してきました。全米での原油生産量をみていくと概ね2010年くらいまでは日量500万バーレル程度だったのですがここ数年でシェールオイルの生産が軌道に乗ってきて生産量が劇的に増加しつつあります。今では毎年100万バーレルずつ生産量が拡大していて今年5月には840万バーレル、来年には940万バーレルと生産拡大の勢いが止まらないのです。当然来年2015年にはサウジを抜いて米国は世界一の原油生産国として躍り出てくるのです。一方で世界最大の原油輸入国であった米国の原油輸入は当然のことながら劇的に減ってきました。2010年までは概ね日量1000万バーレルの輸入をしていましたが、シェールオイルの生産が増えるのと反比例して著しく減少しつつあり、現在では日量720万バーレルの輸入にまで落ち込んできています。もちろん米国の原油輸入は更に減っていくのは必至です。

 こうなってくると影響を大きく受けるのが産油国です。特に米国産のシェールオイルと品質が似ているアフリカ産原油には痛手です。ナイジェリア産原油の米国への輸出が年々減り続け、今年はゼロという事態にまで追いこまれたのです。今までは最大の顧客だった米国を失いナイジェリア産原油はじめアフリカ産原油が輸出先を求めてアジア各国へと輸出攻勢をかけてきました。南米産原油も同様です。こうして今年は日本でもこれら中南米からの原油輸入が昨年に比べ3割増となってきました。この傾向は更に拡大していくことは必至です。またアフリカ産原油のアジア各国への輸出も価格が折り合わなければ輸出できないわけで、当然値引きという風になってきたわけです。それにあわてたのが中東各国です。そしてついにOPECの雄、サウジアラビアまでも自分たちの販売シェアを守るために原油価格の値下げに走ってきたのです。こうなると値下げ合戦で各国の値引きの勢いが止まりません。

 今までは原油生産が過剰になって価格が急落するようなことが起こると、OPEC(石油輸出国機構)が会議を開催、OPECの中でも特に原油生産で最も力を有しているサウジが減産を主導、価格低下を抑えてきたのです。ところが実質的にこのOPECのカルテル的な体質に真っ向から喧嘩を挑んだ形となったのが米国のシェールオイル企業です。米国の企業の場合は当然OPECに参加しているわけではありませんし、民間企業ですから儲かればシェールオイル生産を止めることはありません。こうして米国企業が生産を拡大して、更に最近の最先端の技術投入によってシェールオイル生産のコストダウンに成功してますます企業が勢いをつけているのです。OPECはじめ産油国各国は減産しないと値崩れが止められないと危機感を抱いていますが、米国のシュールオイル企業はそんなことはお構いなしにソロバンに合えば生産拡大を続けるだけです。この石油価格急落の中にあってもシェールオイル企業は生産拡大を表明、EIA(米エネルギー情報局)は全米のシェールオイル生産は12月も増加していく、と発表しました。

 かように原油を取り巻く世界の情勢を考えた場合、需要が減って供給が各段に増えては価格が下がるのが当然の成り行きです。米国のシェールオイル開発が軌道に乗って爆発的に拡大し、更に世界的な原油需要が世界的な景気減速で減り続ける以上は原油の価格が値下がりしてその後も値段が上がらなくなるのも当然の帰結なのです。そのことを冷静に判断してIEAは今後、<もう原油価格が高止まりする時代はやってこない>と総括しているのです。

 こうなってくると利益を受けるのは原油を輸入している日米欧などの先進国や中国などの原油消費国です。WTIの原油価格は2005年には50ドル近辺でしたが、リーマンショック前の2008年夏には148ドルまで高騰、その後、リーマンショックを挟んでここ数年は概ね95ドルから120ドルの間で推移してきました。こうしてここ数年は2005年当時に比べると、いわば原油高によって原油輸入代金が大きく膨らみました。輸入代金が膨らめばその分日本からの所得が産油国に流出することとなります。日本でも原油高よる所得の流出はこの間20兆円に上ったと言われています。それが現在のようにWTIの原油価格が80ドル割れとなってこの水準が続けば今までよりも2割も安いわけですから日本からの所得流出は減少します。試算によれば原油価格が2割下がることによって日本の所得流出は8兆円減少するということです。これは消費税3%分を上回る金額です。明らかに原油安は日本人の所得を増やす減税効果があるのです。これら一連の効果は本来日本人全員が感じ取る性質のものですが、現在は日銀と政府の激しいインフレ政策によって円安が進み、効果を感じ取れていないのです。むしろ政府や日銀はインフレ2%目標達成のため原油安は困った、とばかり物価高を引き起こすために躍起になって円安に誘導しているのが現状です。

 シティー・グループの試算によれば原油価格が80ドル近辺で推移すると世界は一日当たり2000億円程度の節約になるというのです。そしてその経済効果は最大117兆円に上ると見積もっています。

 世界的なベストセラー<石油の世紀>を書いたエネルギー問題の世界的な権威であるダニエル・ヤーギン氏は現在の世界の状況を捉えて<地政学的リスクは豊富だが石油の方はもっと豊富だ>と述べています。まさにエネルギー過剰の新時代が幕開けしようとしているのです。