商品相場の下落が止まりません。鉄鉱石は10年ぶり、銅やニッケル、アルミは6年ぶり、一時は落ち着いてきた原油相場もWTIの原油価格は再び40ドル台へと突入、金相場までも6年ぶりの安値でこれら商品市場全般の動向を現すCRB指数は13年ぶりの安値に下落しようとしています。もちろんこれらの動きに影響を受けている新興国や資源国の通貨安も止まりません。インドネシアルピーは対米ドルでは17年ぶりの安値、これは1998年に起こったアジア通貨危機以来の安値です。また比較的に安定的と思われていたカナダドルやオーストラリアドルも対米ドルで6年ぶりの安値です。南アフリカのランドは米対ドルで13年ぶりの安値です。ブラジルレアルなどは対米ドルで12年ぶりの安値となり、リーマンショック時と比べても対米ドルのレートは約半分にまで暴落している状態です。これではブラジル国内にインフレが生じるには当然で、現在ブラジル経済は救いようのない悲惨な状況に陥っています。 

中国当局による100兆円の資金投入

 一連の動きはドル高と中国経済の減速懸念がもたらしているものですが、その中国株の動きが再び不穏になってきていて、それら商品価格や新興国、資源国通貨に更なる悪影響をもたらしています。中国については前回のレポートで既に50-60兆円近い資金を証券金融に用意させたからもう株が下がる心配はいらない、とレポートしましたが、実は私のこのような見方も甘かったようで、一説には既に5兆元、日本円にして約100兆円近い資金を株式市場に投入したらしいとの観測があり、それでも株価の下げを止めることができず、中国当局は株価買い支えに苦慮しているとの観測報道が出てきました。

さすがに中国では人民銀行が元紙幣を印刷して証券金融に融資して株価の下げを止めるつもりで、50-60兆円の資金を用意したと報道された時点で株価の下げは止まるはずと思いましたが、想定以上のことが起こっている可能性もあります。日本では日銀が年間に3兆円の資金で日本株を購入するわけですが、中国ではわずか数日でその何十倍もの資金を株式市場に元紙幣を印刷して投入するわけですから下げが止まるのも当然と考えたわけですが、現在起こっている実体は予想以上に深刻な状況のようです。中央銀行である人民銀行が中国の株買い支えの先兵隊である証券金融にいくら融通したのか、更に証券金融が実際何処くらいの資金を市場に投入して株価買い支えを行ったかははっきりしたデータがなく、中国側の正式な発表は皆無なのでわかりません。もし、中国側が人民銀行が大量の元紙幣印刷を行って株式市場に資金投入していたことを公にすれば元はその紙幣の信頼性を失って相当安くなる可能性もありますが、実際中国当局は一連の人民銀行のサポートについては何の発表もしていません。買い支え機関に対する資金供給の源など、具体的な株価対策に投入された資金の額、出所など詳細は全く明らかになっていないのです。例えば人民銀行が中国工商銀行など国営銀行に融資してその資金の数倍を中国工商銀行が証券金融に融資をして証券金融に株を買わせるという方法もありますし、証券金融は更に傘下のファンドに融資することでそのファンドが中国株を買い支えるということもできます。中国の多くの株式に新しい株主として証券金融や政府系ファンドの名前が次々と出始めているのでそれらの状況から買いつけの実体が推定され100兆円投入という観測記事として報道されているようです。

 実際に既に100兆円もの資金が中国株の買い支えに投入されていて、それでも株価の下げが止まっていないで今日に至っているとなると、問題の解決はかなり厄介なこととなります。というのはこのペースでの資金供給の継続が難しいからです。リーマンショック後中国は景気対策として4兆元、日本円にして約80兆円の資金を投入して経済を回復させ、当時中国は世界経済の機関車となり世界経済を不況から脱出させたわけです。それが単に株価対策のためだけにあっという間にリーマンショック時の経済対策費80兆円を軽く凌駕する100兆円の資金を投入して、尚且つ効果を発していないのが事実であればことは重大です。これについては正確な手法や数字などがはっきりしませんので、追々今後の発表などより正確な統計数字がより明らかになるのを待って論評してみたいと思います。

「減速懸念」から「景気悪化」へ

 いずれにしても中国の株式市場の今後の動向は不透明ですが、はっきりしていることは中国株が今後上げようが下げようが中国の実体経済が予想以上のスピードで悪化していくだろうということです。そしてそれが新興国や資源国を中心に経済を更に悪化させることは免れないでしょう。それを先取りしている形で現在、商品市況が急落していると考えていいと思います。最初に書いたように商品市況の下げはここにきて拍車がついてきました。特に中国の需要が世界需要の大半を占めているような銅や鉄鉱石、アルミ、ニッケルなどは大きく相場が下がってきました。

鉄鉱石は10年ぶりの安値です。2011年は1トン180ドルを超えていたのですが、現在では50ドル割れとなり高値の4分の1にまで暴落中です。中国では不動産バブルが崩壊して多くの新しい開発がストップしています、そのため鉄鋼の需要が激減中で、建物に使う鉄筋価格もこの1年間で3割も低下したのです。5月の鉄鉱石輸入は前年比8%減となり、更に現在減少中です。これらの影響を受けて中国の余剰生産されている鉄鋼が東南アジアをはじめ安値輸出の攻勢にあってアジア全域で鉄鋼価格が安くなってきています。日本メーカーもこの一連の影響を免れず、日本の鉄鋼最大手新日鉄も今季の経常利益予想を前期に比べ18%減になる見通しと発表しました。

 また銅相場の下げもピッチが早くなってきましたが、銅は世界全体の需要の4割までもが中国で使用されてきているのです。このため今年から銅の生産過剰が目立ってきました。ロンドン金属取引所の指定倉庫の在庫量を見ると年初から急速に増え始め現在年初の倍の水準にまで膨らんでいます。また中国ではかつては銅の価格が上がると思われて銅を安くなると手当して洋上で保管しておいて、需要に備えていたのですが、現在では洋上の在庫も放置状態で膨れ上がってきていて、もはや置き場所に苦慮しているようです。

 これら商品市場の下げや新興国、資源国の通貨安は今年はじめから断続的に続いてきました。今年は米国の金利引き上げ観測もあり、ドル高模様から商品相場全体が軟調で年初から徐々に低落傾向が止まらなかったわけです。その動きがここで一気に加速してきたわけですから事態は深刻です。今まででさえ中国経済の減速を懸念して下がってきたものが、ここにきて中国株の急落から今度は中国発の景気悪化が深刻になってくるかもしれないという懸念を下に、商品相場や新興国、資源国の通貨の下落に拍車がかかってきたわけです。

新興資源国への深刻な影響

当然直近の動きは今までよりもたちが悪いのです。特に商品全体の動きを現すCRB指数があのリーマンショック時よりも指数が下がってきたということは極めて要注意です。リーマンショックの時はあれだけ世界的に経済が大失速したわけで、あのまま世界の経済は崩壊していくのではないか、との懸念されたほどでした。その時以上に商品価格や新興国、資源国の通貨安が起こってきたということは世界的な景気減速について今後の深刻な事態到来を示唆していると言えないこともありません。

 中国経済も深刻な状況に陥りつつあると思えますが、新興国、資源国経済は余りにその中国経済に依存しすぎているのです。ですから新興国、資源国にとって中国経済の悪化は死活問題なのです。そこに米国の金利上昇観測が追い打ちをかけています。金利が上がるなら固く利息の取れる米国へ資金を持っていこうというわけです。こうして新興国、資源国から資金を逃避させようとする動きが一気に雪崩のように起こってきたのです。

 商品価格が低下すると資源国では自国の輸出代金が減少しますから手取り額が減ってしまいます。資源国は通貨が安くなっていますので、普通は通貨安が輸出の拡大をもたらすものですが、これが中国発の世界的な商品需要の低下によって価格が下がり、自国の通貨が下がっても需要は基本的に増えず、価格も下げ続けていますので、ますます輸出環境が悪化して手取り金額は減っているのです。通貨安の恩恵は本来であれば輸出の増大となって現れるものですが、今回の場合は需要減が酷く通貨安の恩恵を輸出増加という形で受けることができないのです。結果的に新興国、資源国では輸出は伸びないのに通貨安によるインフレだけが生じるという悲惨な結果となっています。ブラジル経済などはその典型でマイナス成長でありながらインフレが止まらず、金利引き上げを続けている状態です。政策金利はついに14.25%と驚くべき水準です、それでも対米ドルでの為替レートは下がる一方なのです。ルセフ政権が支持率急落して政権が不安定になるのも当然です。ついにS&Pはブラジルの格付け見通しを引き下げ、ブラジル国債のジャンク債転落を警告しました。

重くのしかかるドル建て債務の返済

 しかし新興国や資源国はそれ以上に深刻な問題も抱えているのです。それはドル建ての債務問題です。リーマンショック後、米国は経済回復のためにQE1、QE2、QE3と建て続けて大量の資金供給を行って全世界にドル紙幣をまき散らしました。もちろん米国本体にもその資金が行きわたって景気の回復をみるようになったわけですが、リーマンショックの直後は米国経済よりも中国の怒涛の景気対策の恩恵を受けてその効果でいち早く回復基調となった新興国や資源国の経済の回復ぶりの方が数段スピードがあったわけです。米国からばら撒かれた資金は世界中に拡散、特に資源国では資源の開発資金として使われたわけです。主に鉱山開発やそれに付随する道路や空港などインフラ整備費用です。それらの資金の大半はドル建ての借り入れでした。資源国、新興国の企業は大量の社債をドル建てで発行、資源開発ブームに便乗してきたのです。ところがいよいよその鉱山開発が完成して事業化が始まったその瞬間から環境が激変してしまったのです。まさに事業を始めてドル建て債務の返済が始まろうとしている現在、出来上がった鉱山の仕事は資源価格の急落で採算が合わなくなっています。その上、自国の通貨安でドル建ての債務は異様に膨らんでいるのです。まさに二重苦が襲ってきているのですが、今回の中国株の再度の下落で更に状況が悪化しようとしています。極端な例ですと一時中国の禁輸で高騰が騒がれて急きょ開発が決まったレアアースの会社米国のモリコープなどはレアアース価格の暴落が響き、倒産してしまったのです。最もモリコープの場合は開発を始めた時のレアアースの値段は現在の10倍だったのです。開発が完成して事業化になった途端に価格が10分の1にまで落ちてはどんな事業も成り立たないでしょう。

日本、そして世界経済はどうなる?

 一連の中国経済の急減速の影響は日本企業にも及んできています。先週ファナックが一時14%の急落となりましたが、発表した4-6月期の業績は悪くなかったものの、通期の業績予想を前期比23%減になると大幅な下方修正したのです。第一四半期の決算の段階でこれだけ大きな下方修正を行うのは極めて異例のことです。ファナックの稲葉社長は<現地の工作機械向けNC受注が足元でなくなった>と述べています、中国事業で急変が起きつつあることを感じさせます。また中国に強い建設機械を手掛けているコマツや日立建機も大幅な減益です、日立建機は4-6月期の営業利益は前年同期比で63%の減少です、中国でのショベルの売り上げが最盛期である2011年に比べて10分の1にまで落ちてきたと報告しています。日産自動車なども中国での売り上げは日に日に悪くなる一方と報告してきています。

 もちろんこのような傾向は日本企業だけではありません、建設機械では世界的な企業である米国のキャタピラーも大きく業績を落としています。またあのアップルも決算発表後、急落したのですが、その要因の一つはアップルの売上高の2-3割が中国事業で占めているという中国依存を懸念し始めているわけです。かように中国経済に対しての懸念は商品市況、新興国、資源国の通貨安、そして中国に強い日米欧などの企業群にも影響をもたらし始めているのです。

 この中国経済の急減速からくる世界的な悪影響は今後ますます顕著になってくるでしょう。一方でそれは世界的な金融緩和が止められないという状況を更に後押ししてくると思われます。実体悪と有り余るマネーの怒涛の供給が更に拡大することとなるでしょう。一見すると景気減速に懸念を持ちますが、その一方で金融緩和は更に中国という強力な援軍を入れて一段と世界的にスケールアップしていきます。その中では世界を見渡して、日本が比較的一番安全な投資主体であることも再認識されてくると思われます。今後中国発の景気減速の連鎖から思わぬ展開が生じることもあるでしょう、一方で怒涛のような金融緩和が更にパワーアップすることが資本市場をますます刺激していきます。日米欧、そこに中国が常軌を逸した勢いで加わってきたマネー印刷の饗宴の果てはどのようなものでしょうか? 最終的な到達地点は止まらないインフレと思えてなりません。