<事態を軽視すれば、大参事を招く>サウジアラビアのアルリワード王子は危機感を露わにしたのです。サウジの王族であり実業家としても著名なアルリワード王子の警告はサウジの置かれている現状を端的に現しています。一般的に考えれば、今回の世界的な原油安の状況でも最も打撃が少なく、OPECの雄として君臨するサウジの情勢はびくともしないし、サウジに社会不安など起こるはずもないと思われています。しかしサウジの内情を知る関係者は事の深刻さを深く懸念しているのです。原油安によってサウジの国家経営は今後急速に悪化、数年先には財政赤字転落への危機です。2011年に起きた中東の民主化運動<アラブの春>の波及を止めるために行った常軌を逸したばら撒き政策にサウジの国民は浸かりきっています。今更、緊縮政策など受け入れられない土壌が出来上がってしまっています。原油価格が下がったから福祉をカットするなどという大規模な政策転換を国民が受け入れられるはずがないのです。元々失業者が多く、若者に職がなく社会不安が生じる素地を持っているサウジの社会ですが、今まではその豊富な資源の力を借りて中東で最も安定した財政状況と最も安定した政治情勢を作り上げてきました。しかしいよいよ盤石と思われている体制を揺るがすような一大事の到来が近づいているかもしれません。

我々に価格目標はない

 前回レポートしたように中国や欧州の景気減速と米国のシェールオイル産出の本格化によって、原油を取り巻く情勢は激変しつつあります。注目されていた11月27日のOPEC総会は何も決められずに終了となりました。これを見て原油価格は大きく続落、WTIの原油価格は何と5年ぶりの安値65ドル台へ沈んだのです。およそ半年で4割下がるという暴落状態です。<我々に価格目標はない>OPECのバドリ事務局長は事実上、原油価格は市場動向にゆだねるしかないことを追認したのでした。OPECの減産といっても実質、サウジが減産するかどうかということですから、サウジが動く気のない現状ではもはや原油市場においてOPECの価格形成力は消え去ったとみていいいでしょう。

 サウジの国家予算は原油価格が90ドルを割れると赤字に陥ると言われています。サウジでさえこのような状況で、一体今の原油価格が続けば他の産油国はどれほどの打撃を被ることとなるのでしょうか? イランやイラクは? ベネズエラは? ブラジルは? そしてロシアは? 日米欧や中国などの石油消費国は原油安に潤って景気に大きな追い風を受けます。しかし今まで資源高を謳歌してきたOPEC諸国やロシア、ブラジル、インドネシアなどの資源国は逆に外貨不足と通貨安からくるインフレに、あっという間に陥っていくのは必至の情勢です。中東諸国をはじめ、産油国は概ね政情が不安定です。これらの国が経済危機から社会不安を引き起こしひいては政治的な混乱に発展していけば世界的な秩序が大きく揺らぐような危機に晒される可能性が高いのです。いわゆる<逆オイルショック>と懸念される事態の到来です。

 2000年に入ってから世界は一変してきました。特に大きかったのが中国やインドと言った人口大国の台頭です。二けたの経済成長を続け、急速な発展を遂げた中国にとって石油や鉄鉱石、銅などの資源は膨大な量の需要が生じてきたのです。世界の資源の全てを丸のみするかのごとく、中国は世界中から資源を買いあさりました。これが資源を有する中東やブラジル、ロシアなどの経済を刺激しないわけがありません。これら資源国は中国の発展の恩恵を大きく受けて資源高に潤い驚異的な経済成長を遂げたのでした。

 例えば2002年におけるブラジルの一人当たりのGDPは2000ドル程度、同じくロシアも2000ドル程度、南アフリカも2000ドル程度だったのです。因みに中国の一人当たりのGDPは当時1000ドルにも満たない程度だったのです。それが資源国はその後の10年足らずの間に中国の発展と軌を一にするかのごとく爆発的な経済成長を達成、ブラジルの一人当たりのGDPは11000ドルへ10年で約5.5倍へ、ロシアは13000ドルと約6.5倍へ、南アフリカも7000ドルと約3.5倍へと急成長していきました。もちろんそれ以前から原油高で潤っていた中東諸国も更に大きな経済発展を遂げていったのです。全ては中国の爆発的な経済成長の恩恵を受けて価格が上がり続けた石油や銅や鉄鉱石の輸出に支えられてきたと言えるでしょう。10年で一人当たりのGDPがおよそ5倍以上に膨れ上がったのですから強烈です。ブラジルやロシアなどこのような好況下にあっては国内の政情が安定しているのも当然のことだったと思われます。この間デフレで全く経済成長ができなかった日本に比べると資源国はこの間、驚くべき変化を起こしたと言えるでしょう。

資源輸出だけに頼り過ぎた資源国

 ところが一方でこれら資源国は余りに自国の経済を資源輸出だけに頼り過ぎてしまったという弊害も起きていたのです。資源ばかりの輸出で稼いで経済発展が続いていたために自国の製造業が全く育ちません。資源輸出で経済が潤ったために自国の通貨が高くなり、余計に製造業は衰退していきました。例えばブラジルですが、この10年でGDPに占める自国の製造業の比率は18%台から13%台へ、ロシアは同じく16%台から14%台へと低下を続けています。またOPECなど産油国が製造業など育っていないのは周知の事実です。こうして資源に頼り切った経済体質で産業が空洞化しているところに、今回のような恒常的な資源価格の低迷という危機がやってきたのですから、事態は深刻です。

 特に酷い状況はベネズエラです。ベネズエラのラミレス外相は<原油価格の低下は産油国に経済問題を作り出すための陰謀だ>と述べて物価高に苦しむ国民に対して、反米機運を利用して不満の矛先を米国に向けようとしています。ベネズエラでは原油下落からくる外貨不足で輸入ができず企業の部品調達に支障が出てきています。このためトヨタの現地工場は一時操業停止に追い込まれました。消費者物価の上昇率は今年前半で39%です、これからインフレは更に加速すること必至です。国家の信用度を図るCDSの値は既に4000ポイントを超え、実質的に国家破たん状態と言えるでしょう。

 米国への原油輸出がゼロとなったナイジェリアでは通貨ナイラの下落が止まらず、11月25日、中央銀行はナイラを10%切り下げると宣言しました。つい最近GDPで南アフリカを抜いてアフリカ大陸一番の経済大国に踊りでたと話題になっていたのですが、一気に経済危機に突入の気配です。多くの少女を誘拐したテロ集団、ボコ・アフリカの暗躍など、政情不安が更に高まる可能性が高いでしょう。

 また今は政治的には安定しているロシアも今後大きな政情不安に発展する可能性が否定できません。<逆オイルショック>というと普通1986年に原油価格が30ドル台半ばから半年で10ドル割れにまで暴落したケースが言われます。この時にやはり資源に大きく依存していた当時のソ連(現ロシア)が原油価格の暴落を契機として経済危機に発展し、共産党体制は崩壊に向かっていったわけです。東西冷戦の終了という歴史的な大変動のきっかけを<逆オイルショック>が演出したのです。

 歴史は繰り返すと言いますが実際、現在のロシアの国家財政の急速な悪化は目を覆うほどです。ウクライナ情勢の悪化から欧米との決定的な対立に至ったロシアでは確かにプーチン大統領の支持率はまだ高いようですが、インフレが加速しつつあり国民の不満が一気に高まってきています。生活必需品の高騰は顕著で現在インフレ率は目標の5%を大きく上回る8.7%と月を追うごとに加速しています。ロシア通貨ルーブルは今回のOPECの減産見送りを受けて大きく売られついに1ドル49.90ルーブルと過去最低の水準にまで急落していったのです。年初から50%以上の下落です。またロシアの株式市場であるRTSの値は960ポイントと年初から33%の下げとなっています。世界的に株価はどの国でも上昇中ですから、完全に世界の潮流から外れているわけでロシア経済の先行きは予断を許しません。資本流出も止まらず驚くべき額に至っています。このまま行くとロシアの今年の資本流出額は約1280億ドル、(約15兆円)と見積もられています。これはロシアのGDPの5%強に当たる額です。日本に当てはめればGDPの5%といえば25兆円という膨大な額となります。仮に日本でこのような巨額の資本流出が起これば経済は完全に崩壊の危機に瀕することでしょうから、ロシアの窮状が推し量れるというものです。

 ロシアのシルアノフ財務相は欧米の制裁で400億ドルおよそ5兆円の損害を被っていることを認めました。そして来年のマイナス成長への転落を示唆したのです。

 このような情勢下、ロシアのプーチン大統領は強気の姿勢を崩していません。<原油は更に安くなる可能性はある。しかし我々には4210億ドル(約50兆円)の外貨準備があり、予算や経済の安定を維持できるだけの十分なバッファーを備えている>と述べて、膨大な外貨準備を有しているロシアが危機に陥るわけがないと説明しているのです。

 しかし、既にロシアの台所事情は火の車です。度重なる為替介入でロシアの外貨準備はみるみるうちに減少しています。10月だけで3兆5000億ドル(約4兆1000億円)の為替介入を行っています。また日本が3年前に為替介入した時は一日で20兆円以上の介入を行ったように為替介入など続ければあっという間に外貨は底をつくのです。

 プーチン大統領の強気発言とは裏腹にロシアはなりふり構わない通貨防衛策に走っています。自国の輸出産業には海外での売り上げをルーブルに転換するように指導しています。こうなっては民間企業も民間といえるのでしょうか。またロシアはついに年金基金も自国の企業救済に回すようです。年金基金は外貨調達に苦しみ原油安で資金調達がままならない石油会社ロスネフチやロシア国営鉄道などの融資に使われる模様です。かようにロシア財政は完全に火の車、もはや自転車操業のような状態に陥りつつあるのです。

 一方イラン議会では<米国とサウジが結託してイランに圧力を加えている>として今回の原油安の背景にイラン、ロシアつぶしの米国の思惑が働いているとしています。ベネズエラでもそうですし、ロシアでも同じように米国の陰謀説がまことしやかに言われています。そしてイランの世論は更に経済が危機的になっていけば、このような説にますます傾いて先鋭化していくでしょう。また政権側も批判の目を外に向けるために強硬な世論をあおることとなるのです。イランでは既にサウジに対してのうっ積がたまってきている模様です。<米国を結託して原油安を演出してイランつぶしを目論むサウジ>という構図です。今までもイランとサウジはスンニ派とシーア派ということで宗教対立が絶えませんでしたし、シリアを巡る争いも続いています。かような2国において共に経済が悪化して国民生活に支障をきたすようになると、ますます互いに対する非難合戦がエスカレートしてくるでしょう。そして本当に国民が食えなくなってくると更に為政者側も対立をあおるようになっていくのです。結果的にどのような事態にまで対立が激化していくかわかりません。

 もちろん、ロシアと欧米の対立も激化していくことでしょう。

 ゴールドマンサックスは<OPECは原油生産の変化を主導する力を失い、代わりに米国のシェールオイルがこの役割を担う>として新しく市場が原油価格を決めていく<新原油秩序(The New Oil Order)>の到来が訪れたと言っています。新原油秩序の到来は従来の世界のパワーバランスを大きく変化させることでしょう。インフレが収まる日米欧では金融緩和を更に長期化させる圧力が働いてきます。そして日米欧ならず中国までも巻き込んだ通貨安戦争を引き起こしていくでしょう。そして今後深刻な苦境に陥っていく中東や南米の産油国やロシアなどは体制の危機にまで発展するような劇的な混乱に向かっていくに違いありません。危機はマネー増刷でしか収まりようがなく、マネーの限りない饗宴は世界中で更に激しくなっていくことでしょう。今後の世界は更なる想像もつかないような資本市場の大変動が待ち受けているに違いないのです。